昼休みに体育館倉庫で
がらがらと騒がしい音を立てて、バッツが体育の授業で使ったバスケットボール入れと得点板を体育館倉庫へと運んでいると、ちょうど目的地の方向から一人の女子が走ってきた。体育着姿ではなく制服姿。顔を手で覆っている彼女に、ぶつかったら危ないなと注意を払いながら近づく。すると、意外と小柄だったその女子にすれ違いざまに睨まれた。初対面なのに睨まれる覚えはないぞと一瞬思ったものの、その目元が泣きはらした様子だったことに、しまった、と気づく。
そういえば、今日の昼休みに体育館倉庫に呼び出しうけてたなあいつ、などと思うも後の祭りだ。
視線を戻せば、予想通り、体育館倉庫の入口に佇むこちらも制服姿の男が一人。
「もしかして、邪魔したか?」
「……いや、助かった」
答えて、この学校の(主に女子からの)人気者、クラウドはため息をついた。その動きすら様になるのだから大変だ、とバッツは思った。
そんなにたいした量でもないのに、クラウドは片づけを手伝うと言ってくれた。別に断る理由はないので、素直に申し出を受ける。
遠くから聞こえる昼休みを校庭や体育館で遊んでいる声を背に、バッツは倉庫の戸を開けた。薄暗くて埃っぽい。
「おまえも大変だな、毎日のごとくどこかしらに呼び出されて」
得点板を倉庫の奥に押し込みながらそう言えば、クラウドは最近は少し減った、と返してきた。それでも、一週間に二、三回は屋上やら校舎裏やらに呼び出され、それに毎回律儀に出向くのだから、人気にもなるのだろう。
「毎回断るの大変だろ」
「そうだな」
「おまえ今彼女いないんだし、付き合ってみればいいじゃないか」
「……興味ないね」
クラウドがボール入れを動かすと、いくつかボールが床にこぼれた。慎重に物事を進めるクラウドにしては珍しい。クラウドが顔をしかめている、というには微妙な表情を見せているのも珍しい。ろくに掃除もされていない床に転がる球を制服のクラウドに拾わせるのは躊躇われたので、バッツは気にするなと声をかけながら、ボールを追いかける。
「でもさ、浮ついた話の一つもないから狙われるんだぜ? 恋人作れば呼び出しもなくなるだろ。気になる奴とかいないのか?」
「言ったところで断られるに決まっている」
思わぬ返しに、バッツは内心で「いるのか」とまず驚いた。それから、イケメンの癖になんと悲観的なことだろうと思った。
「おまえが告って断る奴なんていないだろー」
ボールを拾いながら、バッツは勇気づけるように根拠もなく明言する。と、視界の端でクラウドが何故か動きを止めた。
「……そう、思うか?」
「おう」
頷きながら、バッツは集めたボールを抱えてクラウドの横へと戻ってきた。今度は落ちないようにと一つずつボールを山に戻していく。すると、ずっと立ち尽くしたままだったクラウドが、つとこちらを向いた気配がした。
「バッツ」
「ん?」
最後の一個を持った手を止めて振り向く。それだけで、同じくらいの背丈である彼と、視線がかち合う。
「好きだ」
「……へ?」
クラウドの一言に、バッツは目を見開いて、まじまじとクラウドを見返してしまった。何を言われたのか理解しようとして、意識が何度もクラウドの言葉を繰り返す。
心臓の音がうるさいせいか、いつのまにか手から零れ落ちたボールがどこかに跳ねたらしい音が、やけに遠く聞こえた。
「好きだ、バッツ」
間抜けな顔を晒したままのバッツに焦れたのか、クラウドが同じ言葉をもう一度声にした。唇の動きが暗がりの中ではっきりと映る。
「ちょ、ちょっ、待て待て、おまえ何言って――」
「断る奴なんていないんだろう」
クラウドの返しに、バッツは反射で冗談だろうと言おうとして、しかし無理矢理息を止めて飲み込んだ。一度もバッツから外れないクラウドの目が、これまで見たことないほどの真剣さと不安を帯びていたことに気付いたからだ。
目線だけじゃない、今は途切れた声も、微かに震えている体も、彼の全てがバッツに一つの感情を切実に訴えている。
バッツはゆっくりと目を閉じた。深呼吸をする。
「……わかった。いいぜ」
彼が聞き間違えないようにと、しっかりと言葉にする。それを聞いたクラウドが目を見開き、そして、決壊するように表情が崩れた。俯き震えている彼から、声にならない慟哭が漏れる。
いつも冷静なクラウドが初めて見せたその姿に、バッツはなぜか心臓を握りこまれたような痛みを感じていた。