「バレンタインアタック」 | |||
小林 できる女主任。だけど恥ずかしがり屋。 | |||
清水 おっとりした新入社員。マイペース。 | |||
1 | 小林M | あー、緊張するなあ。なんでよりによって清水君しか出席してないのよぉ。義理チョコ配る振りして自然に渡そうと思ってたのに…… | |
2 | 清水 | あ、おはよう御座います。小林主任 | |
3 | 小林 | あ、……お、おはよ。 | |
4 | 清水 | ? どうしました? | |
5 | 小林 | いやいやいや、なんでもないの。 コホン……それでは、会議を始めたいと思います。今日の議題は以前から伝えておいた通り、我が社のお菓子の宣伝方針についてですが、何か意見のある方は? | |
6 | 清水 | はい。主任。 | |
7 | 小林 | 何? | |
8 | 清水 | 出欠は取らないんですか? | |
9 | 小林 | だって、貴方と私しかいないでしょ。 | |
10 | 清水 | では、他の先輩達は? | |
11 | 小林 | 不参加。みんな用事があるーとか言ってたわよ。ま、休日だし仕方ないとは思うけど……。 | |
12 | 清水 | それに、今日はバレンタインですもんね。 | |
13 | 小林 | そうね。まったく浮かれてんじゃないわよ。この不景気に。 | |
14 | 清水 | 僕も用事があれば休みたかったんですけど、生憎相手が居なくって、ははは。 | |
15 | 小林 | え、そうなの? 意外ねえ。 | |
16 | 清水 | そうですかぁ? そういう主任こそ、どうなんですか? | |
17 | 小林 | わ、私の事は良いのよ! 会議始めるわよ。お願いしてたもの、用意してくれた? | |
18 | 清水 | はい。ここ10年で発売して好評だった商品のサンプル、開発部から盗んできました。 | |
19 | 小林 | え!? 盗んできたの? | |
20 | 清水 | はい。ま、怪盗ルパン参上って書いておいたから大丈夫ですよ。 | |
21 | 小林 | いや、大丈夫かなあ……。 | |
22 | 清水 | でも、なんでこんなの集めたんですか? | |
23 | 小林 | ヒット商品とそのキャッチコピーを参考にしてみましょう、っていう山田さんの意見だったんだけど…… | |
24 | 清水 | 山田さん、居ませんね。 | |
25 | 小林 | 明日は〜彼氏と〜高級ホテルでお泊りデートなんです〜(はぁと) とか言って昨日帰って行ったわよ……。 | |
26 | 清水 | ま、まあとりあえず進めましょうか。 | |
27 | 小林 | そうね、じゃあまずはこれから、「あなたの虫歯応援します! 虫歯キャンディー!」ね。ま、味はその名の通り激甘よ。 | |
28 | 清水 | ……うっわ、これは何回食べてもヒドイ甘さですねえ。 | |
29 | 小林 | メガブームに乗ってみようとして、商品の量じゃなくて砂糖の量で勝負したってところね。これが意外に売れたのよねえ。 | |
30 | 清水 | 僕学生の頃良く食べてましたよ。これ一つで当分甘い物要らなかったですね。 | |
31 | 小林 | 問題はそこよね。虫歯キャンディーが売れても、お菓子全体の売り上げが下がったのはまずかったわね。そんなわけで、今は製造終了。 | |
32 | 清水 | 商売って難しいですね。で、次は? | |
33 | 小林 | オーラの湖チョコ。キャッチコピーは「あなたの前世はプテラノドンですね」だそうよ。あのうさんくさくてどうしようもないテレビ番組のタイアップ作品ね。 | |
34 | 清水 | でも、なんかおかしいですよね。よくある貴族とか王族じゃなくって、恐竜なんですか? | |
35 | 小林 | ……開発部の部長があの番組大嫌いなのよ。で、まあ、実態は子供向けのカードチョコになっちゃったわけ。 | |
36 | 清水 | はー……なるほどぉ。でも前世が恐竜ってのはちょっと説得力ありますよね。このプレシオサウルスのキラカードかっこいいですよね。 | |
37 | 小林 | そう? 男の子ってそういうもの好きよねえ。 | |
38 | 清水 | で、これはまだ売ってるんですか? 最近見かけないんですけど。 | |
39 | 小林 | んー、一応。 | |
40 | 清水 | 一応? | |
41 | 小林 | 今は恐竜じゃなくって、キノコのカードだけどね。 | |
42 | 清水 | え? | |
43 | 小林 | 最初のうちは良かったのよー。第二弾は昆虫で「きみの前世はカブトムシだ!」ってキャッチコピー付けたらそれも売れたしねー。 | |
44 | 清水 | じゃあなんで? | |
45 | 小林 | ネタ切れよ。どこぞのなんとかマンチョコは上手かったわよ。ネタ尽きたら勝手に新しく作っちゃえば良いんだから。 | |
46 | 清水 | でも、虫だって沢山種類有りますけど……駄目なんですか? | |
47 | 小林 | んー、種類はあっても人気のあるのって結構限られてたみたいなのよねえ。そんなこんなで、ここ1年はなぜか植物だのキノコだの……。 | |
48 | 清水 | はー……確かにアリのカード何種類持ってても嬉しくないですね。 | |
49 | 小林 | でしょ? はい、次行くわよ次。ええと、これは……正統派ね。「フランス人パティシエが作るバームクーヘン!」 どう? おいしそうでしょ? | |
50 | 清水 | ……ええ、まあ。 | |
51 | 小林 | いやこれが結構売れちゃったのよ。味は実際かなりのものよ。どうぞ。 | |
52 | 清水 | ……あ、美味しいですねぇ。美味しいですけど。 | |
53 | 小林 | なんでバームクーヘンなんだってことよね。 | |
54 | 清水 | ええ、ドイツのお菓子ですよね。日本人板前が作る本格チャーハンとおんなじですよね。 | |
55 | 小林 | パティシエって付いてるだけでそれっぽいじゃない。今もこのシリーズは好調なの。 | |
56 | 清水 | へー、あ、これ面白そうですね。 | |
57 | 小林 | どれどれ? って……それは!? | |
58 | 清水 | 激辛ロシアンルーレットチョコですか。キャッチコピーは「始末したい上司がいる貴方に捧げる高級義理チョコ!」 | |
59 | 小林 | ……。 | |
60 | 清水 | 面白そうですねこれ。 | |
61 | 小林 | ありがとう、それ私が提案したのよ。 | |
62 | 清水 | 凄いですねぇ。あ、売れたんですか? | |
63 | 小林 | うちのチョコでは一番売れてたわね。ただし、ある日までは。 | |
64 | 清水 | え? | |
65 | 小林 | ロシアンルーレットってあるでしょ? | |
66 | 清水 | ええ、よくあるわさび入りみたいな感じですか? | |
67 | 小林 | まあ、そうなんだけど……もっとなのよ。 | |
68 | 清水 | 唐辛子とか? | |
69 | 小林 | ううん。いや、合ってるのかな、ハバネロ入れちゃったの。しかもたっぷり。 | |
70 | 清水 | どのくらい入れたんですか? | |
71 | 小林 | たっぷり、よ。 | |
72 | 清水 | そ、そうですか。でも、ある日からっていうのは? | |
73 | 小林 | 2月14日……バレンタインデイね。義理チョコがそこらじゅう配られるでしょ。 | |
74 | 清水 | ええ。 | |
75 | 小林 | まあ、その、ルーレットに当たった人達から物凄いクレームが来たのよ。 | |
76 | 清水 | いや、辛いだけでそんな……。 | |
77 | 小林 | すんごいのよ。そりゃもう。 | |
78 | 清水 | 主任は食べたんですか? | |
79 | 小林 | すんごかったわ……その後の課長のおしかりも……。 | |
80 | 清水 | よく、降格とかなりませんでしたね。 | |
81 | 小林 | いいのよ、売れれば。 | |
82 | 清水 | ……いやー、僕やっていけるかなぁ。 | |
83 | 小林 | 平気よ。あなた真面目だし。 | |
84 | 清水 | そうですか? よく機転が利かないとかぼーっとしてるって言われるんですが。 | |
85 | 小林 | その代わり、一生懸命でしょ。休日だっていうのにちゃんと来てくれるしね。 | |
86 | 清水 | いやー、小林主任と一緒なんでむしろ得した気分ですよ。 | |
87 | 小林 | え! あ・・・そ、そう? | |
88 | 清水 | ええ、顔赤いですけど具合悪いんじゃないですか? | |
89 | 小林 | いやいやいやいや、元気よ元気。あ、ここらへんでちょっと休憩しない? | |
90 | 清水 | ええ、ちょっとお茶入れてきますね。待っててください。 | |
(駆け足で会議室を出て行く清水) | |||
(数分後、お茶を持って戻ってくる。) | |||
91 | 清水 | あー、熱かったー。 | |
92 | 小林 | ふふっ、お盆使いなさいよ。そんなの手に持ってきたら熱いに決まってるじゃない。 | |
93 | 清水 | あ! そ、そうですよね……あははは。 | |
94 | 小林M | ……あ、もしかしてチョコ渡すチャンス? お茶請けにどうぞとかなんとか言って渡しちゃおっかなー。 | |
95 | 清水 | でも、小林主任早く帰らなくていいんですか? | |
96 | 小林 | え!? べ、別にいいのよ。 | |
97 | 清水 | じゃあお言葉に甘えてゆっくり残業代頂きます。 | |
98 | 小林 | ……良い根性してるわねえ。 | |
99 | 清水 | はは、いや貰えるうちに貰っておかないとって思いまして。 | |
100 | 小林 | そういや、清水君って最初からそんな感じだったわよね。 | |
101 | 清水 | そうでしたっけ? | |
102 | 小林 | 先輩に挨拶し忘れて怒られた時も、「タダで教えて貰って悪いですね」とか言ってさ。 | |
103 | 清水 | あ、あれなんかまずかったんでしょうか? すごい睨まれたんですけど。 | |
104 | 小林 | ……嫌味に聞こえるわよそれは。 | |
105 | 清水 | え! 素直に感謝したつもりだったんですけど……うーん。 | |
106 | 小林 | ま、いいじゃない? あなたに悪意が無いってみんな分かってきてるし。 | |
107 | 清水 | んー、気をつけないとなあ。 | |
108 | 小林 | 無理することないわよ。慇懃無礼でこまっしゃくれた新人より、よっぽど……可愛いわよ。 | |
109 | 清水 | あ、有難う御座います……。 | |
110 | 小林 | ……ところで、清水君って相手居ないってホント? | |
111 | 清水 | え、ええ。 | |
112 | 小林 | 言い澱む所が怪しいなぁ。 | |
113 | 清水 | そりゃ、だって恥ずかしいというかなんというか…… | |
114 | 小林 | もしかして、まだチョコ貰ったことないとか? | |
115 | 清水 | よ、良く分かりますね……。 | |
116 | 小林 | ふふん、当ったりー。じゃあさ、私があげようか? | |
117 | 清水 | ええ! いやそんな気を使わせてしまって悪いです。 | |
118 | 小林 | ま、まあせっかく配ろうと思って持ってきたんだからせめて、一人くらい受け取ってくれないと寂しいのよ。 | |
119 | 清水 | じゃ、じゃあお言葉に甘えて。義理でも義理があると思ってもらえるだけ嬉しいです。 | |
120 | 小林 | また変な言い回しするわねえ。ちょっと待っててね……。 | |
121 | 清水 | はい。 | |
122 | 小林M | ええっと……こっちの袋に入れたんだっけかなぁ? | |
123 | 清水 | あ、もしかして片方の袋は本命ですか? | |
124 | 小林 | え! ち、違うわよ……ちょっと、しゅ、種類が違うだけで。 | |
125 | 清水 | あ、そうでしたか。 | |
126 | 小林 | も、もう変な事言わないでよね。わ、渡すから手出しなさい。 | |
127 | 清水 | こうですか? | |
128 | 小林 | すー……はー……チョコ貰ってください! | |
129 | 清水 | ど、どうも。おいしそうですね。今食べてもいいですか。 | |
130 | 小林 | う、うん、良いわよ。中に手紙が入ってるはずなんだけど、良かったら先にそれを読んで…… | |
131 | 清水 | もぐもぐ……おいしいですね。 | |
132 | 小林 | って、もう食べてるし! 手紙入ってなかった? | |
133 | 清水 | いや、入ってませんでし…… | |
134 | 小林 | ? どうしたの? | |
135 | 清水 | きゅー…… | |
136 | 小林 | ちょっと! 清水君!? | |
(白目を向いている清水) | |||
137 | 小林 | ……あ! これ激辛ロシアンルーレットチョコだった! | |
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