眠る前のなんてことのない会話
「じゃあ、僕はそろそろテントに戻るよ」
「そうか」
「うん。おやすみクラウド。フリオニールも。見張り、よろしくね」
「ああ、おやすみ」
そんなやり取りを最後にフリオニールとクラウドとの会話を切り上げ、セシルはあてがわれたテントへと戻ることにした。今日一緒のテントなのはティーダとバッツだ。ジタンとスコールは後半の見張りになっているから、別のテントで寝ている。そして、ティナとオニオンは別枠だ。セシルたち九人は今、一人クリスタル探求の旅を続けているであろう光の戦士を追って、混沌の大地へと足を踏み込んでいた。 幕を静かにめくり潜り込む。テントの中はすでに静かだ。規則正しい生活をしていたらしいティーダが、早く眠ってしまう質のためだろう。暗がりの中で目を凝らす。一番奥にティーダが、真ん中にバッツが横になっていた。遅くなってしまったセシルは一番手前のようだ。靴を脱いで中へ入ると、奥であおむけになっているティーダが大きく腕を動かして、なにやら寝言を呟いた。寝てもなお騒がしい様子に、セシルは思わず苦笑を漏らす。対するバッツはと視線を動かして、セシルは目を瞬かせた。
こちらに背を向けて横向きに眠るバッツは石になったかのように静かだった。こうして一緒のテントになったのはまだ片手で数えるほどしかないけれど、バッツが先に寝ているのは珍しい気が、というか初めてじゃないかと考えが巡る。身じろぎしないからだ。ささやかな呼吸。物音ひとつ立てずに眠るのか、と内心意外に思う。一人旅をしていたというから、それ故の習性なのかもしれない。……そこまで考えて、違和感を覚えた。静かすぎる。
確信を持って、セシルはバッツに声をかけた。
「すまない、起こしてしまったかい」
「……いや、寝てない」
短く低い言葉と共に、バッツがゆっくりと寝返りを打った。こちらを向いた目が開く。暗いせいで色まで判別はつかないけれど、彼の光彩がはっきりとセシルを見た。
「気づいてたのか」
「うん」
セシルは頷いて、その目をはっきりと見返した。
「人間っていうのはね、基本的に動く生き物なんだよ。眠るときもね。動かないのは意図的に動きを止めるか、死んだときだけだ」
言い切ったセシルの目から、バッツは顔を逸らさない。どこか緊張した雰囲気を破るように、ごそりと衣擦れの音がやけに大きく耳に届く。視線をずらすとティーダがいつの間にかうつ伏せになっていて、顔をしかめていた。この状態でずっとやり取りしていると、ティーダを起こしてしまうかもしれない。
セシルは静かに腰を落とした。先に鎧を外しておいてよかったと思いながら、バッツと向かい合うように寝転がる。さきほどよりも近い位置で目を合わせて、こっそりとささやく。
「眠れないのかい?」
「あー、うん、ちょっとな。今日ははしゃぎ過ぎたのかも」
口元だけを歪ませて、バッツが笑う。なにかをごまかすような、微妙な笑顔だった。興奮というよりは、どこか緊張している気がする。寝る体勢になったせいかすこし重くなった頭で今日一日を思い返せば、確かにバッツはいつもどおり元気だった気がするけど、逆に疲れて眠くなるものじゃないだろうか。
「バッツ。嘘はよくないよ」
「敵わないなあ……」
セシルが追及を止めないでいると、バッツは観念したのか、そう言って笑顔を消した。
「ええと、気を悪くしないでほしいんだけど……」
頬をかいた彼の目線が少し泳ぐ。
「みんなと距離が近いと、なんかうまく眠れなくてさ」
そんなことなのだろうと想定していたので、セシルはバッツの申し訳なさそうな声を特に驚きもなく受け止めた。スコール、ジタンと一緒のときはどうしていたのかと聞けば、ほぼ寝ないまま過ごしたり、テントを張らないときは、さりげなく離れて寝ていたりしていたらしい。
「もとの世界でどんな旅してたのか覚えてないから、なんでこうなっちまうのかわかんないんだよな」
「――そう、じゃあ、仕方ないね」
とてもさみしいことだけど仕方がない。セシルが思ったままにこぼすと、バッツは何故かきょとんと眼を瞬かせた。
「あっさりしてるんだな」
「がっかりして欲しかった?」
返した言葉がバッツをざっくり切りつけてしまった感触がして、セシルは目を伏せた。
「ごめん。でも、身についた習性なら、どうしようもないだろう?」
そう続けると、バッツも小さく謝罪を返してくる。その声はまだはっきりしていて、バッツにまだ睡魔は訪れていないのだとわかる。
しかし、本人にもどうしようもないこととはいえ、こんな状態がずっと続けばバッツの状態は悪くなってしまう。光の戦士に追いつくことができれば今後は全員で行動することになるだろうから、バッツが一人きりになれることは今以上にないだろう。なんとかできないかと、セシルはとりとめがなくなってきた思考で、バッツが眠れそうな方法を考える。
「当て身でも食らわせてあげようか?」
「それは寝ることにならないだろ」
「じゃあ、オニオンかティナに頼んでスリプルでもかけてもらう? ぐっすり眠れると思うよ」
「場所が場所なんだから、魔力は大事だ。こんなことで使わせられないよ」
っていうか、セシルって結構力任せだよな、とバッツの声が続いた。そうだろうかと首をかしげると、こちらを見ていたバッツが目を細める。
「おれの問題なんだから、自分でなんとかするよ。それに、うまく眠れないってだけで、寝れないわけじゃないと思う」
「そう。なら、僕は先に寝るよ。バッツ、明日寝不足で足を引っ張らないようにね」
「わかってる。セシルは厳しいな」
「君は子供じゃないんだから、それくらい言うさ」
バッツが何やら声を返してきたが、眠ると決めたからか急速に沈んでいく意識がそれをきちんと処理してくれなかった。
「おやすみ、バッツ」
変なことを言う前にと、セシルは最後にそれだけをささやいて、バッツの返事を待たずに目を閉じた。