トリック・オア・トリート!
発端
「ハロウィンイベント?」
「明日?」
誰ともなくあがった疑問に、秩序の戦士たちの前に現れたコスモスは「はい」と微笑んだ。本日の探査が終わり集合した戦士たちの前にコスモスが現れたのがつい先ほどのこと。彼女は開口一番に「明日ハロウィンのイベントをやります」と告げたのだ。突然のことに、お互いに顔を見合わせたり、腕を組んで考えこんだりしている戦士たちのなか、バッツがオニオンをつかまえて質問した。
「なあオニオン、ハロウィンってなんだ?」
戦士達の中でも雑学をよく知るバッツからの思わぬ質問に、オニオンは驚いて訊き返す。
「バッツ知らないの?」
「ああ」
「僕も知らないな」
「セシルも? えっと、他に知らない人は?」
セシルも知らないと言う事実にオニオンが慌てて他の面々に問いかけると、フリオニールとティナ、そして光の戦士が手を上げる。ちょうど知っている者と知らない者とで半々に分かれた形だ。
「半分は知らないんだな」
ジタンのつぶやきに、クラウドがたしなめるように口を開く。
「俺たちは別々の世界から来たんだ。ハロウィンがない世界もあるだろう」
「そっか、そうだね」
クラウドの言葉に納得したオニオンが、知らない仲間へハロウィンの説明をする。
「なるほど」
「そんな事をするのか。面白いイベントだね」
「なんだか楽しそう」
「先にそのトリック・オア・トリートっていう合言葉を言っちゃえばいいんだろ? 楽勝だな!」
説明を受けた戦士達がそれぞれ得心したように言った。しかし、十人分の食事を主に引き受けているフリオニールだけが困ったような顔で唸った。
「お菓子がいるのか。材料がないぞ……」
「それなら心配に及びません。発案者の責任を持って、材料を用意しました」
その言葉と同時に、コスモスの目の前に材料が入っていると思われる袋が現れた。
「それでは、改めてイベントの説明します」
そうしてコスモスから告げられたルールは、そんなに難しいものではなかった。因縁のある戦士と相対して、先に「トリック・オア・トリート」と宣言できればお菓子をもらう、あるいはいたずらできる権利が付与される。宣言された場合は、お菓子を渡すか、渡すことができなければ、いたずらを受けなければならない。いたずらを受ける際は抵抗は不可。ただし、いたずらの判定はカオスが実施し、抵抗した場合や、度が過ぎたいたずらは制裁を受ける。
「ではみなさん、明日はよろしくお願いしますね」
最後にそう締めくくって、コスモスが姿を消した。残された十人のなかで、まず動いたのはフリオニールだった。
「さて、急いでお菓子を用意しないとな」
「フリオのお菓子、楽しみッス!」
「カオスの連中にやるんだ。俺たちは食べないぞ」
「えー! 味見くらいいいじゃないッスか!」
「だめだ。ほら、ティーダも菓子作りを手伝え」
「ウッス!」
「ぜーったいケフカとか碌でもないこと企んでそうだよね」
「そうだな。ティナに何かが起こらないように対策をしておく必要がありそうだ」
そうして戦士たちが明日に向けて騒ぎ立てている中、その輪から一人外れた位置にいたスコールは、盛大に溜息をついた。
(……くだらない)
大体ここには戦うために来たのではないのか。そんな感想を抱いたスコールの腕を、いつの間にか隣に来ていたジタンが引っ張った。彼の方へ顔を向けたスコールは、目に映った焦りの表情に首をかしげる。
「どうした?」
「ばか、スコール、コスモスの発案だぞ! くだらないとか考えてると」
「スコール」
二人の間を底冷えするような声が通った。
「君は今何を考えた?」
「い、いや、別にたいしたことじゃない」
しどろもどろに答えたスコールと、それを助けるように隣でうんうんとうなずくジタンに、光の戦士はとりあえずは納得したらしい。
「そうか。では君もイベントに向けて万全を期すように」
そう告げて、彼は他のメンバーのもとへと去って行った。限りなく遠くなったところで、二人が息をついた。
「……助かった。すまない、ジタン」
「いいって。次からは気をつけろな」
スコールの安堵がにじみ出た台詞に、ジタンは軽く彼の体を叩く。
(明日はどうなることか……)
すでに嫌な予感しかしないスコールは、再び溜息をつくしかなかった。
ウォーリア・オブ・ライトの場合
カオス神殿の王座の前に立つガーランドは、近づいてくる足音に顔を上げた。時を待たずして、光の戦士が現れる。
「来たな、戦士よ」
告げれば、彼の顔がこちらを向いた。その姿を見据え、猛者は剣を構える。
「剣を取れ」
しかし、光の戦士は剣に手を掛けず、口を開いた。
「今日はハロウィンとやらをすると聞いたが」
「我らの間に、くだらない遊びなど必要ないわ!」
光の戦士の言葉を一笑に付すガーランドに、勇者は眉を吊り上げた。
「くだらないだと……?」
珍しく声に怒りを乗せた光の戦士が、剣を抜いた。
「貴様がそう言うならば、容赦はしない。覚悟するがいい」
「それでこそわが宿命の相手よ!」
お互いの言葉が終わるな否や、二人は猛然と地を蹴った。
オニオンナイトの場合
闇の世界へと足を踏み入れたオニオンナイトは、すぐに近くにあった柱に身を隠した。遠くに暗闇の雲が浮いているのが見える。イベントとはいえ、油断はできない。念のためにお菓子はひとつ持っているが、できればより安全な道筋を通りたい。そのためには。
(とにかく先に合言葉を言ってしまえば勝ちだ)
深呼吸をひとつして飛び出す。暗闇の雲がオニオンナイトに気づいて振り返ると同時に、叫ぶ。
「トリック・オア・トリート!」
合言葉を告げられた暗闇の雲は、しばらくの間無言でオニオンナイトを見下ろしていたが、何かに納得したのか「ふむ」頷き口を開いた。
「……ぬかったのう。さて、どうするか」
どうするかもなにもお菓子を出してくれれば終わりなんだけど、と思ったオニオンナイトだったが、暗闇の雲が一向に動く気配を見せないことに、ある予測を立てていなかったことに思い至った。確認するため、恐る恐る暗闇の雲に尋ねる。
「もしかして、お菓子持ってないの?」
「うむ。こうなるならゴルベーザに菓子を貰っておけば良かったのう」
あっさりとオニオンナイトの質問に肯定を返した暗闇の雲は、とくに不満そうな様子も見せずに「ふむ」ともう一度頷いた。
「仕方がない。お主の悪戯を受けようではないか」
告げられた言葉に、オニオンナイトが石化したかのように固まった。それを意に介すことなく暗闇の雲はオニオンナイトの目の前に降り立つ。
「ほれ、わしに悪戯するのじゃろう?」
そう催促する声が聞こえるが、オニオンナイトはそれどころではなかった。いつもはすばやく解決策を見出す頭が、まるで働いてくれない。
(……暗闇の雲にいたずら、ってどうしよう?)
想定していなかった事態に、オニオンは途方に暮れてしまった。
クラウドの場合
星の体内と呼ばれる場所の中央にクラウドが険しい顔で立っている。その眼前に、黒い羽根を散らしながらセフィロスが降り立った。彼はゆっくりとクラウドを見据えて、口を開く。
「絶望を」
バシン! と大きな音を立ててセフィロスの顔面に何かが当たり、台詞が強制中断される。顔を押さえながら激突してきた物を手に取れば、お菓子が入っていると思われる小さな袋だった。
「それをやるから帰れ」
それを投げてきたクラウドは投球のポーズを解いて、冷たく言い放った。
「私はまだ何も言っていないが」
「知ったことか。じゃあな」
セフィロスの反論を叩き斬るように言い捨てて、クラウドが背を向けて歩き出した。取り付く島もないその様子に、今回はルールに従うことにするか、とセフィロスもきびすを返した。
スコールの場合
アルティミシア城――魔女の居城。その中央、その城主であるアルティミシアは、かつて彼を迎え入れた場所と同じ位置で、自分の因縁の相手が来るのを待っていた。
「来ましたね」
城が震える気配に閉じていた目を開く。目線を下に向ければ、不機嫌な顔をしたSeedが螺旋のスロープを上ってくるところだった。こちらを見上げたスコールの口が言葉を紡ぐ前に、魔女は口を開いた。
「お菓子をくれないと、悪戯しますよ」
告げられたスコールは心得ているとばかりに懐に手を入れ、用意してあったお菓子を取り出そうとした。しかし、その手は袋をつかむことなく空を切った。
(ない……!?)
慌てて服のあちこちを確認するが、持ってきたはずのお菓子がなくなっている。魔女はそんなスコールの様子を見てか、くすくすと笑いながら催促した。
「くれないのですか? あなたのことですから用意しているかと思ったのですが」
スコールは歯噛みするが、ないものは渡せない。仕方なしに首を横に振る。その様子を見届けてから、アルティミシアは高らかに宣告した。
「ふふ、ではいたずら決定ですね」
アルティミシアがゆっくりと右手を持ち上げた。今までスコールの視界から隠れていたその手には、彼が持ってきていたお菓子の袋があった。目を見開いたスコールに彼女は種明かしをするように告げる。
「私は時を操る魔女なのですよ。あなたの時間を止めることなど雑作もないこと」
その言葉に、スコールは以前もあったように魔女がストップを掛けて菓子を掠め取ったのだと悟る。しかし、気づいたところで後の祭りだ。
「貴様……」
にらみつけながら唸ったスコールに近づき、優しく冷たい声で魔女がささやいた。
「あら、そんなに心配なさらずとも、心おきなくやらせていただきますわ」
近くで響くアルティミシアの声に、スコールは身動きが取れないまま、悔しさに顔を歪めた。
ジタンの場合
クリスタルワールド中央の高台へとたどり着いたジタンは、そこに立っていた黒いマントの後姿に眉をひそめた。しかし、ジタンの気配を察知したのか振り返ったその顔は、見慣れたクジャの顔である。高慢な笑みを浮かべた死神は大仰にポーズをつけて口を開いた。
「ジタン、Trick or treat」
「ほらよ」
ジタンは持ってきていたお菓子を差し出す。受け取ったクジャが中身を開いて感想を述べた。
「へえ、クッキーか。紅茶はないのかい?」
「ねえよ」
ぶっきらぼうに言い返したジタンは、次にクジャの格好に言及した。
「気合入ってんな」
「あたりまえだろう?」
見せ付けるように一回転したクジャは、吸血鬼の仮装をしてきたらしい。いつもとは違い黒と赤のマントと纏った服装になっており、ご丁寧に牙も再現してきたようだった。……肌の露出が多いことはいつもと変わらないが。
「だいたい、君のその格好はなんだい。劇団員をやってる身があきれるね」
「そんなもの用意できる余裕はないってーの」
「コスモスに言って用意してもらえばよかっただろう。そもそもハロウィンって言うのは――」
そのまま講演会が続きそうなクジャの様子に、ジタンは(あーこれは長くなりそうだ)とため息を吐いた。
セシルの場合
月の渓谷を訪れたセシルは、岩柱の一つに立つゴルベーザを見つけ、駆け寄った。
「兄さん」
後ろから声を掛けると、彼は振り返ってこちらを見た。パラディンの姿であるセシルとは違い、鎧に包まれたゴルベーザの表情は見えない。少しの間、沈黙が二人を包んだ。どれだけ待ってもゴルベーザが合言葉を言わないだろうと判断し、セシルが口を開く。
「トリック・オア・トリート」
言葉と共に差し出したセシルの手に、それなりの重さがある包みが乗せられた。
「ありがとう、兄さん」
がさがさと包みを開くと中からチョコレートのケーキが姿を現した。
「このチョコレートのお菓子、だれが作ったの?」
「私が作った」
「やっぱり……」
「他の奴らで作りそうなやつがいなかったのでな。ジェクトが手伝ってくれたが」
「そうなんだ」
その言葉にティーダがもらえるといいなあ、なんて思う。フリオニールが送り出す時に「喧嘩するなよ」と言っていたが、どうなることやら。セシルは、手に取ったケーキを口に含んだ。程よい甘さが口の中に広がる。
「おいしい」
「そうか」
セシルの感想に、表情は見えないものの兄は微笑んだようだった。
「そうだ、僕もお菓子持ってきたんだ。兄さん食べる?」
「いや、それは持ち帰るといい」
「そう……」
「気持ちだけ受け取ろう」
自分もティーダと同じくフリオニール達から「楽しんで来い」といわれたのを思い出した。少しなら大丈夫だろうかと、ためらいがちに口を開く。
「兄さん、せっかくの機会だから、少し話をしたいんだ。いいかな」
セシルの言葉が途切れてから少し間をおいて、ゴルベーザは頷いた。
ティーダの場合
「「Trick or treat!」」
夢の終わりの中央で、親子二人の叫ぶような声が重なった。つまりは同時に合言葉を叫んだわけである。その状況に二人そろって口を尖らせたかと思えば、すぐに口喧嘩が始まった。
「オレの方が早かった!」
「いーや、俺様の方が早かった!」
「だいたい親父はいい大人のくせに菓子もらおうってどういうことだよ!」
「ああん? 別に大人が菓子もらっちゃいけねえってルールじゃなかっただろうが」
そんな言い合いを繰り返してしばらく後、最初に妥協をしたのはジェクトだった。
「あーくそ、埒があかねえ。ここはひとつ、お互いに菓子を交換するって事でどうだ」
延々と話がループしていたことを分かっていたティーダも頷く。
「……分かった」
「そう言っときながら持ってねえなんてことはねえな?」
「そんな真似はしねえよ!」
勢いのままにティーダは懐からお菓子を取り出した。ジェクトも包みを取り出している。ぴりぴりとした空気の中、互いに菓子を交換した。ティーダが貰った包みを開くと、中身はブラウニーだった。大きく口を開いて頬張る。もう少し甘い方が好きだがこれもおいしいと言いながらもぐもぐ食べ続けるティーダに向かって、渡したクッキーを食べていたジェクトが手を差し出した。
「それ、ゴルベーザが作ったんだけど俺様食ってないんだよな。一口よこせ」
「……一口だけッスよ」
かなりの逡巡のあと、ティーダはブラウニーをひとかけら分ちぎって渡す。受け取ったジェクトがそれを食べて「うまい」と笑った。満足そうなジェクトの前に、ティーダも手を差し出して要求する。
「っていうか、オレだってフリオニールが作ったお菓子食ってないんだ。一口くれよ」
それを聞いたジェクトは残りのクッキーを袋から取り出すと、中身を全部口の中へ放り込んだ。
「あああああ!!」
ティーダの叫び声などどこ吹く風とばかりに、ジェクトはお菓子を噛み砕き飲み込む。その様子をティーダは怒りのままに責め立てた。
「人に菓子貰っときながら、くれないのかよ!」
「俺様がいつお前に菓子を分けるって言ったよ」
しれっと言い返したジェクトに対し、ティーダがわなわなと拳を震わせる。
「このくそ親父!」
「やるかあ!?」
「吠え面かくなよ!」
その台詞と共に、ティーダは勢いに任せて拳を突き出した。
ティナの場合
ティナが一人、瓦礫の塔の中を不安な表情で歩いている。彼女はあちらこちらを見回しているが、ここにいるはずの人影を見つけられていなかった。
「ティーナちゃーん」
すぐそばで聞こえた声にティナの体が強ばった瞬間、目の前にケフカの顔が現れる。紫に縁取られた唇が至近距離で笑みの形を取った。
「お菓子くれないと、いたずらしちゃうぞー」
「はい」
「あ、どうも」
待っていたかのようにティナが差し出した小さな袋を、ケフカは反射的に受け取った。沈黙が二人の間を流れる。先に動いたのはケフカだった。道化は破くように袋を開けると、中身をすべて口の中へ注ぎ込んだ。咀嚼がしばらく続く。そして、ごくんと音を立てて飲み込んだ後、ケフカは再びあのいやらしい笑みを浮かべた。
「お菓子くれないと、いたずらしちゃうぞー」
「はい」
「あ、どうも」
先ほどの繰り返しのように、また小さな袋が差し出される。ケフカもまたさっきと同じように受け取り、今度は止まることなく袋を開けて中身を食べた。
「お菓子くれないと、いたずらしちゃうぞー」
「はい」
「あ、どうも」
バクバクモシャモシャ。
「お菓子くれないと、いたずらしちゃうぞー」
「はい」
バクバクモシャモシャ。
「お菓子くれないと、いたずらしちゃうぞー」
「はい」
「お菓子くれないと、いたずらしちゃうぞー」
「はい」
「ど、どんだけ持ってるの……」
何度も繰り返されるやり取りの途中で、ケフカが小さく小さくつぶやいた。
フリオニールの場合
パンデモニウム最上階にある玉座に悠然と座っていた皇帝と、フリオニールは対峙していた。
「来たな、虫けらが」
「トリック・オア・トリート」
皇帝の言葉を無視して、フリオニールが合言葉を告げる。しかし、皇帝はそんな彼を一笑に付した。
「貴様のような下賤な者に、この私が施しなどすると思ったのか?」
「そうだな。そもそもお前からの贈り物など、こちらからお断りだ」
フリオニールから返された言葉が予想外に落ち着いていたため、皇帝は眉をひそめた。その様子も見据えて、フリオニールが告げる。
「だから……、思う存分いたずらをやらせてもらう」
「ほう? そううまくいく訳がなか」
言いながら杖を構えようとした皇帝の動きが止まった。焦る皇帝の前で、その現象が予想通りとばかりにフリオニールが説明する。
「いたずらを受けることになった者が抵抗した場合は、カオスの制裁で行動が制限されるんだ。知らなかったのか?」
カオスから聞かなかったのか、と続けるも動きを止めた皇帝が何かを返すわけでもない。フリオニールはゆっくりとブラッドウェポンを構えた。
「その身に刻め」
お決まりの断末魔がパンデモニウム内に響き渡るまで、そこから十秒と掛からなかった。
バッツの場合
「あ、いたいた、エクスデス!」
旅人の底抜けに明るい声がしたのは、エクスデスが次元城へたどり着いてから数分もたたない頃だった。声がした方へと体を向ければ、次元城の入口に現れたバッツが見える。彼はあっという間に大樹の元へ駆け寄ってきたかと思うと、さっと手を出して口を開いた。
「トリック・オア・トリート!」
「これをやろう」
そう返したエクスデスが差し出した物を見て、バッツはぽかんとした表情を浮かべた。手に握らされたそれは竹のような植物で、どう見てもお菓子ではない。
「なにこれ」
思わず出たらしい疑問に、エクスデスは至極真面目な口調で答える。
「さとうきびだ」
「それは分かるって。これ、お菓子じゃないだろ」
「甘いものであればいいのだろう。テンサイもあるぞ」
「テンサイ?」
「これだ」
言葉と共に取り出されたのは、大根のような、やはり植物である。
「砂糖大根かよ……」
バッツはげんなりした顔で、手に持っているさとうきびとエクスデスの手にある砂糖大根を見比べた。どちらも砂糖になる植物とは言え、そのまま食べるのであればさとうきびの方がいい、と判断する。
「その二択なら、さとうきびがいいな。じゃ、これもらうな。ありがとな、エクスデス!」
あっさりとそう判断したバッツがそう言い終わるや否や、来たときと同じスピードで立ち去っていく。途中、一度振り返って、さとうきびを持った手を振った。
「じゃあなー!」
そうして、バッツの気配が完全に次元城から消えたのち、エクスデスは「ファファファ」と独特の笑い声をあげた。
「どちらも嫌だと言えば普通の菓子もあったのだが……せっかちな奴だ」
終局
イベントを終えて戻ってきた面々が、フリオニールが用意したお茶を手に思い思いに談笑していた。
「クラウドは行って帰ってきただけ、みたいな感じだったんだね」
「下手に絡まれないで清々する」
「相変わらずだね」
「セシルはどうだったんだ?」
「僕? こんな機会はまずないから、存分に楽しんできたよ。コスモスに後でお礼を言いたいな」
「……そうか」
淡々とお互いの結果を報告しあっているクラウドとセシルの横では、ティーダがフリオニールを相手に愚痴を吐いていた。
「で、結局フリオの作ったお菓子食べられなかったんスよ! あんのくそ親父め!」
そう締めくくってもなお憤慨しているティーダに、フリオニールは内心で溜息を吐いた。
(せっかくの機会だったのに結局喧嘩をして帰ってきたのか。もったいない)
「怒るなティーダ。俺が持って行ったのが余ったから。ほら」
「いいんスか!?」
「ああ」
「やった! サンキュー、フリオニール!」
お礼を言いながら、ティーダの手はすでに包みを開けて中の菓子を取り出していた。
人目を避けるように戻ってきたスコールを目ざとく見つけたバッツは、その姿に思わず大声で笑ってしまった。その声を聞きつけてバッツの元へと駆け寄ったジタンも、スコールの姿を見て思わず吹き出した。
「あはははは! スコールそれどうしたんだよ!」
「アルティミシアにやられた」
恥ずかしいからだろう、顔をうつむかせたスコールの頭には丸い形の獣耳が二つ乗っかっている。腰の辺りを見れば、房のある尻尾が生えていた。
「それ猫――いや、ライオンの耳か。尻尾もライオンだな」
「あれ? でもスコールは菓子持って行かなかったか?」
バッツの疑問に、スコールがアルティミシア城での出来事を説明する。話を聞き終わったジタンが、納得した様子で頷いた。
「なるほどなあ。その程度で済んだならよかったんじゃねえ?」
鬣とかあったらたまったもんじゃないだろうし、と言ったジタンに、スコールは深く同意した。
「明日には解けるって話なんだろ。一日ぐらいならいいんじゃないか?」
そういいながらバッツがスコールの頭に生えたライオンの耳をなでようと手を伸ばした。が、すんでのところでスコールが払いのける。
「触るな」
「いいじゃんか、せっかくだし」
言い募ってバッツは再び手を伸ばし、今度は振り払おうとしたスコールの手をかいくぐってライオン耳をなでた。くすぐったさに身をすくめたスコールは、そこで、スコールをなでていない方の手に緑色の物体が握られていることに気づいた。
「……バッツは何を持ってるんだ」
「これ? さとうきびだよ。甘いぞ」
食べるか? と突きつけられたさとうきびをスコールは拒絶の意図を持って押し返す。
「それはお菓子じゃないだろ」
「仕方ないだろ、こっちのほうがよかったんだから」
そう言ってさとうきびをかじったバッツに、何があったかを素直に聞けないスコールだった。
ゆっくりと戻ってきたティナをみつけて、オニオンは全速力で駆け寄った。
「ティナお帰り! 大丈夫だった?」
「ただいま。オニオン君たちがたくさんの菓子持たせてくれたから、大丈夫だったよ」
そういってにっこりと微笑んだティナに、オニオンは胸をなでおろす。今回ケフカと相対することになったティナを心配したオニオンを筆頭とする仲間たちが、お菓子を山と持たせて送り出したのが功を奏したようだ。
「一個だけあまったから、オニオン君食べる?」
そういってティナが差し出したお菓子をオニオンナイトは丁重に断った。
「僕は大丈夫。持っていったけど暗闇の雲に渡さなかったから自分で食べたんだ。ティナが食べなよ」
「そうなの? そういえば、オニオン君はどうだったの?」
話の流れでティナが問いかけた言葉に、オニオンナイトが動きを止めた。どうしたんだろう? とティナが疑問に思っていると、オニオンナイトがポツリとつぶやいた。
「ごめんティナ、聞かないで……」
「う、うん。わかった」
いつにないオニオンナイトの様子に、ティナは頷くしかなかった。
集合地点に戻ってきた戦士たちを確認して、セシルがつぶやいた。
「後戻ってきてないのは、ウォーリアだけだね」
「リーダーにしては遅いッスよね。なんかあったのかな」
ティーダがそう口にしたときだった。
「ホホホ、お邪魔しますわ」
甲高い笑い声と共に、小柄な体が集合地点のど真ん中に現れた。
「シャントット博士」
彼女――シャントットは普段はこの世界とは異なる場所で暮らしており、たまにこちらに現れる戦士であった。コスモスと懇意にしていることから、おそらくコスモスの戦士なのだろうが、コスモスが彼女を戦士だと言ったことはなかった、とこの場にいた皆が認識している。いつもなら光の戦士が応対するのだが、彼がいないため、セシルが声を掛けた。
「何かあったんですか?」
「ええ、今日はハロウィンイベントだとコスモスから聞きましたの。せっかくのイベントごとですから、こうしてこちらへ馳せ参じた次第ですわ」
そう答えたシャントットが、ずいっとその小ぶりな手を差し出した。
「ではみなさん、お菓子をくれないといたずらしますわよ?」
「え?」
淑女からの通告に、周囲に集まっていた戦士たちは一様に慌てた。普段からどこかで実験を繰り返しているらしいシャントットのいたずらとなれば、どんでもないことになるとこの場にいた全員が考えた。そんな様子の周りにかまわず超然と立つシャントットに、まずティナがおずおずと残っていたお菓子を差し出した。
「博士、これ」
「よござんす。他の方はお持ちでないのかしら?」
シャントットの言葉に、セシルが持ち帰ったクッキーを差し出した。
「同じものですけど、これでいいですか?」
「受け取りましたわ。では、他の方は――」
「戻った」
割り込んだ声に、全員が振り返った。そこには光の戦士が出て行ったときより若干煤けた姿で立っていた。彼は博士の姿を認めると、その前まで歩みを進めた。
「博士、いらしていたのか」
「ええ。あなたもお菓子をくれないと、いたずらしますわよ?」
そういって光の戦士に差し出した博士の手に、光の戦士が懐からお菓子を取り出し乗せる。驚いたのはいまだにシャントットにお菓子を渡せていない面々だ。
「ちょ、リーダーなんでお菓子持ってんの!?」
「ガーランドと会ってきたのだが、結局普通に戦っただけだった」
「そ、そう」
何人かの戦士が半ば予想できていたような光の戦士の結果に落胆したような声を上げた。その一方で、光の戦士から受け取ったお菓子を確認したシャントットが、これでお菓子は打ち止めと判断して黒い笑みを浮かべた。
「では、残りのみなさんにはお仕置きですわね」
嬉々とした彼女の小柄な体に魔力が渦巻き始める。お菓子を渡せなかった残りの七人は、じりじりと後ずさりながら、シャントットへ話しかける。
「いたずらじゃなくなってるし!」
「いたずらの方がよろしくて?」
「どっちも変わらない気しかしないッス!」
「あら、ご明察ですわ。では、はじめますわよ」
「絶対まずいって、逃げよう!」
「逃がしませんわよ! オーホホホホ!」
散り散りに逃げ出した戦士たちに向けて、淑女が魔力を開放した。
それからしばらくの間、お菓子を渡した三人の周囲で、耳をつんざく爆発音とそれにかき消されそうな悲鳴がいくつも響きわたった。
そうして、コスモス発案のハロウィンイベントは無事に終了した。一通りの顛末を確認していた彼女は、今回は大成功でしたね、と後日皆に告げたという……。