横取りマロンテイスト

「オレとだっつーの!」
「僕とだよ!」
 探索の準備を終えたおれがテントから出ると、途端に大きな声が届いた。見ると、すでに何人かが集まっている集合場所の真ん中で、ティーダとオニオンが言い争いをしているようだった。
「たまは昨日クラウドと一緒だっただろ!」
「ティーダだって、この前二回連続でクラウドと探索に行ってたでしょ!」
 どうやら、今日の探索でどっちがクラウドと行くかで揉めているらしい。ティナとセシルが落ち着かせようと頑張ってるみたいだけど、効果はないみたいだ。
 当のクラウドは何をしているかっていうと、二人の間に立って困った様子で頭を掻いていた。あれだけ二人がいがみ合っていると、クラウドからは何も言えないだろうなあ。
(人気者だなあ、クラウド)
 くすくすと笑いながら、皆が集まっている場所へと向かう。遠目にはよく見えなかったが、近づいてみると二人はかなり険悪そうな雰囲気を出しているのが分かった。さっきまで浮かべていた笑みが、自然と引っ込むくらい凄いことになってる。
 これはまずい。何とか二人をなだめないと、取っ組み合いのケンカになりそうだ。でもクラウドは一人しかいないし。つか二人のどっちかと行くみたいになってるけど、おれだって行けるならクラウドと一緒に行きたいし。
(あ、そっか)
 いい考えがひらめいた。おれは他の皆に気づかれないようにこっそり騒ぎの中心へと入り込むと、二人の言い争いの間を狙って手をあげた。
「じゃあクラウド、おれと一緒に行こうぜ」
 いきなりの乱入に、皆の視線が一気におれに集まった。これは畳みかけるチャンスだ。
「おれは最近探索で全然クラウドと組んでないし。いいだろ?」
「――そうだな」
「ほい、決定!」
 二人の反論が出る前に、渡りに船とばかりにクラウドが頷いた。なので、これで話はおしまい、とおれが手を打つ。
 それに慌てたのはティーダとオニオンだ。まあ、当然だよな。
「そんなのありッスか!?」
「バッツ横取り!」
「横取りって。決めたのはクラウドだぞ」
 な、ともう一度同意を求めれば、クラウドがああ、と答えた。

「やー、まさかあんなうまく行くとは思わなかったなー」
 今回の目的地へと向かって歩きながら先程の出来事を振り返って、おれは感慨深くつぶやいた。
「……助かった」
 横を歩いていたクラウドから声がかかったので、おれはちらりと視線を向けた。
「ん? クラウドに礼を言われるようなことはしてないって。おれがクラウドと一緒に行きたかったのは本当だし」
「そうか」
「この前クラウドと二人きりになったのって、七日前の見張りの時だよなあ?」
「そうだな」
 あっさりとした返事ばかり返すクラウドに、こりゃもうちょっと積極的に行かなきゃなあと考えて、おれはクラウドの前に回り込んだ。
 足を止めた彼の首に腕をからめて、顔を寄せる。鼻が触れるくらいの至近距離で、不思議な色の瞳をまっすぐ覗き込んだ。
「な、イチャイチャしようぜ?」
「あとでな」
「ちぇっ」
 問いかけをあっさりと否定されたおれは、顔を離してこれ見よがしに口をとがらせた。けど内心では、クラウドはそう言ってくるだろうとも予測していたので、それほど落ち込んでない。
 そんなおれの考えに気付いているのかいないのか、クラウドが言葉を付け足した。
「早く終わらせれば、その分時間ができる」
 おれはおもわずまじまじとクラウドを見てしまった。何も言わないおれに、クラウドが「そうだろう?」と小さく笑った。心なしか、顔が少し赤い気がする。
「おう!」
 笑顔全開で答えて、おれはクラウドの手を取って走り出した。
 

 ひずみの中へと入った途端、空間に色がつく。おれが一番わくわくする瞬間だ。
 今回のひずみでまず目についたのは木だ。間隔を置いて丈の高い木が並んでいる。ゆったりと吹いた風に上を見上げれば、薄青の空に雲が流れていた。いい天気だ。
「さーて、今回はどんなとこに出たんだろうなあ?」
 一歩足を踏み出すと、落ち葉で彩られた台地が乾いた音を上げた。周りを見回しながら、ゆっくり歩く。と、
「待て」
 言葉と共にマントを引っ張られて、おれはたたらを踏んだ。
「なに?」
「足元を見てみろ」
 クラウドが足元を指差した。言われた通り覗き込む。目に映ったのは針が密集して丸くなったような茶色い物体――これはあれだ。
「栗だ」
 おれがそう言うと、同じようにいがを覗き込んでいたクラウドが不思議そうに聞いてきた。
「栗? それが?」
「えーと、いがの中に実ができるんだよ。ほら」
 手で触って刺さると痛いので、足でいがを割る。すると、中からつやつやとした茶色の皮が姿を見せた。クラウドもこれは見た記憶があったらしい。中身を拾い上げてしげしげと眺めていた。
「ってことは、ここ、栗の栽培してる場所なのか」
 顔をあげて改めて木々を見れば、どの木もいがをつけているのが見える。おそらく、収穫期の栽培地を写し取ったひずみなのだろう。となれば、やることは一つだ。
「イミテーションの気配はしないよな」
「ああ」
 念のためクラウドに一言確認を入れてから、提案してみる。
「よっしゃ。じゃ、栗拾いしよう!」
「調査が先だ」
「それなら、おれが拾ってる間にクラウドは調査、ってのはどう?」
「……そうだな」
「やった、クラウド話が分かる!」
 却下の言葉に食い下がると、クラウドは意外にも了承してくれたので、おれは快哉を叫んだ。
 そのあと、簡単に時間や場所を打ち合わせてから、おれたちは二手に別れた。

 栗拾いにいそしんで数時間。
「ま、こんだけあれば足りるだろ」
 おれは一人つぶやいて、きつくマントの裾を縛った。いがは持って帰っても仕方がないので実だけを集めたはずなのに、包むのに使ったマントははちきれそうだ。ちょっと本気を出し過ぎたか。
「終わったのか」
 声がかかったので振り返ると、別れた時と同じ姿でクラウドが立っていた。
「おう。そっちも終わった?」
「ああ。特に何もなかった」
 頷いたクラウドは汗をかいた様子もない。今日はついてたなあと思いながら、おれは栗入りマントを持ち上げた。
「じゃあ帰ろうぜ、クラウド」
 そう聞くとクラウドが微妙に顔をしかめたので、おれは焦った。
 え? あれ? なんかあったっけ?
 ……もしかして、栗食いたいとか?
「えーっと、戻る前に、休憩がてらちょっと食ってく?」
 恐る恐るそう聞けば、クラウドは少し考え込んだ後、おれに質問してきた。
「ここで食えるのか?」
 その内容に、考えていたことが間違ってなかったと胸をなでおろす。クラウドも結構食うやつだから、仲間との争奪戦が起こる野営地で食べるよりここで落ち着いて食べたかったのか。二人で手分けしたから、野営地へと戻らなきゃならない時間まではまだまだ余裕がある。栗を焼いて食べるくらいなら問題ないはずだ。
「落ち葉とかで火をおこせば焼けるぜ?」
「……わかった。ここだと木があるから危険だろう。あっちに少し開けた場所がある」
「じゃ、そこまで移動しよう」
 おれが同意すると、クラウドが歩き出した。その後をついていくと、少し歩いたところで、言われた通りの場所に出た。ここの周りにはいがも落ちていないようだから、地面に座り込んでも大丈夫そうだ。
 栗入りマントをばらしてしまうと後が面倒そうだったので、おれは来た道を少し戻って別の栗を新しく拾い集めることにする。いくつか拾って戻った後、クラウドが落ち葉や枝を集めて火をおこしている横で、おれは腰につけていたナイフを抜いた。
 すると、目聡く気付いたクラウドが、こっちを向いた。
「ナイフ? 割ってから焼くのか?」
「外側の皮に切り込みを入れるんだよ。切り込み入れてから焼かないと破裂するからな」
 言いながら手を動かして栗に切り込みを入れていく。そんなに難しいことじゃないのに、おれの手元を見ていたクラウドが「器用だな」とつぶやくのが聞こえた。褒められたと思うとちょっと嬉しい。
 おこした焚き火が落ち着いたところで、切り込みを入れた栗を放り込んだ。うまく灰の中に潜るように調節してやれば、あとは焼けるのを待つだけだ。
 待つと言っても、クラウドからこのひずみの様子を聞いたり、おれがここ最近あった出来事を話していたりすると、時間はあっという間に過ぎてしまう。
 気が付けば、おれたちの周りに香ばしさと甘さが入り混じったにおいが広がっていた。
「これくらいで焼けただろ」
 土を勢いよくかけて火を消す。少し冷めるまで放置した後、焼き終わった栗を取り出した。
「火傷しないように気をつけろよ」
 おれと違ってグローブをつけているクラウドに念のためそう声をかけながら、半分に分けた栗を渡した。焼き色のついた栗がばらばらとクラウドの手の中に落ちていく。
 受け取ったクラウドが、早速一つだけ手に残して、切り込みから栗を割った。あーそんな力入れると……と思ったおれの目線の先で、予想通りクラウドは手に持った栗の実を粉々に砕いてしまった。
 このままにしとくとあいつ一つも食えねえぞ。そう危惧したおれは、自分の分の栗を一つ手に取る。ゆっくりと皮をはがすと、そこそこ大きな黄色い塊が取れた。ほくほくと湯気を上げる実は正直おれの口に入れたかったけど、そこはぐっと我慢だ。
「ほい、あーん」
 取ったばかりの実を、先程から次々と栗を駄目にしていたクラウドの口元へと差し出す。すると、クラウドはばくりと大口を開けて栗を食べた。指ごと。
「こらクラウド、おれの指まで食うなって!」
 そう言ったがクラウドはまるで聞いちゃいない。自然と意識が向いた指にクラウドの舌が舐める濡れた感触がした。とっさに指を引き抜こうとしたけど、腕が動かない。指を食われたことにびっくりしてて気づかなかったけど、いつの間にか、クラウドの手がおれの手首をがっちりと掴んでいた。
「ちょっ、クラウド!?」
 力ずくで引き離そうと勢いよく引っ張ったら、クラウドがそれに逆らわずに、こちらへと身を乗り出してきた。あっ、と思ったが引く力を殺せない。加えて握られている腕とは逆の肩に力がかかり、次の瞬間には後頭部が勢いよく地面にぶつかっていた。
 衝撃に一瞬視界が飛んで――再び戻った時、おれはクラウドにのしかかられていた。
 青い空に、クラウドの顔は映えるなあ。おれは状況を忘れて、そんなことを思った。
「……来る前に約束しただろう。バッツ」
「へ?」
 不機嫌そうな顔と声で言われて、おれは慌てて記憶をひっくり返す。そんな長い時間考え込むことなく、一つのやり取りが頭に浮かんだ。
『イチャイチャしようぜ?』
『あとでな』
「あ」
 そうだ、約束してた。すっかり忘れてた。
 うっかり出た一言で、クラウドはおれの心中をすべて見通したらしい。
「どうせ栗拾いに熱中して忘れたんだろう」
「あー、うん。その通りです……」
 全く反論できないので正直に告白する。これ見よがしにため息をつかれた。
「まったくお前は、俺が――」
 クラウドが、そこで不意に口を噤んだ。ずっとおれを見ていた目線が逸れる。少し赤くなっている彼の耳に、脳裏でクラウドの声が響いた。
『早く終わらせれば、その分時間ができる』
「もしかして、さっきクラウドだけ調査に行ったのって……」
 思わずそうつぶやくと、クラウドがますます顔を赤くした。その反応だけでおれだって全部わかる。熱が伝染したように、おれの顔も熱くなる。
「やばい、クラウド大好き!」
 こみ上げた感情のままに叫んで、クラウドの体と頭に手を伸ばした。無理矢理こっちを向かせて、勢いに任せて強くその唇を奪う。
 舌を絡めると、甘い味がした。

2013-10-18
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