雨と、新しい黄色の傘

 陽も傾いてきた頃、室内に小さく流れるラジオの音にかぶせるように、雨音が聞こえ始めた。
「あー、降ってきたな」
 ベランダの外へ視線を向けて、バッツは一人つぶやいた。夕飯の準備をしていた手を休めて窓を開けてみれば、灰色に染まった空から細い雨が降り出している。この雲の様子だと、しばらくは降り続けるだろう。そうして次に思うのは、同居している金髪の青年のことだ。
(そういえば、クラウド傘持って行ってなかったよな)
 玄関へ足を向けて傘立てを確認すれば、自分が常用しているビニール傘と一緒にクラウドがいつも使っている黒い傘が残っていた。多分いつもの通りバイクで出勤したのだろう。
「雨は夜中、って天気予報も言ってたしなあ」
 夜中から翌朝まで降る、と言っていた予報の時間帯がそのまま前にずれたのなら、おそらく今日一杯は雨が降り続ける。クラウドはバイクを大事にしているようだし、もしかしたら雨が止むまで帰ってこないとかあるかもしれない。
(どうするんだろ。遅くなるようだったら連絡くれるとは思うんだけど)
 一回気になると、止まらなかった。準備そっちのけでそわそわと落ち着きなく玄関と台所を行き来しているうちに、はたと良い案が浮かんでバッツは手を打った。
「そうだ、迎えに行けばいいんだ。場所は教えてもらってるんだし。今から出れば終業には間に合うだろうし」
 後から考えればメールして確認するなりすればいい話だったのだが、このときは我ながら妙案が浮かんだと他の事は一切考えられなかったのだから仕方がない。ともあれ、方針が決まればそこからの行動は早い。バッツは簡単に台所を片づけて上着を羽織り、財布と携帯を持って玄関へと向かった。靴を履こうとして、気づく。
(そう言えばこの前傘買ったんだった)
 その日暮らしな放浪生活ではなくなったからビニール傘じゃなくてきちんとしたものを使った方が良いだろう、と言い訳のような理由をつけて買ったものがあったのだ。せっかくだからそれを差していこうと、自分にあてがわれている部屋へとって返す。片隅に立てかけてあった傘を手に取り、つけたままだった包装をビリビリと破れば、鮮やかな黄色が中からこぼれ出た。
「今日からよろしくな」
 言いながら今度こそ靴を履き、クラウドの黒い傘を握って外へ出る。とたんに冷たくて湿った空気が体を覆い、バッツは思わずぶるりと震えた。
(もう冬になるんだな)
 クラウドにはじめて会ったのは確かこれくらいの季節だった、なんて思いながらバッツは手に持っていた新品の傘を広げた。灰色の空に咲いた黄色い傘にはチョコボの絵柄がそこかしこに描かれている。この絵が気に入って買った傘は使ってみるとちょっと小さかったが、あまり自分の身なりに頓着しないバッツには瑣末なことだった。雨粒が傘にあたる音と水溜りを踏んづけた音にはさまれながら、駅へと向かう。ふと目線を上げて視界に入れたチョコボの黄色に、今は仕事をしているであろう彼が重なった。
(会いたいなあ)
 心に浮かんだ言葉を雨の降り始めからずっと考えていたのだとようやく思い至って、バッツは彼の元へ向かう速度を少し速めた。

2012-12-02
文章へ戻る