戦闘訓練
――光が奔る。
目の前に迫りくるそれを、右に回避する。着地と同時に屈んだ流れで、短剣を抜き、投げた。帯電し空気を切り裂いたナイフはしかし、相手のガードに阻まれる。乱れた流れに煽られた体勢を戻す前に、目の前に沸いた気配。防御は間に合わない。
「がっ」
体を襲った斬撃に、足が浮いた。吹き飛ばされた自分を追う風。きらめく鋼。勘を頼りに身をひねる。避けた。わずかに離れた距離は、剣を振るうには遠い。ならば、と弓を構えた。
「当たれ……!」
放った矢が飛ぶ。だが、当たる寸前、相手が掻き消えた。
姿を探してさまよわせた視線に、光る物が映った。盾、と判断した直後、体に衝撃が響く。硬直した身を、次に煌めく刃が襲い、突き上げられた。
「くっ」
宙に舞った体を、歯を食いしばり制御する。落下を始めた耳に、空気を切る音が届く。
全身が訴える痛みを抑え込んで、底を見やる。顔を向けた先、はるか下に浮かぶ足場に、戦士が立っているのを認めた。こちらが降りるのを待っているようだ。
(強い)
彼が纏う鎧は、この緑色で塗り潰されそうな空間の中にあっても、存在感を失わない。
視線がかち合う。青に射抜かれた気がした。
(敵わない、か? いや、まだだ!)
地面が近づく。彼は動かない。それなら。
フリオニールは、真っ直ぐに戦士の正面へ降り立った。反動に逆らわずに地を蹴る。ダッシュで近づき、至近距離で剣を振り上げた。が、光の盾に阻まれた。これは、
「輝け!」
それ以上思考する間もなく、鋭い声と同時に放たれた光線に、視界が白く染まった。
光の残滓を振り払い、剣を収めた戦士は、倒れ伏したままのフリオニールの元へと足を進めた。近づく足音が聞こえているはずだが、彼は動こうとはしない。手加減はするなと言われたが、あまりにも本気すぎただろうか。けれども、なぜか今回は手を抜けなかったのだ。
少し不安になりながら、フリオニールのすぐ隣で立ち止まる。見下ろすと、彼が長く息を吐いた。開いた目はまっすぐこちらを見ている。
「大丈夫か」
「ああ。……すまない、ありがとう」
フリオニールがゆっくりと倒れた体を起こした。差しのべた手に彼の手が重なる。捕まれたその力は弱くはなかったが、表情にはかげりが見えていた。
彼が立ち上がったのを確認し、手を放す。戦士から離れた手のひらは、そのままフリオニールの眼前へとかざされた。
「力不足、か」
俯きつぶやかれた言葉に、光の戦士は彼を見る。しかし、その瞳が今どのような感情を映しているのか、自分からは見えない。
だからということではないが、戦士は改めて周囲に目を向けた。申し訳程度に浮かぶ岩の足場と、立ち上る緑の気流。二人がいる底――この岩場が一番広いが、それでも数歩足を進めれば縁へたどり着くほどの大きさしかない。
星の体内、とクラウドが呼んでいた場所だ。そして、自分とフリオニールの二人であれば、思い起こされるのはかつてあった一つの出来事。戦士は目を閉じ、まぶたの裏にあのときの光景を描いた。
セフィロスの襲撃。傷ついたセシルとティーダ。一人追いかけたフリオニール。庇い立ち、退けはしたものの、奪われた彼の夢。
「この場所を選んだのは、あの時のことがあるからか」
真っ直ぐ告げた戦士の声に、フリオニールは頷く。
「ああ。いまなら、もっと戦えると思っていたんだが、」
まだかなわない、と続けてそれきり、彼は黙り込んだ。
(自分の力を、ここで試したかったのか)
混沌の大陸の中程で合流した自分たちコスモスの戦士は、聖域へと帰還する道すがら、すでに解放したひずみを使ってこうして訓練をすることがままあった。戦力の底上げ、連携の強化などが主な目的だ。繰り返した訓練の中で、光の戦士とフリオニールが手を合わせたこともそれなりにある。だが、ここでの訓練は初めてだったと記憶していた。
「そう落ち込むことはない。君は強い」
言い切ると、フリオニールが顔を上げた。彼の表情は困惑している。その感情が音になる前に、戦士は言葉をつなげた。
「だが、やみくもに戦っていては、その強さも発揮はできない」
淡々と告げると、フリオニールは開きかけていた唇を閉じた。光の戦士は、フリオニールの目に力が宿るのを見届けて、さらに重ねる。
「君は地上戦ならば得意のようだが、空中では扱える武器が減るようだ。この場所は特に足場が少ない。いかに確保しながら戦うかが肝要だ。それと、攻撃のタイミングが正直すぎる。距離に応じて技を選択するのはいいが、着地した直後、間合いに入った直後ばかりだ。だからタイミングを悟られるとガードされ、体勢が崩れた隙に攻撃を受けることになる」
ことごとく思い当たる行動があったのだろう。フリオニールが眉尻を下げて、ぽつりとこぼす。
「耳が痛いな」
脳裏によぎった言い過ぎかという思いを、光の戦士は振り払った。思い浮かぶのは、満身創痍の体を顧みずにセフィロスへと敵意を向けていた姿。あの時の二の舞にはさせてはならない。次は間に合わないかもしれないのだ。
だから、戦士が見つけた弱点を、フリオニールには克服してもらわなければならない。聖域に戻ったら始まるであろう、カオス軍との戦いの前に。
「あと、君はとにかく攻めるスタイルのようだが、時には守りから相手の隙を探す戦い方も必要だ。最後、私が君の攻撃を待っていたことは気づいていたな? ならば、攻撃をせず、私が動くのを待つという選択肢もあったはずだ。あるいは、攻撃を見極められても問題ない選択をすべきだろう。君は斧が使える。そちらであれば少なくとも私は回避を取る必要があった」
「……すまない」
言葉を一度切った間合いで、フリオニールが消沈した面持ちで呟いた。だが、自分が謝罪を受ける理由が分からない。足りない部分はこれから埋めればいいのだから。
「謝る必要はない。これから少しずつ改善していけばいい」
「そうじゃないんだ。いや、それも確かにあるが」
フリオニールがそう告げて、戦士の声を遮る。否定の言葉に、戦士は口を閉ざし続きを待つ。少しの逡巡ののち、彼が口を開いた。
「あなたはこれだけ俺の問題点を指摘してくれるのに、俺はただ戦うことばかりで、あなたに言えることが何もないなと思ったんだ。これではあなたの訓練にならない」
だからすまない、とつなげてフリオニールが目を伏せる。そこでようやく、今回の訓練で手を抜けなかった理由に気づき、戦士は目を細めた。
「そんなことはない。今の言葉をもらえただけで、私にとっても訓練になった」
ありがとう、と率直に礼を述べれば、フリオニールは驚いた様子で目を瞬かせた。おそらく、どうして戦士が礼を述べたのか分からなかったのだろう。
戦士は彼から視線を外し、気流の立ち上る先を振り仰いだ。
「ここは、私にとっても思うところがある場所だ。だから、少し余裕がなかった。君の言葉でそれに気付いた」
かつてセフィロスと対峙し、のばらを取り戻せず逃がしてしまったこと。それが自分のどこかで、しこりになっていた。そのために、手加減なく本気で彼を打ち据える結果に繋がったのだと思い至る。
「君がよければ、またここで訓練をしよう。その時はお互いに、より実のある結果になるだろう」
「――ああ、よろしく頼む」
視線を戻してそう提案した戦士に、フリオニールは力強く頷いた。