紅茶の日

 この家の夕食後のデザートは結構重いものが出ることがある。「食事のあと、すぐに食べれば問題ない」というのがバッツの持論らしい。食事をすべて用意してもらっている身なので意見したことはないが、飯もそれなりの量なのにデザートまで大量に出すのは勘弁してほしい、とクラウドは思う。
 今日は重い日に当たったらしく、出てきたデザートはアップルパイだった。
「ほい、クラウド」
 そういってバッツが差し出したマグカップを受け取り、普段と変わらない動作で一口含んだ瞬間、クラウドは顔をしかめた。カップの中を見れば、いつものブラックコーヒーではなく、薄い茶色の水が中を満たしている。
「紅茶か?」
 目を瞬かせながら呟いたクラウドに、バッツが苦笑しながら答える。
「そうだよ。変な飲み物じゃないんだから、そんな顔するなって。そりゃ事前に何も言わなかったのは悪いけど」
「珍しいな」
「うん。今日は紅茶の日なんだってさ。たまにはいいかなって思って、バイトの帰りに茶葉を買ってきたんだ」
 入れ方適当だけどと言いながら、同じ液体が入った色違いのマグカップを手に、バッツが向かいの席に座った。彼はテーブルに用意してあったスティックシュガーを手に取り、封を切ってこちらへ差し出してくる。
「砂糖入れていい?」
「アップルパイがあるのにか?」
「んー、紅茶は砂糖入れた方がいいってクルルが言ってたからさ。でもたしかにアップルパイは甘いよな。食べながら考えるか」
 クラウドの反論にあっさりと納得して、バッツはスティックシュガーを脇におき、代わりにフォークを手に取った。そのままデザートを食べ始めたバッツにあわせて、クラウドもアップルパイを口に入れる。甘いのが苦手なクラウドに合わせて、アップルパイはそこまで甘くない物を用意したらしい。苦味の少ない紅茶が合うな、と思いながら口と手を動かしてると、バッツの声がかかった。
「美味しい?」
 下を向いていた視線を上げると、頬杖をついたバッツと目が合った。こちらをずっと見ていたらしい。その視線にずっと気づかないほど食べることに集中していた恥ずかしさに、クラウドは少し目を逸らして答えた。
「……ああ」
「そっか。良かった」
 クラウドの答えに、バッツは嬉しそうにそう返した。きっとその顔には笑顔が浮かんでいただろうと思って、目線をはずしたことを少し後悔する。ちらと彼の方を見れば、クラウドの挙動が示す意味をしっかりと理解したらしいバッツが、満面の笑みを浮かべた。
 その笑顔がくっきりと脳裏に焼きついたクラウドは、たまには紅茶も悪くないと思った。

2012-11-01
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