風雲急を告げる
『神々の戦い』などと名づけられたこの粗筋の決まった劇も、もう十二回目になるだろうか。
劇場艇と名づけられた船の壁に寄りかかり、カオス軍の兵士――クラウドは一人、今回の戦いの予定を考えていた。クラウドと同じ混沌の戦士であるクジャと言う青年は、相手側である秩序軍に、同じ世界のジタンという少年が再び召喚されていることを早々に確認すると、今回も傍観を決め込んだらしい。ならば、自分も今までと同じく、他の奴らに目に付けられることを避けつつ、浄化まで生き延びることを優先しようか。
そう方針を定めようとした矢先、クラウドは今回は双方に並べられた駒に、かなりの違いあるようだということを思い出した。実際、戦いの始まりに集まったカオス軍の面子には、見知らぬ顔がひとつと、見たくもない顔が一つあった。前者はティーダと言う少年で、秩序軍のジェクトと言う男の息子だと言う。なるほど、彼とその傍らに居た召喚士の女には、毎回苦労させらている。彼らへの対抗として呼び出されたのだろう。後者は元の世界で何度も剣を交えた男、セフィロスだ。ただし、記憶をだいぶ思い出している自分と違い、今回はじめて呼び出されたあの男には、元の世界の記憶がほとんどなかった。同じ勢力に居て、自分との関わりを覚えていない奴と、今戦う理由は何もない。
コスモス軍にも同様の戦士がいるだろう。戦力を見極めておかなければ、浄化が来るまでに生き延びる事は難しいかもしれない。一人ひとりを探し出して確認するのは骨が折れるなと考えたクラウドは、ある事を思いついた。そういえば死神が、盗賊のそばに前回と同じく旅人――バッツという青年がいたと言っていた。独自の技を持たず、他の戦士達の技を使って戦うあの男と一度手を合わせれば、コスモスの勢力を手っ取り早く確認できる。
クラウドは最初の目標を決め、壁から背を離した。
*
くらくらとする頭に手をつきながらバッツが起き上がったそこは、記憶にない場所だった。
「ここは……?」
周囲を見回した目に、青空を背景にそびえ立つ城が映る。先ほどまではこんな場所に居なかったはずだと、バッツは過去をさかのぼってみた。召喚されてからこの方、バッツはジタンと一緒に右も左もわからないこの世界を見て回ろうと行動していた。そんなときにあるひずみで見つけた、珍しい色の宝箱を開いたところで、ぶっつりと記憶が途切れている。もしかしたら、あの宝箱は敵の罠だったのかもしれない。
(戻ったら、「不用意に変なものに手を出すな!」って怒られるだろうなぁ)
罠にかかって飛ばされるまで共に居たジタンか、あるいはスコールかカインかライトニングか、などと自分がかつて怒られたことがある人物が次々と頭に思い浮かびげんなりとした。しかし、怒られるのが嫌だからと帰らないわけには行かない。
(出口あるかな)
しばらく歩き回ってみたが、それらしいものが見当たらない。それどころか、この城が空中に浮かんでいることが判って、途方にくれた。さて、どうしようか。落ちれば出られます、というのは勘弁してほしい。
「探し物か?」
背後から突然声をかけられて振り返れば、見たことのない男が立っていた。整った顔立ちに、青とも緑とも見えない不思議な色の目。つんつんとした金髪はなんだか懐かしい感じがしたが、それがなぜかはよく思い出せない。ともあれ声をかけられたのなら返したほうがいいかと、バッツは深く考えずに言葉を返した。
「うん、まぁ、これから探すところ。おまえはどうしたんだ?」
「俺も探し物をしていたんだが、今見つけた」
「へ?」
間抜けな声で問い返したバッツの目の前で、青年が無表情のままでかい剣を取り出した。その切っ先は真直ぐこちらを向いている。
「うわ、もしかしておまえ、カオスの戦士?」
「そうだ。さっそくで悪いが、確かめさせてもらう」
「確かめる、って何を?」
「行くぞ」
「ちょ、おれの問いかけ無視するな!」
抗議もむなしく大剣が空気を切り裂き、バッツは反射的に横へ飛びずさった。わけもわからず襲われるのは嫌だし、このまま倒されるのはもっと困る。なれば反撃するしかないと、手にライトニングのデュアルウエポンを生成し切り上げる。横にかわされたのを追いかけながら武器をヴァンのカタナに変えて振り抜く。金属が鍔迫り合う音がし、弾き飛ばされた。
「ふたつ」
「は?」
なんか聞こえた。そう思った隙を突いて落ちてきた塊を、飛び上がり避けて次に生成したのはセシルの槍。
「燦然と輝け!」
声と共に放った衝撃波が彼に向かうが、これも避けられる。体勢を立て直す前に刃が真上から振り落とされた。避けられない。そのまま連撃を食らい、派手に吹き飛ばされる。
「ぐあ!」
「みっつ――それは知らない」
相手がつぶやく言葉が気になるが、疑問に思っている暇がない。あの大剣の一撃は重い。何度も食らってはいられない。近くに降り立った彼に向かい振り上げたのはガンブレード。当たった感覚に任せて斬撃を繰り返し、敵の足が地から離れたタイミングで聖剣を突き出し振り上げる。
「っ!」
弾き上げた後に追撃するも避けられる。彼は深く追いかけてこない。着地した相手から目を離さずに、バッツも少し離れた場所に降り立つ。
「いつつ」
攻撃が当たったはずなのに痛みがなかったように無表情でつぶやく彼に、空恐ろしさを覚える。自分の受けた傷はどうでもいいのだろうか。カオスの戦士はそういうものなのだろうか。
「なぁ、痛くないのか?」
「敵の心配をしている場合か? 来ないのならこちらから行くぞ」
言いざま彼が剣を突き出したまま突進してきた。ヤバイ、と思った次の瞬間には地面に叩き落されていた。次が来る前に慌てて飛びのく。距離をとって息をついた。震える体を叱咤する。このままではまずい。なにか、彼の虚をつかなければ。
「おまえ、さっきからひどくないか?」
「俺は敵だ。ひどいも何もあるものか」
「そりゃそう、だ!」
返した言葉と共に生成したのは、敵と同じ大剣。先ほどの動きをそのまま再現し突進する。
だが、彼は冷静にバックステップをしてこちらの間合いから外れた。予測の範囲内だったらしい。ならば、と懐に入り込んだ瞬間に剣を消した。次の武器を生成するように見せかけ、そのまま拳を突き出す。
「やっ、たっ、おしまい!」
二、三発掌打をお見舞いして吹っ飛ばした体躯が、バッツの目線の先で受身すら取らずに崩れ落ちた。立ち上がってこない。
「――え?」
あれ、結構クリティカルヒット? と思いながら近づき、見えた彼の呆然とした様子に目を瞬かせた。警戒を忘れてしゃがみ込む。先ほどの攻撃は別段大きなダメージにはなってないことに安心したような、がっかりしたような気持ちになる。
「ええと、大丈夫か?」
大丈夫じゃなくした張本人が言う台詞か、と脳内で突っ込みを入れながら聞くが、返事がない。
「おーい、起きてるか?」
言いながら目の前で手をかざしても反応がなく、仕方なしに頭を軽く叩けば、ようやく彼が目線をこちらへ向けた。とりあえず何かをする気はないことを示すために両手をあげて、提案する。
「なんか戦闘って雰囲気じゃなくなっちまったな。ちょっと休憩しようぜ」
相手が何も言わないことを無理やり了承の意と取って、バッツは立ち上がり手を差し出した。
城壁の縁に腰掛けて、バッツは空をずっと眺めていた。隣に座っている大剣使いはさっきから俯き黙ったままである。本当は出口を探しに行きたかったが、空気が動くことをためらわせた。下を見ちゃだめだ、下を見ちゃだめだ、と呪文のように繰り返してどれくらい経ったか、男が静かに口を開いた。
「……さっきの技は」
「下を見ちゃ、え? ああ。おれ他の奴らの技をものまねして使えるんだよ」
「知っている。聞きたいことはそういうことじゃない。……あんたが、最後に出した技は」
「最後の? あれはお前の突進技におれの仲間の格闘技を合わせたんだ。さっき思いついたんだけど、懐に入るのにはいいな」
「その、お前の仲間って言うのは」
そこで言葉を切った彼が、しばらくためらった後、「ティファという名前じゃないか」と小さくつぶやいた。バッツが頷くと、そうか、とだけ言ってまた俯いてしまった。今までの彼の行動から、ある結論にたどり着くのは難しくない。バッツは確信をこめて聞いた。
「おまえ、ティファのこと知ってるのか?」
彼は何も言わなかったが、それがそのまま答えだった。
「なぁ、ならティファに会ってみてくれないか? 彼女、記憶がまるでないらしくてさ」
「…………」
「えーと、じゃあ、お前の事を彼女に話していい?」
「やめろ!」
響き渡った強い声に押し黙る。思わずこちらを向いたのだろう彼の顔は子供のように酷く怯えていて、戦闘中はひたすら無表情だった事が嘘のようだ。
「わかった。ティファには言わない。約束する」
バッツは、その目をまっすぐ見つめ返し言い切った。こちらの言に彼の顔に安堵が見えたのを確認して、バッツも体から力を抜いた。
「ところでさ、ここからどうやって出るか知ってるか?」
*
彼の言葉通りに抜け出た先は、あのトラップ宝箱があったひずみからそう遠くない位置だった。
(そういえば名前も聞かなかったなぁ)
出口をバッツに教えた後、振り返りもせずに立ち去った青年を想う。ティファとよほど親密な間柄なのだろうと気にはなるが、約束をした以上その真実を自分が知ることはない。ただ、できれば。
「バッツ!」
呼び声に顔を上げれば、今まさに自分の思考の半分を占めていた人物が目の前に立っていた。
「……ティファ」
「大丈夫? みんなで探してたんだよ」
「悪い。平気だ。心配かけてごめんな」
「よかった。じゃあ、戻ろ? ジタンに元気な姿を見せてあげてよ」
バッツはそう言って歩き出したティファの細い背中を見ながら、できれば、二人が戦うことにならなければいいなと目を伏せた。