カエルの日(遅刻)
いつものように少人数に分かれて、ひずみの攻略をしていたある日のことだった。
「クラウド、セシル、ただいまー!」
底抜けに明るい声が響き、休憩中にもかかわらず「探検してくる」と言いおいてこの場所を離れていたバッツが、息をきらしてクラウドとセシルの元へと戻ってきた。
「なあなあ、これ見てくれよ!」
バッツはそう言って、クラウドの方へと駆け寄った。後ろに隠した手に何かを持っているようだったが、セシルの位置からでは見えなかった。あの隠し方ではたぶんクラウドにも見えていないだろう。
「じゃーん!」
バッツはその言葉とともに、クラウドの眼前に緑色の物体を突き出した。次の瞬間、それを目にしたクラウドが石化したように固まった。ビシリ、という音が二人から離れた位置にいたセシルの耳に聞こえた気がした。
なにか特殊なアイテムだろうかと疑問に思ったセシルは、遠くからその緑の塊がなんなのか確認した。四本の棒みたいなものがくっついている手のひら大の物体は、元の世界で見たことがある生き物だった。後ろ足をバッツに握られているそいつは、不服そうに喉を膨らませてゲコゲコと鳴いた。
「カエル?」
「そう。あっちにいたのを捕まえたんだ。美味いぞ!」
小首を傾げて確認したセシルに、クラウドの前にカエルを掲げたまま、笑顔全開でバッツが答えた。固まったまま動かないクラウドは、たぶん聞いていない。下手にクラウドに声をかけない方がいいか、と判断したセシルはバッツとの会話を続けた。
「食用なの?」
「うん。おれの世界だとカエルは食べ物だったけど、セシルの世界じゃ違うのか?」
「食べなくはなかったと思うけど、主流じゃなかったかな」
「ふうん、もったいないな。美味いのに」
「それくらいの大きさじゃ、みんなで食べられないじゃない」
「うーん。じゃあ、持って帰らない方がいいかな」
「そうだね。材料にしてくれって渡したら、フリオニールも困るんじゃないかな」
「あ、でも、持って帰ってみんなに見せるくらいだったらいいよな!」
のんびりと話を続けていた二人の耳に、ざり、と強く地面を踏む音が届いた。その音源は、先ほどまで固まっていたクラウドの方からだ。
「お、クラウドふっか――!?」
振り向いたバッツが不自然に台詞を切り、突然脇へと飛びのいた。その瞬間突風が吹き荒れ、セシルの髪を乱した。見ると、先ほどまでバッツがいた場所へ、クラウドがバスターソードを振り下ろしていた。
「いきなり何すんだよ!」
間一髪でよけたバッツが、カエルを持った手を振りながら喚いた。
しかしクラウドはその批判に答えずに、バスターソードを構え直した。沈黙を貫く彼の体は、怒りのオーラを纏っているように見える。普段見ない彼の態度に、どうしたんだろうと疑問に思ったセシルは、なんとなく思いついたことをクラウドに尋ねた。
「クラウド、もしかしてカエル苦手?」
クラウドは答えなかったが、その沈黙が答えを雄弁に表していた。クラウドの態度で、バッツも事情を察したらしい。不思議そうにクラウドに話しかけた。
「そうなのか? 美味いのに」
「うるさい」
バッツの台詞を冷徹な声で断ち切ったクラウドの体が、光を帯びた。構えていた剣が、青く光り形を変えた。
「待て待て待て待て! さすがにそれは止めろって!」
「言いたいことはそれだけか?」
冷え切った声で宣告されたバッツが、カエルを握ったまま後ずさる。
「ほんとごめんって! 知らなかったんだって!」
「問答無用だ」
その言葉とともに、クラウドが振りかぶったアルテマウェポンがバッツへと襲いかかった。
容赦ない勢いで攻撃がバッツの体に叩き込まれていくのを、セシルは止めることはできなかった。
その一方的な戦いは、数分もしないうちに決着がついた。
「ぐえっ」
べしゃりと地面に落ちたバッツが、カエルのつぶれたような声でうめいた。力の抜けた彼の手からようやく解放されたカエルが、一目散に逃げ出していった。
倒れたまま動かないバッツのそばに着地したクラウドが、バッツの右足を掴み、そのままひずみの外へ向かって歩きだした。
すでにぼろぼろのバッツは振りほどく気力もないようで、なすがままになっている。
「クラウド、どこへ行くんだい?」
思わず引き留めたセシルに、クラウドが無表情で振り返った。
「セシルは先に戻っていてくれ」
答えになっていない彼の言葉に、セシルは首を横に振った。
「そうはいかないよ。僕らは今団体行動中なんだから」
セシルがきっぱりと反論すると、クラウドに引きずられたままのバッツが、救世主が現れたと言わんばかりの表情でセシルを見上げた。
そんなバッツの方を一切顧みず、セシルはにこやかに付け加えた。
「大丈夫。クラウドの邪魔はしないから」
そのセリフを聞いたクラウドは、一つ頷き再び歩き出した。慌てたのはバッツだ。
「セシル! さらっと酷いこと言うなよ!」
「大丈夫。クラウドならこれ以上やるとまずいって線引きはできるから」
「そういう問題じゃない!」
セシルとバッツが会話している間も、クラウドはずんずんと進んでいく。置いて行かれないように、セシルも歩き出した。
「クラウド! 待ってくれって! 星の体内は嫌だあああああ!」
引きずられたまま叫んだバッツの声が、ひずみの中にこだました。