あなたの瞳をさがして

「違うよなぁ」
 担当していた野営地の準備が粗方終わったクラウドが周囲を見回っていると、突然そんな呟きが耳に届いた。聞き知ったその声音に向かって足を進めると、設営場所の決め手となった泉の縁で、一人しゃがみ込んで唸っている旅人の姿が見える。特に気配も消してないので彼が自分の接近に気づいてないとは思っていないが、これだけ近づいても振り向きもしないとは無用心じゃないのかと溜息が出た。
「バッツ、なにをしている」
「あ、クラウド。ちょうどいいところに」
 その声と手招きに応じて彼のそばで腰を落とすと、目の前にアクセサリ――アクアマリンを突き出された。
「やっぱり違うよなぁ」
「……何が違うんだ」
「クラウドの目と同じ様な色が、宝石にないかなって見てたんだけど、なかなか納得いくのがなくてさ」
 足元をよく見れば、アクセサリの中でも宝石や金属の類ばかりが転がって小さな山が出来ている。サファイアやエメラルドなどがその山から分けられているのを見て、なるほどと小さく呟いた。同時に、自分の目の色が見つけにくいということにも得心がいく。
 自分のこの目は、少し特殊な色をしている。ただクラウドはその詳細も自分がこの目についてあまりいい感情を持っていないことも、彼に話す気はなかった。バッツはそんなクラウドに気づく様子もなく、宝石の山をかき分けながら一人喋り続けている。
「クラウドの目の色って、きれいだけどなんか不思議だよな。サファイアほど青くはないし、かといってエメラルドだと緑すぎるし。アクアマリンは似てる感じがするけど、かといって透明じゃなくて、ムーンストーンみたいな乳白色も混ざっているような。ああ、オパールが青色に光ったときが似てるかな……でもちょっとそれだと光が強すぎるような」
 つらつらと述べられていく言葉に、よく見ているなと、少々いたたまれない気持ちになる。この目に関する因縁を何も話していない身の上で、自分勝手なのは分かっている。しかし、否定的な気持ちがクラウドの中に少しずつ降り積もっていく。
 この目は俺の弱さの証みたいなもので。大切なものを守れなかった罪の烙印のようなもので。お前がそんなに明るい声でほめるほどのものではないのだと。
 思考が沈んでいるところを、冷たい手に突然両頬を固定されて、目を見開いた。そのまま上を向かせられると、いつの間にか膝立ちになっていたバッツと目があった。覗きこまれる。近い。けれど目をそらせない。
「似てるっていうだけだと、色はちょっと違うけど、マテリアとか、クラウドのクリスタルがクラウドの目に近い気がするな」
 言いつのるバッツは、この目の色を確かめようとしているのか、まばたきもせずにクラウドを見つめ続ける。
 目線に耐えられなくなったクラウドは、頬に添えられた手を振り払い、目をそらした。
「……俺の目と同じ色の石を見つけて、どうするつもりだ」
「ああ、うん。他のみんなの目の色もさ、似たような石をそろえて、アクセサリにしたらいいんじゃないかって思って。後はクラウドのだけなんだけど、さすがにクリスタルを使うわけにいかないよな」
 ほらこれ、とバッツの示した場所に、少量の宝石が選び抜かれていた。これはジタンで、こっちがスコール、などと突っついている指先に集まった輝石を見て、その数が八個しかないと思い至る。自分の分を見つけたとしても一つ足りないではないか。そして、クラウドの正面にいるここに欠けている色の持ち主が、その事実を気にする素振りも見せていないことに、なぜか少し腹が立った。
「お前の分がない」
「おれ?」
 真っ当な指摘をしたはずが、予想外と言わんばかりの返答がきて苛立ちに拍車がかかる。
 その様子をすぐ察知したらしいバッツは、あごに手を当てて、考え始めた。
「うーん、そうだなぁ……。じゃあ、そこらへんの石ころでも砕いて」
「石ころの色とお前の目の色は違うだろ」
「そうか?」
「ああ」
 言い捨てて、先ほどの仕返しとばかりにバッツの頬に手を添え、その目を近くから覗き込んだ。
 灰、茶、紫。
 どれも正解のような、しかしどれも間違いのような不思議な色。世界を見るたびにその色合いを変えていくこの目の彩りを形容できる言葉を、クラウドは思い浮かべることが出来なかった。
「お前の目も、俺に負けず劣らずの色をしている」
「そうかなぁ……」
 視線はそらさないが、バッツの瞳はぼんやりとしていて、こちらを見ているようで見ていない。おそらくこの目に映る自分の目を見ようとしているのだろう。いつも周りを悩ませているのだから、少しは悩めばいいのだ。いや違う、そうじゃない。バッツは自分の目をどう思うのだろうか。
 その答えを聞いてみたくて、クラウドは根気強く待った。そのままどれだけ経った後だろうか、バッツが突然「そうだ」と言った。その目に力がこもる。
「だったらさ、おれの分の石はクラウドが探してくれよ。クラウドならおれの目を見られるから、合ってる色を探せるだろ」
 あらぬ方向からの返事だった。
 思わずまじまじと見つめ返してしまって、ああ俺も見ているようで見ていなかったのだ、と気づく。そうして見てしまったバッツの顔がまた嬉しそうなものだから、さっきまで抱えていたはずの怒りや疑問などすっかり消えて、今度は恥ずかしさがこみあげてきた。
「……気が向いたらな」
 その言葉を聞いたバッツが、「頼むな!」と満足そうに笑った。


 野営地のほうから夕食の準備が出来たらしい集合の呼び声が聞こえる。立ち去る兵士の背中に、片付けてから行くと声を投げて、バッツは一人泉に残った。まず、より分けていた八つの宝石を混ざらないようにしまってから、アクセサリの山を整えていく。
「興味ないとか言ってる割には、よく見てるんだよな、クラウド」
 元々アクセサリは自分の分だけを作るつもりだった。だから自分の目などいらないと思ったのだが、彼が見つけてくれるなら加えるのも悪くない。そうだ、宝石がそろったら全部二つに割って彼の分も作ろう。受け取ってくれるだろうか。
 あの稀有な色を思い返しながら片付けていたら、不意に目に留まった輝きがあった。
「――見つけた」
 失くさないようにすくい上げて、さっきまでそこにあった瞳と同じ位置にかざす。彼と同じ優しい色と光に、目を細めて笑った。

2012-04-08
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