彼の食事情について

 昼を少し過ぎて、人がまばらになった中華料理屋。赤を基調とした店内の奥にあるテーブル席に、バッツはフリオニールと向かい合って座っていた。バッツの目の前には、まさに今運ばれてきた帆立と白菜のクリーム煮が湯気を上げている。フリオニールの前では海老チリのセットが同じく湯気を上げていた。
「「いただきます」」
 タイミングを合わせたかのように重なった声を号令に、フリオニールがさっそく海老チリへと箸を差し入れた。競うように、バッツも帆立をクリームの中から掬い上げる。そのまま口に運ぶと、クリームの濃厚な味と、少し強い塩気が口の中へ広がった。追いかけるように帆立を噛むと、あっさりと崩れた身から、うまみが染みだしてくる。
「うまい」
 思わず声にだしながら、もう一口と箸を伸ばそうとしたバッツに、フリオニールの声がかかった。
「バッツ、そっちのクリーム煮を一口くれ」
「おう。代わりに海老チリ一口」
「わかった」
 フリオニールからの返事に、バッツは箸を置いてクリーム煮をフリオニールの方へと動かした。代わりに目の前にやってきた海老チリは、大ぶりの海老が数匹、いかにも濃厚そうなソースが絡んで赤く輝いている。一匹摘み上げて口に含むと、途端に辛さが舌にビリッときた。バッツは慌てて、セットでついてきたごはんを大口でかきこんだ。
「あー、びっくりした。結構辛いな、海老チリ」
「ああ。ここの海老チリは豆板醤が多いみたいだ。『のばら』で出すなら、辛みを抑えたほうがいいだろうな」
 バッツが食べるのをじっと見ていたらしいフリオニールが、そう言って腕を組んだ。
 今日のランチはバッツにとってはただの昼食だが、フリオニールには食事のほかに、彼が営んでいる定食屋『のばら』の新しいメニューを考えるという仕事があるのだ。仕方のないことだけれど、美味しいものをただ美味しいと食べられないのは少しもったいないなあ、と思う。前にそう言ったら、ティーダにも同じようなことを言われたと苦笑されて以来、口にはしていないけれど。
 水を飲んだバッツの視線の先で、クリーム煮を一口食べたフリオニールがつぶやいた。
「クリーム煮美味いな。ちょっと塩気が強い気がするが、こういうものなら女性向けによさそうだな」
「でもクリームがさらさらしてるから、弁当にするのは向かないんじゃないか?」
「とろみをつければ何とかなるんじゃないかと思う。試してみないとわからないが」
 そんな会話をしながら、もう一度海老チリとクリーム煮の皿を交換する。そして、そこからしばらく無言での食事が続いた。おれが作るならもっと塩控えめになるけど、これなら思ったよりしつこくないしクラウドも気にいるんじゃないかなあ、と今は仕事をしているであろう彼のことを考えながら、バッツはクリーム煮を平らげた。
 食事が終わってひと段落したタイミングで、フリオニールがバッツに問いかけてきた。
「そういえば、バッツは普段どういう飯を作ってるんだ?」
「おれ?」
 聞き返すとフリオニールが頷いたので、バッツは顎に手を当てた。すぐに思い出せたのはここ二、三日分だけだったが、十分だろうと答えを並べ立てた。
「昨日がゴーヤチャンプルーで、一昨日が煮物。その前は味噌炒めだったな」
「そうか」
 フリオニールはバッツの答えに少し考えこんた後、再び口を開いた。
「……味付け薄めにしてたりするか?」
 疑問と言うより確認で聞かれたその言葉に、バッツは驚いて思わずフリオニールを凝視してしまった。フリオニールは自分の作る料理を一度も食べたことがないはずだ。
「あー、うん。フリオの言うとおり、おれが作る飯ってたいてい薄味だけど……。なんでわかったんだ?」
 心底不思議そうな声を出したバッツに、フリオニールはたいしたことじゃないんだと前置きしてから、種明かしをした。
「最近、クラウドが『のばら』で食べるものに薄味が増えたと思ってな。あと、前は焼肉定食か煮魚定食かの二択だったんだが、いろいろ頼むようになった。まあ、『のばら』に来る回数も減ったし、バッツが作ってる普段の夕飯と被らないようにしているのかもしれないが」
 そこまで言って、フリオニールは何かに納得したように「そうか」と呟いた。
「クラウドはバッツの料理を食べて生きてるんだな」

 昼間のフリオニールの言葉を思い出しながら、バッツは目の前で食事を続けるクラウドをぼんやりと眺めていた。彼はさっきからバッツ作のホタテと白菜のクリーム煮を無言でつついている。
 クラウドはいつも静かに食事をする。食事中に話しかけるのはほとんどがバッツからで、クラウドから喋ってくることはあまりない。だから、こうしてバッツが黙り込めば、とたんに食卓は静寂に包まれる。今日のようにラジオもつけていないなら、なおさら。
「なんだ」
 クラウドの声に、バッツは我に返った。いつの間にか彼は食事の手を止めてこちらをじっと見ていた。その綺麗な瞳を見つめ返して、バッツはクラウドに聞いた。
「美味い?」
「ああ」
「そっか。よかった」
 クラウドの返事に、バッツはゆるゆると笑った。

2013-09-11
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