「月の王女様」







男 20歳くらい。ちょっと口の悪い大学生。



女の子 12歳くらい。態度が大きめな月のお姫様。











(ある日の晩、夜空で何かが光った)
1
うわ! なんだ? なんか光ってたぞ。もしかしてUFOか?



(光が、山の方へ落ちていった。男は好奇心から、その方へと走っていった。)
2
おお! やっぱりなんか墜落してるぞ! ってこりゃUFOっていうか……牛車じゃねえか?
3 女の子
おい!



(男が振り向くと、着物姿の小さな女の子が立っていた。)
4
ん? なんだい? お譲ちゃん。 こんな時間に迷子かな?
5 女の子
わらわはお譲ちゃんではない! 月の第一皇女であるぞ。お主、屋根を貸してはくれぬか?
6
はあ? 月の王女? 何言ってるんだ?
7 女の子
だから、今晩泊めてはくれぬかと申しておるのじゃ!
8
だめだめ! ちゃんとお家に帰らないと。家の住所か電話番号は分かるかな?
9 女の子
宮殿の住所は、静かの海一丁目一番地一号じゃ。 電話番号なるものは知らぬ。もう一度言うが、わらわが乗ってきた牛車が壊れてしまったから、今晩泊めてくれぬか?
10
またまたぁ。手の込んだ冗談だな。んー、どっちも覚えてないってことか。参ったなぁ。
11 女の子
ぬぬぬぬ……お主は真にうつけ者じゃな! 何故信用してくれぬのじゃ!?
12
いや、だって月の王女様とかありえないじゃん。嘘をつくならもうちょっと上手くつかないと。
13 女の子
仕方あるまい。これでどうじゃ? 月でしか作れぬ特別な紙で出来ておる。



(女の子が淡く輝く扇子を取り出し、手を離す。しかし、扇子は浮いたまま落ちることはない。)
14
お、おおおお! なんか光ってるし、それっぽいな!
15 女の子
どうじゃ? 信用したかえ?
16
いや、でもトリックという可能性も。
17 女の子
ん、鳥がどうかしたのか?
18
このベタベタの反応。なるほど、確かにこれは本物のようだな。
19 女の子
で、信用してくれたかの? 
20
あ、ああ信用した。でも、その牛車は使えないのか?
21 女の子
どうも中が壊れておるようでな。しかも狭いので寝るには適さぬ。
22
まあ、いいけど……俺なんかの家で良いのか? せまいワンルームだぞ。
23 女の子
良い。あまり目立てぬ身であるしな。そなたに頼むしかないのじゃ。 布団も別に何かの布で構わぬ。この姿は小さいゆえ。
24
まあ……分かったよ。付いてきな。
25 女の子
恩に着るぞ。お主、意外と優しいのじゃな。
26
一言余計だっつの。



(男は、しぶしぶ女の子をアパートに案内した。)
27 女の子
ほお……言葉に違わぬ狭さじゃのぉ……。 しかしこの建物の一部屋だけというのは不憫じゃのう。
28
しみじみ言うなよ。仕方ないだろ、俺はお前と違って一般人なんだから。
29 女の子
ああ、すまぬ。泊めてくれるのだから文句はないぞ。
30
とか言いながら態度だけはでかいのな。
31 女の子
これでも控えておる方じゃ。 ところで、布団が何故あんな一段高いところにあるのじゃ?
32
ありゃベッドだよ。ああやっているも敷きっぱなしにしておくんだ。
33 女の子
と、ということはわらわも一緒にそこで寝るのか?
34
何照れてるんだよ。いくら子供でも女にそんな失礼なことしないって。確か使ってない布団があったからそれを出してやるよ。



(翌朝。といってもほぼお昼頃)
35 女の子
おい! 起きぬか!
36
んん、もうちょっと寝かせてくれよ。今日はバイトも無いんだしさ。
37 女の子
ぬぬぬぬ、怠け者め、とっとと起きろ!
38
うわ! てててて……何もベッドから引き摺り降ろす事はないだろ。
39 女の子
日が昇ってからかなり経っておる。いくら休日とは言え寝すぎじゃ
40
ふああ……でなんか用ですか? お姫様。 トイレの使い方なら昨日教えたけど?
41 女の子
ち、違うわ! 腹が空いたのじゃっ。何か食べ物はないか?
42
ああ、朝飯ね。適当に漁ってていいのにな。
43 女の子
そんな無礼な真似は出来ぬ。
44
ったく、律儀な奴だな。ちょっと待ってろ今作ってやるから。なんか嫌いな物とかあんのか? そもそも月の人間って何食うんだ?
45 女の子
気にせずとも良い。月の食事も地球とあまり変わらぬじゃろ。



(朝食を食べる二人)
46 女の子
この食パンというのは食べにくいのぅ。中々箸で切れぬ。
47
いや、それは手で持って食うんだよ。
48 女の子
ほお、もぐもぐ……少々パサパサしておるが中々じゃ。
49
どうも。んで、お姫様、今日は何時頃に帰られるんでしょうか?
50 女の子
それなんじゃが、どうも次の満月にならないと重力圏を抜け出す力を、牛が得られないらしいのじゃ。
51
あ、っそう……。本当に牛だったんだなあれ。
52 女の子
というわけで、あと一ヶ月宜しく頼むぞ。
53
って! 一ヶ月って、長すぎだろ!
54 女の子
お主にしか頼めぬのじゃ。申し訳ないとは思うが……もちろん礼は弾むぞ。
55
……お礼って、例えば?
56 女の子
途端に目の色が変わったぞ。現金な奴じゃな。
57
う、うるさい。お礼ってなんだよ?
58 女の子
急かすな急かすな。わらわの髪飾りとかどうじゃ? 殆ど金で出来ておる。金ならばどこでも価値のあるものじゃろ?
59
それだけ?
60 女の子
それだけ? とは、お主かなり良い根性をしておるの。
61
だって弾むって言ったじゃんか。
62 女の子
ぬぬぬ、わらわもそんなに蓄えは無いというに……何か所望するものはあるか?
63
いや、何があるか分からないけど、普通じゃ手に入らないものがいいな。見せてもらった扇子みたいなのとか。
64 女の子
あれは、わらわのお気に入りゆえ、だめじゃ。しかし、普通では手に入れられぬものか。昔、かぐや殿が不死の薬を贈ったらしいが……同じというのも芸が無いしのう。
65
いや、不死の薬すげえ欲しいんだけど。
66 女の子
永久に生き続けるなぞ、ただの地獄じゃ。勧められぬわ。
67
へえ……そういうもんか。
68 女の子
ふむ、では万病に効く薬などどうじゃ? 流行り病は地球でも脅威であろ?
69
おっ、良いなそれ。
70 女の子
では、交渉成立じゃな。さしあたって……風呂に入りたい。済まぬが準備してはくれぬか?
71
ああ、使い方な。教えてやるから教えてやるよ。
72 女の子
い、いやわらわは風呂の火をおこすなどという事はしたことが……
73
あ? ああ、大丈夫だよ。別に薪くべたりしなくてもお湯出るから。



(風呂場に女の子を連れてきた。)
74
ほら、こうやってな……簡単だろ?
75 女の子
ほおほお、これを捻ると湯が出てくるのか……真に便利じゃのう。
76
ってことで、後は自分で出来るだろ。じゃあな――ってなんだよ?
77 女の子
着替えじゃ。わらわはこれしか持っておらぬ。裸で過ごせと申すのか?
78
……俺のじゃ……だめだよな。仕方ねえな。風呂上がるまでには買ってきてやるよ。
79 女の子
うむ、よしなにな。



(風呂上がり。すでに髪を乾かしてくつろいでいる。)
80 女の子
ふー、すっきりしたわ。しかし、あのどらいやーなるものは、便利じゃのぅ。あっという間に髪が乾いてしまったわ。
81
ああ、だけどあんま使うと髪が痛みやすいから気をつけろよ。で、服の着心地はどうだ?
82 女の子
ふむ……これは動きやすいのう。 軽いし中々気に入ったぞ。
83
うん、似合ってるぞ。
84 女の子
そうかのぉ? 確かに動きやすくはあるが……少々可愛げが無いのう。
85
文句が多いな。仕方ないだろ。下着を買うだけでも恥ずかしかったんだ。近くに洋服屋も無いし。
86 女の子
洋服屋とやらに行けば、もっと色々あるのかの?
87
ああ、色々あるけど。可愛いのは高いぞ。
88 女の子
構わぬ構わぬ。
89
いや俺が構うって!
90 女の子
怒るな……これだけあれば足りるじゃろ。
91
って、これ小判じゃん! ……っていうか俺、お礼はこれでもいいぜ。
92 女の子
わらわは、お礼に銭を与えるほど無礼ではないぞ。それに贈り物が銭というのも風情が無かろ?
93
ま、まあそうだけどな。
94 女の子
安心しろ。ここに居る間の分は払わせてもらう。これで色々と用意してくれ。
95
お、おおう……分かったよ。んじゃ今すぐ買いに行くか?



(繁華街にやってきた二人)
96 女の子
電車というのは凄い物じゃな! 物凄い速さで人々を運んでおったぞ!
97
あっはっは。電車くらいでそんなに感動してくれるとこっちも嬉しいよ。
98 女の子
なんかバカにされているような気がするのぉ?
99
そんな事無いぜ。可愛いよお前。
100 女の子
あ、あたまを触るな! 無礼者め、子供扱いをするな!
101
あはははは。細かい事言うなって。
102 女の子
ぬー……しかし、ここは建物が高いのぉ……首が疲れるぞ。
103
別に見上げなくてもいいんだぞ?
104 女の子
そうは言ってものぉ。ついつい見上げてしまうぞ。空から見るのも面白かったが、こうやって降りてみるとまた別の景色で面白いものじゃ。



(試着室から、可愛らしいワンピースを着て女の子が出てくる。)
105 女の子
どうじゃ? これなんか可愛いと思うのじゃが。
106
うん、いいけど。こっちのがいいんじゃないか?
107 女の子
そ、それは短すぎであろう!? ふとももが見えてしまうぞ……。
108
ん? 普通それくらい見せるもんだろ?
109 女の子
そ、そうなのか? 確かに道行くおなごはみな大胆な格好をしておったな……。
110
そうだろ? お前は子供なんだから、ちょっと短いくらいが丁度いいだろ。
111 女の子
だから、子供扱いをするなと言うに……まあ、ちょっと待っておれ。他の服も試してみる。



(今度は、Tシャツとフレアスカート姿で女の子が出てくる。)
112 女の子
どうじゃどうじゃ?
113
ん、似合ってるんじゃない?
114 女の子
なんじゃそのはっきりせぬ態度は。まあいい、これも買ってゆくぞ。
115
おう。
116 女の子
では、次の店に行くぞ。あの上着が気になる。
117
えええ? まだ買うのかよー?
118 女の子
当然じゃ。まだ10着も買っておらぬぞ?
119
買いすぎだって……。



(その後、何軒も回って服を買い集め、男は荷物持ちをしていた。)
120
ああ……重いぃ。
121 女の子
情けないのぅ。大の男が。
122
いやいやいや、誰だって音を上げるぞ。この服の量は。
123 女の子
それはお主が、ひ弱だからであろ? そんなことより、わらわは腹が空いたぞ。どこか食事が出来る所は知らぬか?
124
ああ、知ってるよ。何が食いたいんだ?
125 女の子
なんでも良いぞ。お主に任せる。
126
そっか、じゃあファミレスでも行くか。色々あるし。



(女の子はテーブルに座り、メニューを食い入るように眺めている)
127 女の子
おー、本当に色々あるのぉ。どれもこれも見たことの無いものばかりじゃ。
128
これなんか無いか? うどんとかさ。
129 女の子
お、そうじゃの。こういったものはよく食すぞ。で、お主何かお勧めはないのか? 多すぎて選べぬぞ。
130
そうだなぁ……これなんかどうだ?
131 女の子
お子様ランチ? だから、わらわを子供扱いするなと!
132
あはははは。
133 女の子
まったく、どちらかというとこちらの方が豪華で美味そうじゃぞ?
134
まあ、そりゃあそれ2000円もするからなぁ。それにお前そんなに食べられないだろ?
135 女の子
それはそうじゃが……。
136
んじゃ、お子様ランチでいいな。すみませーん!
137 女の子
これ! 勝手に頼むな!



(男のアパートに帰って来て、一段落着き休憩している二人)
138
あー、腕が痛い。
139 女の子
いつまでも、泣き言を言うでない。
140
痛いものは痛いから仕方ないだろー。
141 女の子
まったく、余り辛そうにされたらわらわの肩身が狭いであろう? そんなに痛いのなら揉んでやろうかの?
142
いや、いいって。まさかお姫様に揉んでもらうわけにもいかねーだろ。それに、結構楽しかったから気にすんなって。
143 女の子
そうか……。ならば言葉に甘えさせてもらうとするかの。
144
おう、そうしてくれ。でも明日からは一人で居てもらうからな。
145 女の子
ん? もしかして帰って来ぬのか?
146
いやいや、夕方には帰ってくるよ。バイトがある日も10時くらいには帰ってくるよ。
147 女の子
そうか……少々寂しいのぉ……。
148
ま、安心しろよ。休日にはどっか連れてってやるからよ。



(男は女の子を東京タワーに連れてきていた)
149 女の子
おおおおお! 高いのう!! お主の家は見えるかのう?
150
無理だろ。 結構遠いしな。
151 女の子
そうか、残念じゃ……しかしビルという建物も高いと思ったが、それすら豆粒に見えるわ。これを建てるには、さぞ苦労したことじゃろう……。
152
あー、でも世界にはもっと高いのがあるらしいぜ!
153 女の子
なんと! 地球はすごいところじゃのぉ……。



(今度は遊園地)
154 女の子
何をのんびりとしておる! 次はあれに乗るぞ!
155
か、勘弁してくれよ。俺ジェットコースター苦手なんだよう。
156 女の子
情けないのう……あれしきの事で。
157
あれしきって、垂直で何十メートルも落下だぞ! あああ、思い出しただけで吐き気が……。
158 女の子
それが楽しいというのにのぉ。
159
な、お、お化け屋敷に行かないか?
160 女の子
ダメじゃ。あのような恐ろしい所には入れぬわ!
161
なんだよ。お前らだって妖怪みたいな――
162 女の子
月の民を妖怪と一緒にするでない!
163
わ、わりぃわりぃ。
164 女の子
子供の頃に驚かされてからというもの、わらわは、きゃつらが苦手なのじゃ……。
165
え……普通にいるの?



(そして、次の満月の日がやってきた。男と女の子は、墜落した牛車の前にいた。)
166 女の子
色々と世話になったの。忙しいところ済まなかったと思うておる。
167
大丈夫だよ。どうせ暇な身だからな。
168 女の子
そうじゃのう、お主はあまり色男とは言えぬからな。
169
けっ、うるせえ。
170 女の子
じゃが、楽しかったぞ。わらわはお主が気にいった。口は悪いがなかなかどうして優しい男じゃ。
171
それはどうも。
172 女の子
どうじゃ? わらわと一緒に月に来ぬか? 生活に不自由はさせぬぞ。
173
いーや、遠慮しとくよ。俺はもっとセクシーでスタイルの良い女が好みなんでな。
174 女の子
ぬ、言葉の意味がよく分からぬが……そうか……お主がそう言うのならば仕方あるまい。
175
それに、お前にはもっと、しっかりした男が良いだろ?
176 女の子
そうかのう? 少々駄目な方が可愛げがあるというものよ。
177
はは、褒められてるんだか貶されてるんだか分からねえな。
178 女の子
そうじゃな、そろそろ月の力が満ちてきよった。これで、わらわも本当の姿に戻れそうじゃ。
179
本当の姿??



(女の子はまばゆい光に包まれた。しばしの時が経ち、そこには妖艶な美女が経っていた。)
180 女の子
(ちょっとセクシーな感じで)今まで、恩に着るぞ。これは、約束の御礼の万病に効く薬じゃ。
181
あ、ああ……。
182 女の子
(ちょっとセクシーな感じで)どうしたのじゃ? 呆けておるぞ?
183
い、いやなんでもない。
184 女の子
(ちょっとセクシーな感じで)それからこれは、わらわの髪飾りじゃ。しかし、お主のことじゃ、明日にも売ってしまいそうじゃな。
185
そんなにすぐは売らねーよ。
186 女の子
(ちょっとセクシーな感じで)まったく……結局売るのではないか。では、わらわは月に帰る……お主の事忘れぬぞ。



(そう言って牛車に乗る。牛車は月へ向けて空を駆けて行った。)
187
万病に効く薬ね。全く……ただのお茶じゃねえか。
188
しかし……もったいない事したかもな。



(男はそっと髪飾りを握り締めた。)