ファーストインプレッション
あてがわれたテントへと足を踏み入れたバッツを迎え入れたのは、静かな寝息だった。暗がりに慣れない目を凝らしてみれば、クラウドが左側に寝ているのがぼんやりと見える。
(もう寝てるのか。早いなぁ)
ついさっきまでジタンと話していた自分が考えることじゃないけど、なんてひそりと笑う。クラウドが起きていれば荷物の整理でもしようかと思っていたが、こんな状況では自分もすぐに寝るしかない。そう判断したバッツは、音を立てないようにと柄にもなく慎重に靴を脱ぎ、自分が眠れる空間が残っている方へと静かに移動する。用意してあった毛布を引っ張り出すと、背後で動く気配がした。
(やべっ、起こした?)
思わず息をつめたバッツだったが、それ以上何かが起こる様子はない。恐る恐る振り返って確認すると、さっきまで外側を向いていた顔がこちらを向いていた。どうやら寝返りを打っただけらしい。
(あー、びっくりした)
続く静寂にほっと胸をなでおろす。またびっくりする前にとっとと寝てしまおうと考えたバッツは毛布を広げ、なんとなくクラウドと向かい合わせになるように寝転がった。こんなに近くでクラウドの顔を見る機会なんて初めてだからと、まじまじとその顔を眺める。暗がりの中でも分かる金色の髪。他の戦士たちと比べて白い肌。整った顔立ち。不思議な色をした瞳は、今は見えない。
(かっこいい顔してるよなー。でも寝顔は少し子供っぽい感じがする、かな?)
横になったことで思考を覆い始めた眠気に身を委ねながら、ぼんやりと考える。秩序の側にそろった戦士たちは皆かっこよかったり、綺麗だったりと、印象に残る顔をしている。何の変哲もない顔――そういえば誰かから印象に残りにくい顔だと言われた気がする――であるのは自分くらいだ。秩序の戦士の中にはそういうことを話題にする奴はいなかったし、どんな顔をしていても表情で隠れてしまうものだと思うから、普段は気に留めないけど。たとえば、スコールは不機嫌そうな顔が多くて、もったいないなあと思う。
(その点で言えば、クラウドの表情も乏しいよな)
まぶたが落ち始めた目に映る寝顔を見て、バッツは思う。一緒に行動している期間が短いからか、笑顔なんて一回も見たことがない気がする。
(クラウドも、もっと笑えばいいのになー……)
そう考えたのを最後に、バッツの意識は眠りに落ちていった。
目を開いたと同時に飛び込んできた寝顔に、クラウドは驚きのあまり思わず見入ってしまった。いつも目覚めた時に思考を覆っているはずの眠気が、すっかり吹き飛んだ。
隣にバッツが眠っている。それは問題ない。昨日のテントの割振りは自分とバッツの二人だったのだから。ただ、その距離が問題だった。こちらの寝相か彼の寝相かはわからないが、肩が触れ合うかどうかの距離にバッツが横たわっている。
(近い)
まさしく目と鼻の先にある顔をまじまじと見る。バッツとは普段ほとんど接点がないので、こんなに近くで顔を見るのははじめてだったと思う。
(こうしてみると、結構大人びた顔なんだな)
遠巻きに様子を眺めるだけだが、活動している最中はいつもめまぐるしく表情が変わって子供っぽい雰囲気なのだが、それがなくなるだけでこうも違うのか。あまり接点がないので、彼のことはよく知らない。
がさり、と小さく衣擦れの音がした。
その音にぎくりとして、クラウドは思わず身構える。目の前で、バッツが少し顔をしかめたあと、いきなり目を開いた。
ばちっと音が鳴った気がした。
背はバッツの方が少し高いから、普段ならずれている目が、今は正面にある。暗がりにあるからか、色がわからない瞳。まだ眠気が覚めていないのか、表情は少しぼんやりとしていたが、その目にはしっかりと自分の顔が映り込んでいた。そらせない。
ずっと見つめていたことを、バッツは気づいているのだろうか。気づいているなら不快に思うだろうか? いや、彼がそんな性格ではないことくらいは、分かっている。
そんなことを考えながら、クラウドが固まっていると、目をそらさないまま、バッツがゆっくりと笑った。
「おはよう、クラウド」
「……おはよう」
何とか口を動かして、挨拶を返す。バッツはぎこちないクラウドの様子に気づくことなく、上半身を起こして大きいあくびをした。
「んー、朝かあ。よく寝たなー」
そういってもう一回あくびをして立ち上がった彼は、すでにクラウドを見てはいない。なのに、まるで焼き付いたかのように、バッツの目が残っている気がした。
動かないクラウドを不思議に思ったのか、バッツの声が降ってきた。
「クラウド? 起きないのか?」
「……起きる」
ぼそりと答えを返して、クラウドはようやく体を起こす。いまだに残る残像を打ち消すために、頭を軽く振る。ここまでだ、とクラウドは思考を切り替えた。