クイズ史の独自研究

0 はじめに

 

 日本のクイズの歴史を紐解く試みが、このところ散見されるようになってきました。

 

 古くは『クイズ文化の社会学』(石田佐恵子・小川博士編2003)という先行研究があります。最近の例ですと、「ユリイカ」(20-07)でクイズを特集した際に、クイズ番組文化に端を発する現代のクイズ文化の分析が鼎談として掲載されました。不定期ムック「QUIZ JAPAN」でもクイズ史に関する連載が行われています。最新のものでは『クイズ思考の解体』(伊沢拓司2021)が読者を獲得しています。これら試みは、クイズ史に関する一定の知見を我々に提示しています。

 

 さて私は、四半世紀以上クイズに関わってきた中で、クイズのあり方、特に「クイズの世界で常識とされていること」について数多くの疑問を感じてきました。そうした疑問に関する考察を細々と続け、HPやブログで発表したのですが、それらは断片的な記述に終始し、クイズ史の論理をつなぐ因果の糸になっていなかったという反省があります。そこで、ここ数年、クイズの歴史を私なりに分析し、「自分なりのクイズ基礎論」を構築できないものかと考えてきました。本格的に分析を始めてみると、考慮しなければならないトピックが次から次へと出てくる。調べなければならないこともどんどん増えていく。それでも、これまで世に行われた「クイズの歴史を紐解く試み」とは違う観点を取り入れながら、自分なりにクイズ史に関する一定の知見ができてきました。

 

 もちろんこうした試みから得られる知見は、私の持っているクイズ的なバイアスを反映したものにすぎません。史料批判が不十分なまま論を構成したところも多い。そもそも史料が手に入りにくい秋田の地で、職業を持ちながら考察する内容には、学問的な意味における「正確さ」は欠けている。誰かに事前にファクトチェックをしてもらったわけでもない。ですから、この文章はあくまでも「独自研究 (original research) 」という位置づけで発表するしかないと考えています。

 

 それでもこういった論考のようなものを、誰でも見られる場所に置いて供覧に付すことが、将来においてクイズに関する考察を深めようとする方々に対して、有益に働くのではないかと考えています。

 

 世にクイズ史の選考研究が存在している中、何故に別途クイズ史を考察しなければならないのか、と思われるかもしれません。まして有名プレーヤーの言うことの方が説得力を持ちやすいクイズ界にあって、私のような無名クイズ者が述べることなど相手にされないことも想定済みです。しかし、「クイズ史はどう読み解くことができるのか」について、様々な人が自分なりに語ることには意味があることだと思います。本稿で提示しようとしているのは、私なりに「クイズ史」を分析し、そこからどういう因果の糸が見えてくるか、クイズに関するどんな疑問に答えることができるか、ということです。

 

 およそ歴史を紐解くことは、無批判に受け入れられることが多い堅牢な「常識」のルーツにまで遡り、それを疑う営みに繋がってこそ価値を持つと思います。クイズに勝つために「常識」を深く知り、「常識」に合わせた営みに特化して努力することも、その人にとっては価値のあることでしょう。ですが、「常識」を疑い、あり得たかもしれない「アナザークイズ界」にまで思いを至らせることで、新たなクイズの地平を広げようとする営みもまた、必要なことなのです。本稿が、クイズ者の方々の批判的精神を刺激し、クイズ的な常識が少しでも見直されるきっかけとなれば、これに勝る幸いはありません。

 

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