5.今日はおやすみ

 視界に収めたテントから騒がしい雰囲気が消えて、バッツは思わず笑みをこぼした。
 二つのひずみが青く光ってやかましい場所だが、テントの中ならそこまで光も通さないだろうしちゃんと眠れるはずだ。
「寝たか?」
「さあ? でも三人とも疲れてるだろうし、今日はもう出てこないと思うぜ」
 クラウドが書き物をしている帳面から顔を上げてこちらを見たので、そう返す。
 少し前に、バッツたちは特に大きな問題もなくひずみを攻略した。もう一方のひずみに入っていった光の戦士たちの姿はまだない。彼らが出てくるまでは、バッツたちはこの場所で待機の予定だ。とりあえずはテントを張って、ひずみの中で休んだ時に見張り番をしてくれた三人を押し込んだ。だから、今はクラウドと二人きりである。
 のんびりできそうだなと楽観して気分のまま大きく背伸びをすると、クラウドに見咎められた。
「やっぱりおまえも寝た方がいいんじゃないか」
「だから大丈夫だって」
 何度目かわからない受け答えをしながら、バッツは用意しておいたお茶を啜る。クラウドが心配してくれるのがうれしいのだけど、それを彼に気付かれないように。
「今回おれ迷惑かけてばっかだったからさ、これくらいはしないと」
「それはそうだな」
「そこはこう、慰めの一言ぐらい……って、クラウドはさっきから何を書いてるんだ?」
 口をとがらせながらこぼした愚痴が、いつの間にかクラウドの視線が帳面に戻っていたことでしりすぼみになった。どこか面白くなくて、バッツは騒がしくクラウドの横に座る場所を変更して、彼がずっと手に持っていた帳面を覗き込む。少し右上がりの文字で書かれた地名、イミテーションの数と種類、それに地図。
「なにこれ」
「さっきまでいたひずみの行軍記録」
「げ、ちょっと待ったそれって――あれ、真面目なことしか書いてない」
「当たり前だろう」
 ばっさりとバッツの言葉を一刀両断した後、「そういえば」とクラウドはいま思いついたかのようにバッツに言った。
「おまえがカエルになった罠があったのはどのあたりだ? それはまた来たときに別の奴が引っかかると対応しなければならないから、詳しく書いておきたい」
「今おれ時間差でダメージ食らったんだけど!」
「自業自得だ」
 今日のクラウドはなんだか冷たい。にべもない言葉にむっとしたので、クラウドが走らせているペン先が紙から離れた一瞬を見計らって、バッツは帳面を取り上げた。
「おい」
「これ、残りは明日でいいだろ。ジタンたちが調査した分も書いた方がいいだろうし。ってことで、おれが先に見張りするから、クラウドは仮眠な」
「大丈夫なのか、おまえ」
「平気だよ。クラウドだって疲れてるだろ。っていうかおれ、一度寝たらそれこそ起きられない気がするんだよな」
(おれが先に寝たら、クラウドはそのままおれを起こさないような気がするんだよな)
「……わかった」
 バッツが引かないことを悟ったのか、クラウドが渋々頷いた。一時間ぐらいしたら起こせ、おまえが眠くなっても起こせ、と言いながら適当に横になろうとするそのツンツン頭をひっつかんで、自分の足に乗るように倒した。膝枕である。
「おい」
「大丈夫、ウォーリアたちが出てきても適当にごまかすからさ」
 焦りを見せた目を、上から覗き込む。ほのかに光る目が星のようで綺麗だ。自然とほころんだバッツの口元に気付いたのか、クラウドの表情から力が抜ける。じっと見ていたかったけれど、それではクラウドがいつまでたっても眠れないからと、その目を手甲を外した手で覆い、顔を近づけた。
 触れた唇が、軽く音を立てた。
「今回は本当にありがとうな。――おやすみ、クラウド」
 至近距離でささやいて、バッツは顔を離した。そして、こちらの視線があると気にするだろうから、彼の全身から力が抜けるまで空を見上げることにした。
 自分で決めたことなのに見上げた灰色の空は殺風景すぎて、バッツは早くクラウドが寝ないかなと願った。

2019-04-30
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