クイズ史の独自研究
第二章 「ぴよぴよ大学」のクイズ史的意義 〜「三択クイズ」が可能にしたこと〜
【民放ラジオのクイズ番組開始】
ラジオ時代のクイズ番組に関する従来の研究では、「CIE(GHQの民間情報教育局)の指導の下に日本の民主化を進める目的でアメリカの番組を輸入した」という点のみが注目されてきたきらいがあります。すなわち、「ラジオのクイズ番組」=「民主化装置」という位置づけばかりが強調されてきたということです。そしてその方向からの分析の後、すぐにテレビのクイズ番組の分析に筆を移すのが一般的でした。日本が独立回復によりCIEの支配を離れた時期と、テレビ本放送開始の時期が非常に近いので、この流れを想定するのはきわめて自然ではあります。しかし実は、「独立回復」と「テレビ本放送開始」の間に、クイズ史的に見て非常に重要な番組の放送が始まっているのです。本章ではその番組について分析していきます。
改めて整理しますと、1951(昭和26)年9月8日にサンフランシスコ講和条約が締結されるのですが、その直前の9月1日には日本初の民放ラジオ局である中部日本放送が開局しており、その後たてつづけに民放ラジオ局が開局します(のちに登場するラジオ東京の開局は12月)。そして条約発効により日本が独立を回復した1952(昭和27)年4月にGHQが解体されますが、まさに同じ4月、本章で取り上げる番組「ぴよぴよ大学」(ラジオ東京)が始まります。
そもそも、NHKラジオでクイズ番組が人気を博したことに影響され、民放ラジオ局では開局当初から多くのクイズ番組を放送していました。
番組制作面でも、民放はNHKに負けじと頑張った。その筆頭にあげられているのは、大阪の新日本放送であり、小谷正一放送部長は、NHKのクイズ番組〈二十の扉〉や〈とんち教室〉に人気があるのに着目、新聞社出身のアイディアマン筒井建司郎プロデューサーに、一週間六本のクイズ番組を企画・放送させた。(中略)
中部日本放送は発足当時、〈ストップ・ザ・ミュージック〉など三本のクイズ番組でスタートしたが、昭和二十七年五月には、週一一本にクイズ番組をふやした。(中略)
ラジオ東京もまた月曜から金曜まで夜七時三十分にクイズの時間帯を設けた。水曜の〈ミリオンクイズ〉は賞金が最高一万円、正解者のいないときは次週に加算するというので話題を呼んだ。大学卒の初任給が約八〇〇〇円、都電が一〇円という時代、出場申し込みのはがきが毎回山となった。(『昭和テレビ放送史・上』志賀信夫1990)
前章で見たとおり、NHKラジオのクイズ番組は十分な準備期間をもって制作されました。その一方で、民放では短期間に数多くのクイズ番組が作られたことがこの資料から分かります。「多くの聴取者を獲得できる番組」を制作することを民放は義務づけられているわけですから、人気のあるジャンルの番組を優先的に多く制作することには筋が通っています。
また、引用記事にもあるように、これ以降のクイズ番組では一般聴取者から解答者を募り、クイズの成績に応じた賞金を出す形が主となっていきました。現在はクイズ番組で賞金を出さないイメージのあるNHKも、当時はこの流れに乗り、聴取者参加型で賞金を出す「三つの歌」(司会は宮田輝アナウンサー)という番組を、1952(昭和27)年1月からレギュラー放送しました。人気のあるジャンルの番組に各局が群がり、競って制作する形は、民放ラジオの開始時から既に始まっていたということです。なお、「三つの歌」における宮田輝の司会術は、クイズ番組の司会の歴史をひもとく上で非常に重要であると考えますが、その分析は別の機会に譲ります。
【「ぴよぴよ大学」スタート】
さて、こうした中で「ぴよぴよ大学」が始まりました。この番組の内容は、概ね次の記事の通りです。
これは、昭和二十七年四月からはじまったクイズ番組ですが、はじめはラジオで、つづいて、ラジオとテレビで放送されました。
問題は一般から募集して、生活にむすびついた科学的な問題が、多く出題されました。
出題者は、河井坊茶のチキン総長で、千葉信男のオンドリ博士や、戸川弓子のメンドリ博士、それに、こどものチャボ博士などが、それぞれ、ユーモラスな答えをいって、出場者が、その三とおりの答えの中から、正しいものを一つえらぶというしくみでした。
(『クイズ大学』北上健1965)
この番組ではまず、チキン総長が問題を出します。そのあと、三人の博士がそれらしい説明を施しながら選択肢を一つずつ提示していく。要は三択クイズなのですが、選択肢の提示のしかたを工夫していたということです。チャボ博士は当初、森繁泉・建兄弟が交代で担当していました。このような出題形式は、後代の四択クイズ番組「ゲーム ホントにホント?」(NHK1975〜81)や「クイズ日本人の質問」(NHK1993〜2000)に受け継がれていきます。クイズに解答するのは親子で、正解すると賞金が出ました。また、投稿した問題が採用された場合もやはり賞金が出ました。
ここで、単行本『ぴよぴよ大学 第1集』(旭化成弘報課編1954)を底本として、実際に放送で出題された問題と、書籍に示された解説を見てみましょう。なお、ここに記された解説は、あくまでも書籍に記されているものであり、放送で発表されたものと一致しない可能性があることを注意しておきます。
問題203 我が国に一番先に輸入された自動車は、つぎのうちのどれでしょうか。
イ 電気自動車 ロ ガソリン自動車 ハ 木炭自動車
解答 イが正解
日本へ最初に入ってきた自動車は、明治三十三年(一九〇〇年)五月、アメリカにいる日本人が、大正天皇の御成婚を祝して天皇に差上げたものである。それは電気自動車でその後、明治四〇年(一九〇七年)までに、十六台が輸入されたが、その最初は電気自動車であった。電気自動車は一八三九年英国で発明され、ガソリン自動車は一八八七年ドイツで完成された。
(『ぴよぴよ大学 第1集』より)
* なお、実際に日本に最初に輸入されたのは、フランスからのガソリン式自動車であった、というのが現在の通説のようです(参考:「我が国で最初に走った電気自動車」森本雅之
http://www.ei.u-tokai.ac.jp/morimoto/docs/我が国最初の電気自動車1.pdf)。一応付 言しておきます。
「ぴよぴよ大学」で最も特筆すべきは、このように「三択クイズ」という形式を全面的に導入したことです。このことに、クイズ史的に見てどのような意味があるのか。これを分析することで、この時点までに達成された「クイズ番組の質的変化」が見えてきます。そしてその変化が、現在に至るまですべてのクイズ番組に様々な形で影響を与え続けていることも見えてくると私は考えています。
三択クイズの導入がもたらした「クイズ番組の質的変化」の概要を端的に述べると、次の二点に集約できます。
変化@ 聴取者が、クイズ問題そのものを、より楽しむことができるようになった。
→ それまでは「クイズをしている人を見て(聴いて)楽しむ」ことが番組の楽しみ方のメインだったが、この番組では「聴取者がクイズ問題を楽しむ」ことに比重が傾いている。
変化A 問題を作成する側の、「より面白いクイズ問題」を作ろうとする意識を高めた。
先に付言しておくと、この「変化」を最初に成し得たクイズ番組が「ぴよぴよ大学」だと主張したいのではありません。ここに至るまでのクイズ番組の中にも、これら「変化」を部分的に既に成し得た番組があったかもしれません。しかし、本稿ではその細かな歴史の分析はせず、あくまで「ぴよぴよ大学」に上記の要素が含まれていることだけを確認し、この時点ですでに起こっていたクイズの変化に目を向けていきます。
【聴取者の楽しみ方の変化】
まず、「変化@ 聴取者が、クイズ問題そのものを、より楽しむことができるようになった。」という点は、さらに具体的に分析すると次のような項目に分けることができます。
変化@−1 「解答を選ぶ」形式の導入により、「クイズ問題の正解を考える」行為を聴取者が気軽に楽しめるようになった。
変化@−2 「解答を選ぶ」形式の導入により、クイズで行われることが「正解が何かを考える」から「解答を選ぶ根拠を考える」へと変化した。
変化@−3 「解答を選ぶ根拠」を考えるようになることで、クイズに関わる人同士の会話がより促進されるようになった。
変化@−4 「解答を選ぶ」形式の導入により、クイズに「意外性」を含めやすくなった。
変化@−5 問題・正解に関する解説を聞くことによる楽しみが、クイズに付加された。
以下、それぞれの項目について説明します。
変化@−1 「解答を選ぶ」形式の導入により、「クイズ問題の正解を考える」行為を聴取者が気軽に楽しめるようになった。
前項で確認したように、「話の泉」など初期のクイズ番組は、「聴取者自身がクイズ問題に解答することを楽しむ」のではなく、「出演者がクイズに解答する際に行われるトークを聞いて楽しむ」という基本的な構造を持っていました。もちろん、聴取者自身もクイズ問題の解答を考えることはあったでしょうが、それは番組演出のメインではなかった。クイズ番組の構造として「聴取者がクイズ問題の解答を考える」という楽しみ方は重視されていなかったのです。クイズ問題が出題される相手は、あくまでも番組の出演者(文化人など)であって、聴取者ではなかった。繰り返しになりますが、聴取者がクイズ問題そのものを楽しんでいた、とは言い難い状況でした。
結論を先走ると、「ぴよぴよ大学」は、「出演者がクイズに解答する際に行われるトークを聞く」というそれまでのクイズ番組の楽しみ方に、「聴取者がクイズ問題の解答を考える」という要素を加えることに成功しています。その実現には、出題されるクイズ問題の質的変化がどうしても必要でした。
なぜ質的変化が必要だったのか。「番組の出演者にクイズ問題の解答を考えさせること」「それについてトークさせること」、さらに「聴取者・視聴者にもクイズ問題の解答を考えさせること」「聴取者・視聴者に知的な満足感を得てもらうこと」、こうした全ての要素を満たすようなクイズ問題は、簡単に作れるわけではないからです。そもそも、「聴取者・視聴者にクイズ問題の答えを考えさせる」ということが、実は非常に難しい。なぜなら、それを妨げるような障壁がクイズ問題には存在してしまいがちだからです。
例えば、「アメリカの初代大統領は誰でしょう?」というような、単純な知識の有無を問うタイプのクイズ問題を想定してみましょう。この問題に正解するには、まず「『アメリカの初代大統領はワシントンである』という知識をすでに持っていて、かつそれを正確に思い出すことができること」が必要です。ですから、当該知識を持っていなければ正解を導くことはほぼ不可能です。もっとも、当該知識に関して断片的にでも情報を有していれば、当てずっぽうで答えて正解することはあり得ます(アメリカの大統領はワシントンとリンカーンしか思い出せないから、一か八かでワシントンと答えたら図らずも正解だった、といったような感じです)。いずれにしても、「知識を(断片的にでも)知っていて、それを思い出すこと」が、クイズに解答するための最低限の条件となっています。逆に言えば「知識を(断片的にすら)知らなければ、そのクイズ問題の解答を考えようとすることさえできない」ということでもあります。
ここに「聴取者にクイズ問題の答えを考えさせる」上で、大きな「障壁」を見て取ることができます。「知らないこと」は「知らない」から、「答えようがない」し「考えようがない」。たとえどれだけ分かりやすい解説を事後に施したとしても、出題された時点でいったん当該クイズ問題から気持ちが離れてしまう。だってどうせ考えたところで、答えが分かるはずがないんだもの。すなわち、「全く知らない知識が出題されたときには、クイズ問題について考えようとすることさえしなくなる」という形で、障壁が生まれてしまっているのです。「話の泉」のように、出演している解答者のトークを楽しむタイプの番組であればそれでも良いのでしょうが、クイズ問題そのものを聴取者に楽しんでほしい場合、結構な障壁として立ちはだかります。
もちろん、クイズは基本的に「知識を相手にする」という性質があるので、多かれ少なかれ、このような「障壁」は必ず存在してしまいます。一般の聴取者は、様々な知識に通暁しているわけではないからです。この状況を踏まえた上で、それでも「聴取者にクイズ問題の答えを考えさせる」ことで楽しみをもたらす番組を作ろうとする方法論が、歴史上いくつも考えられてきました。「ぴよぴよ大学」では、「三択クイズ」という方法が選ばれましたが、結果的にそのことが番組の成功に結びついたと言えます。
「三択クイズ」という形式では、与えられた選択肢の中に正解が必ず含まれています。このことがクイズに解答する解答者の意識にどう影響を与えるか考えてみましょう。
例えば先に挙げたアメリカ初代大統領の問題をそのまま三択問題にしてみます。
例題 アメリカの初代大統領は誰でしょう?
@ ワシントン A リンカーン B バイデン
三択問題は、「この中に必ず一つ含まれている正解を選ぶ形式」です。もちろん、アメリカの大統領について全く知識が無ければヤマカンで答えるしかないわけですが、ある程度の年齢に達していれば多少なりとも予備知識はあるでしょう。「リンカーンは初代じゃないだろう」とか「バイデンって、最近の大統領じゃなかったっけ」というように、ある程度の知識があれば「答えを導くための手がかり」が生まれてきます。一問一答形式では答えが正確に想起できないような知識でも、三択クイズにすることで「自分の持っている様々な知識」が「答えを導くための手がかり」となって、「クイズ問題の答えを考えよう」、もう少し正確に言えば「クイズ問題の答えがどれかを考えよう」という気持ちを起こさせることができるのです。
「ぴよぴよ大学」でも、このような「単純な知識を問う一問一答形式の問題に、正解と同じカテゴリーの選択肢を2つつけたタイプの問題」が多く出題されました。例えば、次のような問題です。
問題172 アメリカ大陸発見のさきがけをしたコロンブスという人は、どこの国の人でしょう。
イ イギリス ロ スペイン ハ イタリア
当然、選択肢がなくてもクイズ問題として成立するのですが、選択肢無しで出題した場合、コロンブスに関する知識が薄い人(=自信を持って「コロンブスはイタリアの人」とは答えられない人)だと、答えを考える気さえ起きないのではないでしょうか。ところが、正解を含む3つの選択肢を提示することで、少しは答えを考えることができるようになる。特に本問では選択肢が国名なので、それぞれの国に対して元々持っている知識やイメージが、正解がどれかを考える「手がかり」になってくれるわけです。
「考える手がかり」としての「選択肢」の存在によって、聴取者・視聴者が「クイズ問題に参加することができない」「クイズ問題に興味が持てない」という状況を減らし、結果として「これだったら解答(がどれなのか)を考えたくなる」と思ってもらえる。クイズ問題に参加してもらう状況を作りやすくなるということです。
ただし、注意しておきたいことがあります。選択肢を付ければ、必ず「解答(がどれなのか)を考えたくなる問題」が作れるとは限らないことです。例題(佐々木作成)を見てみましょう。
例題 小学校の授業では円周率を「3.14」として学習しますが、本当はこの「3.14」のあとにも延々と数字が続きます。「3.14」の次の次の次に来る数字は何でしょう。
イ 7 ロ 8 ハ 9
このような問題の場合、出題された途端、解答者が「そんなのどれでもいいよ」と思ってしまう可能性が高い。どう考えれば正解に近づけるのか、イメージが全くわかない。選択肢が「考える手がかり」になり得ていないから、正解がどれか考えようという気にならない。まあはっきり言って、面白くない問題だということです。
「考える手がかり」とは、言い換えれば「解答を選ぶ根拠を考えるためのヒントになりそうな選択肢」ということです。「なりそうな」としたのは、選択肢が必ずしも「正解に近づくヒント」になっていないことの方がむしろ多いからです。先の「コロンブス」の問題でも、「アメリカ大陸発見」というキーワードから連想しやすいのはむしろ「イギリス」「スペイン」の方です。「イタリア」は一番イメージが遠い。しかし、正解に近づくヒントになっていなくても、「解答を選ぶ根拠を考えさせる手がかり」になりそうな印象を与える選択肢であれば、その役割を十分果たしていると言えるのです。
さて、今述べたことからもう一つ、クイズ的に見て重大な変化を指摘することができます。
変化@−2 「解答を選ぶ」形式の導入により、クイズで行われることが「正解が何かを考える」から「解答を選ぶ根拠を考える」へと変化した。
はじめから正解に関する確実な知識を持っていれば、三択クイズにおいて解答者は単に「正解選択肢を選ぶ」ことになります(この場合、誤答選択肢はその解答者にとって意味を持たないでしょう)。しかし、そうでない場合(の方が一般聴取者にとって圧倒的に多いわけですが)、正解と思われる選択肢を選ぶために、「正解を選ぶための根拠」を考えることになります。一般に三択クイズは「正解選択肢を選ぶ」要素よりも、「三つの選択肢から解答選択肢を選ぶための根拠を考える」要素の方が色濃く出やすいクイズであると言えます。以下、このことに注目してみます。
例えば、先の「コロンブス」の問題172で、「コロンブスがイタリア人であること」を知らない場合、「アメリカ大陸発見」「コロンブス」「イギリス」「スペイン」「イタリア」などの単語からもたらされるイメージをどうにかこうにか結びつけることで、正解がどれなのか判断することになります。「アメリカはイギリスの植民地だったから、正解はイギリスではないか」「スペイン女王がコロンブスに援助していたはずだからスペインが正解だ」「コロンブスという名前が英語でもイタリア語でもなさそうだからスペインだ」などなど、(結果的にはすべて間違っているのですが)こうした「結びつけ」の作業こそが、このクイズ問題によって経験できる「知的な楽しみ」となっているわけです。
もっとも、知識として元々「コロンブスはイタリア人である」ということを知っている人は、そうした楽しみを得ることができません。知識があることによって、この問題による知的な楽しみを経験できないという逆説がここに見られます。ということは、より多くの聴取者を知的に楽しませようとする場合、当該知識を持っている人がそれほど多くないような事項から出題する方がよいということになります。
かと言って、あまりにも一般的な聴取者の持つ知識とかけ離れたことを出題すると、「そんなのわかんないよ」と思われてしまい、解答者の気持ちが問題から離れてしまう。クイズ問題に解答することを聴取者に楽しんでもらおうとしているわけですから、当該知識を持っている人がほとんど想定できないような問題を出題するわけにはいかないのです。つまり、「一般的認知度がそれなりに高いと考えられる知識」しか出題できないことになってしまう。しかしそれでは、知識のある人は楽しめなくなる。これでは堂々巡りです。
この点について、「ぴよぴよ大学」ではどうしていたか。番組で多く出題されていたのは、「題材となっているテーマは聴取者に馴染みのあるものだが、知っている人は少ないと思われる知識」を問う問題でした。このタイプの問題は、三択クイズという形式ではいくらでも作ることができます。例えば、先に挙げた電気自動車の問題203の場合、「最初に輸入された自動車が電気自動車であった」という知識を事前に持っていて、自信満々に正解できるという人は、決して多数派ではないでしょう。もちろん、本当に誰も知らない知識、というものはあり得ないわけですが、少なくとも、多数の人々が持っているかもしれない知識からの出題、という意識は出題者にはなかったと思われます。
繰り返しになりますが、知識で正解が導けないことを前提とした場合、それでも正解を導こうとすれば、「何らかの根拠をムリヤリ考えて、正解と思われる選択肢を選択する」ことになります。面白いのは、ここで想定される「正解を選ぶ根拠」は、ひとつに絞られるようなものではないということです。いわば、いくらでもその根拠を「でっちあげ」られる。例えば、持っている知識をもとにして、「その時代、ガソリンは日本で一般的ではなかったのではないか」「木炭車はガソリン車の代用で使われていたから違うはずだ」「当時の技術がどこまで進んでいたかわからないが、普通に考えて最も使いやすいエネルギーは電気ではないか」などと考えるかもしれません。また、作題の経緯を想像して、「正解が電気自動車でなければ、放送上面白くない」「電気自動車という選択肢を、作題者が自分で思いつくとは思えない」などと考えるかもしれません。
解答に至る「根拠」をめいめいが考え、それらを披露し合って楽しみ、正解と照らし合わせてさらに楽しみを深める、という要素が、この形式には存在し得るわけです。番組の出演者同士が、自ら考えた「解答を選ぶ根拠」を披露し合えば、そのままラジオ・テレビ番組でのトークバラエティーショーとして成立します。また、茶の間では聴取者・視聴者同士が、それらを喋り合う楽しみ方も想定できます。クイズ問題が、番組出演者のみならず、聴取者にとっても「会話のタネ」いわば「話の泉」となっていった。そこで、次の観点が浮かび上がってきます。
変化@−3 「解答を選ぶ根拠」を考えるようになることで、クイズに関わる人同士の会話がより促進されるようになった。
解答決定に至る思考の流れ(=解答を導いた根拠)を披瀝し合うタイプの番組は、その後非常に多く作られました。三択クイズという形式以外のシステムでも、解答者が自分の解答を発表してから、司会者がその解答に至った根拠を解答者に問い(この部分が既にトーク番組として成立しています)、その後正解を発表し、さらに正解を踏まえたトークを行う。こうしたタイプのクイズトークバラエティー番組の流れが、クイズ番組のひとつのメインストリームを形作ったことは、その後のクイズ番組史が雄弁に物語っています(この点は後述します)。
変化@−4 「解答を選ぶ」形式の導入により、クイズに「意外性」を含めやすくなった。
さて、先の問題にあった「日本に最初に輸入された自動車が電気自動車であった」というネタは、なかなか意外性があるのではないかと思います。まだ雑学本などが一般的ではない時代、こういう「面白いけれど世間で知られていないネタ」は、探せばいくらでも見つかったはずです。このような知識をクイズにするのに、三択クイズは非常に都合がよいのです。ただ、このネタは一問一答形式のクイズ問題に仕上げることも可能です(実際に作るかどうかは微妙ですが)。では、次の問題で問われているような知識はどうでしょう。
問題429 クリには、種があるのでしょうか。無いのでしょうか。
イ 無い ロ 食べるところ全部が種 ハ 食べるところの中にある小さい粒が種
リンゴやスイカ、メロンなどの種子を連想すれば「ハ」を選択するのが一般的ではないかと思いますが、正解はロです(クリは鬼皮の部分が果実で、姫皮より内部がすべて種子)。「クリは、食べるところ全部が種である」というのは、普段我々が「種」というものに対して持っているイメージからは想像しにくい、意外性を持った面白い知識であると言えます。面白い知識をクイズとして出題したいと考えるのは自然なことですが、実際に出題しようとすると、例えば一問一答形式では非常に問いづらい。しかし、「解答を選ぶ」形式であれば出題しやすくなります。
このように、単純に知識を問う一問一答形式のクイズ問題では出題しにくいタイプの「意外な事実」を出題しやすくなったということは、結果としてクイズ問題のネタの裾野を、相当広げたと考えられます。
変化@−5 問題・正解に関する解説を聞くことによる楽しみが、クイズに付加された。
「ぴよぴよ大学」では、解答が発表されたあとに「解説」によるフォローが行われました。当然そこでは正解の根拠に関わる説明を解説している場合が多いわけですが、そこから派生した関連知識にまで話が広がることも多かったようです。例えば、次のような問題。
問題13 金・銀・銅の中でどれが一番電気を伝えやすいでしょう。
イ 金 ロ 銀 ハ 銅
解答 ロが正解
電気のつたえ易さを比べるには、同じ太さの線を同じ長さだけ切りとって、それの抵抗を測り、抵抗の一番少いものが一番電気を伝え易いということになる。こうして比べると銀がもっとも伝え易く、銅はそれより一割弱電気抵抗がふえ、金は銀より五割程度抵抗が大きくなる。このように銀が電気をつたえる材料としては最もよいわけであるが値段の関係で銅が最も普通に使われている。
高校の化学の教科書に必ず書いているような、その分野では常識的な知識であり、今のクイズの手練れにとっても馴染みの深い知識ですが、この問題が出題された昭和27年当時、「銀」という正答は結構意外に感じられたのではないでしょうか。一般に電線は銅線ですから、ハと答える人が多いと思われます。少しひねって考えた人は、「銅だとクイズとして当たり前すぎる」として、値段の高そうな(=抵抗が小さそうな?)金を選んだかもしれません。意外性という点では、出題するのに申し分のない知識と言えます。
さて、この問題の解説をよく読むと、実は「銀が一番電気を伝え易い理由」は述べられていないことに気づきます(そもそもこの理由を説明するには、ある程度の化学的な予備知識が必要です)。代わりに「銀が一番電気を伝え易いにもかかわらず、なぜ電線に使われないのか」が述べられています。こういう付加的な知識を解説で補うことで、知的好奇心がさらに満たされていくような問題も、三択クイズの場合は作りやすいと言えます。
正解発表後の解説まで含めて面白いクイズ問題こそが、この番組における「良問」と言えるのです。特に、「意外性」を含むクイズ問題であれば、「我々の常識的な理解をひっくり返す、面白い解説」がなされる可能性が高い。また、三択クイズにおいて聴取者は「解答を選ぶ根拠」を考えているわけですから、「解説」と自ら考えた「根拠」とを比較する楽しみもある。そもそもそれ以前に、番組の出演者が提示した「自分が解答を選んだ根拠」と「解説」とが、番組内で比較されてトークのネタになっていく。こうして、正解に関する「解説」は、様々な観点からクイズに面白さを付加する重要なアイテムとなっていったのです。
なお、ここで例として挙げた解説は書籍に収録されているものであって、実際に番組の中でどういう解説が行われていたか、詳細は不明です。書籍にある解説とそう大きく違わなかったのではないか、と私は想像しています。
【問題作成側から見た変化】
ここまで、解答者側から見た「三択クイズ導入によるクイズの変化」を分析しました。一方で、問題を作成する側から見た「変化」も存在していました。それは「変化A 問題を作成する側の、「より面白いクイズ問題」を作ろうとする意識を高めた。」ということです。「ぴよぴよ大学」に限らず、この時代のクイズ番組は聴取者からクイズ問題を募集していたわけですから、この変化は問題を投稿しようとしていた一般聴取者に大きい影響を与えたはずです。以下、この点について、分析してみましょう。
変化A−1 「あまり知られていないが、面白い知識」を出題することができるようになった。
→ クイズに出題することができる事柄が増えた。
ここまでで既に述べたとおり、単純に知識を問う問題であれば、解答者が全く知り得ないような知識について出題することは困難です。例えば、「雑学的な知識」を出題するのはなかなか難しい。しかし、三択クイズであれば問うことができます。三択クイズでは、「出題しようとしている知識について、どのくらいの人が正確に知っているのか」ということを、出題に当たってそれほど気にする必要がないのです。逆に、面白い問題に仕上がりさえすれば、むしろ誰も知り得ないような知名度の低いの方が出題しやすいと言うことさえできます。要は、「あまり知られていないが、面白い知識」を出題することができるようになったため、クイズに出題できる知識の総量が爆発的に増えたわけです。
変化A−2 誤答選択肢の工夫によって問題を面白くすることができるようになった。
まず、実例を挙げてみます。
問題369 新しい風ろに入ったとき、なぜ毛にあわがつくのでしょう。
イ お湯の中の空気が多すぎるため
ロ 毛穴が一度に開いて、そこから空気が汗と一緒に出るから
ハ 皮膚の表面のよごれや、死んだ細胞内の炭酸ガスが出るから
正解はイです。「お湯の中の空気が多すぎるため」という正解はなかなか意外性があって面白いと思います。しかし、ロもハも、負けないくらい面白い選択肢(誤答ですが)と言えないでしょうか。いかにも「正解っぽい」ため、解答を選ぶ際にいろいろなことを解答者に考えさせてくれます。こういう問題の場合、解答を選ぶ根拠が人によって違ってくるでしょうから、根拠を披瀝する際に場が相当盛り上がることが期待できます。事実に基づいて作る正解選択肢と比べ、誤答選択肢は問題作成者が考えるわけですから、そこに問題作成上「面白くする工夫の余地」が大きく生まれます。問題369の場合は「正解っぽい誤答選択肢」でしたが、次の問題はどうでしょうか。
問題292 ハトの親達が、生まれたての小バトにどうして食物を与えて成長させますか。
イ 軟らかい草や木の実を与える
ロ 人間の乳に似たものを口うつしで与える
ハ 親鳩は小バトのめんどうを見ない。小バトは独立自尊の精神で独立で育つ
「どうやって食物を与えるか」という問題ですから、普通はイ・ロに加えて、もうひとつ「架空の食物の与え方」を考えて誤答選択肢を作りそうなものですが、そうしていません。放送でこの選択肢が読まれた際には、おそらく聴取者の笑いを誘ったであろうことが想像されます。いくらなんでも正解になり得ないのが見え見えなのですが、こういう「変な選択肢」が入ることで、クイズとしての面白みが高まっているわけです。それにしても明らかに間違いである選択肢を入れるのは、「正解を分かりにくくする」という誤答選択肢の役割にそぐわないようにも思えます。しかし、決してその役割だけが誤答選択肢の存在意義ではないということを、ここで強調しておきたいと思います。
以上の観点を改めて挙げておきます。
【聴取者側にとっての変化】
変化@ 聴取者が、クイズ問題そのものを、より楽しむことができるようになった。
@−1 「解答を選ぶ」形式の導入により、「クイズ問題の正解を考える」行為を聴取者が気軽に楽しめるようになった。
@−2 「解答を選ぶ」形式の導入により、クイズで行われることが「正解が何かを考える」から「解答を選ぶ根拠を考える」へと変化した。
@−3 「解答を選ぶ根拠」を考えるようになることで、クイズに関わる人同士の会話がより促進されるようになった。
@−4 「解答を選ぶ」形式の導入により、クイズに「意外性」を含めやすくなった。
@−5 問題・正解に関する解説を聞くことによる楽しみが、クイズに付加された。
【作題者側にとっての変化】
変化A 問題を作成する側の、「より面白いクイズ問題」を作ろうとする意識を高めた。
A−1 「あまり知られていないが、面白い知識」を出題することができるようになった。
→ クイズに出題することができる事柄が増えた。
A−2 誤答選択肢の工夫によって問題を面白くすることができるようになった。
このように、クイズ問題に大きな変化が起きていたことを示す「ぴよぴよ大学」ですが、さらにこの番組にはクイズ問題を生かすための工夫がありました。それは、「キャラ付けされている3人の博士に、根拠を付した上で選択肢を一つずつ提示させる」という設定です。自分が発表する選択肢と、それが正解であると主張する根拠を提示するこの形は、前章で確認したとおり「話の泉」の解答者がしていることと同じです。すなわち、「話の泉」に始まる「クイズを材料にしたトークショー」という、クイズ番組にとって「王道」といえる形式を、本番組が発展させて次代に継承していることも指摘しておきます。
【後代のクイズ番組への影響】
さて、「ぴよぴよ大学」でも、「話の泉」等と同様、クイズ問題を聴取者から募集していました。番組で問題が採用されたら賞金が出たという事情も手伝って、おびただしい量の問題が送られてきたそうです。そして放送された問題は、解説を付した形で問題集としてまとめられ、出版されました。私はこのことも、クイズ問題作題の歴史に影響を与える大きな出来事であったと考えています。ここではその影響について、2つ指摘しておきます。なお、この後述べる内容も、ひとつ「ぴよぴよ大学」にのみ見られる特徴ではなく、この時代のクイズ番組全体を取り巻く大きな特徴であることを付記しておきます。
影響@ 「出題されそうな新作問題を作る」という伝統の始まり。
当然のことながら、聴取者は投稿するクイズ問題を作る際、「番組で採用されそうな問題であるかどうか」に気を配ると考えられます。聴取者によるクイズ問題の投稿は、初のクイズ番組「話の泉」の時点ですでに始まっており、「どういう問題を投稿すれば番組で採用されやすいか」というノウハウを紹介するような書籍もまた、早い段階から存在していました。
『クイズ文化の社会学』(石田佐恵子・小川博司編2003)所収の論文「第3章 クイズ番組の誕生」(丹羽美之)によると、「ぴよぴよ大学」放送開始から約1年後の1953(昭和28)年春に、全国のクイズ出題愛好家が参加する日本初のクイズ団体「日本クイズクラブ」が結成されました。日本クイズクラブは翌1954(昭和29)年に『クイズ年鑑:問題と解答集 一九五五年(前期)』(日本クイズクラブ同人1954、以下『クイズ年鑑』)を編集し、1954年上半期に放送された模範的なクイズと作成技術を解説したとあります。
そこでは、出題者であるクイズ・ファンたちが「クイズの研究」「クイズ出題のコツ」「出題のメモ」などを詳細に論じている。模範的なクイズを掲載し、その作成技術を解説しようとしたこの著作は、まさにクイズの規範を聴取者自らが示した「正典」と位置づけることができる。
(『クイズ文化の社会学』より)
このうち、「出題のメモ」は、「食い合わせ」「日本の湖沼ベストテン」など、出題の助けになるネタの紹介です(ですから、「詳細に論じている」というのは当たっていません)。一方、「クイズの研究」「クイズ出題のコツ」は、問題を投稿するに当たり、採用されやすい問題を作成するために必要な知識やノウハウを論じています。その中の「話の泉(出題のコツT)」に、次のような記述があります。
――よく放送を聴くこと――
である。放送される番組はどの番組でも担当者全員が全力を尽しての成果である。担当者のすべてであり、エッセンスである。これを充分鑑賞し、吟味し、解読すれば、出題者は担当者が求めているものは何であるかを感じ取れる。その時、明日の出題に就いて必ずや一つの方針が生れてくる筈である。
――よく放送をきくこと――
これが今迄も、現在でも、又将来でも通用する「話の泉」出題の唯一のコツである、と私は信じている。
(『クイズ年鑑:問題と解答集 一九五五年(前期)』より)
もうひとつ、「バイバイゲーム」という番組の「出題のコツ」について、少し長くなりますが引用してみます。
この番組の始まった頃と今とでは、いく分その出題傾向が異っていることは、この番組をよく注意してきいている人は気付いていることでしょう。ただ単に百科辞典の中から、引っこぬいて来たような、ものシリ専門の問題は、今では余り歓迎されておりません。それではどういう傾向のものが待たれているかというと、スポンサーはこういう出題希望を述べております。
「ユーモアのあるもの、日常生活の中で我々が、フト忘れているような問題」
漠としていますが、出題者としてではなく一般聴取者の立場から、これを考えてみれば良くわかることで、寛いだ気持で耳をかたむけている一般聴取者がやたらに学問的な問題に興がるわけもないし、また特殊な社会の事柄に特に関心を持っていることもないでしょう。誰でもが聴いて共に考えることが出来或いは啓発されたと喜び、或いは出題の面白さを笑い、明るい気持でこのクイズを聞ける、そうしたものをと、スポンサーが意図するのは当然のことです。
(同書より)
「バイバイゲーム」はどちらかというと知識をストレートに問う番組なのですが、ここで述べられた出題傾向は「ぴよぴよ大学」について論じてきたものと重なっています(なお『クイズ年鑑』には、「ぴよぴよ大学」について個別の「出題のコツ」は論じられていません)。それはともかく、ここに引用した2つの文章から、問題を採用してもらうためには、番組をよく聞くことで傾向をつかむことが何よりも重要であるという考え方が見て取れます。
そこにあるのは、例えば「よりオリジナルな発想の問題」を作ろうなどという思想ではなく、あくまでも「番組で出題されそうな問題を作る」という精神です。ただただおもしろい問題を作れば採用される、と考えるのではなく、対象となる番組で出題されやすい傾向を分析し、それに合う問題を作ることを最優先するべきだ、というわけです。もちろん、「番組で出題されそうな問題」を作ることと、「おもしろい問題」「オリジナルな発想の問題」を作ることとは、決して矛盾しません。矛盾しないどころか、採用されるためには後者の要素を満たすことも重要となってきます。
オリジナルな発想の問題や、おもしろい問題を作ろうとする力が働かなかったわけではないのです。むしろそういう力も働いたはずです。ただ、ここで私が強調しておきたいのは、問題作成に当たって最優先されたのは「番組の出題傾向に合っているかどうか」であり、クイズとしてどれだけおもしろい問題であっても、番組の出題傾向に合っていない問題は良しとされなかった、ということです。
問題作成の際にどのような要素が最優先されるか、という観点は、クイズを分析する上で非常に重要なことです。このようにクイズ番組の草創期において、既に「出題されそうな新作問題を作る」という問題作成の心得が存在したことを、ここで記憶しておいてください。そしてその心得が、後代のクイズシーンにおいても強い影響を与えることについて、本稿では後ほど再び取り上げることになります。
さて、「番組の出題傾向に合っているかどうか」を考える上で、最もわかりやすい観点は「出題されやすいジャンル」でしょう。「ぴよぴよ大学」の場合、聴取者の生活や知的活動の枠、興味の範囲などを踏まえ、出題できるジャンルを狭めに設定していたようです。先述した「ぴよぴよ大学」単行本にはジャンル別の索引がついていますが、その分類は「動物」「植物」「物理化学」「生活」「社会」「自然」の6つとなっています(各ジャンルの問題が6分の1の割合で出題されたわけではありません)。
このジャンル分けからもうかがい知れることですが、実際に問題群を見てもやはり、「生活にむすびついた科学的な問題」が多い印象を受けます。科学的な内容が多かったのは、問題のネタを見つけやすかったこともあるでしょうが、戦後間もないこの時期は、科学に対する社会的な関心が高かったことも影響していると思われます(一般的に言ってクイズ番組では、その時代に社会的な興味・関心の高いジャンルの出題が選好される傾向があります)。
聴取者が投稿するクイズ問題も、当然そうしたジャンルのものが多くなる傾向にあったはずです。そうすれば、よく出題されるジャンルの問題が再生産されていく、というスパイラルが起りやすくなる。出題されにくいジャンルは、いつまで経っても出題されにくい。ジャンルを変えて作題する方が、未出題のおもしろいネタが見つかりやすいはずなのですが、実際はその逆が起こるというわけです。
この「出題されやすいジャンルの問題が再生産されやすい」という性質も、後代のクイズを分析する際に再び取り上げることになりますので、記憶しておいていただきたいと思います。
影響A 出版された問題の影響を強く受けた問題が再生産されるようになった。
放送された問題が剽窃されることは放送初期からあったようで、『クイズ年鑑』にも「最近盗作、焼き直しが激増している」(p.533)という記述があります。番組の問題が書籍化され、形に残るようになれば、それだけ剽窃の可能性は上がります。「ぴよぴよ大学」などはおもしろいい問題群ですから、後のクイズ番組の問題作成にも多大な影響を与えた。身もふたもない言い方をすれば、ネタがパクられたのです。
パクったという直接的な証拠を揃えるのは難しいので、ここでは「影響を強く受けた」という表現を使いますが、「ぴよぴよ大学」の問題群に影響を強く受けたと思われる出題がなされたテレビ番組の例の一つ紹介します。
なお、先に述べておきますが、これからの内容はクイズ番組におけるネタのパクリを糾弾するために述べるのではありません。あくまでも、クイズ史を概観するという広い視点に立って、既出問題に影響を受けて作問・出題が行われるという歴史的な構造を分析する一助とすることが目的です。
紹介するのは「第4回史上最大!アメリカ横断ウルトラクイズ」(NTV1980)です。後楽園球場で行われた国内第一次予選で出題された○×クイズのうち、複数の問題が「ぴよぴよ大学」の問題集に掲載されている問題と重なっているのです。具体的に列挙してみます。ここまでは『ぴよぴよ大学 第1集』から問題を紹介してきましたが、ここでは『ぴよぴよ大学 =問題と解答=』(旭化成弘報課編1957)を出典とします。これは『ぴよぴよ大学 第1集』〜『ぴよぴよ大学 第3集』の内容を抄録し、それ以降に放送された内容を加えて総集編とした書籍です。また、ウルトラクイズの問題は、放送されなかった問題を含めて、収録時の実際の出題順に紹介している『クイズは創造力〈問題集編〉』(長戸勇人1990)に依ります。そのため、『アメリカ横断ウルトラクイズC』(日本テレビ1981)に掲載されていない問題についても紹介します。
実際に重なっているのは次の4問です。
《ウルトラ第3問》
バナナには種がない。 (正解:○)
《『ぴよぴよ大学 =問題と解答=』P.67》
バナナには種ができるでしょうか。
イ 種はない。 ロ バナナ一本一本が種である。
ハ 若いうちに採るから種が見えない。 (正解:イ)
→ この問題は『ウルトラクイズC』に収録されていない。放送では2問目。
《ウルトラ第5問》
象の鼻には骨がある。(正解:×)
《『ぴよぴよ大学 =問題と解答=』P.2》
ゾウの鼻には骨がありますか。
イ 短い骨が、つなぎ合わさっている。 ロ ない。
ハ 鼻の先まで、長い一本の骨がある。 (正解:ロ)
→ この問題は『ウルトラクイズC』に収録されていない。また、放送もされていない。
《ウルトラ第6問》
ウィスキー一リットルと水一リットルを混ぜると、二リットルの水割りになる。(正解:×)
《『ぴよぴよ大学 =問題と解答=』P.78》
水一リットルの中にアルコール一リットルを入れてかきまぜると、どうなるでしょうか。
イ よくまじるが二リットルより多くなる。
ロ よくまじるが二リットルよりも少なくなる。
ハ 比重がちがうからまじらないが、水が下、アルコールが上に分離するから量はちょうど二リットルになる。 (正解:ロ)
→ この問題は『ウルトラクイズC』では4問目、放送では5問目。
《ウルトラ第10問》
コップに水を入れたとき、水の多い方が高い音が出る。 (正解:×)
《『ぴよぴよ大学 =問題と解答=』p.107》
ここに三つのコップがありますが、左のうちどれが一番高い音が出るでしょうか。
イ コップに水がいっぱいのとき。
ロ コップに水が半分のとき。
ハ コップに水を入れないとき。 (正解:ハ)
→ この問題については、『ぴよぴよ大学』の解説に「コップに水を多く入れるほど(中略)低い音を出します。」とあります。『ウルトラクイズC』に収録がない。放送もされていない。
一つの問題集から、同じような問題が四問出題されているのは、偶然というにはできすぎていると思います。もちろん、この一事をもって「剽窃した」と言えるわけではありません。ただ、直接的であれ間接的であれ、何らかの形で『ぴよぴよ大学』の強い影響を受けていることは、断言してよいのではないかと考えます。
さて、ご存じの方が多いかもしれませんが、このうち第3問と第5問は「曰く付き」の問題なのです。簡単に説明します。
まず、第3問。「バナナには種がない。正解:○」というのは、正確な情報を踏まえた出題と言うことができません。まず、我々が普段食べているバナナは、突然変異でできた種のない品種(3倍体)ですが、世界には種のあるバナナはいくらでもありますし、そのうち食用となるものも存在します。ですから、正確には「我々が普段食べているバナナには、種がない(ことが多い)」と言うべきところです。現在、バナナと種の関係を述べた文章では、ほとんどがそのような説明となっているはずです。実は、先ほど紹介した問題は、『ぴよぴよ大学 =問題と正解=』が初出ではなく、『ぴよぴよ大学 第2集』(1955・朝日新聞社)が初出でした。そこでの問題文は「私たちが普通食べているバナナには種ができるでしょうか。」(傍線は佐々木による)となっています。『ぴよぴよ大学 =問題と正解=』に掲載する際に変更が加えられたようです。そのことで、問題が不正確な形に改悪されてしまい、後代に誤解を広めるきっかけとなってしまった可能性があります。
もっと問題なのが第5問です。これについては、テレビで放送されず、問題集にも収録されなかったにも関わらず、複数の資料が「曰く付き」であったことを証言しています。
「ゾウの鼻に骨はない」これは○か×か。
実際に使われた『ウルトラクイズ』の問題で、大勢の参加者が○と×に走りまわった。答えは○だった。
ところが、答えがまちがっていると抗議し、告訴するといってスタッフともめた人がいた。動物について研究していて、こういうことに詳しい人であった。あの長い鼻の部分に骨はないが、つけ根のところには、小さい骨のような骨でもないような、そんなものがあるのだそうな。したがって正解は×で、×で落とされたのは承服できぬ、というのである。このときはかなりもめた。クイズ番組の泣きどころで、クイズ番組を作るときにいちばん神経をつかうのが、こういう問題の考証なのである。
『テレビは“裏”から見る方が面白い』(飾り職人グループ1983)
この件については、ウルトラクイズを担当した制作会社・テレビマンユニオンの重延浩氏によるインタビューも残っている。
重延 (中略)象の鼻には骨がない、○か×か。ところが医者で専門家がいたんですよ。付け根のところに何とかという骨があると。それをあると書いたのを落とすのは許せない。
――落とした人はどうしたんですか?
重延 申し訳ないから、グアムまでの旅行には別途お招きしますからという処理をしたんです。
『モーレツ!アナーキーテレビ伝説』(洋泉社MOOK2014)
「グアム旅行をさせてあげるから許して」という対応は、当時のテレビ業界の雰囲気を知ることができて非常に興味深いものですが、それにしても「いや、複数の専門家に確認し、『骨がない』ということで問題がないというお墨付きを得ています」として突っぱねることがなぜできなかったのでしょうか。現に「象の鼻には骨がない」という知識は今なお雑学的には「正しい知識」とされ、それについて専門家による「正しい」説明も、様々な媒体で簡単に目にすることができます。それなのに反論できなかった理由があるとすれば、事前の問題チェックが甘かった、ということではないかと想像しますが、もちろん真相は分かりません。
もし仮にこれらの問題を『ぴよぴよ大学』の問題を元にして作ったとすれば、もともと三択クイズであったものを、しかもかなり過去に出題されたものを、そのまま○×クイズに改題して出題することに伴うリスクに、もう少し慎重であるべきだったろうと思います。いずれにせよ、このように「そのまま流用して出題するには不適切な問題」なのにそのまま出題されているように見える状況から、「出版された問題の影響を強く受けた問題が再生産されている状況」を見て取ることはできると思います。
以上をまとめておきます。
【後代のクイズ番組への影響】
影響@ 「出題されそうな新作問題を作る」という伝統の始まり。
影響A 出版された問題の影響を強く受けた問題が再生産されるようになった。
【第二章のまとめ】
以上、『ぴよぴよ大学』を軸として、クイズ史を分析する上で重要となる観点を提示してきました。やや雑多な内容の羅列となってしまった観がありますが、それだけ「ぴよぴよ大学」が魅力的かつ膨大なクイズ問題を世に残し、後世のクイズシーンに多角的な影響を与え続けたということでしょう。
「ぴよぴよ大学」は後にテレビ番組としても放送されますが、テレビのクイズ番組の方向付けをするには至りませんでした。それはラジオとテレビのクイズ番組では、求められるものが大きく違っていたからです。次章以降は、いよいよテレビのクイズ番組の分析に移ります。