塗り重ねても変わらぬ赤
見回せば赤一色の世界。混沌の大陸と呼ばれる大地のはずれにあるこの場所も、過たず赤で染め抜かれている。弱々しく吹いた風すら赤い。
そんな場所に立ったクラウドは、うつむいて一人の男を見つめていた。クラウドがたった今倒したコスモスの戦士だ。名前は確か、バッツ、と言った。
簡単な話だ。クラウドはカオスの戦士で、この男はコスモスの戦士だった。カオスの地であるこの場所に潜入してきた敵を、斬り伏せた。それだけの話だ。
クラウドが散々に叩き潰した体には、もう力が入らないのだろう。仰向けになったバッツの四肢が、投げ出されたように方々へと散っている。元々は青い彼の衣服は、体のあらゆる所からあふれた血で、この大地と同じ赤に染まっていた。そして、クラウドが手にしているバスターソードも同じ色に濡れている。
寸分違わぬ光景を、クラウドはかつて見たことがあった。
「……あー」
倒れ伏したバッツが、呆けたような声を上げた。
「まあ、気にすんな、よ」
掠れた声で言われた台詞を、理解するのに数秒。
「何も気にしていない」
「うそが、下手だな」
言い返したクラウドに、間髪を入れずに苦笑したような声で返事が来た。ずっと見ていたはずのバッツの表情は、いつのまにか眉尻を下げたものに変化している。それを見て、クラウドは無意識に顔をしかめていたらしいことに気づいた。
クラウドが表情を取り繕う間もなく、バッツが再び口を開く。
「わるい」
放たれた謝罪の声に、クラウドは目を見開いた。浅く驚愕の声が漏れる。
意味が分からない。倒した側であるクラウドが謝るならまだしも、何故倒されたバッツが謝るのか。
バッツは、しかし今度はそんなクラウドに構うことなく喋り続ける。
「ここにくれば、なにかがある、気が、したんだ。けど、まさか、こんな、ことに、なる、なんて、さ」
途切れ途切れの言葉とともに、バッツが顔をわずかに動かした。こちらの視線とかち合った虚ろな目に、かすかな、しかし強い光が浮かんだように見えた。
「なあ、そんな、かお、す……」
最期の声は、途中で音にならずに止まった。残っていないはずの息を吐き出して、バッツが目を閉じる。目尻から一筋だけ、涙が流れた。
それを見計らったかのように、彼の周囲を儚い光が包みこむ。その光に混ざるように、バッツの体は輪郭が薄くなり、やがて赤に溶けて消え去った。
いつまでそうしていたか、ようやく顔を上げたクラウドは、ずっと握ったままのバスターソードに、わずかな光がまとわりついていることに気がついた。引きはがすように剣を振ると、生まれた赤い風にさらわれ、光はあっけなく霧散する。
どうせ、あと少しで再び竜が天を駆ける。そうすれば全てまた最初からやり直しだ。あの男もたった今クラウドがつけた傷も残らず、なにもかも忘れて復活する。だからなにも気にする必要はない。
そのはずなのに、バッツの言葉がまだ耳に響いている。
(ここにくればなにかがある気がしたんだ、か)
二回目だった。クラウドは前回も、ここでバッツを倒した。そのときのことを覚えていたのだろうか。そんなはずはないのに、クラウドの脳裏にそんな疑問が浮かぶ。
クラウドは覚えている。浄化を受けていないのだから当たり前だ。だからこそ、クラウドは彼がこの大地に踏み入ったと聞いたとき、真っ先にここに来た。そして、彼もあのときと変わらぬ位置に立っていた。
なにも覚えていない彼と、初めて遭遇した自分。なにも覚えていないはずの彼と、覚えていた自分。違うはずなのに同じ結末を迎えたのならば。
「繰り返していたのは、俺もか」
クラウドはそう小さくつぶやき、目を閉じた。
ずっと見つめていた赤色が、瞼の裏に焼き付いたように残っていた。