2月2日はツインテールの日

「オニオン、ティナちゃん、お疲れさん」
 野営地へと戻ったオニオンとティナを迎え入れたのは、そう言って手を振ったジタンだけだった。
「ただいま。って、ジタンだけ? 他の皆は?」
 オニオンは挨拶もそこそこに疑問の声を上げた。ジタンは今日、バッツと探索に出かけていたはずだ。今日の野営地での待機を任されていた光の戦士とティーダの姿もない。バッツとティーダならどこかへふらりと出かけたのかもしれないが、真面目な光の戦士が持ち場である野営地にいないのはおかしい。
「あー……、どう説明したらいいだろうな」
 ジタンはあごに手をおいて悩む様子を見せた。が、オニオンが胡乱げな目つきで見つめると、あまり間をおかずに口を開いた。
「さっきシャントット博士が来てな、『今日はツインテールの日ですので、ツインテールである私に精一杯尽くしなさい』と宣言した」
「ツインテールの日」
 特徴的なその言葉を、オニオンはおうむ返しのようにつぶやいていた。なんともへんてこな日である。本当にそんな日があるのかと訝るが、博士が言うなら絶対である。
「でも、静かだね」
 隣でティナが首をかしげる。確かに、博士が来ているのなら、この野営地は大騒ぎのはずである。
 その疑問に、ジタンが頷いて答えた。
「ああ、博士はウォーリアに押しつ……違った。ウォーリアが対応してくれるって言ってくれてな、二人でどこかに出かけて行った。バッツとティーダは、『ツインテールって言ったらこれだろ!』って言って、女装装備持って走ってった。たぶんクラウドとフリオニールの探索先に向かったんだろ。んで、オレは野営地を無人にするわけにもいかないからここで待機してた、ってわけ」
 ジタンの話が終わった時、オニオンは思わず深いため息をついていた。博士の襲来を一手に引き受けてくれた光の戦士はともかく、ティーダとバッツは責任感が足りないんじゃないか。クラウドたちだって真面目に探索しているのに、邪魔しに行くようなものじゃないか。本当に僕より年上なんだろうか。
 それにしても、とオニオンはジタンを見た。いつもティナにちょっかいを出そうとしてばっかりいるけど、ジタンはティーダやバッツに比べてしっかりしてたんだ。
 と、オニオンが思った矢先。
「というより、ツインテールってのは女の子がやってこそだと、オレは思うんだよな」
 にかっと笑ってジタンがそう言った。その目は真っ直ぐティナの方に向いている。感心した僕が馬鹿だった、とオニオンはがっくりと肩を落とした。
 そんなオニオンを横目に、ジタンはティナを口説き始めている。
「ってわけで、オレはティナちゃんがツインテールにしてるのを見たいなあ」
「私?」
「そう。ちょっとやってみねえ?」
「でも、私この髪型しかしたことがないよ? できるかな……」
「自分で結ぶのが不安ならオレがしてやるよ! タンタラスではヘアメイクとかもやるからな。どんなツインテでも行けるぜ?」
「ちょっとジタン! ティナに変なことする気じゃないよね!?」
 さらりとジタンが告げた内容に、オニオンは肩をいからせて、ティナをかばうように二人の間に割って入った。あからさまなオニオンの行動に、ジタンはしかし軽く肩をすくめただけだ。
「いいじゃねえか、別にデートしたいって言ったわけでもなし」
「それでも駄目! ジタンがティナに近づいたら何するかわかんないし!」
「おまえの中でオレってどんな人間にされてるんだよまったく……。じゃ、おまえがやるか?」
「え?」
「オレは見たいだけで結びたいわけじゃねーし。教えてやるから、オニオンがやればいいだろ」
 拍子抜けしたような声を上げたオニオンに、ジタンはそう提案してくる。どうしよう、と泳いだ目が、いつの間にか少年を見ていたティナと合った。
「オニオン君、私からも、お願いしてもいいかな?」
「う、うん! 僕がんばるから!」
 まっすぐオニオンを見て笑顔を見せたティナに、少年は思わず頷いていた。

「ポニーテールも上で結んでるし、やっぱりアップじゃねーかな」
「えっと、ティナもそれでいい?」
「うん」
「じゃあオニオン、まず櫛で髪を二つに分ける。真ん中から綺麗に分けてやらないと、分け目が汚くなるからな」
「わかった」
「結び目の位置はだいたいこの辺じゃねーかな。櫛でとかしながらまとめて、リボンで結ぶ」
「……こんな感じかな?」
「もっときつめに結べ。ゆるいとほどけちまうぞ」
「でも痛くない?」
「オニオン君、ちょっとぐらいなら平気だよ?」
「わかった。ティナ、痛かったら言ってね」
「よし、いい感じだな。じゃあ次は逆側だ。今結んだ方と、位置がちゃんと対称になるように結ぶ。ずれてると変だからな?」
「うん。……この辺かな」
「もうちょい上かな」

 そんなやり取りを経て、数分後。
「よーし、完成だな! かわいいぜ、ティナちゃん!」
 ジタンが腕を組み、満足そうにうなずいた。髪を結ぶために組み立て式の椅子に座っていたティナが、「私も見たいな」とジタンを見上げた。それに応えて、ジタンは道具箱から大き目の手鏡を取り出す。
「ほら、ティナちゃん」
 差し出された手鏡を、ティナが覗き込んだ。見えないが、彼女が顔をほころばせたような気配を感じた。自分もティナに声をかけなければと分かっているが、オニオンは今それどころではなかった。
 髪を結ぶときは集中していて気にも留めていなかった、ティナの髪の柔らかさだとか、普段は上から見ることのない首筋だとか、そういうものが今になって脳裏をちらついて、顔に熱が集まるのが止められない。
(どうしよう、こんなことになるなら警戒せずにジタンにやってもらった方がよかったんじゃ……)
「なにぼーっとしてるんだよ! ほら、おまえも前から見てみろよ」
 ずっと立ちすくんだままだったオニオンにそう言って、ジタンが背中を叩いてきた。
 衝撃に身を竦めたオニオンに、ジタンは親指を立てて笑う。
「初めての癖にバッチリできてるぜ! おまえだってやってる途中はずっと後ろからしか見てなかっただろ。ちゃんと前から見てやれって!」
「え、ちょっ、ちょっとまって!」
 慌てふためいたオニオンを、ジタンが無理矢理ティナの前に向かわせようと背中を押そうとする。今ティナを正面から見ちゃだめだ、と焦ったオニオンは身をよじって抵抗する。そんなやり取りが気になったのだろう、ティナが椅子に座ったまま二人の方を向いた。
 そうして視界に入ったティナから、オニオンは目が離せなくなった。
 二つになったリボンが、ティナの頭をきれいに覆っている。いつもは後ろにある金髪が、緩やかな曲線を描いて、ティナの両頬を飾っている。耳と輪郭が少し隠れた顔は、いつもより細い印象を受ける。そのためか大きく見えた薄い青色の瞳が、真っ直ぐオニオンを見上げていた。
「どう、かな?」
 そう言って小さく首を傾けて笑うティナの姿が、オニオンにクリティカルヒットした。
「あ、おいオニオン!」
 ジタンが慌てた声を上げたが、すでにオニオンには聞こえていなかった。自分の体が倒れていくのも蚊帳の外だ。そんなオニオンの薄れゆく視界の中で、ティナの笑顔だけがずっときらきらと輝いていた。

2014-02-02
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