大義
日本 佐伯 啓思                    
 深田匠著「日本人の知らない『二つのアメリカ』の世界戦略」高木書房より

 明治維新以来、日本という国の掲げた大義とは、1918年(大正8年)の第一次大戦パリ講和条約における日本の決議案が全てを物語っている。十六カ国が参加した同会議で日本は「国際連盟規約に人種差別撤廃を規定せよ」と求めた。しかし米英など五カ国が反対し、米ウイルソン民主党大統領は「全会一致でない」という理由を強弁してこの決議案を否決、以って日本は武力によってその大義を実現せざるを得なくなったのである。人種差別の撤廃、人類の平等を世界のスタンダードとするためには、白人の植民地を解放しなければならないが、「話し合い」なんかで白人が既得権益を手放す筈がない。ましてや有色人種だと見下げていた日本の主張に耳を傾ける気もまったくない。白人列強が全世界を武力で支配する中、極東の小さな有色人種の国ただ一国だけが人種平等の旗を人類史上初めて高く掲げ、そして虐げられた全植民地下の有色民族たちの「希望の星」となった。ここに日本が追い求め続けた大義がある(538頁)。

 加藤紘一や管直人など「大義がない」と主張する人物は例外なく自虐史観の権家のような人間ばかりである。日本人のくせに日本の大義を共有できないような人間には、他国の大義を云々する資格など一切ない(538頁)。

 自国が戦った戦争を「善」とするのか「悪」とするのかは、その国自身が判断するべきことなのだ。多くの国民が生命を捧げた自国の戦争を後代の首相が「悪」と断じることは、祖国への背信だと言っても過言ではない。戦争とは国益の衝突である以上、日本の戦いは「国益を妨げる障害」との戦い、つまり日本にとっての「悪」との戦いであったのだ。日本が「悪」であったのではない。日本にとっての「悪」と戦ったのだ(539頁)。

 確かに日本は、近現代の三回の戦争によって大中華覇権主義や白人植民地主義を打倒したが、前述のように大東亜戦争では共産主義の謀略に敗れたのだ。日本のみならず米国も共産主義の謀略に敗れ、第二次大戦はソ連と中共のみが利益を得る結果となった。これを教訓としたる共和党と日本が、アジアに残る最後の共産主義国たる中共と北朝鮮を打倒することによってのみ、真の「勝利」は得られるのであり、日本が新たな「戦勝国」となることだけが、日本がかって敗戦によって失った「正義」の立場を取り戻してくれる。欧州を軍事力で制覇したナポレオンは何故現在は「悪」とされず、ヒトラーは何故「悪」なのか。それはフランスが現在戦勝国の立場にあるからだ。前の戦争の結果によって生じた立場は、次の戦争結果によって変わる。戦勝国による戦後秩序も歴史のカバー・ストーリーも、全て次の戦争の結果が打ち崩す。第二次世界大戦によって第一次大戦の勝敗が霧散したように、第二次大戦の結果による影響は、日本が当事者となる新たな戦争に勝利することで消えるのだ(540頁)。

 白人植民地の解放と自存自衛の戦いという日本の「正義」は、戦勝国の主張する「正義」とは相反していたから、戦後日本は「悪」のレッテルを貼られた。すなわち日本と戦勝国との国益が相反していただけである。そして日本が負けた相手はアメリカだけであり、シナにも欧州にも負けていない。つまり、日本の「正義」とは、日米関係の変化の中でのみ蘇り得るものなのである。英国の高名な歴史家H・ウエルズは「大東亜戦争は、植民地主義に終止符を打ち、白人と有色人種との平等をもたらし、世界秩序の基礎を築いた」と述べているが、我が日本は昭和の大戦において世界秩序の基礎を築きつつも、名を捨てて実を結実させた結果となった。次はその世界秩序の再編をもって日本が名を取り戻すべきときなのだ(540頁)。

 日本が失った名とは、すなわち国家の「名誉」である。タイのククリット・プラモード首相は「我々が白人と肩を並べて語れるようになったのは、誰のおかげか。大東亜戦争があったからではないのか」と語り、日本に感謝する「12月8日」という一文を新聞に載せている。インドのラダ・クリシュナン大統領は、「インドが独立できたのは、日本のおかげである。インドのみでなく、ベトナムもビルマもインドネシアも西欧の植民地はすべて、日本人が払った大きな犠牲によって独立することができたのだ」と述べ、ビルマ(現ミャンマー)のタキン・バセイン副首相も「我々はイギリスから賠償金を取って、それを日本に支払うべきだ」と述べている。更にインドネシアのモハメッド・ナチ―ル首相は「アジアの希望は植民地体制の粉砕だった。大東亜戦争は、我々アジア人の戦争を日本が代表したものだ」と語り、シンガポールのゴー・チョクトン首相も「日本軍の緒戦の勝利により、欧米のアジア支配は打破され、アジア人は自分達も西欧人に負けないという自身を持った。日本の敗戦後15年以内に、アジアの植民地は全て解放された」と述べている(541頁)。

 日本は中共の「日本弱体化」謀略によって自ら自虐史観を喧伝し、卑屈な土下座外交を続けているが、大東亜戦争の当時をよく知るアジアのリーダーたちや有識者の多くは、日本が失った「名誉」を取り戻すことを望んでいるのだ。そしてその「名誉」とは、日本が「戦勝国」となり、日米が対等なパートナーとなる世界新秩序の中でのみ、取り戻すことができるものなのだ。すなわち共和党政権による日本の大義の「共有」こそが、日本が失った名を取り戻す唯一の道なのである(541頁)。
 佐伯啓思 京都大学大学院教授 「正論」平成20年3月号

 「偽の国」から「義の国へ」
 1.偽と虚に覆われる日本
 <「真」と「実」は背後に>

 2.「改革」のもたらしたもの
 <大衆扇動政治への移行>
 大衆に媚び、大衆の喝采を浴びるためにわざと大衆迎合政策を行うという意味でのポピュリズムとは違っている。

 むしろ、「デマゴーグ政治=大衆扇動政治」というべきであろう。大衆世論というものをいわば人質として確保して、それによって自民党と言う政党を強権支配してしまう。だから、目的は依然として政党への影響力であり、その意味では政党政治には違いない。しかし、その手法は、「民意」を反映するという名目で直接民主制的な要素を多分に持ち込んだものであった。

 だが「民意」とは何か、といえば、経済財政諮問会議をリードする民間人や「改革派」のエコノミストやジャーナリストをふんだんにマスメディアに登場させることによる政策宣伝の結果というほかない。

 <独り歩きする民意>
 政治家は「民意に従う」ことにして、ある政策を唱える。ところが、多くの政治家がそれを「民意」と述べることで実際に「世論=民意の表明」が生み出される。こうして「民意」なるものは実態をもたずに、この循環構造の中で「偽装」されてしまうわけだ。かくて、「民意」という「虚」のものが生み出され独り歩きする。

 3.戦後日本の「偽」
 <米軍の庇護下の平和>
 平和憲法の制約がある以上、このことはアメリカの軍事力の傘に編入されることを意味していたのも致し方のないことであった。

 <忘れてはならない「半人前国家」>
 つまり、「義」よりも「利」へと人々の関心は向かっていったということである。

 <敗戦による主権喪失
 憲法にせよ、戦後民主主義にせよ、個人の基本的権利にせよ、平和主義にせよ、戦後教育体制にせよ、すべて占領下においてなされた、つまり、日本は主権をもって主体的に、これらのことを実現したわけではなかったのである。

 <無条件ではない憲法の原則
 たとえば、憲法は、「国民主権」、「基本的人権」、「平和主義」という三つの基本的な原則を掲げている。しかし、これらは決して無条件に正しいものではない。「国民主権は、国民が、その国の歴史的、文化的コモンセンサス(共通感覚)にのっとった判断をする限りでのみ正当なものとなるし、また、「法の支配」と「国民主権」は、そのまま両立するものではない。国民主権は常に法の支配によって制限されているのである

 「基本的人権」も、それが一定の義務や人柄によって支えられた限りで有意味となるに過ぎない。権利は、もともとは一種の「特権」であった。「特権」はそれに値するものに対して与えられたのである。もし今日のように、すべてのものがこの「特権」を与えられるというのなら、すべてのものがその「特権」に値するものとならなければならないであろう。それは権利をもつものの義務なのである。

 「平和主義」についてはいうまでもなかろう。そもそも、西欧型の近代的な人民主権の憲法の理念からすると、国民はむしろ自国の防衛に対して平等な義務を負う、というのが通例なのである。そのほうが近代国家の論理に従うものであり、民主政とも適合する。近代憲法の枠組みで平和主義を実現しょうとすることはきわめて変則的なことというほかない。しかも、「平和主義」の理念が、基本的には前文にある「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼し」を受けてのものであれば、「世界が平和である、という仮定のもとで武力を放棄する」と述べているわけであり、こうした一方的な想定による(しかし現実にはこの前提が崩れている)「平和主義」を無条件で受け入れることは無謀なことであろう。

 国民主権、民主主義、自由・平等、人権、そして憲法という理念は、すべて西欧社会がその独特の歴史のうちに作りだしてきたもので、それを無条件に受け入れることは可能なのかという議論はありうるのだ。しかも、当の西欧においても、それらの理念については未だに論戦が続いている。仮に、それらの理念が、近代社会を組み立てる基本にある「手段的価値」としてかなり普遍的であるにしても、その具体的意味や了解はその国の歴史や文化や価値によってなされなければならない。そこではじめて議論が可能となる。

 <失われた義
 ポツダム宣言が日本の軍隊の無条件降伏を求めただけであったにもかかわらず、日本は主権を放棄するという全面的な無条件降伏を行ったように、本来、価値や文化についての無条件降伏などはありえないにもかかわらず、マッカーサーは、「日本的価値」を封建的なものとみなしてその一掃を図ろうとした。これは無茶なことである。だが日本は、「日本的価値や文化」のほぼ無条件降伏を認めてしまったのである。かくて、「日本的な価値」=封建的で特殊的、「アメリカ的価値」=近代的で普遍的、という戦後の精神が生み出されてしまった。

 屈辱とはこのことをいうのである。当然ながら、日本的価値や文化を維持し尊重する、という有条件降伏であったはずのものが、精神にまで踏み込んだ無条件降伏になってしまったのであった。日本政府は、ただ、日本的価値として「天皇の地位」の保全のみを事実上の条件とみなしただけであった

 <高度成長による現状追認
 ・義を背後にもたない「利」はとどまるところをしらず堕落する。(中略)したがって、「義」を失えば、日本人のもつ公共意識や規範意識はどんどん崩壊してゆくであろう。「利」のみを根底においた発想はからは、公共心も規範意識もでてこない。

 <知識人の役割とは
 政治や経済は99匹の「利」を目指すとしても、少なくとも、知識人は1匹の「義」のために書かねばならない、ということである。このように広く深くニヒリズムに覆われた時代であればこそ、日本人の「義」がどこにあるのか、それを思い起こさせるのが知識人の仕事だと思うのである。日本は「偽の国」ではなく、「義の国」であったはずなのだから。(佐伯啓思 京都大学大学院教授 「正論」平成20年3月号)
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