器用な二人とある武器の話

 他の仲間が周囲の探索へ出かけている中、野営地の待機組として残っていたフリオニールは、一つのテントの前で自身を鼓舞するために「よし」とつぶやいて腹に力を込めた。
「やるか」
 そういって入口の幕を持ち上げたフリオニールだったが、一歩足を踏み入れたところで立ち止まった。視線の先には、雑多に置かれた武器が、テントの半分ほどを埋め立てている。聖域への帰還の道中、モーグリやショップで入手したりイミテーションやゴーストを倒した時に入手したりしたものを、誰も整理せずに放置されてきた結果だ。いい加減に片付けようと思ったのだが、積み重なった武器が発する圧迫感に早速その気持ちがなえていくのがわかる。
「フリオニール?」
 呆然と立っていたフリオニールの背中に、声がかかった。振り返ると、そこにはフリオニールと同じく本日の待機組であるバッツが、きょとんとした顔で立っている。
「何してるんだ? ああ、武器の整理か。手伝おうか?」
「手伝ってもらえるのは助かるが……。そういえば、さっき頼んだやつは終わったのか?」
 フリオニールの肩越しにテントの中を覗き込んだバッツの申し出に、手は多い方がいいと承諾しようとした台詞を途中で止めて、フリオニールはバッツに聞き返した。たしか、バッツには野営地で使っている備品の片付けを頼んでいたはずだ。武器よりは少ないが、十人分ともなればそれなりの量はある。
 しかし、バッツはフリオニールの問いに対して、あっさりと頷いた。
「ああ、全部終わらせてきた。ほら」
 そうバッツが指をさした方を見れば、広げられた布の上に食器が種類ごとに分けられて並べられていた。その隣にある棒を使って間に合わせで作られた物干しには、洗ってくれと頼んだ大小さまざまな布が掛けられ、風に揺れている。ジタンやティーダと騒いでいる姿が印象に残っていたが、意外と片付けが得意なんだな、とフリオニールは思った。これなら、武器の片づけもはかどるかもしれない。
「ありがとう、それじゃあ、頼む」
 そう言って、フリオニールはテントの中へとバッツを招き入れた。

 とりあえず種類ごとに分けよう、と作業をし始めてどれくらい経ったか。フリオニールは汗ばんだ手を布でぬぐって、軽く息をついた。テントの中を見回せば、大分嵩が減った未整理の武器の山の周囲に、種類ごとに大小の山々が出来上がっている。
 フリオニールの隣で片づけを続けていたバッツが、手に持ったミスリルソードを一番大きい塊である剣の山へと放り投げた。それが過たたず山に飲み込まれたのを確認した彼は、フリオニールと同じく周りを見渡して、口を開いた。
「結構いろいろ集まったよなあ」
「そうだな。偏るのはどうしてもあるが」
 バッツの言葉にそう返して、フリオニールは手に取ったレイピアを剣の山の上に置いた。剣や短剣などは使う人間が多いため、自然とその量が多くなるのだ。今にも崩れそうな山の様子に、先に必要な装備とそうでない装備で分けるべきだったかと少し後悔する。
「みんなが使える剣とかは種類も多いけど、ほとんどの奴が使えないのはやっぱりなあ。弱いってわけではないんだけど」
 そうぼやいたバッツが手にしているのは妖精のロッドだ。魔法攻撃の威力を高める効果があるが、そもそもコスモスのメンバーには魔法を主とする戦士が少ない。ロッドを主な武器として使用しているのはティナぐらいだ。
 ロッドのほかにも、杖や棒、格闘用のグローブなどは、こうして整理をしてみるとその数が少ない事がよくわかる。もしかしたら、まだ手に入れていない種類の武器もあるかもしれない。
 考えにふけって手が止まっていたフリオニールの横で、バッツは手慣れた動作で武器を振り分けていた。少し彼の様子を観察すると、バッツは武器の種類を見分けるのに迷いがないことに気付く。
「よく一目で武器の種類がわかるな」
「手に入れた武器は、大体使ったことあるからな」
「バッツはほとんどのアイテムを使えるよな。時々持ち替えたりしてるのか」
「ああ、やっぱその時々で必要な効果が違ったりするしな」
 会話しながらツバイハンダ―を大剣の山へと突き刺したバッツが、「あれ?」と首をひねった後フリオニールの方へと顔を向けた。
「そういうフリオニールだって、いろいろ装備できるだろ」
 そう聞かれてフリオニールは苦笑した。様々な武器を手にしているらしいバッツとは違い、フリオニールは不都合がなければ同じ武器を使い続けることが多いからだ。
「俺はずっと同じものを使い続けてしまうんだよな」
「あー、なるほどなあ。おれも旅してたから分かるな。持てる物にも限りがあるし、新しいのを買うにも金が要るし、いざって時に使えないってなるのもな」
 その意見にフリオニールも同意した。元の世界で生活していた頃は、物資の不足などよくある話のため、武器の種類などを構っている余裕はなかった気がする。
「それでも、新しく手に入れた物とか、珍しい物、気になった物は使ってみたくなるんだよな」
 いつの間にか手にしていた円月輪を投擲武器の山に投げ入れたバッツが、そう言ってフリオニールの方を見た。その顔には子供っぽい笑みが浮かんでいる。
「フリオニールだってわかるだろ? ……これとか」
 そう言いながら、バッツがまだ片づけていない山から、武器を一つ取り出した。
「ああ!」
 目の前に出された塊を見て、フリオニールが得心したとばかりに頷いた。
 バッツが持っている武器は、銃と呼ばれる種類の武器だ。フリオニールの記憶の限りでは自分のいた世界にこんな武器はなかった。バッツもそれは同じだったらしい。そのため、最初に手に入れた時は二人そろって扱い方がわからず、頭をひねったものだ。幸いにもスコールが使い方を知っていた(後で聞いたところによると、彼の武器であるガンブレードと似たような構造の武器らしかった)ので、扱い方を教わった思い出がある。
「すごいよなあ、これ。遠くまで攻撃できるし。おれの世界にあったのは大砲とかでっかいのが多くってさ。人が持てるっていうのはびっくりした」
 そう感嘆の声をあげていたバッツが、突然持っていた銃をフリオニールに向けて構えた。引き金には指がかかっていなかったが、銃口は真っ直ぐフリオニールの心臓に向かっている。フリオニールは焦った様子で体をずらし、叫んだ。
「おいバッツ、銃口をこっちに向けるな!」
「弾入ってないし、大丈夫だって。くらえ、フリオニール!」
 フリオニールの抗議を明るい声音で蹴散らして、バッツはそのまま銃を撃つ動作をした。彼が大声で口にしている銃の発射音がものまねの力か本物そっくりで、フリオニールは思わず身をすくめる。しかし、言われた通り弾は入っていないらしく、痛くもかゆくもない。
 何の反応も示さないフリオニールの前で、バッツはずっと銃を撃つ動作を続けている。どうやらこちらが食らった真似をするまで続ける気らしい。固まった体から何とか力を抜いて、フリオニールはどうしたものかと頬をかいた。
 このまま放置するのもなんとなく気まずいし、バッツのほかに誰もいないからいいだろう。そう考えたフリオニールは、棒読みでうめき声をあげて、山を崩さないように後ろへとゆっくり倒れた。
 フリオニールが倒れたのを見たバッツが、はしゃいだ声を上げた。
「よっしゃーー!」
「なにをしているんだあんたたちは……」
 そこに突然低い声がかかって、フリオニールは倒していた体を勢いよく起き上がらせた。見れば、テントの入口には心底呆れた様子のスコールが立っている。
「スコール! いたのか!」
 恥ずかしさのあまり顔を真っ赤にしたフリオニールに対し、バッツは笑顔のままスコールの方へと向き直った。
「おかえりスコール! スコールもやるか?」
 言うや否や、バッツは先程フリオニールにしたのと同じく、銃口をスコールに向けた。銃を撃つ動作をしようとしたバッツをまじまじと見た後、スコールは深くため息をついた。
「誰がするか」
「ちぇっ、ノリが悪いぞ、スコール」
 先程までフリオニールに向けてしつこく動作を続けたのが嘘のように、バッツはあっさりと構えを解いた。おそらく、そのまま続けてもスコールは何もしない、とバッツは分かっていたのだろう。
 フリオニールはやってくれたのにと残念そうにつぶやくバッツに、言葉を向けられたスコールではなく、フリオニールが再び赤面した。そんな二人を見やったスコールは、もう一度深いため息をついた後、テントの外を指差した。
「ふざけているんだったら、あっちに干してある布を全部しまえ」
「え? もう乾いてたか?」
 スコールの指摘に、バッツが慌てた様子で銃を置いて入口へと向かっていった。スコールの横から身を乗り出し、外を覗き込む。
 テントの中にいるから気づかなかったが、いつの間にかだいぶ時間が経っていたらしい。そもそもスコールが探索から戻ってきているのだから、それなりの時間が経っているのだと、フリオニールはようやく気付いた。
 しばらく外の様子を確認していたバッツがこちらを振り返った。そして、フリオニールに対してすまなそうに口を開いた。
「悪いフリオニール、ちょっとあっち片づけてくる」
「ああ」
 フリオニールが首肯すると、バッツは今度こそテントから外へと出て行った。バッツを目線だけで追いかけていたスコールが、しばらく外を見ていた後、こちらを振り返った。
「手伝うか?」
 テントの中にある山々を見て、片付けをしていたと気付いたのだろう申し出に、フリオニールは首を横に振った。
「いや、大分片付いたから平気だ。スコールは戻ってきたばっかりなんだろ。ゆっくり休んでくれ」
 それだけでは納得していないスコールの様子に、フリオニールは今日一日で片づけをしなければならないことでもないと言葉を付け加える。それを聞いてようやく、スコールはわかったと言って、テントから姿を消した。
 一人残ったフリオニールは、しばらく入口を見つめてスコールが戻ってこないことを確認した後、赤くなっているであろう顔を、再び両手で覆った。先程までの自分の行動を思い返しては、恥ずかしさに呻く。
(まさかスコールに見られるとは……。いや、スコールなら周りに黙っていてくれるだろうし、運がよかったと思うべきじゃないか? うん、そうだ。念のため、あとで内緒にしてくれるように話もしておこう)
 そうして無理やり自分を納得させ、フリオニールは顔を覆っていた手を下した。広がった視界に飛び込んできたのは、先ほどまで片づけていた武器の山々だ。
 精神的に疲弊した状態で見ると、大分片付けたはずの山がまだまだ量が多いように感じて、フリオニールは先程のスコールのように、深くため息をついた。

2013-08-02
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