風が吹き抜けた春秋

 秩序と混沌の戦いが繰り広げられているこの世界において、アイテムは自身を強化する貴重な品だ。なかでも専用装備と言われる各戦士に与えられる武器は、特に重要視されている。しかし、手に入れるために必要な素材を手に入れることは難しい。そのため武器の装備できる範囲が狭い者から専用装備を手に入れようという話になり、必然的にウェポンマスターと呼ばれているフリオニールや、なぜかたいていのアイテムを扱うことの出来るバッツは専用装備を手に入れる順番が最後に回された。
 そんな経緯を経て、バッツの最強武器『ドルガンの剣』が、今ようやく手に入ったのだが。
「なんていうか、普通だな」
「そうだな」
(本人が肯定していいのか?)
 ジタンとバッツが述べた感想に胸中でそう思ったが、スコールもその意見を否定できなかった。それほどに、バッツの手にある『ドルガンの剣』は普通だった。スコールの世界では骨董品になりそうな代物ではあるが、トレードのために手渡した『暁の剣』のような煌びやかな装飾もなければ、特殊な素材で作られている様子もない。刀身が細く短い気はするが、ギルだけで手に入るブロードソードと見間違うかと思うほど、普通の剣だった。
「けどなんか……。うん、なつかしい感じがする」
 そうこぼして口を閉じたバッツは、さっきから目を離さずに剣を見つめている。なんとなく彼の邪魔をしてはいけない気がしてジタンのほうを向くと、同じ考えだったのだろう彼と目が合った。お互いに無言で頷く。聖域でもひずみでもないここは、気を抜けばイミテーションと遭遇する場所だ。
 離れて周囲を警戒し始めてから少しした後、バッツが動く気配がした。振り返った先で、彼は「思い出したよ」と剣を掲げ持った。その顔に浮かんでいた笑みは、どこか安堵しているように見えた。

「これ、親父の剣だ」

 *

 集合地点へと帰還する道を進みながら、バッツとジタンが話している。スコールは二人の少し後ろで、イミテーションの襲撃を警戒しながら歩いていた。
「その剣って、やっぱり業物とか、そういうもの?」
「いや、普通の剣だと思う。いわくとかは聞いたことないし」
「バッツの親父って剣士か何かだったのか?」
「いや、おれと同じだよ」
「同じって、旅人ってことか?」
「ああ。おれが十七のときに病気で死んじまったんだけどさ、ずっと一緒に旅をしてたんだ。旅に必要なことは、親父からほとんど教わった」
 そういった彼の声音は何も気負ったものがなかったが、ジタンとスコールは思わず足を止めた。言葉がうまく出ないスコールの視線の先で、頭をかきながらジタンが言った。
「あー、なんか悪い」
「え? ああ、気にすんなって。おれが言ったことだし」
 そう言ってジタンの背を軽く叩いたあと、バッツが振り向いてこちらへと手を伸ばしてきた。避けるまもなく頭を荒っぽく撫でられる。それを反射的に振り払ってバッツに抗議の目線を向けるが、彼はどこ吹く風で笑っている。しかし、それがいつもの無邪気なものとは違って落ち着いた静かな笑顔で、スコールは微妙に落ち着かない気持ちになった。
「親父は強かったんだぞー。おれ、結局一回も勝てなかったんだから。だからこの剣を持ってればカオスだって倒せるぜ! ……たぶん」
 たぶんってなんだよ! とジタンが鋭いツッコミを繰り出しそのままじゃれあいに発展する横で、スコールは溜息をついた。そこで、さっきの会話の中で彼が重要なことを言っていたことに気がついた。
「バッツ」
 思わず出た声に、じゃれあっていた二人の動きが止まる。
「どうした?」
「一つ、聞いていいか」
「うん」
「さっき、十七のとき、と言ったな」
「うん」
「あんた、今何歳なんだ」
「え?」
 スコールの問いかけに、バッツは腕を組み少し考えたのち、答えた。
「親父が死んだのが三年前だから、今二十歳だな」
「な、なんだってー!!」
 答えを聞いて、すぐさま叫び声を上げたのはスコールではなくてジタンだった。とんでもないことを聞いたといわんばかりのその叫び声に、バッツが憮然としながら言葉をつなぐ。
「……おれ、変なこと言ったか?」
「バッツ、オレ今十六歳」
「え? ジタンって年下だったのか?」
「そうだな、そういうことになるな……って、スコール?」
 二人はそう話している途中で、完全に固まってしまっていたスコールに気がついたらしい。ジタンと顔を見合わせたバッツが、恐る恐るといった体で声をかける。
「えーと、スコールは何歳なんだ?」
「……十七、だ」
 スコールが絞り出すように言った数字に、三人ともが動きを止めた。
 少しのち、沈黙を破ったのはジタンだった。
「うっそ、バッツのほうがスコールより年上ェ!? っていうかスコールってオレと一つしか違わねーの!?」
「……そうなるな」
「本気で予想外。いや、スコールが老け顔ってこともあるけど、バッツが二十歳に見えない。言動が」
「誰が老け顔だ」
「多分他のやつに言っても同じ感想が返ってくると思う」
「…………」
「あー、でもなんとなく判るかなー」
 ジタンの言に反論できずに黙ってしまったスコールの代わりに、何かを思い返していたらしいバッツが割り込んだ。
「スコールって、たまに子供っぽいなーなんて思ってたりしてたんだよ」
(……バッツには言われたくない)
「バッツ、スコール今絶対お前に言われたくないって思ってるって」
「そうだなぁ。確かにそんな顔してる。……けど、そっか、スコールは十七なのかぁ」
 そう言いながらバッツは再びスコールの頭を撫でてきた。振り払おうとした先でバッツがタイミングよく手を引いたので、伸ばした手が空を切った。思わずスコールが顔を向けると、バッツは視線を避けるように空を仰いた。
「あ、まずい」
「バッツ?」
「太陽が結構傾いてる。心配かける前に戻らないと」
「本当だ。雑談してて遅れたなんて言ったらオニオンがうるさいだろうし、急ごうぜ!」
 同じように空を見たジタンが同意し、二人はスコールの意見を聞くことなく歩き出した。スコールは立ち止まったまま、二人の後姿を見る。バッツとジタンは先ほどまでの年齢話が嘘のように今までと同じで、年齢を気にした自分はバッツのいうとおり子供っぽいのかと少し遣る瀬無い気持ちになった。
「なぁジタン、戻ったらみんなの年もきいてみようぜ」
「バッツほど意外な人間いないと思うぜ?」
「言ったな! ……あれ、スコールがついて来てない」
 歩きながらも話を続ける二人は、そこでスコールが付いてきていないことに気づいて振り返った。
「スコール!」
「早く来いって!」
 そう言いながら大きく手を振るバッツに、やっぱりあんたは年上には見えないと結論付けて、スコールは二人に追いつくために駆け出した。

2012-08-03
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