7月1日は、井村屋あずきバーの日

 食事を終え、ダイニングにあるテーブルの上をあらかた片づけた後、バッツは冷凍庫から竹模様と濃い赤色のデザインが施されたアイスのパッケージを一つ取り出した。パッケージの真ん中にでかでかと白い文字で『あずき』と書かれているそれを、カウンター越しにクラウドに手渡した。
「ほい、今日のデザート」
 差し出したアイスを受け取ったクラウドは、引き換えにと先ほどまでテーブルを拭いていたふきんをこちらに差し出してきた。バッツは受け取ったふきんをわきに置くと、シンクに積まれた食器を洗うべく蛇口ひねった。
 ざあざあと流れる水の音を効果音に、包装紙を破りアイスを取り出したクラウドを見ながら、バッツはとっておきの情報を披露する。
「今日は『井村屋あずきバーの日』なんだって」
  告げると同時にクラウドの動きが止まった。目線があずきバーとバッツの顔を何度か往復した後、彼は小さくため息を付いて呆れたように言った。
「またか」
「いいじゃんか。こういうのは、タイミングが大事だろ」
 からからと笑った後、バッツはスポンジと洗剤を手に取った。後回しにするとやる気がなくなるので、自分が同じアイスを食べるのは食器洗いが終わってからだ。
 食器を洗い始めたバッツを見ながらアイスを食べ始めたクラウドは、一口目を口にくわえたと同時に再び動きを止めた。固くて噛めなかったらしい。
「まあ出したばっかだから固いよな」
 ぽろっと感想をこぼしたバッツに、クラウドが顔をしかめた。しかし、噛めないまま口を離すのはプライドが許さなかったのか、こちらの言葉に文句を言うことなく、クラウドはそのままもごもごとあずきバーをかじっている。なかなか口を離さないその様子に、バッツは苦笑しながらリビングの方を指し示した。
「固かったら扇風機の前で食うといいぜ」
 泡だらけの指の先には、今日物置から出してきた扇風機が首を振っている。そちらの方向を見たクラウドがカウンターを離れ、リビングの方へと向かっていった。
「やりすぎるとすぐ溶けるから気をつけろよ」
 その背中にバッツが声をかけると、クラウドは振り返らないまま一度だけ頷いたあと、そのまま視界を外れてしまった。
 大丈夫かな、と少し心配になったバッツは、食器を洗う手を止めないまま、クラウドが見える場所へ立ち位置を変えた。
 視界に収めたクラウドは、扇風機の前にどっかりとあぐらをかいて陣取り、もさもさとあずきバーをかじっている。どうやらようやく食べられる固さになったらしい。風を受けた髪が、さらさらと揺れていた。
(わんこみたいだなあ)
 なんとなくだが、彼の姿がおもちゃをくわえてお座りをする犬のように見えて、バッツは思わず小さく笑った。押し殺した声は水の音に紛れて、たぶんクラウドには聞こえていないはずだ。気づかれると不機嫌になるかもしれないので、視線を食器へと戻して、にやけているであろう顔を隠した。
「バッツ」
 くつくつと笑いながら洗い物を続けていたバッツの耳に、クラウドの声が聞こえた。顔を上げると、クラウドがこちらを振り返っているのが見える。
 瞬いた目と傾げた首でどうしたのかと問うたバッツに気づいたかはわからないが、クラウドがまじめな様子でこう告げた。
「拭く物をくれ」
「だから言っただろ!」
 バッツの口から、思わず反射で声が出た。なにかと思ったら、案の定アイスを溶かしてこぼしたらしい。彼の手元を見れば、しがみつくようにバーに残っている小さいアイスの塊が見えた。その下に手をあてがっている様子から、すでに水滴になったアイスがぼたぼたとこぼれているのだろう。乾いた布を渡すとべとべとになるので、バッツは濡れた手のまま横にあったふきんを手に取った。濡らして固く絞り、振りかぶる。
「投げるぞー」
 言葉と同時に勢いをつけて投げる。クラウドはいつの間にかあずきバーを口にくわえていて、飛んでいったふきんを手でしっかりと受け止めていた。
(やっぱりわんこだな)
 手を拭きながらもアイスを咀嚼しているその様子に、さっきと同じ事を考えて、バッツはもう一度笑みをこぼした。

2013-07-01
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