「もっとミュージカル」 作 佐々木繁樹          キャスト ウチダ(仕入部長)  …… 極めて真面目で普通の社員。仕入部長を嫌う。 エモト(営業部長)  …… 基本的に社長の言いなり。仕入部長と同期。 オオタカ(派遣社員) …… 真面目で一直線。正社員目指してとにかくがんばる。 イリエ(清掃員)   …… だれであっても同じように接する。 社 長        …… 社員にはとにかく厳しい。ワンマン。介護用品会社経営。 広報担当       …… 社内報を作りに来る。 カメラマン      …… 同上。 社長秘書(オザワ)  …… 秘書の鏡。  開幕  やや広い会議室(下手が入り口)。エモトが下手側、ウチダが上手側にいる。エモトは普通だが、ウチダはエモトがいることにいらついている。その微妙な雰囲気をしばらく見せたあと、 ウチダ「あのさあ」 エモト「・・・」 ウチダ「あのさあ、何かしゃべったらどうなの?」 エモト「何が?」 ウチダ「さっきからずっと黙ってるけど」 エモト「別に、話すことないから」 ウチダ「何でここにいるのよ」 エモト「それはこっちが聞きたいですね」 ウチダ「あなたから言いなさいよ」 エモト「何が」 ウチダ「何が、って、あたしとしゃべるのめんどくさい?」 エモト「やっぱ伝わっちゃう?」 ウチダ「・・・別に良いけど」 エモト「あなただって何もしゃべんないじゃない」 ウチダ「『あのさあ』って言ったの聞こえなかったの」 エモト「ごめんなさい、聞こえませんでしたー」 ウチダ「エモト!」 エモト「ふふふ、やっぱりムキになるのね」 ウチダ「ムキになんかなっていません!」 エモト「ほんとうだ。全然ムキになっていないもんね」 ウチダ「・・・ああ!」  間。 エモト「ほんっと、相変わらずね」 ウチダ「それはあなたです」 エモト「そう、私は相変わらずエレガントなビジネスパーソンとして活躍中で・・・」 ウチダ「(傍線を言っている最中に)どこが!」 エモト「見てください、あなたよりはエレガントじゃございませんこと」 ウチダ「はいはい、そうでしょうともそうでしょうとも。ちょっと雑誌でちやほやされて、調子乗ってるでしょ」 エモト「やっぱり伝わっちゃう?」 ウチダ「その口癖腹立つ」 エモト「ま、何とでも言ってください、仕入部長のウチダさん(「仕入」に力を込めて)」 ウチダ「・・・営業部長がそんなに偉いですかね、エモトさん(「営業」に力を込めて)」 エモト「(うれしそうに)周りからの評価ですからねえ、困ったもんです」 ウチダ「営業がエリートっていう時代は終わったのよ」 エモト「だといいですねー」 ウチダ「・・・いちいち腹立つ」 エモト「ま、同じ部長同士、仲良くやりましょう」 ウチダ「心にも無いことを」 エモト「やっぱり伝わっちゃう?」 ウチダ「知りません! ああ!」  また、黙り込む。しばらくあって、オオタカが急いで駆け込んでくる。 オオタカ「あ、え、あ、お、おはようございます!」 ウチダ「何、いきなり」 オオタカ「社長、まだ、いらして、ない、です、ね、あ、よかった、はあ、はあ(息を切らす)」 エモト「あなたも、社長に呼ばれたの?」 オオタカ「はい! 社長に呼ばれました。よ、よろしくお願いします!」 エモト「あなた、もしかして総務部の?」 オオタカ「はい! 総務部のオオタカです!」 エモト「派遣じゃなかったっけ?」 オオタカ「はい」 エモト「派遣の人が、社長に呼ばれたの」 オオタカ「はい」 エモト「直接?」 オオタカ「はい」 エモト「派遣なのに?」 ウチダ「別にいいじゃない」 オオタカ「さっき、エレベーターで社長と偶然ご一緒して、声を掛けていただきました」 エモト「さっき?」 オオタカ「ついさっきです」 エモト「社長、なんて言ってた?」 オオタカ「『あなた、今会議室まで来れる?』って」 エモト「それ、いつごろの話?」 オオタカ「だいたい、5分前くらいです」 ウチダ「他に社長、何か言ってた?」 オオタカ「『重要なことなので、必ず来るように』」 エモト「重要な」 ウチダ「・・・あなたも社長に呼ばれたの?」 エモト「そうよ」 ウチダ「なんて言われたのよ」 エモト「私も『重要な』」 ウチダ「・・・私と同じだ」 エモト「部長ふたりと派遣社員に重要な話・・・」 オオタカ「(ウチダに向かって)これって、正社員にしてくれる、ってことですよね!」 ウチダ「何よ急に」 オオタカ「私の派遣社員としての努力が認められたってことですよね!」 ウチダ「あ、あの」 オオタカ「社長じきじきに呼び出してもらうなんて、絶対そうに決まってますよね!」 ウチダ「ちょ、ちょっと落ち着いて、ね」 オオタカ「ホントのこと言うと、この会社、初めて自分に合ってる、って思ったんですよ」 ウチダ「・・・そ、そう?」 オオタカ「がんばったらそれだけ報われる、ってことですよね。よかったー!!!」 ウチダ「・・・よ、よかったわね」 オオタカ「はい! ありがとうございます!」 エモト「・・・もしかして、この人の面接、私たちがするとか」 ウチダ「だったら別々に集めるでしょ」 エモト「まあ、こんな時期に入社試験なんかしないか」 オオタカ「え」 エモト「しかも、たまたまエレベーターで会ったんでしょ。偶然偶然」 オオタカ「そう、でしょうか」 エモト「だって、おかしーでしょ。正社員にするなんて、エレベーターで言うこと?」 オオタカ「・・・はい」 エモト「あまりはしゃがない方がいいわよ」 オオタカ「そう、ですよね。私なんかが、正社員に、なれるわけないんですもんね」 エモト「まあねえ」 オオタカ「いっつもそうなんです。精一杯がんばってるつもりなんですけど」 エモト「つもりだから駄目なんじゃない」 ウチダ「エモト!」 エモト「冗談冗談」 ウチダ「ほんと性格悪い。あなたも気を落とさないで、ちょっと座って落ち着いて」 オオタカ「はい。すいません」 エモト「それにしても、社長、今度は何を思いついたんでしょうねえ」 ウチダ「予想つかない」 エモト「社長の思いつきに付き合うのも、いい加減疲れてきたわね」 ウチダ「・・・そんなこと社長の前では絶対言わないくせに」 エモト「何が」 ウチダ「『社長、それはたいへん良いアイデアだと思います!』って、絶対言うでしょ」 エモト「(開き直って)絶対言うわよ」 ウチダ「開き直るその態度が気に入らないのよ」 エモト「あなたもやってみたら」 ウチダ「無理です!」 エモト「もっと出世できるかもよ」 ウチダ「あなたと同じ部長です! エモト「だいたい社長の言うことは、すべて思いつき! 新商品の開発も、仕入部長の人選も(ウチダをじっと見る)」 ウチダ「・・・私が部長になったのも思いつきだと?」 エモト「そこまで言ってないでしょ・・・思ってるだけで」 ウチダ「ケンカうってるでしょ」 エモト「まあまあ、怒るとそのきれいな顔が台無しよ」 ウチダ「・・・ああ!」  イリエ、清掃員の服装、モップを持って黙って入ってくる。 ウチダ「ちょっと、いきなり入ってきてなんですか」 エモト「いつもここって清掃しましたっけ?」 イリエ「しませんよ」 エモト「そうですよね。じゃあ・・・」 ウチダ「(割ってはいる)あ、えーと、ごめんなさい、全然そう見えないかもしれないけど、今ちょっと取り込み中なので、清掃はあとでお願いします」 イリエ「(傍線を言っている最中に)だから、清掃はしませんよ」 オオタカ「あのう、もしかして、社長に呼ばれたんですか?」 イリエ「そうそう、呼ばれたから来ただけ」 エモト「社長に」 イリエ「そうよ」 エモト「本当に」 イリエ「そうよ」 エモト「清掃の人が」 ウチダ「別にいいじゃない」 エモト「でも、どうして?」 イリエ「重要な」 エモト「はあ」 イリエ「話があるからって」 エモト「この人も」 ウチダ「ちょっと、社長、何を思いついたのよ」 エモト「呼ばれたのは、部長・部長・派遣・清掃員。んー、謎は深まるばかりですねー」 ウチダ「だれも呼ばれた理由、聞いてないし」 オオタカ「私の正社員の話は・・・」 エモト「残念ながら、それでは無さそうね」 オオタカ「はあ(露骨に落ち込む)」 ウチダ「何か共通点があるんじゃないの?」 エモト「共通点ねえ・・・社長が分かるような共通点・・・」 オオタカ「私、社長と接したのは今日が初めてです」 エモト「・・・接したことがない人の情報・・・どうやって知るの?」 ウチダ「そうだ、履歴書。履歴書は?」 エモト「なるほど。あなたにしてはいいアイディアね」 ウチダ「へいへい」 エモト「でも、履歴書に書いたことで共通点?・・・そんな昔書いたことなんか忘れちゃった」 イリエ「私も覚えてない」 ウチダ「この会社、長いんですか」 イリエ「このビルになってから、ずっと私一人で担当してるのよ」 ウチダ「すげ」 オオタカ「あのう・・・私は覚えてます」 エモト「え」 オオタカ「履歴書、よく書く方(ほう)なので」 エモト「履歴書なんか、よく書くの?」 オオタカ「はい」 エモト「あー、そっか、派遣だもんね」 ウチダ「ん、んん、(咳払い)、え、えーと、じゃあ、たとえば、趣味はなんて書いたの」 オオタカ「趣味は・・・一応、ジョギングとウォーキングと書きました」 エモト「一応」 ウチダ「一応、ということは、本当は違うとか」 オオタカ「本当は・・・えー、まあ」 ウチダ「本当は、何なの?」 オオタカ「あの、あの、」 ウチダ「ジョギングもウォーキングもしないとか」 オオタカ「・・・しないわけじゃないです。・・・でも、そんなには・・・」 ウチダ「そんなには」 オオタカ「履歴書書く前に、一回しました」 エモト「ふふふ、一回だけ?」 オオタカ「あ、でも、普段から健康には、かなり気を遣ってます」 ウチダ「はあ」 オオタカ「半身浴は欠かしません」 ウチダ「・・・何て?」 オオタカ「39度のお湯に30分。毎日必ず」 ウチダ「ジョギングもウォーキングも嘘じゃないの!」 エモト「・・・履歴書に半身浴・・・ま、嘘もつくわね」 ウチダ「しないことを書くのはダメでしょう」 オオタカ「す、すいません! 悪気はなかったんです」 ウチダ「悪気がないっていうけどね」 エモト「(傍線を言っている最中に)まあまあ、いいじゃない、ジョギングもウォーキングも半身浴も、私の趣味じゃないし」 ウチダ「あなたはどうせ、韓国ドラマにはまってるんでしょ」 エモト「韓国ドラマ。はい、はまってますよ」 ウチダ「ほんっと好きよね」 エモト「大好きです。趣味です。それがなにか?」 ウチダ「別に」 エモト「でも、そんなこと履歴書に書く人いる?」 ウチダ「あなたの履歴書も、さぞかし嘘ばっかりでしょうねえ」 エモト「どうして分かるの? さっすが〜」 ウチダ「分かるわよ!」 エモト「ところで、おばさんの趣味は?」 イリエ「はい?」 エモト「だから、おばさんの趣味は? イリエ「あのさ、名札見えないの? おばさんじゃなくて、イリエさんって呼んでくれない?」 エモト「あ、おばさん、ってイヤかしら?」 イリエ「イヤってことはないけど、社長がいつもイリエさんって呼んでるのよ。出世したいんだったら、合わせた方がいいんじゃない?」 エモト「おばさん、じゃなくてイリエさん、いつも社長と話してるの?」 イリエ「社長室も清掃するから」 エモト「社長と仲良しとか?」 イリエ「仲良し、ってほどじゃないけど、まあよくしゃべるわね」 エモト「じゃ、何で呼ばれたか分かるんじゃない?」 イリエ「え、あー、んー、それはね、全然聞いてない」 ウチダ「そんなことより、趣味でしょ」 エモト「あ、そ、そう、じゃ、えー、イリエさんは、趣味は何?」 イリエ「趣味? 無いよ」 エモト「でも、履歴書になんか書いたでしょ」 イリエ「履歴書にも、特になし、って書いたと思う」 オオタカ「ほんとですか」 イリエ「ほんとだよ」 オオタカ「採用に不利になるんじゃ」 イリエ「だって、無いものは無いもん。嘘ついたってしょうが無いし」 オオタカ「かっこいい・・・」 イリエ「ははは、ありがとう」 ウチダ「(オオタカに)あなた、オオタカさん、ほかに履歴書で覚えてることってないの?」 オオタカ「あ、そういえば、学生時代のサークルを書きました」 ウチダ「ちなみに」 オオタカ「私は大学時代、オーケストラに所属していた、と書きました」 ウチダ「書きました」 エモト「え、じゃ、パートは」 オオタカ「サックスです」 エモト「あら、じゃ、あたしと同じだわ」 オオタカ「オーケストラにいらしたんですか?」 エモト「吹奏楽。高校の」 オオタカ「き、奇遇ですね」 ウチダ「でもさ、オーケストラにサックスはいないでしょ」 エモト「まあ、使う曲もチラホラあるけどね」 ウチダ「ふつう、サックスのパートはないでしょ」 エモト「普通はね」 ウチダ「ちなみに、アルト? テナー?」 オオタカ「ア、アルトです」 ウチダ「あら、あたしと一緒」 エモト「そうね」 ウチダ「あなたはテナーでしょ」 イリエ「私はね、バスクラだったのよ」 エモト「えー、おばさんもオーケストラ?」 イリエ「(急に激怒して)おばさんじゃないわよ!」 エモト「失礼しました、イリエさん(強めに言う)」 イリエ「よろしい。私もオーケストラじゃなくて、吹奏楽」 エモト「全員が木管。三人が吹奏楽。一人がオーケストラ」 ウチダ「だから、オーケストラにサックスはいません」 エモト「いいじゃないの、本人が言うんだから」 ウチダ「いません」 エモト「どうでもいいじゃない」 ウチダ「よくありません」 エモト「何ムキになってんの」 ウチダ「嘘はいけません!」 エモト「たかが履歴書でしょ」 ウチダ「そういうことでは困ります!」 エモト「だからあんたは出世しないのよ」 ウチダ「あなたと同じ部長です!」 エモト「あ、ごめん、忘れてたわ〜」 ウチダ「エモト!」 オオタカ「あの!・・・すいません! 私も、オーケストラじゃなくて、吹奏楽部です」 エモト「あら、そうなの」 ウチダ「ほらやっぱり」 オオタカ「吹奏楽より、オーケストラの方が、履歴書でかっこいいかな、と思って」 ウチダ「経歴詐称です。大問題です」 エモト「そう?」 ウチダ「当然です」 エモト「面倒くさい人ねー」 イリエ「ま、それだけ就職に必死ってことだね」 オオタカ「・・・はい・・・」 イリエ「でも、嘘つくと、どんどん嘘を重ねていかきゃいけなくなる」 オオタカ「・・・はい」 イリエ「嘘はよくない、なんて説教する気はないけれど、ひとつの嘘が、倍々ゲームでどんどん」 エモト「(傍線を言っている最中に)とにかく、共通点がわかったじゃない」 ウチダ「そうね・・・でも、だから何?」 エモト「だから・・・ん〜〜〜」 ウチダ「楽器をやってたから呼ばれた、と」 エモト「考えにくいわね」 ウチダ「他に共通点ないの?」 エモト「だいたい私とあなたに共通点なんか、ある?」 ウチダ「同期入社でしょう」 エモト「たまたまね」 ウチダ「共通点って、全部たまたまでしょ」 エモト「今は営業部長ですけどね(営業、に当然力をこめる)」 ウチダ「だから何?」 エモト「別に〜〜〜」 ウチダ「あ〜〜もういらいらする!」 イリエ「おふたりさん、仲が良いのね」 エモト「やっぱり伝わっちゃう」 ウチダ「・・・ああ!」 秘書「(舞台下手から聞こえてくるように)失礼します!」  秘書、下手から入ってくる。 秘書「失礼します」 エモト「あら、オザワさん」 秘書「(人数を数えるジェスチャーをして)・・・全員いらっしゃるようですね」 ウチダ「これで全員?」 エモト「社長秘書が言うんだから、そうなんでしょ」 秘書「全員そろったようなので、これから社長を呼んで参ります」 エモト「ねえオザワさん、これってどういう集まりなの?」 オザワ「(傍線を言っている最中に)準備を整えてお待ちください」 エモト「何するか分からないのに、準備って言われてもねえ」 秘書「あと、特にその若い人」 オオタカ「は、はい」 秘書「社長は、今日はそれほど機嫌がよくないようですので、言動には十分注意してください」 オオタカ「は、はい」 秘書「『は、はい』ではなく「はい」と言ってください」 オオタカ「はい」 ウチダ「あまり最初から脅かさなくてもいいんじゃないかな」 秘書「(傍線を言っている最中に)では、失礼します(立ち去る)」 ウチダ「ちょっと、ちょっと〜」 エモト「行っちゃった」 ウチダ「何なのもう〜」 イリエ「秘書って言うのは無愛想なもんだねえ」 エモト「あの人は特別です」 イリエ「そうなの?」 エモト「社長はいつも秘書の鏡、って言ってるけど、ねえ」 ウチダ「ちょっと無愛想、かな」 エモト「ちょっとじゃないわよ、もはや異常」 オオタカ「でも、ちゃんと仕事してる、って感じ出てましたよね」 エモト「私たちには出てないと」 オオタカ「あ、え、出てます。出てます出てます。すいません」 ウチダ「いちいち刺さらなくても」 エモト「だってかわいいんだもーん」 ウチダ「ただのパワハラね」 エモト「かわいがってるだけよ」  社長、秘書がいっしょに来る。 秘書「これで全員お揃いです」 社長「どう、あなたから見て」 秘書「社長の人選の見事さには、いつもながら恐れ入ります」 社長「お世辞は結構です。さっそく始めましょう」 ウチダ「あ・・・のう」 社長「何?ウチダさん」 ウチダ「今日は、どういった集まりなのでしょう」 社長「(傍線を言っている最中に)皆さんに集まってもらったのは、他でもありません。そもそも、我が社は、老人の介護用品を取り扱う会社として、社会的に充分信頼を得ている企業であると自負しています」 エモト「おっしゃるとおりです」 社長「そこで、社会貢献をもう一歩進め、イメージ戦略の意味もこめて、新たな取り組みを行うことにしました」 エモト「はい」 社長「その取り組みとは」 エモト「はい」 社長「何だと思いますか? エモトさん」 エモト「はい。社長がお考えになることですので、相当画期的なことだと思うのですが、私には見当がつきません」 社長「ウチダさんは?(ウチダに)」 ウチダ「えー、イメージ戦略だとすると、・・・新しいCMを作る、というのは」 社長「全然違います。あなたは?(オオタカに)」 オオタカ「は、はい。あ、いや、すいません。はい! え、ゆるキャラを作るというのは、どうでしょうか」 社長「(傍線を言っている間に)全然違います。イリエさんは?」 イリエ「やっぱりゴミ分別体勢の強化だね。社員の人はゴミ分別がいまいち」 社長「(傍線を言っている最中に)全く違います」 イリエ「はあ」 エモト「社長、そろそろ正解の発表を」  間。 社長「ミュージカルです」 ウチダ「ミュージカル?」 社長「老人ホームや介護施設を訪問し、ミュージカルを演じるのです」 ウチダ「誰がですか」 社長「私です」 全員(秘書以外)「はい?」 社長「それと、皆さんが」 全員(秘書以外)「はい?」 社長「今日はそのために集まってもらいました」 エモト「社長! それはたいへん良いアイディアです!」 社長「そうかしら」 ウチダ「ちょ、ちょっと待ってください」 社長「何ですか」 ウチダ「何でミュージカルなんですか」 社長「え?」 ウチダ「で、ですから」 社長「あなた、理解力が無いわね」 ウチダ「い、いや」 社長「はっきりと『社会貢献』『イメージ戦略』って言ったわよね」 ウチダ「いや、それは、分かったんですが」 社長「こんな大事なこと、何度も言わせないでください」 ウチダ「すいません」 エモト「それにしても、部長が二人と、派遣の子と、清掃の人、どういう人選ですか?」 社長「社を挙げての取り組みとなります。それをはっきり示すために、部長二人を選びました」 ウチダ「はあ」 社長「とくに、エモトさんは『日本の働く女性100選』に選ばれて、雑誌の取材も受けています。この知名度は当然利用します」 エモト「がんばります」 オオタカ「あ、あの、わ、わたしは・・・」 社長「若い人がひとりほしかったの」 オオタカ「は、はい!」 社長「見た目もいいしね」 イリエ「じゃ、あたしも見た目ですかね?」 社長「あなたは、いつも清掃中鼻歌を歌ってるでしょ・・・それで、何かピンと来たのよね」 ウチダ「ピンときちゃったと」 イリエ「やっぱり社長さん、見る目あるねえ」 社長「とにかく、皆さんにはミュージカルを演じてもらいます。私はこれを大きなビジネスチャンスだと考えています。もちろん、みなさんにとっても、キャリアアップにつながる、大きなチャンスです」 オオタカ「は、はい! が、がんばります!」 ウチダ「し、しかし、ミュージカルといっても」 社長「何ですか?」 ウチダ「全く経験がないんですが」 社長「ミュージカルの経験がある知り合い、いますか」 ウチダ「いませんけど」 社長「それが普通です」 ウチダ「でも・・・」 社長「最初はだれでも初心者です。今月の社内目標忘れたの?」 エモト「今月の目標は、『思いついたら、やってみよう!』です」 ウチダ「ですが・・・」 社長「いいですよ、ウチダさんはやらなくても」 ウチダ「はい?」 社長「どうしてもやりたくないんでしょ?」 ウチダ「え、あ、いや、そんなこと、言ってません。けど」 社長「けど?」 ウチダ「いや、『けど』じゃなくて、はい、言ってません。言ってません」 社長「じゃあ、やりたい、と」 ウチダ「は、はい・・・」 社長「本当に?」 ウチダ「是非やらせてください!」 社長「エモトさんは?」 エモト「私は、入社以来、ずーっとミュージカルをやりたかったんです」 ウチダ「嘘付け」 エモト「なんでやらないんだろう、って本気で考えてました」 ウチダ「よくもまあ」 社長「そんなにやりたかった?」 エモト「ええ、それはもう」 社長「オオタカさんは」 オオタカ「はい! やります! 絶対やらせてください!」 社長「じゃあ、試しに、今すぐ歌ってみて」 オオタカ「はい?」 社長「あめふりの歌、わかるわね、あめあめふれふれかあさんが」 オオタカ「わ、わかります」 社長「ミュージカルっぽく歌いましょう。じゃ、はい、(いきなり手拍子して)さんはい!」 オオタカ「あ、え、ミュージカルっぽくですか?」 社長「・・・(少し真顔に戻った後、元に戻り、)さんはい!」 オオタカ「あ、え、ミュージカル、みゅーじかる・・・」  社長、機嫌の悪い表情をして、いきなり下手へ下がってしまう。 秘書「(オオタカの目の前へ行き)ちょっと、何してるんですか! まったくもう!」  秘書、社長を追うように下手へ下がる。 エモト「ちょっとあなた、何してんのよ!」 オオタカ「え、だって、え?」 エモト「歌えっていわれたら、すぐ歌うのよ!」 オオタカ「は、はい・・・」 エモト「正社員になりたくないの!」 オオタカ「え、あ、ど、どうしよう・・・」 エモト「もう諦めるしかないわね」 ウチダ「まあでも、社長がキレるのは、しょっちゅうあることだから」 オオタカ「わ、わたし、やっと正社員になれると思ったのに・・・」 エモト「あーあ、やっちゃったわね」 オオタカ「もうこの会社で働けない・・・」 エモト「残念だったわね」 ウチダ「エモト!」 オオタカ「私、今すぐ、社長に謝ってきます!」 ウチダ「ちょっと、落ち着いて」 オオタカ「落ち着いてなんかいられません!」 ウチダ「ちょ、ちょ」 エモト「どうやればあなたの誠意が伝わるかしらね」 ウチダ「あんたもやめなさいよ!」 エモト「若手はこうやって大きくなるのよ」 ウチダ「あんたにそんなこと言われたくないわよ!」 エモト「何よ!」 ウチダ「あんたなんか社長の言いなりじゃないの!」 エモト「そうよ! 何がいけないの!」 ウチダ「少しはこの子のこと考えなさいよ!」 エモト「知らないわよ! 他の部署の人なんか!」 ウチダ「あんたは昔っからそう。自分の得にならないことは眼中にないもの」 エモト「あなたこそ、自分のことばっかりじゃない!」 ウチダ「どこが!」 エモト「よく私のシャーペン盗んで行ったじゃない」 ウチダ「ちょっと借りたの! 返すの忘れただけでしょう!」 オオタカ「もういいです! 私が悪いんです!」 ウチダ「ちょっといいから黙ってて! 私はエモトとしゃべってるの!」 オオタカ「私がいなくなればいいんです。それで丸く収まるんです」 ウチダ「ぎゃーぎゃーうるさい子ね!」 エモト「おばさんは何してんのよ!」  イリエは、ずーっと清掃をしている。 イリエ「いや、稽古するんだから、清掃しといた方が良いでしょ」 秘書「(急いで来る。紙を四枚持っている)失礼します! 社長の機嫌は何とか元に戻りました。まもなくいらっしゃいます」 エモト「はあ、よかった」 秘書「ですから、全員で、社長に謝ってください」 エモト「全員で?」 秘書「全員に少しずつ責任がある、ということになっています」 エモト「私も?」 秘書「はい」 エモト「私絶対悪くないでしょ」 イリエ「機嫌が直れば、それでいいじゃない」 秘書「なにぶん非常事態なので、それでなんとか収めました」 オオタカ「わ、わるいのは私なんです。だから、私が」 秘書「誰が悪いかとか、そういうことは、もうどうでもいいことです」 オオタカ「でも・・・」 秘書「会社で大切なのは、社長の機嫌です」 オオタカ「は・い」 秘書「それがすべてです」 ウチダ「言い切った」 秘書「それが分かったら、もう、機嫌を損ねないようにしてくださいよ」 オオタカ「すいませんでした!」 秘書「一応あめふりの歌詞渡しておきますから、社長が来るまで目を通しておいてください」 ウチダ「来たら、紙は見ない方がいい?」 エモト「当然でしょ」 秘書「絶対見ないでください。今すぐ暗記してください。そうしたら、証拠を隠滅してください」 イリエ「何か、スパイみたいだね」 エモト「ちょ、ちょっと」 秘書「はい?」 エモト「この歌、五番まであるの?」 秘書「知りませんでしたか?」 エモト「知らないわよ」 イリエ「私も一番しか歌ったこと無いわね」 秘書「社長は、この歌が本当にお好きなのです」 エモト「はあ」 秘書「なお、社長は1番と4番が特にお好きですので、それだけは絶対覚えてください」 ウチダ「秘書ってそんなことも知ってるの?」 秘書「秘書ですから」 ウチダ「はあ」 秘書「では、社長をお呼びします」  秘書、去る。 イリエ「(オオタカに)あんたもよかったねえ」 オオタカ「ありがとうございます」 エモト「あんたのせいで、何で私まで謝らなきゃいけないの・・・」 イリエ「ただ頭下げるだけでしょ。どうでもいいことよ」 エモト「どうでもよくないわよ」 ウチダ「何ムキになってるの」 エモト「別に」 ウチダ「ほんとにあんたって、人に頭下げるの嫌いよね」 エモト「別に」 ウチダ「だからツトム君、あなたから離れていったのよ」 エモト「そんな大昔の話どうでもいいでしょう!」 ウチダ「あんたは男運がないんじゃなくて、自分から逃してるだけなの」 イリエ「そんなことより、覚えた方がいいんじゃない」 エモト「そうね。4番ね。かあさんぼくのをかしましょか、こんな曲なの?」 ウチダ「きみきみこのかささしたまえ」 エモト「偉そうな子ね」 ウチダ「子どもが『さしたまえ』なんて言うのかしら」 イリエ「まあ、社長が好きだって言うんだからしょうがないね」 エモト「こんな歌詞覚えなきゃダメなの?」 イリエ「一人必死で覚えている子がいるけどね(オオタカ、必死に覚えている)」 エモト「ご苦労なことで」 秘書「(やってきて大きい声で)社長がいらっしゃいました!」  社長と秘書が来る。みな直立不動になる。エモトが誰よりも早く エモト「しゃ、社長! 先ほどは、本当に申し訳ありませんでした!」 他三人「申し訳ありませんでした!」 社長「皆さん」 四人「はい!」 社長「さっきは、ちょっとぎすぎすしてしまいました」 四人「はい」 社長「でも、もう一度、心を一つにして、がんばってみましょう」 四人「はい!」 社長「(オオタカに向かって)あなた、オオタカさん」 オオタカ「(びびりまくって)はい!」 社長「いきなり歌うのは難しかったですか」 オオタカ「いえ、す、すいませんでした!」 社長「私も、配慮が足りませんでした」 オオタカ「いえ、わ、私が悪いんです」 社長「・・・あなた、よく見るとまっすぐな、いい目をしてるわね」 オオタカ「ありがとうございます!」 社長「私の若い頃そっくりです」 オオタカ「こ、光栄です!」 社長「ウチダさんもエモトさんも」 二人「はい」 社長「さっきのことは水に流します。皆さん、協力してくれますね」 エモト「はい! 先ほどは、本当に、すいませんでした!」 ウチダ「す、すいません、でした」 社長「では、気を取り直して。皆さん、今回の概要をお話ししましょう」 四人「はい!」 社長「今回の脚本は、秘書のオザワさんに書いてもらいます」 秘書「はい」 社長「ストーリーや配役のイメージを作ってもらうために、彼女の前で、皆さんに歌ってもらいます」 ウチダ「・・・それが、あめあめふれふれですか」 社長「その通りです。ところで、この歌、知らない人いますか?(みんな無反応)では、今度は全員で一斉に歌うことにしましょう」 秘書「それでは、こちらの方に皆さん並んでください(上手側に促す)」 社長「(並んだら)では、私の手拍子に合わせて歌ってみましょう。(ぱん、ぱん、)さん、はい、あめあめふれふれ、こんな感じです」 エモト「はい」 社長「皆さんこの歌をご存じなんですね」 四人「はい」 社長「では、二番から歌ってみましょう」 ウチダ「はい?」 社長「何ですか?」 ウチダ「二番からですか?」 社長「いちいち聞き返さないでください(この辺りで、他の三人は横を向いて紙を見ている)」 ウチダ「二番は、ちょっと・・・歌詞に自信が・・・」 社長「歌詞を知っていると言ったのはあなたですよ」 ウチダ「そうですけど・・・」 社長「じゃ、しょうがないですね」 ウチダ「はい!」 社長「三番にしましょう(紙を見た三人が嫌な顔をする)」 秘書「社長! ここは順番に、まず一番から歌うというのはどうでしょうか」 社長「(すぐに)あなたが言うならそうしましょう」 秘書「恐縮です」 社長「では、いきましょう。(手拍子パン・パン)さんはい、あめあめふれふれ、こんな感じで」 四人「はい」 社長「ではいきまーす。(パン・パン)さんはい」 四人「♪あめあめふれふれかあさんが〜じゃのめでおむかえうれしいな〜ピッチピッチチャップチャップランランラン!」  社長、拍手する。 社長「すばらしいわね。ここまでできるとは思いませんでした」 エモト「ありがとうございます」 社長「63点よ」 エモト「え」 社長「歌は上手ですが」 エモト「はい」 社長「もっとミュージカルにできない?」 エモト「ミュージカルですか」 ウチダ「ミュージカルって言われても・・・」 社長「保育園の先生なら120点だけどね」 ウチダ「ほいくえん・・・」 社長「ミュージカルなので、63点です」 ウチダ「どこがいけないのでしょう?」 社長「楽しそうじゃないのよね」 イリエ「私は結構楽しかったけどね」 エモト「何が足りないのでしょう?」 社長「雨」 エモト「はい?」 社長「雨が足りないわね」 エモト「雨ですか」 イリエ「って言われてもねえ」 社長「この歌にこめた北原先生の思いが伝わってきません」 イリエ「北原先生?」 秘書「この曲の作曲者です」 イリエ「なるほど」 社長「この歌は、子どもが歌う歌です。子どもの気持ちにならないとダメです」 エモト「はい」 社長「我々大人は、雨が嫌いです。子どもの気持ちを忘れたからです」 エモト「はい」 社長「でも、子どもは雨が降ると心が躍ります」 イリエ「確かに、うちの子もはしゃいでたね。水たまりでスキップして靴が濡れるのよ」 社長「イリエさん!」 イリエさん「は、はい!」 社長「そうです、何で私の言おうとしてることが分かったの?」 イリエ「あ、え、何ですか?」 社長「スキップですよ」 イリエ「はあ」 社長「子供の気持ちに戻るには、スキップが一番です」 ウチダ「具体的にはどのようにするのでしょうか」 社長「(傍線を言っている最中に)みんなで、歌いながらスキップをしましょう」 ウチダ「ここにいる、みんなですか?」 社長「オザワさん、手拍子お願いね」 秘書「かしこまりました」 社長「スキップをしながら、私についてきてください」 秘書「よろしいですか? 行きます、ではいきまーす。(パン・パン)さんはい」  歌いながら、社長がスキップで進む。みんなでそれについて行く。 社長「どう、楽しくなってきた?」 エモト「ええ、そりゃあもう」 ウチダ「ま、少しずつ・・・ですかね」 社長「オオタカさんは?」 オオタカ「はい、とても、楽しいです」 社長「でしょう」 オオタカ「仕事でこんな気持ちになるのは初めてです」 イリエ「ほんと、そうだねえ」 社長「じゃあ、もっと、楽しそうにしてみましょう。私の手拍子に合わせてついてきて〜」  社長、手拍子をしながらスキップ。みんなついていく。エモト・オオタカは笑顔。イリエは楽しそう。ウチダだけ楽しくなさそうな表情。 社長「いやー、楽しいわね!」 イリエ「子どもの頃に戻ったみたいね」 社長「ね!」 イリエ「ね!」 社長「こういう楽しい雰囲気を、お年寄りに届けたいわね」 エモト「それはたいへん良いアイディアです!」 社長「ねえオオタカさん!」 オオタカ「はい。きっと楽しんでくれると思います」 社長「ウチダさんも楽しいでしょう」 ウチダ「(あまり楽しくない)え・・・ええ・・・楽しい・・・ですね」  広報担当とカメラマンが入ってきて 広報「失礼します! 約束のお時間でーす」 ウチダ「何?何?」 社長「あれ、もうそんな時間?」 広報「はい」 社長「そう、じゃ、お願いするわ。オザワさん、行きましょう」 秘書「かしこまりました」  社長、去る。秘書もついていく。 ウチダ「ちょ、ちょっと、何?」 広報「申し遅れましたが、我々、取材に来ました」 エモト「広報の人よ」 広報「次の社内報に掲載するので」 エモト「こないだ取材に来たじゃない?」 広報「あれは日本の働く女性100選の取材です」 ウチダ「働く女性100選ねえ」 エモト「何か不満?」 ウチダ「そんなの、選ぶ必要ありますかね」 エモト「雑誌もネタがないんでしょ」 オオタカ「でも、ああいうの、憧れます!」 エモト「憧れてもらってありがとう」 ウチダ「でも実態はただのイヤミなおばさんよ」 エモト「あれ、嫉妬してますね」 ウチダ「別に〜」 エモト「嫉妬しなくても大丈夫よ、あなたはきっと101番目よ」 ウチダ「・・・ふん!」 広報「・・・あのう、そろそろ取材初めていいですか?」 ウチダ「いいんじゃないの!」 広報「まず、全員のお写真をいただきたいのですが」 エモト「えー」 広報「何ですか」 エモト「写真、やだ、っていったら?」 広報「この取材は、社長命令です」 エモト「さ、写真撮りましょう」 広報「では、こちらに集まってください」 イリエ「写真撮るならこんな服じゃない方がいいんだけどね」 広報「せっかくおきれいなのに、着替えちゃうんですか」 イリエ「あらあら上手だこと」 広報「めっそうもない」 イリエ「オオタカさんだっけ、あんたは若いからぴちぴちでいいわね」 オオタカ「あ、ありがとうございます」 エモト「普通はけんそんするのよ」 オオタカ「あ、・・・ははは」 広報「じゃあ、部長さん二人を真ん中にして(部長二人、いやそうな顔)はい、では撮りますからね」  カメラマン、バシャバシャ撮る。その後で、広報に耳打ち。 広報「あの・・・ちょっと真ん中のお二人さん、もっと近寄ってもらえますか?」 エモト「あ、ああ・・・離れてますかね?」 広報「ちょっと離れすぎです。というか、もっとミュージカルにできませんか?」 エモト「もっとミュージカル、って言われても」 広報「ミュージカル風のポーズをとりましょう」 イリエ「宝塚っぽくとか?」 ウチダ「そんなの、恥ずかしくてできないわよ」 エモト「えーおもしろそうじゃない?」 広報「せめて、全員同じポーズをとるとか」 イリエ「じゃあ、こんな感じは?」 広報「・・・結構です。いただきましょう」 イリエ「はい、じゃあ、みんな並んで・・・いい? はいポーズ!」 広報「もっと笑顔になれませんか?」 ウチダ「この人の隣で笑顔になんかなれません」 エモト「私はなれるわよ」 ウチダ「あなたはね」 エモト「みんな笑顔になってるじゃない?」 ウチダ「ほんとだ。何で?」 エモト「少し大人になりなさい」 ウチダ「それ、嘘をつけ、っていうこと?」 エモト「表情を作るのは社会人必須の素養です」 ウチダ「そりゃそうだけどさ」 エモト「そのくらいできないの?」 ウチダ「笑顔は苦手なの!」 エモト「オオタカさん笑って〜」  オオタカ、笑ってみせる。 エモト「さすが、履歴書偽装するだけあるわ」 オオタカ「ちょっとやめてください!」 エモト「冗談冗談」 広報「早く撮りますよ!」 ウチダ「怒らなくてもいいじゃない」 広報「〆切が迫ってるんです!」 ウチダ「なんでそんなギリギリなのよ」 広報「社長が、何とか次の号に間に合わせろ、とおっしゃるもんだから」 エモト「ほんっと力入ってるわね」 広報「はい、みなさん、そのままそのまま〜笑ってそのまま〜」  カメラマン、色々な角度から撮りまくる。 広報「取りあえず、たくさん撮っておいてください。じゃ、撮影と並行して質問をしますね」。 ウチダ「この格好で?」 広報「(無視して)今回ミュージカルをされる、ということですが」 エモト「それはですね、社会貢献の観点から」 広報「あ、なぜミュージカルをするかは知っています」 エモト「そうなの?」 広報「社長のインタビューは終わっています」 ウチダ「社長のインタビュー記事だけでいいんじゃない?」 広報「(無視して)では、次の質問に移ります。今回のミュージカルの、コンセプトは何ですか?」 ウチダ「知らないわよ」 エモト「脚本を担当するのは秘書の方ですけど」 広報「皆さんでは答えられませんか?」 エモト「無理無理」 広報「じゃあ、次の号に、と」 ウチダ「(強めに)ところで」 広報「はい?」 ウチダ「どんだけ写真撮るの?(まだ写真を撮る体勢)」 広報「ああ、失礼失礼。どう、仲良さそうに撮れた?」 カメラマン「・・・(笑顔でバッチリ撮れた、という使い古されたリアクションをとる)」 広報「皆さん、もういいですよ」 イリエ「よく撮れてるかしらね」 エモト「撮りすぎよもう」 広報「撮りすぎついでに、練習風景も撮りたいのですが」 ウチダ「えー」 広報「一枚だけ、一枚だけです」 ウチダ「ほんとに一枚?」 広報「練習の、フリだけでいいので、ちょっとやってみてください」 ウチダ「さっき集められたところなんですよ」 広報「まだ練習してない」 ウチダ「はい」 イリエ「(傍線にかぶせて)いえ、さっき、一曲歌いました」 ウチダ「なに余計なこと言ってるんですか」 イリエ「みんなでスキップしました。いい写真が撮れるわよ」 ウチダ「うるさい!」 エモト「何協力してんのよ」 イリエ「いいじゃない、写真撮るの楽しいし」 広報「では、ちょっとやってみてください」 ウチダ「ほんとにやるの?」 イリエ「諦めましょう」 ウチダ「あなたが言うか!」 広報「そうですね、では、こちらから、こちらに向かってスキップをしてください」(カメラマンは、いい位置に) ウチダ「やりづらいわよ」 広報「社長がいないとだめですか」 イリエ「(すぐに)では、わたくしが先頭になりましょう。皆さま、準備はよろしいですか?」 エモト「ほら、準備」 ウチダ「はー(ため息)」 イリエ「ではいきまーす。(パン・パン)さんはい」  全員、全然やる気がないスキップと歌。終わると、カメラマンが広報のところに行って、なにやら耳打ちをしている。 広報「皆さん、大変結構でした。良い写真が撮れたようです」 ウチダ「ほんとに一回しか押さないのね」 広報「約束ですから」 エモト「ほんとに今の使うの?」 ウチダ「さあねえ」 イリエ「いい写真だと思うよ」 広報「(強めに)では、最後にお一人ずつに聞きます。今回のミュージカルにかける意気込みを教えてください」(カメラマンも、適当に動き回って個人写真を撮っていく) ウチダ「意気込み」 エモト「そんなの、別にないわね」 広報「(メモをとるようにして)そんなの、別にない、と」 エモト「わー、うそうそ! 何勝手にメモしてんのよ!」 広報「そのまま記事になるんだから、真面目にやってください!」 エモト「別にないなんて言うわけないでしょ。あーびっくりした」 広報「もう、早くしましょう!」 ウチダ「早く早くって、うるさいのよ!」 広報「じゃあ、まず、あなたから(ウチダを指して)」 ウチダ「は?」 広報「『は?』って記事にしますよ」 エモト「素直にコメント言って、とっとと終わらせましょ」 広報「そういうことです」 ウチダ「えー、意気込み。先ほど、ミュージカルって言われたばかりなんですが、えーと、あ・・・」 エモト「さっきから文句ばっかり言ってるんですよ」 ウチダ「何言ってんのよ」 エモト「心からやりたくないって」 ウチダ「言ってないじゃない! 何言ってんのよ」 エモト「顔がそう言ってんのよ」 ウチダ「こんな顔なのよ! ほっといてよ」 イリエ「ちょっと! この人、ずっとメモしてるよ」 ウチダ「だから、勝手に記事にしないで!」 広報「いい加減にしてください! 社長から、大々的に報じろと言われてるんです!」 ウチダ「知りません!」 広報「こっちもジャーナリストとして、本気で取材してるんです」 ウチダ「(傍線を言っている最中に)社内報の何処がジャーナリズムなのよ!」 広報「仕事に対する使命感はあります。皆さんもあるでしょう」 ウチダ「ミュージカルに使命感なんてないです!」 エモト「言っちゃった」 ウチダ「みんなでスキップして歌うなんて、どこがミュージカルよ! もっとミュージカルにすればいいでしょ!」 エモト「まあまあ、(オオタカに向かって)あなたはあるんでしょ、使命感」 オオタカ「はい!がんばります!」 エモト「だってさ。この人から聞いたら?」 広報「じゃ、えーお名前は」 オオタカ「はい、オオタカといいます」 広報「部署は何ですか?」 オオタカ「はい、総務部です」 エモト「派遣だけどね」 広報「ではオオタカさん。ミュージカルにかける意気込みを教えてください」 オオタカ「精一杯がんばります! よろしくお願いします!」 広報「・・・それだけですか」 オオタカ「・・・はい」 広報「その使命感は、どこから来るのですか」 エモト「決まってるじゃないねー、派遣なんだから」 オオタカ「・・・全社を挙げてミュージカルで社会貢献するという社長の方針に、共感したからです」 エモト「面接慣れした答えね」 広報「どうして共感したんですか」 オオタカ「・・・企業に課せられた社会的責任という観点からして・・・」 エモト「本当は、ここでがんばって、正社員になりたいんですって」 オオタカ「違います!」 エモト「はっきり言った方が社長に伝わるんじゃない?」 オオタカ「違います!」 エモト「正社員にしてください、って」 ウチダ「エモト!少し黙ってなさいよ」 エモト「だって、それ以外にないでしょ。ミュージカルやる理由なんか」 オオタカ「仕事だから、一生懸命やるんです。それじゃいけませんか」 エモト「ミュージカルのどこが仕事よ」 オオタカ「でも、大事な仕事です」 エモト「いくら仕事だからって、できることとできないことがあるでしょ」 オオタカ「今まで・・・私は、どんな仕事でも、一生懸命やってきました」 エモト「えらいえらい」 オオタカ「たとえばかばかしいと思うことでも・・・自分に嘘をついて」 エモト「履歴書も嘘だしね」 ウチダ「エモト!」 オオタカ「一生懸命の何がいけないんですか!」 エモト「一生懸命やったって、どうせ派遣じゃん」 イリエ「言い過ぎよ、あなた! どんな理由でも、一生懸命できるのはいいことでしょ」 エモト「こんなの適当にやればいいのよ。社長の機嫌をとるのよ」 ウチダ「それがあなたのすべてね」 エモト「そうよ! 社長も喜ばせられないで、営業なんかできますか!」 ウチダ「どこが働く女性100選よ」 エモト「私も迷惑してんのよ!」 ウチダ「断ればいいでしょ!」 エモト「社長が勝手に決めてきたんだもん」 広報「(傍線を言っている最中に)静粛に!!!!」 ウチダ「なによ!」 広報「あなた方にはもう伺いません。そちらの方(イリエ)に伺います」 イリエ「え?あたし?」 広報「今回の、意気込みを」 イリエ「私にも聞くの?」 広報「当然です」 イリエ「私・・・そうねえ・・・なんか、ミュージカルって、楽しそうじゃない?」 エモト「はあ?」 イリエ「こういう仕事してると、刺激がほしくなるのよね」 エモト「だからって、ミュージカルなんかやりたいの?」 イリエ「ぶつぶつうるさいねー、私がそう言ったんだから、それが答えなの!」 広報「元々ミュージカルは好きだったんですか?」 イリエ「見たことないよ」 広報「見たことない?」 イリエ「だけど、歌ったり、踊ったり、・・・普段、絶対できないことでしょ。面白そうねえ。ワクワクしちゃう」 広報「よく分かりました」 イリエ「あたしって、カラオケでもさ、まずタンバリン持っちゃう方だし」 広報「(少し強めに)よく分かりました」 イリエ「バブルの頃は結構無茶したなー」 広報「(強めに)よく分かりました」 ウチダ「ていうかさあ」 広報「はい?」 ウチダ「・・・ふつう、こういう取材って、発足した日にやる?」 広報「社長命令ですから」 ウチダ「全然記事にならないでしょう」 広報「記事の方向性は決まっています。大丈夫です」 ウチダ「方向性?」 広報「社長の取材は終わっていますから」 ウチダ「何それ」 広報「あとは皆さんの言葉を、ちょっとつまんで入れるだけです」 ウチダ「・・・だったら、写真撮るだけでもいいじゃないですか?」 広報「それはだめです。読者が求めているのは、生の声です。足で稼いだ取材しか価値がありません」 ウチダ「・・・でも記事の内容は・・・」 広報「原稿は、ほぼ完成しています」 ウチダ「それでも続けます?」 エモト「それより、社長は何て言ってたの?」 ウチダ「ちょっと、入ってこないでよ」(ここで社長と秘書がそーっと入ってくる) エモト「それに合わせてコメントすればいいじゃない」 ウチダ「悪知恵の働くことで」 エモト「社長の気に入るようにコメントするからさ(このセリフの最中にオオタカが社長に気づく)」 オオタカ「あの、」 エモト「あなたも、ちゃんと考えた方がいいわよ、正社員になりたいんでしょ」 オオタカ「(傍線を言っている最中に)あー、全社を挙げてミュージカルで社会貢献するという社長の方針に、共感したんです」 エモト「どうしたのよ、急に」(ウチダも気づく) ウチダ「私も、私もです。全社を挙げてミュージカルで社会貢献するという社長の方針に、共感しました」 エモト「うわっ、ぱくった! ほんとに?」 ウチダ「共感しちゃったんです」 エモト「だから、どうしちゃったのよ」 社長「エモトさん!」 エモト「うわっ!社長!い、いつからいらっしゃったんですか?」 社長「いつでしょう」 秘書「聞かない方がいいと思いますよ」 エモト「す、すいません! インタビューが、退屈だったもので」 広報「はい?」 社長「そんなに退屈なインタビューだったかしら」 エモト「はい」 社長「ずーっと外で聞いてましたよ」 エモト「はい?」 社長「なかなか面白いやりとりでしたけどね」 エモト「あ、い、いや、え、あの、その」 社長「(広報、カメラマンに)ちょっと、席外してもらえる?」 広報「はい。お疲れ様です・・・(下手へ向かい)失礼します(広報、カメラマン、去る)」 社長「さて、と、何から話しましょうかね」(四人、どんよりした感じ) 秘書「社長、お怒りはごもっともです。ですがここはひとつ」 社長「(傍線を言っている最中に)怒ってなんかいませんよ」 秘書「ですが・・・」 社長「エモトさん」 エモト「は。はい(おびえている)」 社長「最初に質問に、もう一度答えましょう」 エモト「はい?」 社長「なぜ皆さんを選んだか。本当の理由です」 ウチダ「え、先ほどのお答えは」 社長「真っ赤な嘘です」 ウチダ「え?」 社長「いや、全く嘘、っていうわけでもないですが」 ウチダ「はあ」 社長「部長のあなたたち2人を選んだ理由、あれだけでは理由になっていませんよ」 ウチダ「え?」 エモト「しゃ、社を挙げての取り組みだから、部長を選んだ、のでは?」 社長「(オオタカに)あなた、分かります?」 オオタカ「・・・・・・・・・(だいぶ考えてから)分かりました!」 イリエ「社長、あれでしょ、部長さんは他にもたくさんいるっていう」 社長「(傍線の最中に)オオタカさんに聞いているんです!」 イリエ「はいはい」 オオタカ「・・・もういいです」 社長「オオタカさん」 オオタカ「・・・はい」 社長「これは私からのクイズです。クイズは、もっと楽しまないと」 オオタカ「・・・はあ」 社長「たくさんいる部長の中から、あなたたち二人を選んだ理由には、なっていません」 ウチダ「はあ」 社長「あなたたち二人には、とても重要な共通点があります」 ウチダ「わたしたちに共通点ですか」 エモト「さ、サックスですか?」 社長「何ですかそれ?」 エモト「いや、あの、」 社長「あなたたち、若手の頃は、ほんとに仕事が楽しそうでしたよね」 ウチダ「え」 社長「それが、最近はちっとも楽しそうじゃありません」 ウチダ「あ」 社長「仕事をやらされている感じがします」 ウチダ「そ、そうですか・・・」 エモト「わ、私もですか?」 社長「注目されれば、少しは変わると思って、雑誌社にごり押ししたんですが」 エモト「はあ・・・」 ウチダ「ふふ、ごり押しだって」 社長「オオタカさん」 オオタカ「はい」 社長「あなた、さっきエレベーターで、ものすごい顔してたわよ」 オオタカ「ものすごい顔ですか」 社長「こんな会社なんかなくなってしまえ、という顔です」 オオタカ「あ、あれは、ちょっと、・・・」 社長「社内で何か問題がありましたか」 オオタカ「あ、いや、その」 社長「遠慮なく言ってください・・・・・・・ここだけの話にしますから」 オオタカ「(感情を吹き出して)派遣のくせに・・・派遣のくせに、って言われ・・・ました」 社長「オオタカさん、派遣の方々がいないと会社が成り立たない、そういう現実の中で、あなたのような人は会社にとって大切な仲間です」 オオタカ「・・・ありがとうございます」 社長「オザワさん、この件については内密に調査して」 オザワ「わかりました」 イリエ「あ、私も仕事が楽しくなさそうだから選ばれたんですか」 社長「違います。あなたはいつも、本当に楽しそうに仕事をしてくれます」 イリエ「まあ、楽しいですよ」 社長「清掃が楽しいわけないのに、楽しそうなのはどうしてですか」 イリエ「どうして、って・・・楽しくないことでも、どうすれば楽しくなるか考えなさい、そうすれば人生楽しい、って若いころ教わったのよ」 社長「だれに教わったの?」 イリエ「え、それは・・・ねえ・・・決まってるじゃない・・・男の人よ」 社長「・・・で、清掃は、どうやれば楽しくなるんですか」 イリエ「え・・・どんなつまんないことでも、ちょっとだけオーバーにやると、面白くなるみたいですよ」 社長「そうよ、そうなのよ!」 イリエ「はい?」 社長「ミュージカル」 イリエ「え?」 社長「どんなことでも、もっとミュージカルに」 ウチダ「よく、わかりませんが」 社長「若いころのあなたたちは、何でも楽しそうにしてたわね」 ウチダ「そうですか」 社長「ツトムくんだっけ、しょっちゅう三人ではしゃいでたじゃない」 ウチダ「そうでしたね」 社長「ツトム君がいるときは、エモトさんもうるさくてうるさくて」 オオタカ「そうなんですか?」 エモト「でも、仕事も一生懸命やりました」 社長「ふふふ、新入社員は、そうやって勢いで乗り切っていくものよ」 エモト「はい」 ウチダ「確かに」 社長「オオタカさん」 オオタカ「はい」 社長「あなたも、仕事を楽しくしてみない?」 オオタカ「・・・そうできれば、うれしいですけど」 社長「けど?」 オオタカ「どうせ、派遣ですし・・・」 社長「どうせ」 オオタカ「はい・・どうせ」 社長「オオタカさん、もっと大げさにできない?」 オオタカ「はい?」 社長「落ち込むのも、もっとミュージカルに」 オオタカ「・・・」 社長「もっと大きく落ち込むんです」 オオタカ「大きく」 ウチダ「そういうものですか?」 社長「あの落ち込み方では、周りは話しかけづらいですから」 ウチダ「・・・はあ」 社長「もっと、周りが反応しやすいように落ち込めませんか」 オオタカ「え、・・・ああ・・・」 社長「(はっきりと)いい? ここが芝居のステージだと思ってください。周りの人は、出演者の人たち、そんな風にできないかな・・・イリエさん、お手本をお願いします」 イリエ「え!・・・ああ・・・(ここから演技に入る)いいんです・・・私なんか・・・どうせ・・・どうせ・・・派遣社員なんですもの・・・いや、いいの、同情はいらないわ・・・何よ・・・そんな、そんな目で私をみないでー・・・(絶叫っぽく)いやーーーーっ・・・(素に戻って)こんなもんでどうでしょうか」  全員、拍手してしまう。 社長「すばらしい! これだったら周りの人も黙ってないでしょ」 オオタカ「・・・はい・・・(首をかしげる)」 ウチダ「まあ、ほっとかないとは思いますが」 オオタカ「普段から、あそこまでしないとダメなんですか」 社長「いわば、ね」 ウチダ「今のがミュージカルですか?」 社長「いわば、ね」 ウチダ「いわば」 社長「あなたたちの口げんかも、いわばミュージカルよ」 ウチダ「昔の話です、はい」 社長「またあなたたちの言い合いが見たいわね」 ウチダ「そうですか?」 社長「ミュージカルを作る仲間なのよ。楽しい方が良いじゃない」 ウチダ「言い合いを見るのは楽しいですか?」 社長「あなたたちのはね」 ウチダ「はあ」 社長「・・・それはそうと、ツトム君って、いまどうしてるのかしら」 ウチダ「それは、・・・エモトさんがよく知っているはずです」 エモト「(傍線にかぶせるように)え?」 社長「とっても働き者で、ノリもよくて、かわいい社員だったのに」 ウチダ「ほんとうに」 社長「ほんと元気だったわよ」 エモト「はい」 社長「何でやめちゃったのかしらね」 エモト「(ため息っぽく)はあ」 ウチダ「だれかさんのせいで、田舎帰っちゃったんですよねー」 エモト「え」 ウチダ「ふふふ」 エモト「何よ」 ウチダ「別に〜」 エモト「あれは、だって、しょうがないでしょう!」 ウチダ「しょうがない? 全然しょうがなくないわ」 エモト「しょうがないの!」 ウチダ「せっかくお似合いのカップルだったのにねー」 エモト「私が合わせてたのよ!」 ウチダ「あら〜けなげですこと、お嬢さん!」 エモト「その『お嬢さん』っていうのやめてよ!」 ウチダ「だーってー、ツトム君があなたのこと『お嬢さん』って呼んでたじゃない!」 エモト「だからいやなのよ!」 ウチダ「いーじゃない、かわいいかわいい『お嬢さん!』」 エモト「あんただって、ダンナのこと『ダーリン』って呼んでるでしょ!」 ウチダ「あなたもダーリンがいると分かるわよ」 エモト「えーえー、どうせ私は孤独なビジネスパーソンよ!」 ウチダ「あらごめんなさい!気に障ったかしら!」 エモト「あー!」  社長、「もっとやれー」という感じのジェスチャー。オオタカやイリエともやりとりをしながらいかにも楽しそうに見守っている。このやりとりの最中に突然閉幕。