ある夜
入るぞと声をかけて、バッツは今日の寝床であるテントに滑り込んだ。
薄暗い揺らめきの中、クラウドが振り返る。テントの床にはすでに寝床の準備がしてあって、肩当てやベルトなんかを脱いだ軽装姿の彼は、二つ並んだ寝床の、入口に近い方に座り込んでいた。彼の足元にあるランタンがぼんやりと、周囲を明るくしている。クラウドの手元には、読み回しされているこのあたりの地域のことを記したメモ書きの束があって、寝る直前なのに真面目だな、と思う。
あまりクラウドを待たせてはいけないと腰を落とし靴を脱ぎ始めた所に、声が届く。
「遅かったな」
一言だけだけれど、すねたような声音だ。このテントはクラウドと自分の二人きりだからか、彼はそれを隠さない。それをバッツは嬉しく思う。
「ちょっと明日の話をしてた」
答えると、そうか、と返される。片付けした後、明日の朝の予定について前半の見張り番であるジタンたちと話をしていたら、少しだけ長くなってしまったのだ。明日の朝の準備を任されている身としては大事な話だったから謝らないけれど、せっかくの二人きりの夜なのに、すこし申し訳なかったかなと思う。
靴を脱ぎ終わって、バッツはやっとテントの中へと入る。大きく回ってテントの奥へ行き、つけていた装備を外し始める。肩当てとマント、ベルトに手甲に腰布にと大雑把に脱いでいると、じっと見られているのを背中に感じる。二人きりだから、彼はそれを隠さない。言葉以上に訴えかける視線に応えるように、クラウドをこれ以上待たせないように、バッツはできる限り急いで寝る準備をしていく。今日は揃って見張り番を任されていないから、朝までずっと一緒にいられる。遅れた分を取り返して、二人の時間を少しでも長くしたいとバッツだって思っている。
装備を脱いで畳んで端に置いて、解放感に大きく背伸びをする。その動きのまま思いきり寝床に倒れこみたかったけど、外や他のテントには仲間がいるから我慢した。ゆっくりと体を戻して、なるべく音をたてずに寝床に滑り込む。彼の隣に。
バッツは自分が寝床に寝転がっても座り込んだままのクラウドを見上げた。ランタンの揺らめく光に照らされて、不思議な輝きを持つ彼の瞳がきらきらとしている。橙と翠が混ざるそれが、おれを見てやさしくたわむから。
「消すぞ」
言葉と同時にランタンの火が落とされる。それを少し残念に思う。
暗闇に落ちた世界で、衣擦れの、彼が生きている音がする。暗闇に慣れていない目にはクラウドの姿は見えないけれど、彼がいる場所へ音を頼りにもっと近づこうと手を伸ばす。すると、その手を掴まれ引き寄せられた。温かい存在はすぐそこにある。おれはクラウドがそうしてくれたように、彼の背に腕を回した。いつの間にか床とおれの体の間にクラウドのもうひとつの腕が入っていて、それはさすがに咎めた。明日も行軍だから、手を痛めるのはだめだ。そう言うと腕が渋々といった様子で頭の下に回った。おれのもうひとつの腕も彼の頭の下にあるから、これには何も言えない。
「明日も早いから、寝ないとな」
「ああ」
ぴったりと抱き合いながら、言い聞かせるようにつぶやく。おれたちの関係はすでに仲間に周知されていて、最近は特に二人きりにさせてもらえることが多くて、それはとても嬉しい。嬉しいけれどその恩恵を受けてばかりではいけないとわかっている。
おやすみ。
お互いにキスをひとつずつ贈りあって目を閉じる。静かな息づかいとすぐそばにある温もり。抱き寄せあう腕の力強さ。戦いの最中だと言うのに、それだけで幸せだった。