「赤とんぼの思ひ出」
三木露風 私の作った童謡「赤とんぼ」はなつかしい心持から書いた。 それは童話の題材として適当であると思ったので赤とんぼを選び、 さうしてそこに伴ふ思ひ出を内容にしたのである。 その私の思ひ出は、実に深いものである。 ふりかへって見て、幼い時の自己をいとほしむといふ気持であった。 まことに真実であり、感情を含めたものであった。 思ふに、だれにとってもなつかしいのは幼い時の思ひ出であり、 また故郷であらう。 幼年の時故郷にいない者は稀である。 幼年と故郷、それは結合している。 であるから、その頃に見たり聞いたりしたことは懐旧の情をそそる とともに、また故郷が誰の胸にも浮かんでくるのである。 私は多くの思ひ出を持っている。 「赤とんぼ」は作った時の気持ちと幼い時にあったことを童謡に表現 したのであった。
「赤とんぼ」の中に姐やとあるのは、子守娘のことである。 私の子守娘が、私を背に負ふて広場で遊んでいた。 その時、私が背の上で見たのが赤とんぼである。 「赤とんぼ」を子供に聞かせる時の私の希望は、言葉に就ての注意である。 さうして各説に就て一々それを説明して聞かせ、全曲の心持もわからせるやうに することである。それらのことは必要事項で、あとは子供の有する感受性で 感得するといふことにしたいのである。
(日本童謡全集 昭和12年 日本蓄音器商会より)
|