to you
「クラウド、これやるよ」
先程ジタンたちと共に探索から帰還したバッツが、何でもないことのように言ってクラウドの左手に小さい銀の輪を乗せた。クラウドの視線の先、使い込んで黒ずんだグローブの上で、かすかに光が揺らめいた。
「指輪?」
「ああ、エンゲージリングっていうんだって」
「エンゲージリング?」
言われたままを反芻する。自分の声は上ずってなかったか。そんなことが気にかかったクラウドに構うことなく、バッツは明るい声で話し続ける。
「アシストを補助するアクセサリなんだってさ。おれは最近クラウドの手助けすることが多いから、もっと役に立てればいいなって思って」
指輪を渡すところからずっと変わらない口調で喋るバッツは、エンゲージリングの意味することを知らないのだろう。クラウドが黙ったままでいる理由を、クラウドが今飲みこんでいる数々の言葉に気付かないのだろう。
「――あ、今クラウドがつけてるアクセサリが気に入ってるとかだったら、無理につけなくていいから」
何も言わないクラウドに不安になったのか、バッツが早口でそんなことを付け加える。クラウドは「いや」と思わず口にした後、固まったままの顔に、ぎこちなく笑みを浮かべた。
「使わせてもらう。……ありがとう」
「おう!」
クラウドが答えると、バッツは一瞬目を見張り、そのあとゆるゆるとした笑顔を見せた。そしてすぐに、じゃあおれ用があるからと忙しなくクラウドの元を去っていく。その後ろ姿をしばらくみつめて、彼がテントの陰に消えてから、クラウドは固まったままの左手に視線を戻した。装飾も何もない薄い輪は握りこめばつぶしそうなほど脆く見えて、クラウドは次の動作を躊躇った。
そのとき。
「クラウド、どうかした?」
「!」
突然かけられた柔らかい声に、クラウドは驚きに全身を震わせた。慌てて左手を握りこむも遅く、拳の中に金属の固い感触はない。
振り向けば、いつの間にか横に立っていたセシルが、その白い指で指輪を掲げていた。ゆるく波打つ銀糸の髪と中性的な面立ちの彼が指輪を持つ姿が、自分なんかよりよほど様になっていると思った。
「新しいアクセサリー?」
曇天の空にかざして指輪を眇めるセシルに、身を固くしていたクラウドは曖昧に頷いた。
「ああ、バッツが」
そこで言葉を切ったクラウドに、セシルは目を細めて柔和な笑みを浮かべた。
「よかったね、クラウド」
掛けられた言葉の意味をクラウドが問うより早く、セシルは「はいこれ」と言って指輪をクラウドへ返してきた。呆然としながら受け取ったクラウドの耳に、セシルの声が届く。
「次の予定を打ち合わせたいから、あとであっちのテントに来てくれるかい」
「あ、ああ、わかった」
頷いたクラウドを見ているのかいないのか、セシルはあっさりとテントの方へ去っていく。伝言だけが目的だったんだろうが、彼の綺麗な笑顔に時々するりと本音を漏らしてしまうから油断はできない。バッツとのこととなれば、なおさら。そんなことを考えながら、クラウドは左手に返されたそれを改めて見つめた。そして。
指輪の内側になにかが彫ってあることに気が付いた。
数日後。連携確認も兼ねた探索ということで久しぶりに二人で行動することになった日のこと。いざひずみへ入ろうとしたところで、クラウドはバッツを呼び止めた。
「バッツ」
「ん?」
「使え」
短く言って、クラウドは野営地を出発してからずっと手に握りこんでいたそれを、バッツの手に乗せた。バッツの固い手のひらの上で、銀の輪が鈍く光った。
「これ、エンゲージリング?」
瞬きもせずに自分の左手にある輝きを見つめながらバッツが問いかけてくる。その声音が若干沈んでいるように聞こえたが、それに気づかなかったかのようにクラウドは頷いた。
「ああ。今日は俺がお前のアシストだからな」
「うん、まあ、そうなんだけど――」
そこで不意にバッツが口を噤んだ。彼の瞳が、ことさら大きく見開かれる。その変化に跳ねた心が声に乗らないように、クラウドは努めて平静を装い口を開いた。
「使わないなら返せ」
「使う! 使うって! ありがとな、クラウド!」
クラウドの言葉をさえぎって弾んだ歓声が上がると同時に、ぎゅうぎゅうと抱きしめられる。バッツはそのまま、クラウドの顔前に左手を掲げて、その指にゆっくりと指輪を通していく。
細いがしっかりとした指に銀色の輪がぴたりと収まる。その様子をじっと見ていたクラウドは、バッツに気づかれないよう左手を軽く握り込んだ。