きみのたんじょうび

 人気のまるでない街のはずれ、小さな広場の端にあったベンチに座って、クラウドは一人ぼんやりと目の前の風景を眺めていた。
 雲一つ浮かんでいない青い空。その下に並ぶ木々は穏やかな風に揺れている。
 顔を少し左へずらせば、赤いレンガ造りの建物が数件建っているのが視界に入った。他の皆はそこにいるはずだが、今クラウドがそちらへ近づくことは禁止されている。 
(……暇だ)
 クラウドは何度目かわからないその言葉を胸中でつぶやいて、目を閉じた。

 クラウドたちコスモスの戦士が、ひずみの中にあったこの街の断片へとやってきたのは、二、三時間ほど前の事だった。
 村や街の断片はたまに訪れることがあるものの、元々の状態かカオスの手の者の仕業かは分からないが崩壊していることが多い。それだけに、人気がないだけで崩れた様子もない街の状態に、ほとんどの者が沸き立った。クラウドも思わず頬をゆるめたのを覚えている。
 そうして気を緩めた皆を戒めるように、冷静だったスコールが「イミテーションが潜んでいる可能性もある」と指摘した。入口からでは街の全景を確認できなかったため、スコールの指摘はもっともだと皆が頷いた。そして、数人ずつのグループに分かれて念入りに調査をすることになった。
 街の入口に近い建物の確認を担当することになったクラウドは、ティーダ、セシルと共に案内所と思われる建物など数件を確認した。そうして、最後の一軒、宿屋と思われる建物に入った時のことだ。
 前を歩くセシルとティーダの後を慎重に追いかけながら進んでいたクラウドは、受付と思われるカウンターの奥に掲げられていた、日めくりのカレンダーに目が留まった。
(八月十一日……)
 おそらく他の日付であれば、興味もなく通り抜けていただろう。だが、この日付は違う。思い出している自分の記憶の中でも、自分にとってかかわりの深いものだ。
「クラウド!」
 目の前に掲げられている三桁の数字に視線を注いでいたクラウドは、突然大声で呼ばれて振り返った。そこには、後をついて来ていないクラウドを不審に思ったらしいティーダが、奥から戻ってきていた。その後ろには、セシルの姿も見える。
「何かあったんじゃないかと思ったッス。ボーっとして、どうしたんスか?」
「気になることでもあった?」
 二人にそう尋ねられ、クラウドは少し気まずさを覚えながら壁のカレンダーを指差した。クラウドの手を追ってカレンダーへと視線を向けたティーダがへえ、と声をあげた。
「カレンダーッスか。八月十一日ってことは、夏なんスね。それにしては暑くないッスけど」
「カレンダー?」
「セシル、カレンダー知らない?」
 同じくカレンダーの方へと向いたセシルが発した疑問に、ティーダが問い返した。問いかけに首を縦に振ったセシルに、ティーダがカレンダーについて説明していく。
 説明が終わり、カレンダーがどういうものかを理解したセシルが、今度はクラウドに対して首をかしげた。
「八月十一日って、クラウドの特別な日か何かなの?」
 セシルの言葉に、クラウドは目線をそらした。
 二人の足を止めて調査を中断させている手前、何もないという言葉は返せない。なんとか話題をそらせないかと思ったが、すぐに変に話題をそらしては二人に失礼じゃないかと思い直した。
 クラウドはためらいつつ、正直に告白した。
「誕生日なんだ」
「誕生日……。つまり、クラウドが生まれた日ってこと?」
「ああ」
「じゃあ、誕生日会をするッス!」
 セシルの言葉を肯定したクラウドの台詞にかぶせるくらいの勢いで、ティーダが大声を上げた。クラウドが驚きに目を見開いて彼を見れば、ティーダは名案が浮かんだとばかりに笑顔で指を立てている。
 そんな二人の間で、セシルがもう一度小首をかしげた。
「誕生日会?」
「そうッス! ケーキとごちそう作って、プレゼント用意して、クラウドの誕生日をお祝いするッス! ――って、プレゼントはここだと用意するのは難しいッスかね?」
 そういって唸ったティーダに、セシルが苦笑しながら答える。
「そうだね、ちょっと難しいかもしれないね」
「じゃあ、ごちそうたらふく作って、パーッと騒ぐだけでも!」
「うん、それならできるんじゃないかな」
 セシルが頷くと、ティーダはすっかりやる気になったらしい。セシルに対して誕生日会はこうしようと矢継ぎ早に提案を続けている。そんな二人のやり取りを止めようと、クラウドは慌てて口を開いた。
「いや、そんなことをする必要は」
「何を騒がしくしてるんだ?」
 そこへ、クラウドの声にかぶせるように、別の声が混ざった。
 三人がそろって振り向けば、そこにはフリオニールが立っている。視線を集めた青年は、目を瞬かせて三人を見つめ返した。
「ええと、確認は終わったのか?」
「いや、まだ終わってないよ。ここの確認で最後だから、すぐ終わらせるよ」
 言葉に詰まったクラウドとティーダを制して、セシルがフリオニールに答えた。フリオニールは分かったと首肯したあと、他の奴らにも伝えてくると言ってすぐに宿屋の外へと向かって言った。そのセリフから察するに、どうやらほかの仲間たちは確認をすませたようだった。
 フリオニールが宿屋から出て行ったのを見届けてから、セシルが二人を振り返った。
「とりあえずその話は後で皆にするとして、ここの確認を先に終わらせよう」
 穏やかだがはっきりと告げられた言葉に、ティーダとクラウドは頷き、改めて宿屋の奥へと足を向けた。

 宿屋の中を調べた後、三人は集合地点になっていた広場へとやってきた。そこにはほかの仲間が全員すでに集まっていた。その中心に立っていた光の戦士にクラウドが何も問題はなかったことを報告すると、彼は分かったと頷いた。
「他の場所についても何も問題はなかった。本日はここを拠点に休息を取ろう」
 彼の宣言に、皆が一様に肩の力を抜き、表情を緩めた。
「あ! オレ、ちょっと提案があるんスけど!」
 皆が思い思いに行動しようとする前に、ティーダが大声と共に手を挙げた。忘れていなかったか、とクラウドは心の中でつぶやいた。
 仲間からの注目が集まったことを確認したティーダが話し始めたのは、先ほど宿屋で話題に出た誕生日会の話だ。話が進むにつれて誰からともなく向けられる視線に、クラウドはなんとなく居心地が悪い思いをした。
 そうして、ティーダが説明をすべて終えた後、ずっと無言で聞いていた光の戦士が言った。
「よいのではないか」
 その言葉をきっかけに、他の仲間たちからも賛成の言葉が放たれる。
「やった!!」
 皆から賛同を得たティーダが、両手をあげて歓声を上げた。その横で、さっそく準備、と食材の管理を担当しているフリオニールが持っていた荷物を確認し、うーんと唸った。
「野菜の類なら二、三日分あるが、肉はないぞ。ごちそうっぽくはならないかもしれないが、問題ないよな」
「えー!!」
 フリオニールが告げた現実に、ごちそうを楽しみにしていたらしいティーダが、不満の声を上げた。
「何とかならないッスか?」
「何とか、と言ってもな。買うならひずみの外に出てモーグリを探さないと……」
「クポー。商売のにおいが……クポクポ。何でもないクポ。お困りクポー?」
 そこに、こちらを見ていたのではないかと思えるようなタイミングで、一匹のモーグリが現れた。モーグリはフリオニールの台詞の通り、普通ならひずみの外で商売をしている。しかし、たまにイミテーションを恐れずにひずみの中までやってくる豪胆なモーグリもいる。このモーグリもその一匹だろう。
 モーグリの登場に目を輝かせたティナに、触るのは後で、と頼んでから、フリオニールはモーグリへと向き直った。
「何か食材はないか?」
「おおっ、ちょうど食べ物を沢山仕入れたばかりクポ!」
 フリオニールの問いかけにどこかわざとらしい口調でモーグリが答えた。モーグリは地面に降り立つと、布を広げてそこへ食材を陳列していく。肉に野菜、魚に貝と次々と出てくる材料に、目を輝かせたのはティーダだ。
「すっげえ! これだけあれば、いろいろ作れるッスよね!」
 期待を膨らませた台詞に、フリオニールは苦笑した。
「そうだな。これだけあればいろいろ作れるだろう」
「やった!」
 ガッツポーズをしたティーダの横で、フリオニールは手早く必要になるであろう食材を選り分けていった。そうしてできた山を見て、フリオニールが周囲を見回した。
「ただ、この量じゃ一人だと時間がかかるから、誰かが手伝ってくれるといいんだが」
 助力を求めるフリオニールの声に、手をあげたのはバッツだった。
「おれが調理を手伝うよ。酒場にでかい窯があったから、そこで調理ができると思うぜ」
 その提案に、フリオニールが頷いた。
「わかった。できた料理を運ぶのも大変だから、できれば誕生日会の会場もそこにしたいんだが」
「いいんじゃないか? ここの酒場は十人入っても余裕があるくらい広かったし」
 フリオニールの言葉に同意したバッツが、いいよな? と皆に向けて声をあげた。その言葉に、光の戦士が問題ないと返して会場が確定する。
 そうと決まれば、と食材を運ぼうとし始めた二人に、ティーダが歩み寄った。
「材料、量があるから二人じゃ運べないだろ? 運ぶの手伝うッスよ!」
「ティーダ、どうせなら材料を運ぶだけじゃなくて、料理も手伝ってくれると助かるんだが」
「了解ッス!」
 肉の塊を担ぎ上げながらティーダが威勢よく返事をした。三人は次々と大量の食材を持ち上げていく。その様子を横目で見ながら、ジタンがモーグリへと問いかけた。
「なあ、仕入れたのって食べ物だけか?」
「お客さん、よくぞ聞いてくれました! 今日は食材のほかにも色々と仕入れたクポよ!」
 ジタンの台詞を待ってましたとばかりに、モーグリがアイテムやアクセサリ、日用品なども出現させていく。広げられた大量の品物で、モーグリの周りに山ができつつある。
 次々と出てくる物を見ていたオニオンナイトが、その中にあった色とりどりの紙や布の束を手に取った。
「ねえ、お祝いするなら、こういうので飾りをつくってみるのはどうかな?」
「いいんじゃないか?」
 少年の提案にジタンも同意した。
「劇団で小道具とか背景とかも作るからな。オレ、そういうのは得意だぜ」
「わかった。じゃあ、一緒にやろうよ」
 胸をたたいたジタンに、オニオンナイトが持っていた紙の束を手渡した。そこへ、ティナが近づいていった。
「あの、私も飾り付けを手伝っていいかな」
「もちろん!」
「大歓迎だぜ!」
 おずおずと彼女が告げた言葉に、オニオンナイトとジタンは破顔した。それを見て、ティナも笑顔を見せる。
 にわかに騒がしくなった仲間から離れた位置で、スコールがぼそりとつぶやいた。
「誕生日会の準備も大事だが、今日をここで過ごすなら、終わった後のことも考える必要があるだろう」
 モーグリへKPを払っていた光の戦士が、スコールが言わんとしていることに気付き、彼の方へと向き直った。
「なるほど、寝所の用意か。それならば私も手伝おう」
「僕も行くよ。僕もみんなの手伝いはあまりできそうにないしね」
 光の戦士の言葉に、セシルが続いた。そして、三人は連れ立って町の入口の方と向かっていく。その後ろで、モーグリが「毎度ありクポ!」と上機嫌でつぶやきながら空へと飛び去って行った。
 三々五々に分かれていく仲間を、クラウドは呆然と見送ってしまっていた。自分もセシルたちの手伝いくらいはしなければ、と状況を整理しきれていない思考でそれだけを思いつくと、セシルたちが去っていった方へと足を向けた。
「駄目だよ、クラウド!」
 しかし、セシルたちを追いかけようと広場を出ようとしたところで、クラウドは残っていたオニオンとティナに止められてしまった。
「クラウドは主役なんだから、準備に参加しちゃ駄目だよ!」
「用意ができたら呼びに行くから、ここで休んでて。ね?」
 紙やら布やらを大量に抱えてこちらを止めてきた二人は、真剣な表情でクラウドを見上げている。そんなオニオンナイトとティナの気迫に、クラウドは思わずわかったと答えていた。それを見て安心したらしい二人は、ゆっくりしててね、と言い残して去っていく。
 そうして、クラウドは一人この広場に取り残されてしまった。

 先程までの出来事を一通り思いだしたあと、クラウドは閉じていた眼を開いた。
 少しの間、意識を飛ばしていたらしい。空の青が少し濃くなっている。色の移り変わりを見て、クラウドはこの断片には一日の時間の流れがあるのだな、と思った。
「暇?」
 柔らかな声がかかり、クラウドは空を見上げていた顔を下した。そこには、こちらへと歩いてくる軽装姿のセシルがいた。
「準備ができたのか?」
「まだだよ」
 問いかけながら腰を浮かせたクラウドに、セシルは間髪入れずに否定の言葉を返し、そのまま座っていろとばかりに手を振った。少し落胆して再びベンチに座ったクラウドの横に、セシルも腰を下ろした。
「手が空いたから、クラウドはどうしてるかなと思って様子を見に来たんだ」
「暇にしている」
「そうみたいだね」
 クラウドが正直に告げると、セシルはくすくすと笑った。
「こうしてのんびりできるときは少ないとはいえ、何もなさすぎるとどうしていいかわからなくなるよね」
 それだけを言って黙ってしまったセシルに、クラウドは思わず聞いた。
「そっちはどうなってるんだ?」
「みんな凄い張り切ってるよ。特にティーダとオニオン。ティナも」
 それだけ言うと、セシルはこれ以上言っちゃうと楽しみがなくなっちゃうから、と人差し指を口に当てた。こうなるとセシルは頑として口を割らないことを知っているクラウドは、そうか、とだけ言ってセシルから視線を外した。セシルがもう一度笑った気配がした。
「人気者だね、クラウド」
「……好かれるようなことなど、した記憶はないんだがな」
 ぼとりと、クラウドは思わず言葉を漏らしていた。
 誕生日会をすると言われて、皆が自分のために動いてくれているのは分かっているが、果たしてそれ相応のことを自分はしただろうか、と。一人でいるうちに、考えていたことが少しだけ形を変えて声に出た。
 それを聞いたセシルが息を吐いた音が小さく聞こえた。
「まあ、クラウドらしいと言えばらしいけど、あんまり自分を卑下するのはよくないよ」
 それ以上をセシルは言わなかったが、それが逆にこちらの言葉を奪った。
 何も言えずに、クラウドは黙り込んだ。セシルも何も言ってこない。一人でいた時とは違った沈黙が、少し重かった。
 救いの声がかかったのはその時だ。
「おーい!」
 広場の入り口に視線をやると、ジタンが駆け寄ってきたのが見える。彼は二人の元へやってくると、クラウドの横にいたセシルをちらりと見た。
「セシルもここにいたのか。ちょうどよかった」
 一緒にいなかったら探しに行かなきゃならなかった、と胸をなでおろしたジタンに、セシルが尋ねた。
「準備できた?」
「ああ! いよいよ主役を会場へご案内、ってな」
 芝居がかった口調で語り、ジタンは大仰にお辞儀をした。その言葉を受けて、クラウドは今度こそベンチから立ち上がった。そのまま酒場へ向かおうとしたクラウドを、ジタンがちょっと待ってくれと呼び止めた。
「セシルに頼みたいことがあってさ」
 そう告げると、ジタンは座ったままのセシルに近づき、彼に二言三言耳打ちをした。何を言われたのかはわからないが、セシルが頷く。それを見ると、ジタンはさっと踵を返した。
「じゃ、会場で待ってるな!」
 言い残して、彼は先に街の方へと駆け戻っていく。セシルの方を向けば、いつの間にか立ち上がっていた彼が、柔らかく笑った。
「最後の仕上げがあるから、ジタンは先に戻るって」
「もう少し待つのか?」
「ううん、真っ直ぐ酒場に来ていいって。それじゃあ、行こう」
 もう一度待たされなかったことにクラウドは内心胸をなでおろし、先に歩き始めたセシルの後を追って歩き出した。

 それほど時間もかからずに、二人は酒場へとたどり着いた。先程ジタンが戻っていったが、そんなに時間差はないだろう。最後の仕上げ、とはなんだろうと首をひねるクラウドの前で、セシルが酒場の扉を開いた。
「さ、クラウド」
 入って、と言われてクラウドはそちらに目をやった。開け放たれた扉の向こうには、テーブルの上に並べられた食器と、その奥に見える飾られた壁が見えるものの、人の姿が見えない。
 疑問に思いながらも、強く促してくるセシルを待たせては悪いと、クラウドは酒場へと足を踏み入れた。
「「「おめでとう!」」」
 途端に、祝いの言葉の大音声と、パンという軽い発砲音が連続で鳴り響いた。思わず肩を竦ませたクラウドの頭に、色とりどりの紙吹雪が降り注ぐ。
 入口の周囲を見回せば、仲間がみんな揃っていた。扉のそばに潜んでいたらしい。その手に持っているのはクラッカーだ。おそらく、モーグリから仕入れたものなのだろう。
 あっけにとられて立ち止まっていたクラウドの右手を、オニオンナイトが握った。
「クラウドの席はこっちだよ。ついてきて!」
 はきはきとした声で告げたオニオンナイトが、そのまま奥に見えるテーブルへとクラウドを引っ張った。クラウドは、空いている手で体に降り注いだ紙吹雪を払いながらついていく。案内されたのは、いくつかのテーブルを合わせたらしい、装飾がついた布で飾られた大テーブルの一番奥に作られた、いわゆるお誕生日席の場所だった。
「主役はここ! さあ、座って!」
 促されるままにクラウドが座ると、オニオンナイトは奥の方へと歩いて行った。そちらには厨房があるらしく、先にそちらへ向かったらしい他の仲間が、次々と料理を運んでくる。どれもこれも山と盛られている。
 次々にテーブルのあちこちに置かれる料理が増える中、クラウドの目の前にフリオニールとバッツが大きい皿を置いた。
 慎重に置かれた皿に乗っていたのは、生クリームとフルーツがふんだんに盛られたケーキだった。ご丁寧に、十本のロウソクが刺さっている。
「丸型がなかったから四角になってしまったが、いいよな」
「ロウソクは十本しかもらえなかったんだ」
 二人はそう言いながら、ロウソクに火をともしていく。揺らめく十の小さな炎を見ていたら、隣に来ていたティーダが念のためと前置きした上で、こう聞いてきた。
「クラウドは、これから何するかわかるッスよね?」
 言わんとしていることが分かったので、頷いて答える。それを見たティーダも、頷いてクラウドの元を離れた。
 そうしているうちに、周りに並べられた椅子へと皆が座っていく。動きがなくなったところで、唯一立っていたティーダが、似合わない咳払いを一つした。
「えー……では、これよりクラウドの誕生日会を始めるッス!」
 ティーダが開始の合図をするとともに、ピアノが鳴り始めた。音源に視線をやれば、いつの間にかバッツがそこに座っている。部屋を暗くしないのは、ロウソクの明かりをつけ直すのが面倒だからだろう。
 音に合わせて、皆が手拍子をして、口を開く。
「ハッピーバースデートゥーユー、ハッピーバースデートゥーユー」
 皆が歌い始める。明りが落とされていないから、皆がうたっていることがよくわかる。光の戦士やフリオニールなどはもともとの世界でこういう文化もないだろうに、彼らの歌声も聞こえる。おそらく準備の時にティーダが全員に教えたのだろう。
 歌が進むにつれて、クラウドは柄にもなく緊張してきていた。確認された通りに進めるなら、この後クラウドは願い事をしてロウソクを吹き消さなければならない。でも何を?
「ハッピーバースデー、ディア、クラウドー、ハッピーバースデートゥーユー」
 歌が終わって、周りの視線が集まる。クラウドは、すぐには動かなかった。
 願いは。
 意を決して、息を吸い込む。強く吹くと火を消すだけでは済まないだろうから、確実に消すために狙いを定めて長く吐く。
 十本と少ない本数だったため、そんなに時間もかからずに炎がすべて消える。それを確認した皆が、拍手と歓声を上げた。
「おめでとー!」
「おめでとうクラウド!」
 次々とお祝いの言葉がクラウドに投げられる。こそばゆい感触がした。
「というわけで、今日は無礼講で食うッスー!!」
 ティーダがそう宣言するや否や、さっそく目の前にあった肉の塊に手を伸ばした。それを合図に、他の仲間も料理に手を伸ばし始める。
「まったくティーダのやつ……。じゃあ、ケーキを切り分けるか」
 オニオンナイトとは逆隣りの席に座っていたフリオニールが、苦笑をこぼしつつ席を立ち、ケーキの皿を持って厨房の方へと下がっていった。
「バッツ! なんかこう盛り上がるの一曲頼むな!」
「任せろ!」
 ジタンのリクエストに合わせて、ピアノの曲が軽快な音に変わる。
「クラウド、これ」
 そういって、ティナがケーキがなくなったためにぽっかりと空いたスペースに、いくつかの料理を盛った皿を置いた。
「遠くの料理はとりづらいだろうと思って、一通りとってきたの」
「すまない」
「ううん、クラウドの誕生日だもの。欲しい料理があったら言ってね」
 ティナは小さく笑みを浮かべた後、自分の席へと戻っていった。そうしてクラウドの体が空いたことに気付いたオニオンナイトが、フォークを手に持ちつつ、クラウドへと声をかけてきた。
「ねえ、クラウド」
「なんだ?」
「さっきロウソクを吹き消すときに、クラウドはなんて願い事をしたの?」
 オニオンナイトの子供らしい問いかけに、クラウドは頬をゆるめながら答えた。
「秘密だ」
「えー……。でも、そうだよね、言わない方が叶うっていうし」
 叶った時に教えてね、と言ってオニオンナイトが近くにあったポテトの山にフォークを突き刺した。クラウドも、先ほどティナからもらった料理を口に運んだ。
 そうして始まった誕生日会は、一度宴会が始まってしまえば特にイベントがあるわけでもなかった。誰かがやってくれば話をして、そうでないときは料理を食べる。誕生日会と言いながら、いつもの宴会とほとんど変わらない。
 変に緊張した気持ちをほぐしながら、クラウドは最初に座った席から動かずに過ごしていた。
 料理の量がだいぶ減ってきたころ、飲み物と余った料理を山と盛ったらしい皿を持って、ピアノを弾いていたはずのバッツがやってきた。ピアノはどうしたんだとずっと続いているピアノの音の音源を見やれば、今はオニオンナイトが座っている。
「クラウド、おめでとう!」
 明るい声でそう告げると、バッツはクラウドが持っていたグラスに自分のグラスを当てた。カチンと音を鳴らしたグラスを、バッツは口へと運んだ。クラウドもグラスを口元へと運ぶ。
 バッツとはコスモスの戦士たちのなかで唯一酒を飲み交わせる相手だが、今日はほかの仲間にも配慮してか、飲み物はお茶になっている。
 勢いよくグラスの中身を飲み干したバッツが、手近なところにあった容器から次の一杯を自分のグラスに注いだ。
「クラウドももう一杯飲むか?」
「もらう」
 言葉と共に向けられたお茶の入った容器に、クラウドは自分のグラスを差し出した。
「楽しんでるか?」
 グラスになみなみと液体を注ぎながら聞かれた言葉に、クラウドは思わず固まった。
 そんなクラウドの様子を見たバッツが、慌てた様子で手を振った。
「悪い悪い! 難しく考えさせる気なんてなかったんだって! クラウドは羽目外して騒ぐような奴じゃないもんな、うん」
「……まあ、な」
 そう言葉を返すと、バッツはそれで話が終わったとばかりに、持ってきた料理を勢いよく食べ始めた。
「いやー、オニオンに交代してもらうまで飯食ってなくてさー」
「そうか」
 バッツがぼやいたセリフに、適当に相槌を打つ。彼は自分が作ったであろう料理を、うまいうまいと言いながら貪るように食べている。なんとなしに眺めていると、おそらくこちらの視線が煩わしかったのだろうバッツが、きまりが悪そうにしながら話しかけてきた。
「なあクラウド、おればっかり見てないで、他の奴らの様子も見てみたら?」
 そう言われて、クラウドは改めて酒場の中を見回した。ピアノを弾いているオニオンナイトの横にはティナがいて、彼の弾く曲に合わせて手拍子をしていた。少し視線をずらせば、酒場のはずれで壁に寄りかかって飲み物を飲んでいるスコールがいる。彼の隣にはジタンとティーダがいて、何やら話しているようだった。何を話しているかはわからないが、スコールも穏やかな顔をしている。テーブルの反対側を見れば、席に座った光の戦士が、先程フリオニールが切り分けてきたケーキを無表情で食べていた。見つめていたら、何かあるのか、とばかりに視線を向けられたので、問題ないことを示すように手を振る。すると、彼は特に気にした様子もなく再びケーキを口に運んでいた。フリオニールはと言うと性格からか、少しずつ散らかった食器などを片付け始めているようだ。それをセシルが手伝っているのが見えた。
 皆が楽しそうにしている。最初はただ単に誕生日と同じ日付の断片に接続しただけでこんなことをしなくても、と思っていたのだが、今はこの機会があってよかったと思う。
 そして、だからこそ、この誕生日会を皆から祝われて終わりにしては駄目なのではないかと考えた。
「バッツ」
「なに?」
「頼みがある」
 前置きしてクラウドが告げた言葉に、バッツは笑って頼まれた、と頷いた。

「えー、宴もたけなわではございますが、そろそろ終わりの時間となりました。――おい、ティーダ! 一回食うのやめろって!」
 あれだけ山と積まれていた料理がほとんど空になり、フリオニールが切り分けたケーキも皆で堪能し、開始の騒がしさから一転、ゆったりとした空気が流れていた酒場に、ジタンの声が響いた。
 皆の手が止まり、注目が集まったことを確認したジタンがコホンと一つ咳払いをするのを、クラウドは結局一度も立つことがなかった席から見ていた。
「じゃあ、最後にクラウドから一言あるとのことなので、皆注目!」
 ジタンがそういって、クラウドの方へと手をかざした。その手を追って、九つの視線が、クラウドへと注がれる。それを受け止めながら、クラウドは椅子から立ち上がった。
 おそらくジタンとバッツとクラウド以外は、この展開が意外だったのだろう。皆の顔を見回してみると、驚いた様子でこちらを見つめているのがわかる。
 しんと静まり返った酒場の中心にいるような感覚に包まれて、クラウドは一回だけ目を閉じて深呼吸をした。
 そして。
「みんな、今日はありがとう」

2013-08-11
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