ジタンとバッツの膝枕攻防戦

 クリスタルを探してほしいというコスモスの言葉を受けてから、ジタンはバッツと行動していた。険しい道だと女神が言ったように、数日周囲を探索したくらいでお宝が見つかるはずもない。カオスの面々は現れないものの、イミテーションというカオスの兵が現れては戦闘になり、思うように先へも進めない。しかし焦っても仕方がないと、二人は初めて訪れたこの世界を楽しみながら、旅を続けていた。
 それでもイミテーションとの戦闘が続けば疲弊する。この日も長時間続いた連戦に体力が残り少ないことを感じた二人は、探索していた海岸沿いで休憩をとることにした。周囲にイミテーションがいないことを確認し、簡単に交代や休憩後の予定を打ち合わせる。厳正なるじゃんけんの結果、先に寝ることになったジタンは、おやすみと言って体を地面に伏せた。ジタンの隣で岩に寄りかかって座り込んでいたバッツから同じ挨拶が返ってくるかと思いきや、
「前々から疑問に思ってたんだけど、ジタンはうつ伏せで寝るんだな」
 上から降ってきた言葉は想像とは違うもので、答えを求める彼の声色に、そのまま寝てしまうのは何となくはばかられた。仕方なく顔だけ横に向けて、ジタンはじろりとバッツを見上げる。
「うつ伏せで寝ねぇとしっぽ痛ぇし」
 柔らかいベッドの上ならともかく、大地に寝そべるときはうつ伏せでないと、しっぽが体と地面に挟まって痛くなるのだ。考えなしに仰向けで寝ようものなら、翌朝復讐とばかりに激痛が襲い掛かる。それを懇々とバッツに説明したが、彼は頭をひねるばかりだった。
「でもうつ伏せで寝るのって息が苦しくならないか? 足首も痛くなるし」
 その意見は一理あるが、バッツはしっぽがないからそんなことが言えるのだ。
「しっぽが痛いよりましなんだよ」
 うんざりとした口調で話を打ち切り、ジタンは顔を戻すことなく瞼を下ろす。が、耳に届いた「そうだ」と言う台詞に、嫌な予感がして再び目を開いた。みれば、バッツは先ほどまで軽く折り曲げていた足を伸ばしている。ジタンの視線が自分に向いたことを確認したバッツが、右足――ジタンに近い方の腿を軽く叩いた。
「ほら、ここに寝ろよ」
「……なんだって?」
「膝枕。地べたにうつ伏せはさすがにないだろ」
 バッツの提案に、ジタンは思わず腕に力を込めて上半身を起こした。この世界は昼夜の違いがあまりなく、夜だろうが暗くも何ともないので、バッツの指し示した足がよく見える。男にしては細くねえか、なんて場違いなことを思う。いや、違う。そう言うことじゃない。
「野郎の膝枕なんて嬉しくねーよ」
 ティナちゃんだったら最高だけど、と付け加えると、バッツが言うと思ったと苦笑した。しかし、彼は足を引っ込めるつもりはないらしく、こちらから目をそらさない。その好意をむげにするわけにも行かないか、と視線を受け止めながらジタンは思う。だけど、レディの膝枕なら喜んで飛び込むが、男の足なんてお断りである。なので、頬杖を突きながら断る理由を組み立てて、口に乗せた。
「というか、見張りを置くために交互に寝るのに膝枕なんかしてたら、いざって時に動けないだろ」
「そん時は容赦なくジタン蹴り上げるし」
「……そーかい」
 酷いセリフにますます彼の膝枕を受け入れる気がなくなった。が、バッツはまだ諦めてはいないようだった。どうしようかと考えているうちに、ジタンは大事なことに気づいた。
「っていうか、膝枕もうつ伏せだと辛いだろ」
 実際に膝枕された状況を想像してみると、足を枕にしただけなので、地面にうつ伏せになるのとあまり変わらない気がしたのだ。ジタンの意見に同じく膝枕をした様子を想像していたらしいバッツが、言葉を返してきた。
「横向きになればいいんじゃないか?」
「なるほど、ってそれなら最初から地面に横向きで寝ればいいだろ」
「……そうだな」
 ジタンの台詞に頷くと、バッツはさっきまでのしつこさが嘘のように足を折り曲げてしまった。あっけなさに少しがっかりしたが、その気持ちをなんとなくバッツに気づかれたくなくて、ジタンは背を見せる形で横向きに寝なおした。
「じゃ、交代のタイミングで起こせよなあ」
 ひらひらと枕になっていない方の手をバッツに振ってから下ろし、今度こそ寝ようと目を閉じて長い息を一つつく。そうして力を抜いた体に、ばさりと軽い音をたてて何かが被さった。軽い布の感触は、たぶんバッツがさっき取り外していたマントだ。あまり大きくないそれはジタンの全身を覆ってはいなかったが、むき出しだった腕が空気から隠されて、ほのかな暖かさを感じた。その暖かさに、意識がぼんやりとしていく。
「お休み、ジタン」
 柔らかなバッツの声を聞いたのを最後に、ジタンは眠りに落ちていった。

2013-02-03
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