いい風呂の日の話
銭湯に行こう。そうクラウドに切り出したら、猛反発を喰らった。
「飯を食う前ならまだしも、食い終わった後に言うな」
タイミング的には夕飯を食い終わった後どころか、あとに残すと面倒だからと使った食器を全部洗い終わったところだ。だけどそう指摘すれば、揚げ足取りだとクラウドの機嫌をますます損ねるコースに突入することは分かりきっていたので、バッツは変化球を投げてみることにした。
「そんなこと言わずにさあ。今日は『いい風呂の日』で、バイト先近くにある銭湯が安くはいれるっていうからさあ」
「またか。行きたくない」
「またかっていうなよ。せっかくの機会だし、いいじゃん銭湯」
「寒い」
「銭湯入れば温かくなるって」
「そこから帰ってくる間に冷える。それに『いい風呂の日』だったら家でもいいだろう」
「うー、まあ、そうなんだけどさあ」
どちらかと言うと普段あまりしゃべらないクラウドが、ここまで矢継ぎ早に言葉を繰り出して否定してくるってことは余程行きたくないんだろう。バッツは後ろ髪をひかれながらも、諦めることにした。
「わかったよ。また機会があった時に行けばいいしな」
ため息をつかないように答えて、バッツはクラウドに背を向けた。銭湯に行かないのであれば、家の風呂を沸かす必要がある。浴室へと足を向けながら、バッツはポロリとこぼした。
「クラウドと一緒に風呂入れると思ったのになあ」
「家の風呂で一緒に入ればいいだろう」
何の気なしに呟いた言葉に間髪入れずに声が返ってきて、しかもその内容はクラウドから言われるとは思っていなかったもので、バッツは石化したかのように動きを止めた。もしかしたら心臓も止まっていたかもしれない。
「……えーと、クラウド今なんつった?」
固まった唇を何とか動かして、バッツはクラウドに問いかけた。背中に視線が刺さるのを感じて、振り返れない。
「家の風呂で一緒に入ればいいだろう」
クラウドから一言一句同じ言葉が返ってきて、バッツはそれ以上何も聞けなくなる。恐る恐る振り返ると、ひたとバッツを見つめていた不思議な色の瞳と目が合った。
バッツがクラウドを視界に納めたのがわかったらしい。彼はこちらを見つめたまま、口元に笑みを浮かべた。
バッツの心臓が強く鼓動を打つ。めったに見ることのないその微笑みが、少し離れた位置からでもわかるほど優しいのにどこか艶めいているように見えて。
(反則だろその顔!)
外れない彼の視線に焼かれて、体が熱を帯びる。
この状態で一緒に風呂になんか入ったらおれが耐えられない。わかっていても、バッツは肯かずにはいられなかった。