平成二十三年度 県南秋コンクール 練 習   作 佐々木繁樹         キャスト   ツトム(高校三年生)  開幕  舞台装置は机と椅子のみ。  三月の気候にふさわしいような普段着。答辞の原稿を読んでいる最中。幕が開ききったら、 ツトム「(室内だからといって躊躇しない声で。少し早口くらいで) 在校生の皆さん、高校生活 は、あっという間に過ぎていきます。卒業を迎えるときに後悔しないよう、一日一日を大 切にして、有意義な生活を送って下さい。本校の伝統を受け継ぐ皆さんの、さらなる発展 を期待しています。 最後になりましたが、今まで私たちを支え、応援して下さった皆様方、本当にありが とうございました。皆様の御健康と御活躍を祈念すると共に、母校のますますの躍進を願 い、答辞と致します。」  やや間があって、ストップウォッチを大げさに止める。もう何度もやっているというように。 ツトム「(脱力した感じで)はあ〜・・・(ストップウォッチを見て)9分01秒38・・・そん なに壇上にいんのかよ〜・・・式次第からすると8分45秒±5秒に収めないとな・・・ は〜あ、・・・日付と名前入れるから全然間に合わないな・・・だから変更したくなかっ たのに・・・」  椅子に座る。 ツトム「あ〜それにしても・・・緊張する〜・・・緊張する緊張する緊張する〜〜〜〜〜何で俺が 読まなきゃいけないんだ〜・・・生徒会長が受験でいないなんて、絶対におかしいよ!・・・」 間 ツトム「会長だったら卒業式の日に受験なんかするなよな・・・無責任きわまりないよ!・・・な んで副会長なんか引き受けたんだろうな・・・推薦入試に有利だっていうのも全然嘘だっ たし・・・」  間。立ち上がり、原稿を最初からパラパラ見る。 ツトム「あ〜いかんいかん。こんなことしてる場合じゃない。とにかく練習練習! 」  ノートを見たりして。 ツトム「ほんと、明日に卒業式が迫ってるんだから、じゃんじゃん練習しないと間に合わないよ。 泣いても笑っても、寝ても寝なくてもあとちょっとで高校生活が終わるんだし・・・明日も みんなが俺を見てる・・・いつも通り、俺に注目が集まるはず!・・・は〜、なのに答辞読 む練習なんかしてる場合じゃねーよなー。この練習がじゃまなんだよな・・・もうこの1週 間で32回も通し読みしてるんですけど!」  ノートをパラパラ見る。 ツトム「しかも、答辞のおかげで練習することが一気に増えちゃったじゃねーかよ・・・めんどく せー・・・ああ、いかんいかん、面倒くさいってのは言わない約束だ・・・3年前にそう 決めて、ずーっとやってきたんだからな・・・明日でとりあえず最後だし」  ノート(表紙に「bX」と大きく書いてある)を読み、項目を確認して、 ツトム「まずは何から練習しましょうかね、と。・・・今日は結構あるなあ・・・まずは単純なヤ ツからにするか。となると、やっぱ杉本だな。あいつは単純だからな〜。どうせ『緊張し てるんだろ』くらいしか話しかけてこないだろ。単純だから。会話は直球を好む、自分の 期待通りの答えが来るまで帰さない、よし」  少し考えている感じ。 ツトム「『ツトム〜おまえさ〜今緊張してるんだろ』『え、何?』・・・最初は緊張なんてあり得 ないような入り方で・・・『緊張してるんだろ』『緊張? なんで?』『だってみんなの 前で答辞読むんだぞ。緊張するだろう?』『いや、別に』『嘘だろ〜』『しないよ』『本 当かよ』『しないって』『またまた〜』『しつこいな!』・・・あいつ単純な分しつこい んだよな・・・でも、あまり会話を引っ張ると、緊張してるのバレるよな・・・あー、『俺、 先生に呼ばれてるから、じゃ、またな』・・・こんなもんか。結局高校生なんて、先生に 弱いからな・・・困ったときの先生頼みだな・・・しっかし、なんであんなしつこいやつ が隣の席なんだよ・・・何も考えてないくせに、ただしつこいだけなんだもんな・・・ま、 とにかく、」  ノートで次の項目を探す。時計見て ツトム「時間がないな。男のヤツらは今のを応用してなんとかしよう。みんな単純なヤツばっかり だからな。ほんと、単純なヤツらばかりで助かったよ。単純ってほんとうらやましいよ な・・・俺もあいつらみたいに、もっと何も考えないでいられたらな〜・・・あ、で、次、・・・ 竹田先生いっとくかな・・・『いやー、ツトム。答辞緊張しただろ』『いえ、先生、この くらいおやすいご用ですよ』『最後にとっても良い仕事したな』・・・良い仕事、っての が口癖だからな〜・・・なんか嫌みに聞こえるけどな・・・良い仕事したのは自分だって 言いたいんだろ。俺の仕事つぶしといて・・・『はい、光栄です』・・・「光栄」っての はちょっと大げさかな?・・・『はい、気に入っていただけたら嬉しいです』・・・ちょ っと言葉が多いな・・・『いやー良い仕事ってほどでも・・・』・・・こんなもんかな?  何にも内容がないけど、他に言いよう無いよな・・・ま、いいか、竹田だって何となくし ゃべってるだけだろ。考えながらしゃべるんだったら、もう少しマシな授業するでし ょ・・・ほんとあいつのせいで最後まで英語はものになんなかったな・・・あー英語さえ もう少しできるようになればな〜・・・あいつが授業に来たのが俺の運の悪さだったんだ よな〜・・・『なんでもいいから、とにかく覚えろ!』・・・勉強の方法の話とか全然し ないんだもんな・・・こっちはいろいろ練習でいそがしいっつうのに・・・あ、そだ練習 だった・・・えーと、他に言いそうなことは・・・『さては徹夜で練習したな』・・・す るわけねーじゃん・・・『いえ、何回か目を通しただけです』・・・ほんとはさっきので 37回目なんだけどね・・・『えー、最後にお前の良い仕事が見られて、ほんと嬉しいよ』 『こちらこそ、嬉しいです』・・・それにしても、なんてしょうもない会話なんだ、ま、 先生相手なんだからしょーがないか。先生との面白い会話を練習するほど暇じゃないし。 つーか、すべての会話は俺のキャラを際だたせるためにあるんだから、意味なんてどうで もいいし」 ノートで次の項目を探す。 ツトム「ま、こいつらはこんなもんでいいかな。でも、これじゃ「動じないキャラ」がいまいち出 てないような・・・ちょっと余裕そうに見せてるつもりだけど、・・・わかりにくいかな・・・ よっぽど露骨にやらないとわかりにくいもんなんだよな〜・・・またあとで思いついたら メモしとこう。・・・なにぶん、答辞読むなんてはじめてだもんな・・・こういうのやる とバレちゃうから、やりたくないんだよな・・・なんで答辞読まなきゃいけないんだろ〜 な〜・・・生徒会長がいない卒業式なんて、絶対おかしいよ! だいたい仕事がないって 言ったのは会長だろ! ほんと無責任だよ!」  と言いながら、やっぱりメモを見ている。 ツトム「は〜あ、あ、卒業式といえば、・・・ああ、まだメモしてなかった・・・歌も緊張するん だよな・・・たかが卒業式の歌で緊張するなんて、俺のキャラじゃないからな・・・歌は 自信あるんだけど・・・なんか直立して立ってるだけでどきどきしてくるんだよな・・・ ちょっとやっとこうか」  おもむろに立ち上がる。 ツトム「なんか違うな・・・」  椅子にかけてあった制服の上着を着る。 ツトム「やっぱ制服来て歌うつもりになるだけで緊張するわ・・・歌う姿勢!・・・(背筋を張り 切って伸ばしたりする)・・・タンターン、タンターンタンタン(蛍の光のイントロ)タ ンターンタンタン、タンターン・・・ほ〜・は〜緊張するって。こんな周りに聞こえる状 況なんて、気が散って歌えないよ!・・・つーか、周りの連中全然歌わないし・・・予行 のときだって俺の声だけやたら聞こえてたんじゃないか?・・・つったって歌わないキャ ラにするわけにいかないしな・・・歌は上手いからいいようなものの・・・は〜もう一回 やるか・・・タンターンタンターンタンターンタンタンタンターンタンタンタンターン、 ほぉたぁるの、ひぃかぁありぃ、まどのゆうき(はっきりいってヘタ。鏡を見ながら歌う) ふみよむつきひ かさねつつ いつしかとしも すぎのとを あけてぞけさは わかれ ゆく・・・はぁ・・・歌は問題ないけど、顔とか姿勢とか、大丈夫かな・・・とりあえず 後で風呂場で練習しよう」  椅子に座る。これも練習風に。 ツトム「ふぅ、座っちゃえばこっちのもんだ。・・・あ、たしか本番はパイプ椅子だったよな・・・ パイプ椅子じゃなくても大丈夫かな・・・そういえば、この机も椅子も、卒業したらいら なくなるな・・・せっかく練習用にもらってきたんだけど・・・こっそり運んでくるのた いへんだったな・・・(遠い目をする)・・・ああ、歌だ歌だ。声出すとホントは緊張す るもんな・・・答辞より後なのが救いだけど・・・ま、座ると緊張感が消えていくという のはすでに実験済みだし・・・立ってると血液を上まで送るのに必死になるからな。心臓 ばくばくになって・・・あぁ、なぜかいますんごく緊張してるんだけど・・・明日のこと 考えるだけで、こんなに緊張するんだもんな〜・・・練習で緊張して、本番でももっと緊 張するんだから、練習の意味ないよな・・・いや、練習はやっぱり必要だな・・・それに しても、本当にこんな歌い方でいいのかな・・・あんまり声が上手に通りすぎるのも、高 校生らしくないんじゃないか・・・俺の3年間とこの歌い方は矛盾しないかな・・・俺も 他の奴らみたいに歌わないで適当にごまかしたいな・・・は〜何で俺ってこんなにぐだ ぐだ考えちゃうんだろ・・・」 間 ツトム「卒業式の歌なんて、どうせ誰が歌ってるかなんて気にしてないんだから、どうでもいーじ ゃん・・・相田なんか周りを笑わそうと思ってわざとヘタに歌うんだぜ・・・あんな奴が 隣にいるなんて今回はついてないよな・・・一番前の席だからしかたないけど・・・だ いたい先生方だって半分も歌ってねーし・・・ああいうのは俺のキャラとは正反対・・・ 俺は絶対しませんね・・・でも、そんなもんなんだよな・・・歌なんかどうせだれも聴い てないんだ・・・何となく、歌った感じにすればいいんだ・・・たかが卒業式なんだし・・・ たかが卒業式・・・分かってるんだけどな・・・分かってるのに、なんでこんなに緊張す るんだろ〜な〜・・・はあ〜3年間経っても、全然動じない人間にはなれなかったな・・・ ほんと細かいことがどんどん気になってくるんだよな・・・『ほたるのひかりなんてどう でもいーじゃん!』・・・とは、やっぱり思えないなぁ」  遠い目をする。 ツトム「それでも、中学校のときよりはマシなんだよな・・・」  ノートを机に置く。 ツトム「必死でマネすれば、おおらかな人間になれると思ったんだけどなぁ・・・歌い方だけでも、 こんなに考えてるなんて・・・やっぱ俺って異常なのかな・・・緊張し過ぎだし、細かい ことばっかり気にするし、結局全然変わらなかった・・・動じないように見せる方法はわ かったんだけどな・・・あ〜動じないヤツがうらやましいな〜・・・こんな苦労しなく てもいいんだもんな・・・杉本みたいな単純なヤツに生まれたかったな〜・・・なんで あんなに考えないでいられるんだろ・・・」  ノートを手に取る。 ツトム「だいたい、考えないフリするのが一番難しいんだよな・・・だって、どんなときでも、俺 の頭の中はフル回転だもんな・・・」  ノートをめくりまくる。 ツトム「センター試験失敗したときも、無になろう無になろう、って思って、全然頭が働かなかっ た・・・ホントは目の前真っ暗になったけど、何とか余裕そうに振る舞った・・・あんと きは全然言い訳が思い浮かばなかったな・・・あんなに想定外のアドリブ初めてだったも ん・・・先生は『気にすんな、次次!』って言ってたけど・・・吉田先生も『気にしない 気にしない!』って言ってた・・・杉本は『さては点数が悪かったな? ははは、気にす んなって、俺なんかもっと悪かったよ。たぶんだけど』つってた。杉本って、何にも考え てないけど、良いヤツだな・・・って言うか、俺って気にするキャラなのかな? 学校の みんなにそう思われてる、ってことか? ・・・だとしたら・・・」  遠い目をする。 ツトム「でも、確かに、結局彼女もできなかった・・・女性は大らかな男が好きだ、って言うから、 細かいところまで気をつけて、大らかな男を演じたのに・・・俺のルックスと作ったキャ ラからすれば、本来彼女ができないはずないのになー・・・杉本だって彼女いるんだぜ・・・」  ノートを閉じる。 ツトム「ホントはバレてるんじゃないかな・・・俺が神経質だってこと・・・」  いったん後ろを向くが、前を向き直して、 ツトム「鏡も見まくった、自分の声の録音もした。ノートだって書きまくったし、全部頭に入った けど・・・そんなもんじゃごまかせないのかな・・・だとしたら、・・・俺の3年間って、 全然意味無かったってことか・・・物事を気にしないどころか、どんどん細かいことが気 になっていってるし・・・自分を見つめすぎると、どこまでも気になっていく・・・」  一旦我に返る。カバンから卒業アルバムを出して見る。 ツトム「今日もらった卒業アルバムにも、ガッカリだよ。明らかに顔が引きつってるし・・・自然 な笑顔の練習が足りないんだよな・・・(アルバムと見比べて鏡を見ながら笑顔の練習 をしてみる)自然な笑顔はチークアップ!・・・アップ!・・・アップ!・・・アップ!・・・ やっぱ目が怖いんだよな・・・目から力抜く!・・・抜く!・・・いやいや、「抜く!」 って言葉を軽く言わないと・・・力を抜〜く〜っ・・・合わせてチークアップ!・・・わ っはっはっ、何だこの顔! ただのマヌケじゃん!、わはははは・・・」  下から母親の声が「何笑ってるの!」と言う(観客には聞こえない)のに反応して ツトム「(相当荒らげた声で)あー? 何だって良いだろ! 俺が笑っちゃいけねーのかよ! 忙 しいんだよ、ほっとけよ!・・・あ! カレー? 分かるよ! 玉葱いためた臭いずーっ としてるだろ! あとにしろよ!」  我に返る。 ツトム「ふう、親への対応も疲れるよ。こっちのキャラも今更変えられないからな・・・さて、と、 もうすぐ飯だよな。いよいよ、部活のお別れ会の練習に移るか。こっちは大らかな先輩の 練習だな」  地図のようなものを出す。 ツトム「まずは、お別れ会の場所を確認するか・・・えーと、学校を出てすぐにちょっとだけ右 に入るんだな・・・で、二つ目の角を左に行って、(地図を回して)次が三つ目を右、 (地図を回して)あとは真っ直ぐ行って左側に・・・カラオケがある、と(地図を回し ながら首もまげたりして)ここだな。よし、もう一回おさらいだ。地図を見なくても行け るようにしないとな。まず学校を出て右、まっすぐ、二つ目の角を左に行って、・・・待 てよ。この地図って大きい道しか載ってないよな・・・小さい道が他にあったら、絶対間 違うな・・・やっぱ誰かについていくか・・・いや、もし一緒に行くのが後輩だけだった らまずいな・・・方向音痴の先輩っていう印象を一生持たれるのはイヤだし・・・方向音 痴なんて俺のキャラに絶対合わない・・・どうしてもここは完璧に覚えるぞ・・・二つ目 の角は右側に酒屋があるから、右側に酒屋がある二つ目の角を左に曲がる、と。・・・で、 三つ目を右、これも目印がないな・・・え、とあ、バス停があるな。これを目印にしよう。 え、と、なになに、「サニーサイド秋田・セクションセンター入口」のバス停の次の次の 角を右に、と。ふう。で、真っ直ぐ行って左側。すぐ見付かればいいけど、看板が小さい 可能性も否めない。後輩より俺が先に見つけないと格好悪いよな・・・ここはとにかく目 をこらして行くか。・・・よし、夜にもう一回ノートに書いて復習しよう」   地図をしまう。 ツトム「そうだそうだ、恒例の後輩からのプレゼントタイムだ。これもリアクションに困るんだよ な。・・・まずは「ありがとう」っていうのはいいけど、後輩が何て言うかで次の言い方 が全然変わってくるからな・・・「先輩、お世話になりました、いままで、ありがとう ございました!」・・・は無いよな・・・あいつら、二言目には「せんぱーい、落ち着 いて下さいよ」だからな・・・こんなに落ち着いてるのに・・・つーか、こんなに落ち 着いているように見せてるのに・・・試合中なら分かるけど、基礎練習のときから「落ち 着いて」って言われてもな・・・だいたい「せんぱーい」って甘えた声でみんな近づいて くるんだよな・・・「せんぱーい、ジュースおごって下さいよ」とか「せんぱーい、他の 先輩と違って、せんぱいといるときは緊張しないんですよ」とか・・・ま、それだけ慕わ れてるってことだけど・・・悠然としてるから、甘えやすいんだろうな・・・たぶん・・・ とにかく、ありがとうな、って言って、ゆったりと笑顔をたたえていることにしよう」  鏡を持って笑顔の練習をしながら、 ツトム「おまえら、ありがとうな(作り笑顔)・・・こんなもんだろ。上出来上出来。これで悠然 とした先輩で思い出に残るだろ・・・それにしても・・・」  鞄の中から、紙を数枚出す。 ツトム「・・・こっちにしたかったなぁ・・・ていうか、こっちの方が絶対みんな気に入るって」  紙を黙読している。 ツトム「そんなにダメな内容かなぁ・・・先生は個人的な感想だ、って言ったけど・・・」 本物の答辞と見比べる。 ツトム「こんな答辞、ほんっと面白くねえよな。どうしてこういう無駄なもの読ませるのかね。・・・ ほとんど読む俺の意見なんか入ってねーじゃん・・・答辞の予定が9分だろ。全校生徒が 600人くらいで、保護者合わせれば1000人くらいだろ。1000人に9分我慢させ たら、一人だとすれば、えー9000分の我慢だぜ。1人で9000分聞くのと同じこと だぞ。あー時間の無駄無駄。それだったら俺のにしたほうがいーんじゃねえか・・・」  本物の答辞だけを見る。 ツトム「『(わざと大げさに)卒業を迎えるときに後悔しないよう、一日一日を大切にして、有意 義な生活を送って下さい』。はぁ、私はこんなに後悔してますよ! 卒業式だぜ。後悔し てない3年生なんか何処にいるんだよ! 勉強もできなかった、部活も2回戦敗退、彼女 もいない、キャラ作るのに必死。金もねーし、好きなことなんか全然してねーし・・・答 辞なんか嘘ばっかりじゃねえか。なんでこんなの必死に練習してんだろ・・・」  見比べている。 ツトム「嘘ばっかりって、俺がやってきたことも、嘘ばっかりだ・・・どっちにも、そう書いて あるよ」  本物じゃない方だけを取り、目を通す。 ツトム「これだって書くの結構時間掛かったんだけどなー・・・結構いいこと書いてると思うんだ けどなー・・・・・・・・・ただ」  目をいったん離す。 ツトム「ただ・・・・・これ読んだら、俺のキャラは、消える」  もう一度手紙に目をやる。 ツトム「・・・大らかで、ゆったりしていて、少々のことでは動じない、そんな俺は、この中には ない・・・書きたいことを書いて、みんなの前で、読みたいもの読んだら、それで3年間 作ってきたものが・・・」  本物の答辞を見る。 ツトム「だれが書いても同じような、だれが読んでも変わらない文章を、分かっていても気にし ないで読む、先輩ヅラして、優等生っぽく、37回も練習したとおり、間違えずに読む・・・ そういうヤツの方が大らかに見えるよな・・・美辞麗句をばっちり決める方が、大きい人 間に見えるよな・・・そうに決まってる・・・校長の挨拶だってそうだし・・・それは、 そうだ・・・それは、そうだけど・・・ね・・・でも・・・」  もう一方の方を見て ツトム「こっちがいいよなぁ・・・絶対。はぁ〜〜〜〜キャラが壊れるかもしれないのに、なんで こっち読みたいと思うんだろ・・・こっちに幸せなんか待ってないのに・・・やりたくな くても、やりたくないことやってキャラ守ればいーじゃん!・・・今までだってそうして きたんだろ!・・・徹夜して練習して、それでも眠くないふりして必死にやってきたんだ ろ!・・・」  にわかに読み始める。途中から。 ツトム「・・・3年間を終えるに当たり、今強く実感していることがあります。・・・高校生活は、 無理と、我慢の連続です。・・・無理をして、我慢をして、自分とかけ離れた姿を演出す るのが、私の3年間のすべてでした。この3年間が、自分のことだけを見つめ、無理をし て、我慢をする最後のチャンスだと思って努力してきました。その結果、・・・」  読むのをやめる。 ツトム「・・・はぁ、その結果が、これかよ・・・」  本物を取り出し、読んでみる。 ツトム「・・・高校生らしく、という言葉を重荷に感じることもありました。違和感を感じたこと もありました。しかし、今になって、友とともに学び、汗をかき、自分を高めようとした 高校生活は、まさに「高校生らしい生活」を全うしたと自負しています・・・」  目を離す。 ツトム「・・・何が「高校生らしく」だよ。もう言わされてる、ってのが丸出しだよな・・・ただ、」  本物に目をやる。 ツトム「・・・どっちが本物なんだ?・・・つーか、どっちが本当なんだ?」  もう一方の方を見て、 ツトム「・・・その結果、・・・その結果、・・・」  目を離す。 ツトム「・・・やっぱ、こっちも嘘じゃん・・・結果なんか、出てねーじゃん・・・でも、やらず にはいられなかった・・・」  また、下の階にいる母親から何か言われたようだ。 ツトム「あー? 何? 今行くよ! ご飯できたって、んなの分かるよ! すんごいカレーの匂い するもの!・・・ああ、分かったよ! 行けばいーんだろ、行けば! ちょっと待ってろ よ!」  我に返る。 ツトム「これだって、いつまで続けるんだろ。まさか大人になってもやるわけにいかんしな・・・ やめるわけにも行かないし・・・ごまかせなくなるまで続けるしかないってことか・・・ 今しかないのかなぁ・・・何処かで変えないといけないんだけど・・・」  ノートNO3を取り出し、 ツトム「えー、あ、あ、これだっけ」  ノートを少し見て、 ツトム「・・・高校生活が最後のチャンスなんて自分で書いたけど、ほんとかな?・・・自分の言 ったことだからな・・・練習しておこう・・・カレーで・・・」  母親に話しかけるつもりで、ただしうわずった声で ツトム「・・・かあさん、・・・今日のカレー、いつもよりおいしいんじゃない?・・・(我に返 り)これって普段まずいって言ってるようなもんだな・・・(話しかける感じで)今日の カレー、いつもより多いんじゃない?・・・(我に返り)全然褒めてないよな・・・(話 しかける感じで)今日のカレー、・・・(我に返り)カレーは褒めようがないな・・・(話 しかける感じで)ふっくら炊けたんじゃない?・・・(我に返り)やめた!・・・違う違 う、普通にすればいいんだ。こんだけいつも暴言ばっかりなんだから・・・」  また、母親の声が聞こえたようだ。 ツトム「・・・はい! 今、行きます!・・・少々お待ち下さいませな!・・・」  ツトム、下手に去ろうとして、 ツトム「・・・やっぱ練習なしの本番はきついな・・・」  下手に去りきって閉幕。