(韓国民衆言論 PRESSIAN 世界ニュース2013年8月29日付)http://www.pressian.com/article/article.asp?article_num=10130828222828&Section=05
[於・ソウル、国際フォーラム]
朝鮮半島‘停戦体制から地域の平和体制へ’
<その1>
“北の核は、米国の60年続く、核による脅しへの逆風だ”“米国の人種主義も、停戦体制維持の要因だ”と、ブルース・カミングス教授が指摘した。
PRESSIAN 編集者
[韓国戦争(訳注―朝鮮戦争)が勃発してから63年が過ぎた2013年、韓半島は依然として戦争状態だ。1953年7月27日締結された停戦協定が、60年たった今まで有効な協定として残っている為だ。戦争でも平和でもない‘停戦’と言う曖昧な状況が、60年も持続される現在の韓半島は、世界史的にもその類例を探すことが困難だ。
韓半島が現在の不安な平和を抜け出て、永久的な平和を築く為にどんな道に進むべきか?<民主化のための全国教授評議会>と<民主社会政策研究院>は、停戦体制から地域平和体制への転換を模索する為、‘東アジアから韓国戦争:停戦体制から地域平和体制へ’を主題に国際フォーラムを持った。
28日、ソウル中区プレスセンターで進められた、この日のフォーラムでは、米国― シカゴ大学ブルース・カミングス(Bruce Cumings−下段注・参)教授、中国− 清華大学ワン・フイ(汪暉)教授、日本―東京大学 和田春樹教授、延世大学パク・ミョンリム教授、聖公会大学チョ・ヒヨン教授など、韓国戦争関連国家らの碩学(せきがく)が参席し、平和体制への移行の為の知恵を集めた。
ブルース・カミングス教授は、停戦協定は、北韓に対する米国の核による脅しが作りだした産物だとし、過去60年間、韓半島が戦争の脅威に晒されたのは、米国に責任があると主張した。彼は、韓半島で平和体制が作られないのは、やはり米国が‘平和を構築出来ない失敗’を認める事に他ならないと指摘した。
汪暉教授は、韓国戦争の性格に対する開かれた論議を始める事から、停戦体制問題を解いていかなければならないと主張した。汪教授は、南韓、北韓、中国が、<韓国戦争>を、すべて他の名称で呼びながら、ここに隠れる各自の観点を互いに認め、調べる事から糸口を探さなければならないと強調した。
和田春樹教授は、停戦協定締結直後に開かれたジュネーブ政治会議を通して、停戦協定を収束させることが出来る機会があったのに、結局霧散され、これによって今まで、時期の約束なき停戦体制が持続されていると分析した。彼は、停戦体制を平和体制へ転換する為には、北・米、北・日間の国交正常化が、成し遂げられなければならないとしながら、この為に韓国と中国政府が積極的な役割をする事を注文した。
この日のフォーラム主要内容を、2回に亘って紹介する。]
▲28日ソウル中区プレスセンターで、‘東アジアから韓国戦争:停戦体制から地域平和体制へ’を、テーマに韓半島平和大会国際フォーラムが開かれた。フォーラム参加者達が全体討論を繰り広げている。
●ブルース・カミングス:停戦協定、米国による<核のおどし>が作り出した産物
ブルース・カミングス教授は、60年間持続されている停戦協定という非正常な状況が、北韓に対する米国の核による脅しと言う脈絡で作られたものだと分析した。
カミングス教授は、“実際、北韓の指導者達は、過去60年間、米国が即時的に核攻撃をして来るかも知れないと言う、絶えざる恐怖と共に生きてきた。”とし、米国による核の脅しは、北核危機が始まった過去20余年間の問題でなく、韓国戦争以後から持続されたものだと指摘した。
カミングス教授は、1953年5月と6月の秘密資料にアイゼンハワー当時の米国政府が、戦争を終息させる為に核を含んだあらゆる手段を使用する事を考慮したと言う事実が出ていたと明らかにした。
彼は特に、5月中旬頃、「アイゼンハワーは国家安全保障会議で、韓国戦争に核を使用することが在来式武器を使う事より遥かに経済的だと言う意見を伝達した」と付けくわえた。
米国内で、こんな意見提起が可能だったのは、米国が1951年、核武器の実際使用能力を確立するための‘ハドソン港作戦’を実施した為だ。この作戦で米国は、北韓の上空でB−29爆撃機を利用して模擬核爆弾を投下する訓練を実施した。
カミングス教授は、“ピョンヤンの指導部が、僅か6年前である1945年、ヒロシマを廃墟にしてしまった、同一の攻撃先が空襲して来るのを見届けるのに、ものすごい度胸を必要としただろう”と推定した。
米国が、同時代に今なお残っていたヨーロッパの中部戦線ではなく、韓半島で核武器を試験使用した理由として、カミングス教授は“韓半島では、相手方が核兵器を持っていない状況だった為”だと、分析した。
そうして、彼は北韓の3次核実験で台頭した北の核危機に言及し、“米国が50年代から、(北に対して)自分達がした<核脅迫>の逆風が、即ち現在の北核”だと診断した。
カミングス教授は、そうであるにも拘わらず、現在米国で、北韓に対する先制攻撃論が提起され、爆撃機などを利用した模擬核爆弾投下実験が進められている事に対し、“過去60余年間の失敗を、米国自らが認める他はない”と主張した。
(▲プルース・カミングス シカゴ大教授)
彼は、“韓半島で、戦争の脅威を除去出来ず、必要なら最後まで持ちこたえる態勢の相手方と、平和を構築出来なかった失敗を認める事”だとし、過去60年間、韓半島が戦争の脅威に晒されてきた事に対する米国の責任を取り上げた。
これとともに、カミングス教授は、米国内部に根深く刻み込まれている人種差別主義も、60年の停戦体制を続けていく事とした主要要因だと主張した。
彼は、“停戦協定締結前の協議当時にも、米国は中国人、北韓の人々と協議をする事自体を、ものすごく侮辱的に考えた。”としながら、中国と北韓が停戦協定の当時者である事にも拘わらず、こんな人種差別的な概念が過去60年間消えないまま残こされて、今も北韓がどんな存在であるか、きちんと理解しようと言う能力が不足すると批判した。
(訳 柴野貞夫 2013年8月31日)
<注>ブルース・カミングス(Bruce
Cumings)は、現代朝鮮史の最も有名な歴史学者だ。その代表的著書−「朝鮮戦争の起源 1〜2」(明石書店)は、朝鮮戦争の起源を、「南北対立」ではなく、日本の朝鮮半島の植民地支配からの解放を目指す朝鮮民衆の「内戦」と捉えている。
<参考サイト>
☆ 論考/米国と追隋国家の核攻撃戦争から社会主義朝鮮を防衛せよ(2013年2月23日)
☆ 論考/米国と追随国家の核攻撃から社会主義朝鮮を防衛せよ(2) (2013年3月2日)
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