獅子と旅人の何度目かの手合わせ

 秩序の神という女神の元に召喚されてこの方、スコールはある人物に付きまとわれてうんざりしていた。自分は元々他人とのやり取りを疎ましく思う性質であり、他の戦士たちはその思惑を汲んでかある程度の距離を置いてくれていたのだが、彼だけは毎日のごとく声をかけてくるのである。今日も聖域と呼ばれる地点の周辺を探索した帰りに捕まった。
「スコールみっけ!」
 遠くから大きく響いた声に振り返れば、こちらに駆け寄ってくるバッツの姿が見える。彼も今日は探索に出かけていたはずだが、自分を探していた様子から、早めに聖域に帰還していたらしい。
「……何か用か」
「手合わせ! 頼むよ!」
 そう聞いたものの、ここ数日のやり取りから返ってくる言葉は分かりきっていて、――そのとおりの答えを寄越した彼に、思わず溜息をついた。
(……またか)
 バッツは基本的には自らの技ではなく他の戦士たちの技をものまねして戦うというスタイルで、技をものまねをするためには本人曰く「戦って見せてもらうのが一番」という。その言葉のとおり、バッツは暇を見つけては他の仲間たちと何度も手合わせをしていたのだが、最近はその相手がスコールに固定されてしまっている。つまり彼が未だにものまねできないのが自分の技だけ、ということだ。
「もうちょっとで、トリガーだっけ? こいつを引くコツをつかめそうなんだ。手加減しなくていいから!」
 繰り返すが、自分は他人と馴れ合うのは苦手だ。それでもバッツの要求に付き合っているのは、その内容が手合わせに限定されているからであり、彼が自分の技を覚えることでこちらの勝利の確率があがるから、とスコール自身が――技を真似されることへの抵抗はあったが――割り切っているからである。ただ、そうは言ってもこの状況から早く開放されたいのも事実であり、そのためには一刻も早く自分の技を覚えてもらうしかない。
 だからスコールは、バッツの要望通りに、彼を容赦なく叩きのめした。


 乱れた息を整えていると、地面に倒れたバッツが悔しそうに喚いた。
「くそー、負けたー!」
「……勝ち負けのために手合わせをしたわけじゃない」
「そーでした」
 思わず言い返したスコールに、大の字に転がっていたバッツはけろっとした口調で告げ、勢いを付けて起き上がった。
「うーん、やっぱりスコールの武器は扱いが難しいよなぁ」
 涼やかな音と共にバッツの手にガンブレードが生成される。見慣れているはずなのに、バッツの手にあるというだけで微妙な心持ちになる。
「普通の剣と持ち方が違うし、銃って部分は初めて見たし。やっぱトリガーを引くタイミングがいまいち掴めないんだよなぁ。なんかコツある?」
 バッツの問いかけに先ほどの手合わせを思い返す。バッツのガンブレードを扱う腕は、以前より良くなっている。斬るということに限定するなら、もはや自分と遜色ない。しかしトリガーを引くときは、場数が足りないのか見ない武器だからか、動作に一瞬の躊躇があり、それが掴めない理由だと感じていた。
 そう答えるために開いたはずなのに、スコールの口から出たのは全く関係のない言葉だった。
「なぜ俺の武器にこだわるんだ?」
「へ?」
「他のやつらの武器はものまね出来ているんだろ。それなら俺の技までものまね出来なくてもいいんじゃないか?」
 答えどころか質問で返したスコールに、バッツは文句を言うことなく腕を組んで考え込んだ。そしてしばらく後、理由を纏め終わったのか、腕を解いてこちらをまっすぐ見てきた。その表情は今までに見たことのない真剣な顔で、こんな表情も出来るのかと不躾にもそう思った。
「んー、こういうとスコール変な顔しそうだけどさ」
 そう前置きして、バッツが言った。
「ものまねで戦ってると、みんなと一緒に戦ってるって感じがするんだ。だから、そこにスコールだけいないのはダメだ」
 その理由にスコールは顔をしかめた。自分の中では集まったほかの戦士たちは戦力という認識のほうが大きく、仲間という意識はあまりない。おそらく、自分だけがそう思っているのだろうことも想像がつく。それでも、自分は今のところその考えを改めるつもりはなかった。
 おそらくバッツが思ったとおりの変な顔をしているであろうスコールを気にすることなく、バッツがそれに、と小さく言葉をつないだ。
「スコールの技だけものまねできないのはなんか悔しい」
 目線を戻すと、いつの間にかバッツは憮然とした表情を浮かべていた。その顔で告げられた子供のような理由に、何度も何度も自分に手合わせを要求してきている行動を合わせて、スコールの中で腑に落ちた。
「……そっちのほうが、納得できる」
「そうか」
 スコールの言葉に晴れやかな笑顔で頷いたバッツは、しかし次にしてやったりといった顔に変わった。
「じゃ、おれがものまねできるようになるまでとことん付き合ってくれな!」
 スコールがバッツの言葉に異を唱えるより早くバッツが駆け出した。
「今日はありがとな、スコール! 明日もよろしくな!」
 彼は来たときと同じく、あっという間にこちらから離れていく。そんなバッツの後姿を見ながら、スコールは墓穴を掘ったと、正直にそう思った。

2012-08-23
文章へ戻る