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キム・ヨンボム著「日本主義者の夢」プルンヨクサ社出版、日本語訳連載 25)



―朝鮮人による司馬遼太郎の歴史観批判―





[第四部]   現代版日本アジア主義の台頭

 

 

日本主義とアジア主義の共通性



 

(205p~210p)

 

 

 

 

 

現代版アジア主義は、戦前アジア主義の再評価からこっそり始められ、1963年から本格化された。この作業を主導的に推進した者は、≪現代日本思想体系≫の第9巻<アジア主義>を編集しながら‘アジア主義の展望’と言う解題を書いた竹内好だ。竹内が編集したこの本は、アジア主義に関する論文や文献の中で、アジア主義の問題に最も容易く接近することが出来る総合的な資料として指折り数えられる。だから、アジア主義を研究課題にする日本の学者たちの中で、この本は‘古典的なアジア主義の総括文献’として評価されたりする。

 

“朝鮮問題の場合、結果は‘日韓合併’と言う完全侵略に終わったが、その過程は非常に複雑で、ロシアと清国の‘侵略’を共同防衛するという側面の‘思想’もあった。”

即ち、‘侵略に対する共同防衛の思想としてアジア主義が存在した’というのが、アジア主義に対する竹内の再評価だ。これと関連して彼は、具体的にアジア主義の大陸尖兵として活動した明治時代の代表的な‘浪人’輩の集団である玄洋社(1881~1946)と、黒竜会(1901~1946)の思想も再評価しなければならないと語った。

玄洋社は、九州福岡地方の浪人達が、天皇絶対主義・国家主義を旗幟に掲げ結成した典型的な大陸膨張主義団体として、彼等は韓半島に渡って来て朝鮮侵略と支配の為のいろんな政治活動を繰り広げた。また玄洋社等の朝鮮浪人輩達が結集し作った黒竜会は、玄洋社の思想的流れを受け継ぎ、韓日合併を先頭で推進した極右・対外強硬派団体だ。

 

 

 

 

アジア主義の最大問題

 

 

ところで、竹内自らも、“考え方によっては、徹底して侵略的”だと語った玄洋社と黒竜会に対し、“(彼らの)イデオロギーが、最初から侵略的だったのかと言えばそうではない”と繰り返し主張した。

すでに、韓国の学者達だけでな、いろんな日本の学者達によっても、二つの団体の思想が侵略的であったし、設立目的が朝鮮支配にあった事が立証されたのに、竹内が二つの団体のアジア主義思想を再評価しなければならないと提唱したのは、どんな縁由なのか。彼はその理由をこの様に説明した。

 

“立ち遅れて出発した日本資本主義が、対外進出を通して内部の欠陥を隠す型を繰り返す事で1945年まで来たのは事実だ。それは、根本的に人民が軟弱なところに基づいているが、その型を成立させることが出来なかった契機を、歴史から発見することが出来るのかと言うのが、今日のアジア主義の最大問題だ。”

 

こんな‘型’を歴史から探そうとするのが、アジア主義の展望に関する竹内の結論なら、それは、現代版アジア主義の復権を狙ったものではないのか?

 

1960年反米安保闘争に積極参加し、中国に対しては浪漫的な共感と愛情を持った竹内、また一時は、戦後民主主義の旗手として社会主義革命を夢見た急進主義者である事もした彼が、穏健右翼側の人士達に肯定的評価を受けたと言う事実を勘案したら、彼のアジア主義再評価は、巧妙な形態で日本民族主義の復活を試みたものと見ても差し支えないだろう。

 

ところで、竹内以後、およそ30年の間、あまり目立った論争の様相を見せなかったアジア主義論が、1990年代中盤に入ってきて再び頭をもたげ始めた。冷戦体制の崩壊以後、超大国米国の世界覇権の掌握と、経済発展のモデルとしての日本型システムの優越性対する疑問提起、東アジア諸国の持続的成長の可能性に関する論争、‘アジア的価値’の存在の當否に関する論争などを背景として、アジア主義が、再び日本の学者と論客たちの討論対象として浮上したのだ。こんな論議のなかの一つが、初めに紹介した石原慎太郎の‘新アジア攘夷論’であり、他の一つが‘アジア的価値’を中心としたアジア主義再検討論だ。

 

この様な雰囲気の中で1998年3月、青木保・佐伯啓思が共同で編集した≪アジア的価値とは何か≫(TBSブリタニカ)は、最新のアジア的価値論、乃至はアジア主義再検討論だと言うことが出来る。

韓・中・日3国の学者達の論文が載せられたこの本には、アジア主義を論じた論文なども何編か載せられているが、その中でも、青木の<‘東洋の理想’論瞥見>が視線を引く。

 

この論文で青木は、明治時代に出現したアジア主義を‘古典的’アジア主義と称する事で、明治時代のアジア主義を一つの典拠とするのだと言う意思を示唆した。さらに彼は、その‘古典的’アジア主義の中で双壁をなす樽井藤吉の≪大東合邦論≫と岡倉天心の<東洋の理想>の中で、特に岡倉のアジア主義に深い関心を表わした。その理由は最初に、岡倉のアジアは‘スケールが宏大’で、アジアを把握する方法が‘独特’な為とし、二つ目に‘アジアは一つ’と言う岡倉の宣言が“近代日本のアジア観の中で一つの流れを形成”して来た為だとした。

 

青木の文を読んでいたら、岡倉のアジア主義は、明らかに、東アジアと東南アジアにだけ極限されるのではないと言う怒号が聞こえるようだ。のみならず、‘アジアは一つ’だと叫んだ岡倉の宣言には、韓半島と中国だけ含まれるのではないとする、擁護の声も聞こえるようだ。インド西方のイスラム諸国まで包含する岡倉のアジア主義が、“必ずしも反西洋思想でない”と念を押す。ただ青木は、岡倉があまりにも貧しいアジアを救済しようとする考えを、全く持たなかったことはないと付け加えた。

 

 

 

アジア的価値?

 

 

青木は、アジア盟主論に対しても目新しく解釈した。盟主である日本は、“どこまでも、美と道徳の結集点としての日本であって、昔からのアジア文明が発展した終結点ではない”と言うものだ。

一体全体、どんな目的意識があって、アジアの範囲をイスラム国家にまで拡大し、‘アジア的価値’を探そうとするのか、そして、ユダヤ教を信奉するイスラエルも青木のアジア観に包含されるものなのか、彼に問うてみたい。

広大なスケイルを好む青木のアジア観では、明らかにイスラエルもアジアに包含されるのだ。こんな場合、青木が包括する全体のアジアには、ユダヤ教文化、イスラム文化(トルコ・パキスタン・マレーシア・インドネシアなど)、東南アジアの仏教文化(タイ・ミャンマー・スリランカ・カンボジア・ラオス・ベトナムなど)、アジアのヒンヅー文化、儒教を根幹とする中国文化と韓国文化、そしてまた青木が‘美と道徳の結集点’だと主張した日本文化など、実に多様な文化がすべて包含される。その中から青木が抽出しようとする‘アジア的価値’の実態が果たして何なのか、また今後展開されるアジア的価値論の成果が何なのか、気掛かりだ。‘アジアは一つ’と言うことを思考の出発点としている青木は、あるいは、‘美と道徳の結集点’としての日本を、アジアの中心に想定しておいて、アジア的価値を論じようとするのではないのか、彼の答えを聞きたい。

 

‘岡倉を再び探ろう’と言う青木の姿勢に対しては、ある日本の学者が正鵠(せいこく)を得る批判を加えたことがある。

 

“或る研究会で青木氏が、竹内が編集・解説した<アジア主義>をテキストに使用するのを見て私は少なからず驚いた。青木氏の様に、新学問を勉強して来た者はそんな旧世代の発想と書籍を問題にするのでなく、別途の接近法で研究したもので考えた為だ。”

 

上の引用文は、現代版アジア主義の台頭に対する憂慮の表示でもある。この現代版アジア主義者達が、アジア的価値を発見しようとする、その意図自体も疑心があるが、果たして彼らが、今まだに、ヨーロッパでも探す事が出来なかった普遍的価値を、アジアで探す事が出来るのかも疑問だ。また、アジア固有のものを((そんなものが無いと、断定は出来ないが)普遍的なものとして看做(みな)しそれを世界に主唱すれば、それはひょっとして、欧米との対立論へ発展するかも知れない。

 

日本では、すでに現代版アジア主義が台頭した。

 

一つは反米的な現代版攘夷論の姿として、他の一つは現代版アジア盟主論の衣を着て姿を見せた。その二つは、すべて日本中心の発想法を基礎としている点で、現代版日本アジア主義と言うことが出来る。

21世紀の敷居(上がりまぶち)で大転換期を迎える今、戦前の日本アジア主義が、現代版として復活しようと体をうねらせている現在の状況が、どうか仮想現実のシュミレーションである事だけを願うだけだ。(続)

 

(訳 柴野貞夫  2011・1・14)

 

 


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