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「たった一人のお客さん」 |
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裕子 28歳 レストランのシェフ。けっこう手厳しい性格。レストランは二人だけでやっている。 |
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高志 27歳 レストランのウェイター兼コック志望。裕子の夫。 |
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高志 |
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はーい、いらっしゃいませー。お二人さまですね、奥のカウンターどうぞー。 |
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へ、奥のカウンターが空いてない? ああ! す、すみません……ええとじゃあこっちのテーブルで、よろしいですか? |
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あ、まだ片付いてない? はい、少々お待ち下さい。……ああもう困ったなぁ。 |
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裕子 |
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ちょっと! こっちきて! |
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高志 |
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あ、はい! あ、でもすみません! 今手が離せません! |
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裕子 |
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……じゃあ終わったら来て! |
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高志 |
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は、はーい! |
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(厨房内) |
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高志 |
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どうしたの? 裕子。 |
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裕子 |
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名前で呼ぶな。 |
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高志 |
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は、はいシェフ。 |
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裕子 |
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なんなの。この注文。ぜーんぶランチランチランチってこれじゃ分からないでしょ! |
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高志 |
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あ……。 |
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裕子 |
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あ、じゃない! ランチはAとBがあるでしょうが! どっちよ! |
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高志 |
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それは、厨房に渡すときに、縦に置いたのがAランチで、横に置いたのがBランチですよ。 |
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裕子 |
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……見にくいからこっちで勝手に整理しちゃったわよ。 |
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高志 |
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えー、それは困ったなぁ。 |
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裕子 |
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困ったのはこっち! だいたい、ボールペンはどうしたのよ。 |
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高志 |
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いや、ちょっとさっき落として……。 |
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裕子 |
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どこに? |
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高志 |
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2番テーブルの下に。 |
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裕子 |
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仕方ないわね。後でお客さんが居なくなったら取って来てね。今は予備の使いなさい。 |
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高志 |
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いや、それが。 |
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裕子 |
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何よ? |
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高志 |
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もう予備全部無くしちゃって……。 |
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裕子 |
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はあ、もうホントどうしようもないわね。 |
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高志 |
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す、すみません。 |
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裕子 |
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まあ、先にAランチからいくつか作ってるから、もう一回お客さんに確認してきなさい。 |
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高志 |
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あー、でもなんとなく覚えてるかもしれないんだけど。 |
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裕子 |
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……なんとなくじゃダメ! 行ってきなさい。 |
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高志 |
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はーい。了解しましたシェフ。 |
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裕子 |
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ちょっと! これ持っていきなさい。私のペン貸してあげるから。 |
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(ランチタイムが終わり準備中) |
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裕子 |
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あー、つっかれたー。もう、高志ったらいつもミスするんだから。 |
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高志 |
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だから、謝ってるだろぉ。 |
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裕子 |
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素直に謝るのは良いことよ。だけど、ちゃんと次に活かしなさい。高志はいっつもペン無くすんだから……。 |
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高志 |
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だから、俺はレシートを縦と横にだな。 |
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裕子 |
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それじゃ分かんないわよ。 |
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高志 |
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へーい。 |
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裕子 |
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だいたいね。活かす方向がちょっとずれてるのよ。先に予備が無くならないようにしなさい。 |
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高志 |
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いやさー、つい予備があるとまー良いかなーって油断しちゃうんだよ。 |
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裕子 |
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あんた、目覚まし時計三つ付けても起きられないわよね。 |
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高志 |
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そーなんだよ! 次また鳴るから別にいいやーって寝ちゃうんだよ。 |
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裕子 |
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……いい加減一人で起きろ。 |
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高志 |
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すみません……。 |
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裕子 |
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さてと、お説教はこれくらいにして、お昼にしようか? |
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高志 |
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うん。今日は何? |
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裕子 |
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Bランチ。 |
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高志 |
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え? 余ったの? |
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裕子 |
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うん、余ったの。あんた3個書き間違えたでしょ。 |
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高志 |
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あー、そうだったっけなあ。 |
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裕子 |
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まあ、良いわよ。たかし2つ分食べられるでしょ。 |
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高志 |
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うん。裕子の料理は旨いからな。俺がまかない作るよりこっちのが嬉しいよ。 |
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裕子 |
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あんたねぇ。自分も一応コックでしょうが。ちょっとはプライド持ちなさいよ。 |
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高志 |
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そうなんだけどずっとウェイターやってるとね。まあ、早く人雇えるといいんだけど。 |
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裕子 |
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そうね。でも、あんまり良い条件でもないから、中々来てくれないのよねぇ。 |
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高志 |
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そっか、じゃあ当分俺がウェイターってわけだな。 |
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裕子 |
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うん、高志には悪いけどもうちょっと我慢してね。 |
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高志 |
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いいさいいさー。料理の腕前じゃあ裕子には適わないしなー。 |
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裕子 |
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拗ねない拗ねない。 |
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高志 |
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んじゃあ、ディナータイムに向けて準備しますか。裕子はのんびりしててくれよ。 |
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裕子 |
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そのつもり。よろしくね。 |
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(夜の営業時間直前、厨房にて) |
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裕子 |
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足りない。これどう見ても足りないわねぇ……。 |
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ちょっと! こっちきて! |
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高志 |
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え! どうした? |
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裕子 |
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いいから! |
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裕子 |
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あたしが書いておいた材料分用意してないでしょっ! |
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高志 |
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ちゃんと用意したよ。 |
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裕子 |
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……こっちの紙見た? |
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高志 |
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え? どこに置いてあった? |
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裕子 |
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重ねて置いてたの! |
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裕子 |
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ことごとく足りてない。まあ朝から用意してあるのは間に合いそうだけど……。 |
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高志 |
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どうすればいい? |
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裕子 |
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そんなにすぐはお客さん来ないから、今から用意しましょ |
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高志 |
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でも、間に合うかなぁ? |
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裕子 |
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間に合わせて。私も手伝うから。 |
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高志 |
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ああ、ごめんな。 |
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裕子 |
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はいはい、謝ってる暇があったら動く! |
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(閉店後、店内) |
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裕子 |
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片付けよろしく |
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高志 |
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えぇ? |
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裕子 |
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えぇ? じゃないの! あんたのせいでこんなバタバタしたんでしょう!? |
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高志 |
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そ、そうだけどさあ……俺だって合間を縫って準備したんだぞ。 |
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裕子 |
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身から出た錆よ。むしろあたしにあやまるのが先でしょ。 |
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高志 |
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はい。ごめんなさい。 |
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裕子 |
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はー、おなかすいたわね。片付けは後回しにしていいわよ。先になんか作って |
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高志 |
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え? 俺? |
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裕子 |
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他に誰がいるのよ。あたしはもう今日はパス。 |
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高志 |
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分かったよ。でも、あんまし期待するなよ。 |
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裕子 |
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目一杯期待してるからねっ。 |
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高志 |
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プレッシャーかけるなよぉ。いつものでいいか? |
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裕子 |
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うん、いつものでお願いね。 |
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(テーブルで夕食を取る) |
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高志 |
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さあ、召し上がれ! |
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裕子 |
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はーい。頂きます。今日もおいしそうに出来てるじゃない。 |
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高志 |
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まあな。これだけは俺の得意料理だからな。 |
90 |
裕子 |
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ん、おいしーっ。やっぱり高志の作る麻婆豆腐は最高ねぇ。 |
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高志 |
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裕子さあ、いつもそう言ってくれるけどさー、本当なのかよ? |
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裕子 |
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もー! 本当よ。あたしが高志にお世辞なんて言ったことないでしょ。本当においしいものをおいしいって褒めないと失礼なんだからね。 |
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高志 |
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お、おう……そっか。ありがとうな。 |
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裕子 |
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でもね……それ以外はいまいち……いやもっとね。あたしもまだまだ修行不足だけど、高志はまだまだまだまだね。 |
95 |
高志 |
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うー、酷いなぁ……俺だって頑張ってるんだぞぉ? |
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裕子 |
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あたしも頑張ってます。 |
97 |
高志 |
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……ごもっともで。しかし、こんな調子でコックなんてやれんのかなぁ? だってフレンチと麻婆豆腐じゃあ全然違うもんな。 |
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裕子 |
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何いまさらなこと言ってるのよ。高志がミスしない日なんて週に1日あるかどうかでしょ。 |
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高志 |
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だって、今日は二回もミスしちゃっただろ。んで、肝心の料理だってさっぱりと来てれば落ち込みもするよ。 |
100 |
裕子 |
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贅沢を言わないの。あたしは得意料理なんて無かったんだから。 |
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高志 |
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そうなのか!? |
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裕子 |
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そうよ。高志は昔からその麻婆豆腐得意って言ってたでしょ。実はね、それ聞いたとき嫉妬しちゃったの。 |
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高志 |
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ええ? 裕子が? お前、俺に初めて会った時、もうかなりの腕前だったじゃないか。 |
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裕子 |
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うん。だから、ろくな腕も持ってないはずのあなたに得意料理があるって事実が、羨ましかったのよ。 |
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高志 |
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へえ……そりゃあ意外だな。でも、たった一品だぜ? |
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裕子 |
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言ったでしょ。あたしには無かったの。特に努力もしないで得意なことが有って、しかもそれが自分のやりたいことに近いなんて羨ましくもなります |
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高志 |
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本当に? |
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裕子 |
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本当よ。あたしね、高志の料理大好きよ。って、一つだけだけどね。 |
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高志 |
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そっか……うん、やる気が湧いてきたよ!裕子にそう言われれば、いくらでも頑張れるってもんだよ。 |
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裕子 |
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うん、明日も一緒に頑張りましょ。 |
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高志 |
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よし、じゃあ早く厨房でバリバリ活躍できるように頑張るよ。 |
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裕子 |
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その意気よ。 |
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高志 |
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じゃあ、早速ホールスタッフの求人広告作ってくる! |
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裕子 |
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……厨房の片付けが先! |
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高志 |
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は、はい。シェフ。 |