修士論文・博士論文は、始めから投稿論文として書こう!

2004.11.29. ver. 1.01

酒井 聡樹(東北大学大学院生命科学研究科)

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2005.10.20 から数え直し(本文章の初出は 2004.11.28)

若手研究者のお経


 修士論文・博士論文執筆予定(執筆中)の皆さんに向けての檄文です。修士論文や博士論文は、始めから投稿論文として書きましょう。つまり、学術雑誌 にその まま投稿出来る形で書きましょう。修士論文の場合、それがそのまま一つの投稿論文に相当する内容であることが多いと思います。その場合は、修士論文ではな く、投稿論文のつもりで書いてしまいます。そしてそれをそのまま論文として投稿します。博士論文の場合、複数の投稿論文に相当する内容であること が多いでしょう。その場合は、博士論文の各章が、一つの投稿論文になるように書き上げます。そし て各章を独立の論文として投稿します。
 修士論文・博士論文は、審査機関(大学)に提出される「内輪の論文」です。世界に向けて発表される論文ではありません。これらの内容を学術雑誌に掲載す ることで初めて、その成果は世界に向けて発表されたことになります。ならば始めから、投稿論文として書いてしまいましょう。

 始めから投稿論文として書くとはどういうことか、具体的に説明します。

1. 投稿論文で用いる言語で、修士論文・博士論文も書く
 修士論文・博士論文を、投稿論文と異なる言語で書くことは二度手間でしかありません。投稿論文で用いる言語(多くの場合英語)で、修士論文・博士論文も 書いてしまいましょう。「英語で書く自信がない」「締め切りに間に合わなくなりそう」と思う方もいるかもしれません。しかし「多分」大丈夫です。投稿論文 で用いる英語はさして難しいものではありません。中学・高校・大学と英語教育を受けてきた人なら、間違いなく書くことが出来ます。むしろ、「きちっとした 日本語を書く教育」がおざなりにされてきたことのツケで、日本語で書く方が大変かもしれませんよ。

2. 投稿論文として通用するデータだけを載せる
 修士論文・博士論文には、「やったこと(データ)をたくさん載せておく」という風潮が残っています。しかしこんな考えは捨てましょう。修士論文・博士論 文も「学術論文」であることに変わりはないからです。これらの論文でも、学術的批判に耐えられるデータだけを載せるべきです。ならば自ずと、「修士論文・ 博士 論文には載せられるけれど、投稿論文には載せられない」データは無くなるはずです。投稿論文を書くのと同じ厳しさでデータを吟味し、世界に通用するデータ だ けを、修士論文・博士論文にも載せるようにしましょう。そうすることで、「修士論文・博士論文のデータ = 投稿論文のデータ」にします。

3. 無駄な情報を削り簡潔に書く
 投稿論文では、冗長さは厳禁です。これに対し修士論文・博士論文には、冗長さに寛容な風潮が残っています。そして、序論・材料と方法・結果・考察の各章 を、長々と書くきらいがあります。これは、修士論文・博士論文には紙数に対する制約が無いためです。でも、こんな無駄は止めにしましょう。これらの論文で も、必要最小限のことを簡潔に書くべきです。投稿論文にするときに無駄な部分を削る暇があったら、そんな部分はそもそも書かなければよいのです。

4. 論文の形式を、投稿しようとしている雑誌の投稿規定に合わせる
 序論・材料と方法・結果・考察といった論文の構成、要約の字数、図表の形式・引用文献の書式などを、投稿しようとしている雑誌の投稿規定に合わせてしま いま しょう。とくに、論文の構成を投稿規定に合わせておくことは大切です。違った構成で書いてしまうと、投稿するときに構成の見直しが必要になります。場合に よっては、内容も変更せざるを得なくなります。

 人称は、投稿論文と違っても構いません。修士論文・博士論文はあなたの単著ですが、投稿論文は共著になることが多いです。"I" が "We" に替わるといった変更は必要となります。同様に謝辞も、投稿論文と少々違ってくるでしょう。たとえばあなたの先生は、修士論文・博士論文では謝辞され、投 稿論文では(謝辞対象から抜け)共著者になることが多いと思います。
 博士論文のように、各章が一つの投稿論文に相当する場合は、総合序論・総合考察を付け加える方が良いでしょう。その方が、博士論文としての読みやすさは 増します。

 次に、始めから投稿論文として書いてしまうことの利点を二つ述べます。

1. 効率が良い
 修士論文・博士論文を(投稿論文とは別物として)書いて、それを改めて投稿論文に直すのは二度手間です。あなた自身も無駄な時間を費やすことになります し、執筆指導をする先生も時間の無駄をすることになります。始めから投稿論文として書けば、執筆に費やす時間はかなり削減できます。それだけ早く、新しい 研 究に着手することが出来ます。

2. お蔵入りしにくい
 投稿論文として書くと、修士論文・博士論文提出の義務感を利用して自分を追い立て、投稿論文を完成させることが出来ます。なぜならば、修士論文・博士論 文には執筆義務がある(書かないと卒業できない)からです。そしてそれがゆえに、ほとんどの人はこれらの論文を書き上げます。この義務感を、投稿論文執筆 の原動力にしましょう。そうせずに、修士論文・博士論文を改めて投稿論文にしようとすると、「義務の無さ」ゆえに、ついつい執筆を先送 りしてしまい、いつしかお蔵入りしています。

 最後は、修士論文を書いたら、就職して研究の世界を離れる人への言葉です。そういうあなたこそ、投稿論文とし て修士論文を書いて下さい。そうし ないと、あなたの研究成果は、かなりの確率でお蔵入りしてしまいます。
 修論発表が終わってから、投稿論文に書き直すつもりでいますか? それはまず無理です。卒業までに残された時間はあまりに短いです。とてもではないですが、投稿論文を完成させることは出来ません。それに、修論発表を終え て開放感一杯の時に、さらなる努力をする気になれますか? よほどの強い意志が無いと無理でしょう。まして、就職した後に、仕事の傍ら投稿論文を書くことなど不可能です。投稿論文執筆は、そんなに甘いものではあり ません。
 投稿論文にならなくてもいいと思っている方は、是非考え直して下さい。その理由は二つあります。
 第一に、修士課程での研究成果がお蔵入りしたら、あなたの二年間はまったく形の残らないものになってしまいます。貴重な二年間が無になるということで す。それは悲しいでしょう。二年間の成果を投稿論文として世界に発表し、是非とも、その成果を学術の世界に刻んで下さい。
 第二に、あなたが修士課程で出した研究成果は、あなた一人の力で出したものではありません。多くの、人的・物的・金銭的支援があったからこそ出来たは ずです。あなたには、それらに報いる義務があります。たとえば、あなたが使った実験器具は、研究費で購入されたものです。研究費を獲得するには、研究業績 を出す(つまり、投稿論文を発表する)必要があります。あなたの先輩の研究成果が投稿論文として発表されたからこそ、その実験器具を買うことが出来たと 思って下さい。あなたが投稿論文を書かないと、新しい実験器具を購入出来なくなり、後輩が辛い思いをします。先輩が与えてくれた恩を、後輩に返して下さ い。また、あなたの先生は、あなたの研究成果が世に出ることを望んでいます。あなたが投稿論文を書かなければ、先生が替わりに書くことになります。これ は、ただでさえ忙しい先生にかなりの負担を強いることになります。----------- あなたには、投稿論文を書く義務があります。

 私の指導経験では、修士論文・博士論文を始めから投稿論文として書こうとした学生は、みんなちゃんと書き上げ ています。怖がる必要はありませ ん。強い意志を持って取り組めば必ず出来ます。是非とも、投稿論文として書いて下さい!