「雪の別れ」







ハクマ ちょっと軽くて抜けた男



春香 強いけどちょっと寂しそうな女性




1 ハクマ
ねえねえ、そこのお姉さん。
2 春香
は? わたし?
3 ハクマ
そ、ちょっとそこでお茶して行かない?
4 春香
いや、そういうのは。
5 ハクマ
まあいいじゃない。ちょっとくらいはさ。もしかして、お姉さんこれから用事あったりするの?
6 春香
無いですけど……。
7 ハクマ
じゃあ決定。あっちの方に良い店があるんだよ。
8 春香
ま、まだ行くって決めたわけじゃ。



(ということで、喫茶店の中)
9 ハクマ
とか言いながら、付いてきちゃうあたり寂しいんだねえ。
10 春香
なんか悪いと思っただけよ。コーヒー飲んだらわたし帰るからね。
11 ハクマ
まあまあ、そんな事言わずに。
12 春香
はあ……ところで、あなたなんでアイスなんか食べてるの? この寒い時期に。しかもアイスコーヒーまで飲んで。
13 ハクマ
甘党なんだよねーオレ。あ、もしかしてお姉さんオレに興味湧いてきた?
14 春香
勘違いしないの。ただ珍しかっただけ。
15 ハクマ
オレは、ハクマってゆーの。カッコイイ名前でしょ。
16 春香
別に聞いてないわよ。
17 ハクマ
んで、お姉さんの名前は?
18 春香
あんた、人の話聞きなさいよ。
19 ハクマ
いいじゃん、教えてよ。
20 春香
……春香よ。
21 ハクマ
ふうん……春香かあ。いやあなんか眩しい名前だなー。
22 春香
何よそれ。
23 ハクマ
ところでさ、お姉さんに手伝って欲しい事があるんだけど。
24 春香
何よ。いやらしいのは無しだからね。
25 ハクマ
そんなんじゃないって。オレさ、こっち来たばかりだから案内して欲しいんだよ。
26 春香
はいはい、そんな事だろうと思ったわ。
27 ハクマ
あ、信用してないだろ。別に下心なんかないからさ、手伝ってよ。
28 春香
そんなのお巡りさんに頼めば良いでしょ。
29 ハクマ
いやいや、せっかくなら綺麗な人に案内してもらうのがいいじゃない。
30 春香
案内って行っても、どこが良いのよ?
31 ハクマ
いや、行きたいとこは決まっててさ。東京タワーってどうやって行けばいいのかな。
32 春香
ホント、トンだお登りさんね。行きたい所が東京タワーなんて。
33 ハクマ
いやあ、オレ結構田舎から出てきてさ。それくらいしか高い所知らないんだよね。
34 春香
で、他には無いの? 行きたいところ。
35 ハクマ
んー、もっと高い建物ってある?
36 春香
高い建物限定なのね。それなら東京タワーが一番よ。
37 ハクマ
じゃ、そこお願いします。
38 春香
ちょっと! まだ案内するなんて言ってないわよ。
39 ハクマ
頼むよ! 一人じゃ心細いんだって。
40 春香
はあ。ってかなんでそこ行きたいのよ。
41 ハクマ
ちょっと、雪を降らせにね。
42 春香
雪?
43 ハクマ
そ、オレ雪男だから。
44 春香
は? 雪男って……あの雪男? そのインチキなテレビ番組で特集されちゃってる毛むくじゃらのあれ?
45 ハクマ
……イヤあれはただの捏造だから。
46 春香
でも……あなたどこからどうみても普通の人間じゃない。
47 ハクマ
あのさー、雪女だって姿は普通の人間でしょ。ちょっと白い着物は着てるけどさー。
48 春香
そう言われてみればそうね。え? 雪女もいるわけ?
49 ハクマ
うん、いるよ。みんな控えめで落とすのが難しいんだよね。その点人間の女性は良いよー。明るくってさー。
50 春香
なんか怪しいわねえ。
51 ハクマ
そう言われてもさー。あ、オレの手触ってみる?
52 春香
だから、そういう見え見えな所が怪しいって言ってるのよ。
53 ハクマ
いいからいいから。ほら。
54 春香
ひゃっ……冷たい。平気なの? こんな冷たくて。
55 ハクマ
いや、これでもちょっと熱いくらいなんだよね。
56 春香
へえ、そう……幽霊だったりしないわよね?
57 ハクマ
ええ、オレ幽霊なんか信じてないよ。まさか春香さん信じてんの?
58 春香
アンタが言うか……。



(二人は東京タワーに向かって歩いている。)
59 ハクマ
なんだかんだ言って優しいね春香さん。
60 春香
と、東京タワーくらいなら良いかなって思ったのよ。実はわたしも行ったことないし。
61 ハクマ
え? そうなの? じゃあ場所知らない?
62 春香
地図見ればだいたい分かるわよ。今は携帯もあるし。
63 ハクマ
いやあ、春香さん凄いね。オレにはここの地図難しすぎてさ。目印が書いてないんだもん。
64 春香
ハクマ……あなた、人間だったら絶対モテないわよ。その顔が無きゃね。
65 ハクマ
あー、なんかそれ他の人にも言われたかも。褒められてるのかな?
66 春香
さあね……ほら、ここよ。
67 ハクマ
凄い行列だねぇ…。これ後何分待てば入れるのかな。
68 春香
後30分ってとこかしら? しっかしさ、雪降らせるなんて適当なところでやればいいじゃない。
69 ハクマ
高い所じゃないと効果が薄いんだよねー。オレ未熟者だから。
70 春香
ふうん……にしても遅いわよね。もう二月七日よ。もう立春過ぎてるじゃない。
71 ハクマ
あはは……いやー、それを言われると困るな。
72 春香
やっぱり嘘でしょ。
73 ハクマ
違うって! こっちには正月明けてすぐに来たんだけど、遊んじゃってねぇ……。
74 春香
今も遊んでるんじゃないのー?
75 ハクマ
違うって。今は真面目だよ。
76 春香
ま、そういう事にしといてあげましょ。
77 ハクマ
本当なんだけどなあ。
78 春香
いいわよ。わたしも結構楽しんでるし。思ったより性格も良さそうだしね。
79 ハクマ
うん、春香さんもね。
80 春香
言うわねぇアンタ……。



(最上階)
81 春香
ほら、着いたわよ。思う存分堪能しなさい。なんなら軽く東京案内してあげよっか?
82 ハクマ
え、いいの?
83 春香
いいわよ。あなた何も知らなさそうだしね。



(展望台から東京を眺めている二人)
84 春香
あっちが高尾山らしいけど……夜だから見えないわね。
85 ハクマ
高尾山ってあれでしょ。天狗出るんでしょ。
86 春香
出ないわよ。
87 ハクマ
そうなの? なんか嘘くさいとは思ってたんだよねー。
88 春香
で、こっちが六本木ヒルズね。あの丸っこい建物。
89 ハクマ
へえ……いやあ人間って凄いね。ほとんど山だよねあれ。
90 春香
……ハクマ、あなた本当に雪男?
91 ハクマ
そうだよ。まだ信じてくれてなかったの?
92 春香
そりゃ……ねえ。
93 ハクマ
人をそんなに疑う物じゃないよ。って人間じゃないオレが言うのも変か。
94 春香
最近騙される事が多いのよ。
95 ハクマ
誰に?
96 春香
色々よ。会社でも、友達にも、挙句の果てには彼氏にも……。
97 ハクマ
ふうん。
98 春香
あ、ごめんごめん。愚痴っぽくなっちゃったね。
99 ハクマ
ううん。良いよ。聞かせて。
100 春香
上司がさー。一週間だけでいいから手伝ってくれって言うから、手伝ったらさ……いつの間にか半年もそれやるハメになって。明らかに尻拭いな仕事で評価は落ちちゃって……でも上司はお前の自己責任だって。 アンタの自己責任はどこだっつーのよ。
101 ハクマ
大変なんだねえ。
102 春香
友達は、1万円貸したら返してくれないし!
103 ハクマ
返してもらえばいいじゃん。
104 春香
何かと理由つけて逃げられるのよね。毎回次の給料日まで待ってって。で、給料日が来ると新しい服着てるの。どう思う?
105 ハクマ
んー、お金持ちってこと?
106 春香
違うわよ! 返す気無いってこと。
107 ハクマ
へー……。
108 春香
雪男かどうかはともかく……あなた相当平和なとこで暮らしてたのね
109 ハクマ
まあね。
110 春香
ま、ハクマみたいにちょっとボケてても裏切ったりしない男がいいのかもねー。
111 ハクマ
え、オレってボケてるの?
112 春香
結構ね。自覚無い?
113 ハクマ
うん、オレ周りじゃ頭良い方だったよ。
114 春香
ああそう……いいわね。わたしもそういう世界が良いな。
115 ハクマ
あはは、良かったら来る? かなり寒いと思うけど。
116 春香
……やめておくわ。
117 ハクマ
結構慣れれば、なんとかなると思うよ。
118 春香
ねえ、ハクマ……明日も会えるかな。
119 ハクマ
ええと、ごめん、明日はちょっと難しいと思う。
120 春香
……じゃあ明日じゃなくてもいいから。
121 ハクマ
うん、いつか……ね。オレも春香さんに遊んで欲しいし。
122 春香
今度は、あなたがわたしを楽しませる番。期待してるからね。
123 ハクマ
んー、努力はしてみます。
124 春香
よろしい。 さて、もう充分東京タワーは楽しんだ?
125 ハクマ
うん、そろそろお別れかな。
126 春香
あ、そうね。もうこんな時間だし、帰ろうか。
127 ハクマ
うん、先に降りてて。オレは……トイレ行ってから行くよ。
128 春香
待ってるわよ?
129 ハクマ
いいよいいよ。ちょっと……長くなりそうだし。
130 春香
もう! まあ、分かったわ。先に降りてるから。エレベーターの場所分かるわよね?
131 ハクマ
うん。
132 春香
じゃあ――
133 ハクマ
春香さん、ありがとう。
134 春香
な、何よかしこまって……。お礼ならちゃんと形で返す事。分かった?
135 ハクマ
ん、分かった。それじゃ。
136 春香
じゃあねー。早くしなさいよー。



(30分後。ハクマを待っている春香)
137 春香
ったく、遅いわねえ……何やってんのかしら……ってトイレよね。なんかイマイチ締まらない男よね、ハクマって。
138 春香
まあ、そこも良いところなのかな。



(春香の携帯が鳴る。)
139 春香
え? 非通知? 誰からだろ。はい、もしもし。
140 ハクマ
あ、もしもし。春香さん。
141 春香
ハクマ? どうやって番号分かったのよ。
142 ハクマ
んー、愛の力?
143 春香
何バカな事言ってんのよ。
144 ハクマ
ところでさ、オレからのお礼。気に入ってくれた?
145 春香
お礼って?
146 ハクマ
ほら、今降ってるでしょ?
147 春香
この雪……あなたが?
148 ハクマ
うん、ちゃんと役目を果たせたよ。春香さんのおかげだね。
149 春香
役目って、本当だったの? あ、そんなことより、早く降りて来なさいよ。こっちは寒い中ずっと待ってるんだから。
150 ハクマ
ごめん。行きたいのは山々なんだけどさ……これでオレ終わりなんだよね。
151 春香
え?
152 ハクマ
役目を果たした雪男は消える。それがオレ達の運命なんだ。
153 春香
そんな、嘘でしょ?
154 ハクマ
季節が巡れば、いつか生まれ変わる事もあるから。その時は、また会いにいくよ。
155 春香
ちょっと……冗談はやめてよ。
156 ハクマ
さよなら。また、いつか……。
157 春香
ハクマ? ハクマ!?



(春香の携帯からツーツーという音しか返ってこない。)
158 春香
バカ……こんなの気に入るわけないじゃない……。















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