ボール遊び
「ジタン」
「ティーダ」
「バッツ」
「ティーダ」
「ジタン」
「ティーダ」
「オレばっか指定しないで欲しいッス! ジタン!」
「しょーがねーなぁ。ティーダ」
「ちょっ!」
騒がしい声と共に、白と青に彩られたボールが空を跳ねている。
海岸沿いでボール遊びをしている三人を、スコールは少し離れた位置で眺めていた。
もともとあのブリッツボールの所有者であるティーダ以外の二人は、ボール遊びを知らなかった。さらに加えるなら、バッツはボールというものすら見たことがなかったらしい。だからこそティーダの話を聞いた二人がやってみたいと言い、ゲームを始めたのだが。
(あれだけボールを取りこぼさずにいるのだから、たいしたものだ)
三人の様子を見ながらも思考に耽っていたスコールの耳に、砂を踏む音が聞こえた。近づいてくる。目線を向けたスコールのすぐそばにいたのは、か弱そうな顔に淡い笑みを乗せた少女だ。
「――ティナか」
スコールの言葉にティナは頷き、次に目線を海岸へと向けた。
「バッツたちは、何をしているの?」
「あれはただ遊んでいるだけだ」
「楽しそう」
そう言って、彼女はスコールの横で腰を落とした。たしか、ティナはクラウドと一緒に今日の野営地の見張りをしていたはずだったと思い出したスコールは、彼女へ問いかけの言葉を落とす。
「何かあったのか?」
「ううん。セシルたちが探索から戻ってきたから、散歩でもしてくればいいってクラウドが言ってくれたの」
「そうか」
「……スコールはみんなと遊ばないの?」
今度はティナから不思議そうな声が上がる。このまま話が続きそうな感触に、もとより会話が苦手なスコールは、面倒なことになったと心の中でため息をついた。
そんな二人の様子を、ちらちらとバッツは目に留めていた。
(スコール、眉間のしわがひどいぞー)
ジタンがたまにボールから目を逸らすので何事かと彼の目線を追いかけて、バッツもいつの間にかティナが来ていた事に気がついた。声は聞こえないので何を話しているのかはわからないが、スコールと喋っている。普段バッツやジタンが声をかけても返事すらほとんどしないスコールにしては、珍しいことだと思った。
(まあ、ティナを無視なんかしたら、あとでオニオンが怖いからなあ)
そうしてティナのそばにいつもいる少年が怒っている姿を思い浮かべる。いつも下手を打って怒られているからかその姿をありありと描けてつい笑いが漏れたとき、声がかかった。
「余所見してていいんスか? バッツ!」
ティーダの忠告にあわてて意識を戻すと、ちょうどバッツの頭上を大きく飛び越えてボールが落ちていくところだった。
「あ!」
あわてて身を翻してボールを追う。飛びつくように腕を伸ばす。体を砂まみれにしながらも、なんとか地面に落ちる前にボールを跳ね上げることができた。が、拾うことを前提とした動きに、ボールがあさっての方向へ打ち上がる。
「ティーダ!」
「まかせとけっつーの!」
とっさに呼んだ声に頼もしい返事が返ってきて、ティーダに任せれば大丈夫だと、息を一つ吐く。起き上がり、砂を軽く掃って戻ろうとしたバッツの視界の中で、スコールたちのほうへ顔を向けていたジタンが笑ったのが見えた。にやり、となんとなく嫌な予感がする笑みを。訝しんだバッツの予感を裏付けるかのように、ジタンがティーダへ言葉を投げた。
「ティーダ、高く上げてくれ!」
「わかったッス! ジタン!」
「あー! ティーダ待った!」
バッツの静止も空しく、ティーダの手を離れたボールが高く高く打ちあがった。さすがティーダ、なんて賞賛が頭に浮かぶ。そして、そのボールを目で追えば、同じ高さまで飛び上がったエアマスターの姿がある。彼の目線と体の向きに、バッツはジタンが何をしようとしているのかを悟る。しかし、止めるためにはここからでは間に合わない。
「「スコール!」」
図らずもジタンとバッツの上げた声が重なった。二人が呼ぶ声に何事かと顔をこちらへ向けたスコールが見たものは、おそらく視界一杯に広がる白と青の色彩だけだっただろう。それほどに出来過ぎたタイミングで、ブリッツボールがスコールの顔面に炸裂した。
スコールがブリッツボールを顔面キャッチしてぶっ倒れた。
突然の出来事にしばらく呆然としていたティーダは、はっと我に返るとあわててスコールのもとへ走る。ブリッツボールは武器にもしているのだ。思い切り当たれば凄く痛い。それを証明するかのように、砂浜に倒れているスコールは、顔に手を当てたまま動かない。その横にはいつ来ていたのかティナがいて、ケアルを唱えていた。
「スコール、大丈夫か!?」
「悪い、まさかこんなにキレイに入るとは思わなかった」
先にスコールのところへたどり着いたバッツとジタンの声が聞こえる。特に意図を考えもせずボールを投げた自分にも責任がある。謝らなければ。そう考えながら、遅れてスコールの元にたどり着いたティーダが口に開く前に、スコールが体を起こした。よかった大丈夫そうだ。そう安心して、次の瞬間走った光にぎょっとした。立ち上がったスコールの手に、ガンブレードが握られている。いつのまに、と思った次の瞬間、さらなる光と共にガンブレードが青く染まった。
「ジタン、分かってるだろうな」
底冷えのする声で、スコールが宣告する。ジタンが反射的に一歩後ずさった。
「ちょ、ちょっと待てスコール! 悪かったって! だからエンドオブハートは勘弁!」
「問答無用だ!」
そんなやり取りを残して、脱兎のごとく逃げだしたジタンとそれを追いかけたスコールが、あっという間に海岸から姿を消した。
「あれはしばらく帰ってこないなー」
言葉もないティーダとティナの横で、バッツはのんびりとつぶやいた。
「お、追いかけなくて平気ッスか?」
「大丈夫だって。スコールの気が済んだら戻ってくるだろ」
だからティナも気にするな、とバッツは笑っている。この三人の中で一番あの二人と仲がいいバッツが言うならそうなのだろうと、ティーダは無理矢理納得することにした。深呼吸をして気持ちを落ち着ける。と、ふと沸いた疑問がぽろっと口からこぼれた。
「なんでジタンはスコールにシュートしたんスかね? バッツならともかく」
「おれならともかく、ってどういう意味だよ」
聞き咎めたバッツが口を尖らせながら言い返してきた。確かにひどい物言いだったので、ごめんと謝る。そのやり取りで疑問はうやむやになってしまったが、後でジタン本人に聞けばいいかと思い直す。
「あの、ティーダ、これ」
突然後ろからかかった声に振り向けば、ティナがブリッツボールを差し出していた。拾ってきてくれたらしい。
「ありがとッス!」
礼を行って受け取ると、ティナが少しためらった後、言葉を続けた。
「ティーダ。私もさっきのやつ、やってみたいな」
「さっきのって、ボール遊び?」
「うん。……だめかな?」
「いいッスよ! 第二ゲームと行くッス!」
恐る恐るといったティナの様子に、笑いながらティーダが答えると、ティナがようやく笑顔を見せる。ちらりとバッツを見ると、彼も笑って頷く。ティナにルールを説明しながら、最初にスコールが断ってきたときに無理矢理にでも誘っておけばよかったんじゃないか、という考えがふと頭をよぎった。しかしその後、ティーダはボールを追いかけることに熱中してしまい、ジタンを引きずりながらスコールが戻ってきたころには、聞こうとしていた疑問もろともすっかり忘れてしまったのだった。