焼きついた記憶
その青年は高いところが苦手なくせに、次元城と呼ばれるこの場所の空を見るのが好きなようだった。クリスタルを手に入れた仲間と合流し聖域へと戻る道中、この城で休憩を取る仲間の輪を離れた彼を探していたクラウドは、迷いなく一番高い場所へと足を向け、過たずその姿を見つけた。
「バッツ、ちょっといいか」
少し離れた位置から声をかけると、彼は上を見ていた頭を体ごと倒してこちらに向けた。
「なに? クラウド」
「お前が使う『ものまね』について、聞きたいことがある」
もとより自分から雑談などをするたちではないので単刀直入に用件を切り出すと、バッツは何度か瞬きをしたのち、言葉をこぼした。
「……クラウドもかぁ」
意味を問いただそうと口を開く前に、バッツが手招きをしたので、一つ小さく息を吐いて彼の元へ向かった。
クラウドがバッツの隣に腰を下ろすと、朗らかな声で種明かしをされた。
「最初に聞きに来たのはスコールで、その後にセシル、ティーダの順で聞きに来たっけな。質問内容はみんな同じ。――で、クラウドが聞きたいのはどの技について?」
成程みんな考えることは同じだったらしい、とクラウドの顔に苦笑が浮かんだ。バッツが使う『ものまね』は仲間の技を真似して戦うと彼自身が言っていたが、こうして合流して彼の戦いを見ていると、仲間の技だけではなく、イミテーションと呼ばれるカオス軍が操る尖兵の技もある程度真似していた。そして、その技の中の一つに、イミテーションだけが存在する彼女の技があった。
「俺の技のものまねで、途中から掌打を繰り出すだろう」
「ああ、格闘技を使う女の子のイミテーションの技だな。あの子、知り合いか?」
「……元の世界での仲間だ」
「そうかぁ」
それだけ返事をしてバッツは納得したらしい。無言が質問の続きを促す。
「なぜ使える?」
「おれが天才だから」
「笑えない冗談だな」
「ばっさり否定するとかクラウド酷いな!」
そう言いながらバッツの声は笑っている。クラウドがひと睨みすると、バッツは降参のポーズを取りながら彼の中の正解を口にした。
「『ものまね』自体は、複雑だったりすると理解するのに時間がかかるんだけど、何回か見れば使えるようになるんだ」
「その理論だけだと、カオス軍の技も使えないとおかしいだろう」
「そうなんだよなぁ。分け隔てなく使えるなら、セフィロスの技とかリーチ長いから、『ものまね』できたらいいなぁとか考えてるんだけど」
「突き落とすぞ」
「じょ、冗談だって。クラウドは、冷静そうに見えて意外と短気だよなぁ」
思わず目をそらして、こんなところであいつの名前を出すなと傭兵の少年のごとく胸中でつぶやいていると、なあクラウド、と声をかけられる。目線を戻すと思いのほか真摯な目つきでこちらを見ていたバッツが長い溜息ののちに言い放った。
「なんでお前の仲間のイミテーションがいるんだと思う、とかそういうこと聞くなよ?」
返答に詰まった。その質問は、確かにクラウドがバッツに聞いてみたいことだった。彼女のイミテーションを見るたびに感じていた形容し難い気持ちの手がかりを、どんな小さなものでも欲しかった。先手を封じられたクラウドは、数秒逡巡し、角度を変えて問いを紡いだ。
「……聞かれたのか」
「うん。ことごとく。ていうかさ、おれに聞かれても困るって。おれと同じ世界から来たやつで、おれがわかるイミテーションはエクスデスくらいしかいないし」
「それ以前にお前はほとんど記憶がないんだろう」
「まぁなぁ」
バッツの返事を最後に会話が止まった。これ以上聞くことがなかったので、クラウドは他の仲間のところへ戻ろうと立ち上がった。
「邪魔したな」
「大丈夫だって。じゃあ、今の話のお礼ってことで、その頭わしわしさせてくれよ」
「断る。俺は、あんたの相棒のチョコボじゃない」
「あのイミテーションも、クラウドの知り合いの子本人じゃないぜ?」
嘆息と共にぼやいた言葉に即座に返ってきたバッツの声にはっとして振り返る。いつの間にか立ち上がり、まっすぐこちらを見ていた彼の淡い色の目と視線が合う。その表情はやわらかかった。
「そうだろ?」
「……そうだな」
なんとなくだが、彼の答えに一つの道筋を見つけた気がした。その答えを聞き届けたバッツが、ゆっくりとこちらに歩いてくる。
「あんまり答えになってないと思うけど、これくらいしか言えないんだよな。ごめんな、クラウド」
「いや、いい。満足はしていないが納得はした」
「そっか。じゃ、おれも戻るから一緒に戻ろうぜ」
そういいながら隣に並んだバッツの体が、かすかに震えているのに気づいた。
「降りるのが怖いなら高いところに上るな」
「……ばれたか」