平成二十五年度秋 県南コンクール 面 接 試 験                 作  佐々木 繁 樹          登場人物  ナカイ  タキザワ  カトウ   ・・・ 野球用品部の超若手。  トミタ   ・・・ 課長。カトウのすぐ上の上司にあたる。  開幕  やや広めの面接室。面接官(カトウ)が下手側。面接を受ける人(ナカイ・タキザワ)が上手側。ナカイの方がセンター寄りに座っている。  センターにトミタが(イスはあるのに)立っている。机は面接官のみにある。  はじめは、センターのトミタに照明を当てないでおく。 カトウ「・・・(間)・・・それでは、次の質問に移らせていただきます」 ナカイ・タキザワ「(とても元気よく)はい」 カトウ「・・・(間)・・・えー、と、次は特技について質問します」 ナカイ・タキザワ「はい」 カトウ「・・・(間)・・・ナカイさんは、剣道八段の腕前だそうですね」 ナカイ「はい」 カトウ「・・・(間)・・・八段ということは・・・いや、えー、あ、すいません・・・現在も剣道を続けているのですか?」 ナカイ「はい。小学校の頃から、ずっと続けています」 カトウ「ああ・・そうですか。・・・(間)・・・はい、わかりました。・・・(間)・・・次に、タキザワさんに伺います」 タキザワ「はい」 カトウ「・・・(間)・・・タキザワさんは、日本商工会議所簿記検定試験1級だそうですが、」 タキザワ「はい」 カトウ「・・・(間)・・・1級ということは・・・いや、えー、あ、・・・あ、えー、現在も簿記を続けているのですか?」 タキザワ「・・・はい?」 カトウ「あ、ですから、簿記を、今は、あ、続けてはいらっしゃらないということですか?」 トミタ「あーダメダメ! カットカットカットー!」  照明、全体を照らす。 トミタ「カトウさん!」 カトウ「(立ち上がって)すいません!」 トミタ「すいませんじゃないでしょう!」 カトウ「はい! すいません!」 トミタ「何でもっとスラスラと質問できないんですか!」 カトウ「はい! すいません!」 トミタ「何度言えば分かるんですか!」 カトウ「すいません!」 トミタ「もっと堂々と質問してください!」 カトウ「すいません!」 トミタ「あなたは我が社を背負って面接官をやるんですよ!」 カトウ「はい!」 トミタ「重大な役割なんですよ! 大抜擢なんですよ! チャンスなんですよ! 分かってますか!」 カトウ「すいません!」 トミタ「だいたい、剣道でも簿記でも、結局同じ質問しかしてないじゃないですか!」 カトウ「すいません! ・・・なんか・・・頭が真っ白になってしまったんです!」 トミタ「面接官が頭真っ白でいいと思ってんの!」 タキザワ「あの、少し冷静になったほうがね・・・」 トミタ「・・・そうですね・・・すいません・・・(間)・・・とにかく、本番まであと3日しかないんです。もっと真剣にやってください」 カトウ「・・・はい」 トミタ「では、もう一度、特技の質問からやってみます。・・・皆さんも、よろしくお願いします。・・・ではいきます。用意、スタート(手を叩く)」 カトウ「(努めてしっかりした様子で)それでは、次の質問に移らせていただきます」 ナカイ・タキザワ「はい」 カトウ「特技について質問します」 ナカイ・タキザワ「はい」 カトウ「ナカイさんは、剣道八段の腕前だそうですね」 ナカイ「はい」 カトウ「現在も剣道を続けているのですか?」 トミタ「(すぐに)ダメです。他の質問にしてください」 カトウ「・・・(間)・・・剣道、剣道、剣道、あー剣道を通して、どのようなことを学んだと思いますか?」 ナカイ「はい。小学校の頃から続けた剣道では、礼儀正しさや感謝の気持ち、体力・精神力など、人生に大切なことをすべて学ぶことが出来たと思っています。」 カトウ「・・・はい・・・(間)・・・わかりました。・・・(間)・・・ええ、・・・(間)・・・(タキザワの履歴書を見て、タキザワの方を見る)・・・では、次に・・・行きます・・・え」 トミタ「(突然)カトウさん! まさかナカイさんはもう終わり?」 カトウ「・・・え、あ、いや、あ・・・(ナカイの履歴書を見る)じゃあナカイさんは、・・・」 トミタ「じゃあ、って何ですか!」 カトウ「あ、じゃあ、じゃ、なくて、え、・・・」 トミタ「ていうか、剣道八段の人に対して、あれだけで終わりですか!」 カトウ「あ、あの、」 トミタ「剣道八段ってものすごいことじゃないですか? ここはしつこく聞くしかないでしょう!」 カトウ「はい」 トミタ「普段八段の人なんか見たこと無いでしょう!」 カトウ「はい! すいません!」 トミタ「私だって見たこと無いですよ!」 カトウ「はい!」 トミタ「だいたい、この人が剣道やってたように見えないでしょう!」 カトウ「はい! み、見えません!」 トミタ「竹刀なんか握れると思いますか!」 カトウ「はい! 握れません!」 トミタ「どう見ても運動なんかできなそうでしょう!」 カトウ「はい! 運動なんか、絶対できません!」 トミタ「おもしろくなりそうでしょう!」 カトウ「はい!」 トミタ「だから、もっと掘り下げた質問をしてください!」 カトウ「はい!」 トミタ「今の答えを聞いて、どんどん次の質問をするんです!」 カトウ「はい!」 トミタ「もっと受験者を追い込まないと!」 カトウ「はい!」 トミタ「あなたがぼーっとしててどうするんですか!」 カトウ「すいません!」 トミタ「何度言えば分かるんですか!」 カトウ「すいません!」 トミタ「(間髪入れず)たとえば、『剣道で培ったその力は、本社に入社したらどのように役立つと思いますか』とか!」 カトウ「・・・ああ、・・・はい!」 トミタ「もう一回!(元の位置に戻って)・・・ナカイさんもタキザワさんも、どうかよろしくおねがいします」 カトウ「・・・・・・」 トミタ「カトウさん! (ナカイ・タキザワに礼をして)お願いします!」 カトウ「・・・はい?」 トミタ「(ナカイ・タキザワを見て礼をして)お願いします!」 カトウ「あ、(ナカイ・タキザワに)お、お願いします!」 トミタ「あなたは、あいさつもできないの!」 カトウ「すいません! ・・・もう一度、お願いします!」 トミタ「じゃ、もう一回!」 カトウ「はい!・・・(相当長い間)・・・」 トミタ「何してんのよ!」 カトウ「いや、・・・『用意、スタート』っておっしゃるかと思ったので・・・」 トミタ「そんなの待ってないで、自分の間ではじめなさいよ!」 カトウ「・・・すいません・・・」 トミタ「はあ(ため息)・・・」  ため息の後、トミタ「用意、スタート!」とカトウ「次の質問に」同時に言ってしまう。 トミタ「はあ(ため息)・・・(おもむろに)用意、スタート!」 カトウ「つ、次の質問に移ります! (やけに元気よく)剣道で培ったその力は、本社に入社したらどのように役立つと思いますか?」 トミタ「カットー!・・・そのままじゃないの!・・・(間)・・・(いらいらして)あー、もう休憩休憩! いったん休憩にしましょう!(ナカイ・タキザワに)お二人もお休みください」  トミタ、イスに座る。カトウ、書類を整理し、やおら立ち上がる。 カトウ「すいません、ちょっと、トイレに行きたいと思います」 トミタ「・・・はい」 カトウ「行っ・・・てもいいですか」 トミタ「トイレくらい黙って行けばいいでしょう」 カトウ「はい・・・すいません。あと、ちょっと飲み物も・・・飲んできます・・・すいません」  カトウ、下手へ去る。少し間があって、タキザワが立ち上がり、トミタに近づいていく。トミタも立ち上がる。 タキザワ「(笑顔で)トミタさん」 トミタ「(急に姿勢を正し)はい!」 タキザワ「あなたは、休憩しなくてもいいの?」 トミタ「はい。・・・」 タキザワ「かなりのハイテンションでしたね」 トミタ「・・・大丈夫です」 タキザワ「・・・いやー、苦戦してますねー」 トミタ「・・・はい、すいません」 タキザワ「噂以上ね」 トミタ「すいません」 タキザワ「噂よりひどいって言うこともあるのねー」 トミタ「・・・すいません」 タキザワ「ま、別に、彼女を大抜擢したわけじゃないんだけどね」 トミタ「・・・え?・・・」 タキザワ「こんな面接、どうせ評価に入れないし」 トミタ「まあ」 タキザワ「入社2年目の子よ。何が判断できるっていうの?」 トミタ「はい」 タキザワ「しかもあの子よ。無理に決まってるでしょ」 トミタ「確かに・・・あの、カトウさんは、私の課でも、特に厳しい社員なんです・・・」 タキザワ「そうでしょうねえ」 トミタ「厳しい、っていうことが本社に伝わってないんじゃないでしょうか?」 タキザワ「たった今、十分伝わりました」 トミタ「どう考えても、彼女に面接官なんて無理だと思うんです」 タキザワ「そうですね。どう見ても、あの子には無理よ」 トミタ「だったら、なんで彼女を面接官に選んだんですか」 タキザワ「トミタさん、今年の就職試験から、若手社員による面接を開始した。その目的はなんですか」 トミタ「はい。・・・今回の面接は、若手社員の社内教育を兼ねていると聞いています」 タキザワ「入社2年目の子を抜擢し、責任ある職務を任せることで、成長を目指す」 トミタ「・・・あと、年齢の近い社員を面接官にすれば、受験生の本音が出やすいと」 タキザワ「・・・と、思っているんですよね」 トミタ「はい」 タキザワ「それだけが理由だと」 トミタ「はい。・・・はい?」 タキザワ「ま、その通りです。それはそうなんだけど」 ナカイ「タキザワさん、私から話しましょう。トミタさん、今日の面接練習には目的がちゃんとあります」 トミタ「目的。」 ナカイ「(すぐに)非常にシビアな目的です」 トミタ「シビア・・・もしかして、カトウさんを追い詰めてやめさせるつもりでは・・・」 ナカイ「追い込んで体よくやめさせようと」 トミタ「はい」 ナカイ「全然違います」 トミタ「はあ、」 ナカイ「うちをブラック企業と一緒にしないでください」 トミタ「すいません!」 ナカイ「なんで我々本社の人間が、こんな面接練習に付き合ってると思ってるんですか?」 トミタ「それは、・・・カトウさんを・・・え?・・・確かになんででしょう?」 ナカイ「・・・(間)・・・まだわかりませんか」 トミタ「はい」 ナカイ「あなたですよ」 トミタ「はい?」 ナカイ「私たちが見たいのは、あなたです」 トミタ「はい?」 ナカイ「我々は、あなたを評価しに来たんです」 トミタ「はい?」 ナカイ「トミタさん、あなたは今年から、営業所の課長になった。本社としては、あなたのリーダーシップや社員教育の様子を見て、あなたを評価したいと思っています」 トミタ「はあ」 ナカイ「あなたが、会社にとって将来的に有益かどうか、その判断をします」 トミタ「はい」 ナカイ「彼女が面接官として成長すれば、あなたの評価は一気に上がります」 トミタ「はい!」 ナカイ「そうでなければ、もちろん、あなたの評価は下がっていきます」 トミタ「はあ」 ナカイ「評価が下がった管理職ほど、みじめなものはありませんよ」 トミタ「・・・彼女の出来具合できまるんですか?」 タキザワ「そうですよ」 トミタ「無理です!」 タキザワ「何が?」 トミタ「彼女を成長させるなんて」 タキザワ「だそうです」 ナカイ「トミタさん、あなたが課長としてふさわしいかどうかは、そうやって判断するしかないのです」 トミタ「そんなこと言われましても」 ナカイ「部下が成長しない上司は、ダメな上司なのです」 トミタ「でも、彼女ですよ! どう見ても無理じゃないですか?」 ナカイ「はい・・・しかし、会社というのはそういうものです。だいたい、練習を始めてまだ10分くらいですが、すでにあなたの評価は着々と下がり始めています」 トミタ「なぜですか!」 ナカイ「剣道」 トミタ「あ、剣道やっていらしたとは知りませんでした」 ナカイ「私はそんなに運動ができなそうですか」 トミタ「あ、いや、あれは」 ナカイ「小学校から剣道をやっていたのは本当です」 トミタ「・・・失礼しました」 ナカイ「ですが」 トミタ「はい?」 ナカイ「八段」 トミタ「はい」 ナカイ「剣道八段」 トミタ「はい」 ナカイ「ウソです」 トミタ「はい?」 ナカイ「ウソに決まっているでしょう?」 トミタ「え、決まってますか?」 ナカイ「わかりませんか」 トミタ「は、はあ」 ナカイ「剣道八段の女性は、この世に存在しません」 トミタ「はい?」 ナカイ「常識です」 トミタ「はあ」 ナカイ「日本人ほぼ全員が知っている常識です」 トミタ「・・・そうですか?」 ナカイ「それに気づかないようでは、管理職失格です」 トミタ「そんな!」 ナカイ「トミタさん。我々スポーツ用品を扱う会社ですよ。そんなことも知らないで竹刀を売れますか!」 トミタ「・・・売れません」 ナカイ「だいたい、剣道は何段まであるか知ってますか?」 トミタ「・・・十段・・・くらいですか?」 ナカイ「『くらい』ってなんですか。『あなたは剣道何段くらいですか』『はい、私は剣道五段くらいです』って言うんですか?」 トミタ「・・・言いません」 ナカイ「こうやって、実はあなたが少しずつ試されているのです」 トミタ「・・・はい」 タキザワ「トミタさん。この練習、残り30分とします。その中で、ぜひあなたの指導力を発揮してください」 トミタ「・・・はい」 タキザワ「このままだと、悲惨な報告書を本社に提出しなければいけないわねー」 トミタ「・・・はい」 タキザワ「それから、やや彼女に対して口調が強いんじゃない? このままだとパワハラになるかもしれないですね。パワハラは企業イメージを著しく損ないますから、評価どころではなくなります」 トミタ「・・・はい。気をつけます」 タキザワ「彼女、『すいません!』『すいません!』とかって、なんかかわいそうですね」 トミタ「・・・」 ナカイ「立派なハラスメントですね」 トミタ「・・・」 ナカイ「わかっていますか?」 トミタ「(元気よく)すいません!」 ナカイ「彼女が戻ったら始めましょう。くれぐれも、あなたが評価されているということは、内緒ですよ」 トミタ「・・・分かりました」  ややあって、カトウが帰ってきて座る。トミタは立ち上がったまま。 トミタ「・・・(ナカイ・タキザワの方を見る)・・・(カトウの方を向き直す。やや丁寧な口調で)では、はじめましょうか」 カトウ「は、はい」 トミタ「カトウさん!」 カトウ「はい!すいません!」 トミタ「おびえなくてもいいんですよ。もっとリラックスして」 カトウ「・・・はい!」 トミタ「では、もう一度はじめます。・・・質問番号、15番にしましょう」 カトウ「はい。・・・(間)・・・はじめていいですか」 トミタ「カトウさん」 カトウ「すいません!」 トミタ「私がそんなに恐いですか」 カトウ「いえ、そんな・・・」 トミタ「そんなに『すいません』『すいません』って、謝らないでください」 カトウ「はい、・・・すいません・・・あ」 トミタ「ここからは、自分の間でいいんですよ」 カトウ「は、はい。・・・あ、では、次の質問に移ります。う、移っていいですか」 トミタ「いいんですよ、ってさっき言いましたよね」 カトウ「あ、すいません! 次は、15番です」 トミタ「(ややいらいらしているが、無理してやさしく)15番っていうのは、言わなくてもいいんじゃないかな」 カトウ「はい、すいません! では、あなたの座右の銘を教えてください。ではまず、ナカイさんからお願いします」 ナカイ「はい、座右の銘は、『努力は人を裏切らない!』です」 カトウ「・・・では、それは、なぜ、座右の銘なのですか?」(トミタ、あきれ顔) ナカイ「・・・はい。・・・これは、剣道の師匠が事あるごとに教えてくれた言葉でした。つらく苦しいときに、すぐくじけそうになる私の心を見透かしているように、この言葉を言ってくれました。おかげで私は、自分を信じて前向きに生きる姿勢を身につけることができたと思います」 カトウ「・・・ありがとうございます。・・・あ、(トミタの方をちらちら見る)」 トミタ「(それに気付いて)カトウさん、わたしに聞きたいことがあるなら、遠慮無く聞いてくださいね」 カトウ「(ややドキッとするが)あ、え、と、今のは、・・・さらに掘り下げた方がいい、・・・です・・・よね・・・いいですか・・・え、あ、いや、何でもないです、大丈夫です・・・全然大丈夫です」 トミタ「遠慮しないでいいんですよ・・・集団面接ですから、こんなもんでいいと思いますよ・・・(ナカイの方をちらちら見る。タキザワがにやっとする)・・・ですね、ですね、では、次に行きましょう」 カトウ「・・・はい・・・では、タキザワさん、あなたの座右の銘を教えてください」 タキザワ「はい。・・・えーと、(きっぱりと)『穴があったら入りたい』、です」 カトウ「・・・あ、あの、・・・それが、座右の銘ですか?」 タキザワ「はい」 カトウ「・・・ほんとですか?」 タキザワ「はい」 カトウ「ほんとにほんとですか」 タキザワ「はい」 カトウ「・・・ほんとに、穴があったら入りたいんですか?」 トミタ「カトウさん! 相手の答えを疑っちゃダメでしょう! (声をやや荒げたことに気付き、ナカイを見てから)あ、ごめんなさい、大きい声を出してしまって・・・謝らなくてもいいですからね・・・とにかく、相手の答えは、ちゃんと受け取ってください」 カトウ「はい、すいません! (タキザワを見て)『穴があったら入りたい』が座右の銘とのことです が、どうして座右の銘なのですか?」 タキザワ「はい。すいません。これは、冗談です」 カトウ「はい?・・・冗談?」 タキザワ「はい」 カトウ「・・・冗談・・・あの、・・・(トミタを見て)冗談・・・あの・・・」 トミタ「・・・タキザワさん、ホントに冗談ですか?」 タキザワ「はい。冗談です」 トミタ「そうですか・・・ま、・・・えー、確かに、冗談を言ってくる受験生も、いるかもしれませんね・・・こういうときは・・・(ナカイ・タキザワをちらちら見る)・・・こういうときは・・・・・・カトウさんなら、どうしますか?」 カトウ「は?・・・え、え、・・・(だんだんやるせない顔になり)面接官って、こんなことまで考えとかなければいけないんですか?」 トミタ「・・・まあ、現場では、常に、臨機応変が求められています(キッパリ)。去年の研修で何度も話したはずです。どんなお客様にも、真心を込めて、丁寧に」 カトウ「でも、こんな・・・こんなときでも、真心を込めるんですか?」 トミタ「それは・・・当然です」 カトウ「お客様じゃ、ないですけど」 トミタ「我々はどんなときでも、会社全体を背負っているのです」 カトウ「はあ」 トミタ「面接官を試すために、こういうことを言ってくるかも知れません」 カトウ「ためすために」 トミタ「ここでキレたり、怒鳴ったりしたら、会社の信用は丸つぶれです」 カトウ「でも」 トミタ「今の世の中、こういう受験生もいます」 カトウ「はあ」 トミタ「絶対います」 カトウ「・・・はい・・・(間)・・・で、結局・・・どうすればいいんでしょう?」 トミタ「(爆発して)だから、臨機応変にって言ってるでしょう! 少しは自分で考えてください!」  タキザワ、ややわざとらしく咳払い。 トミタ「(やや冷静さを取り戻し)・・・え、と、いや、・・・少し時間をあげますから、ちょっと考えてみてください」  トミタ、タキザワのところに行き、ひそひそ話の感じで トミタ「タキザワさん、冗談ってのはちょっと・・・」 タキザワ「彼女にはきつすぎたようね」 トミタ「きついですよ・・・私もきついです」 タキザワ「こんなときこそ力が試されるんです!」 トミタ「本当にあんな人、いるんですか?」 タキザワ「絶対にいないでしょうね」 トミタ「そんな」 タキザワ「断言できます。いません」 トミタ「いないのに練習するんですか」 ナカイ「忘れたんですか? あなたが評価されてるんですよ」 トミタ「はい」 ナカイ「課長として、びしっとお手本を見せてください」 トミタ「お手本」 ナカイ「まずは、やってみせることです」 トミタ「・・・私も、全く思いつきません」 ナカイ「いや、こんなふざけた答えをする人は、叱りつけてもいいと思いますよ。『うちの会社なめてんの!』」 トミタ「怒鳴っていいんですか?」 ナカイ「当然でしょう」 トミタ「・・・彼女にそんなことできると思います?」 ナカイ「できないでしょうね」 トミタ「あんな気弱な子が、人を怒鳴るなんて無理です」 ナカイ「でも、いつまでも人を怒れない、っていうのも困ります」 トミタ「・・・そうですけど・・・」 ナカイ「とにかく、我々はこの後もあなたがたを試していきます」 トミタ「そんな!」 ナカイ「どんな対応をするか、期待していますよ」  カトウ、3人に近づいていき、 カトウ「あの、」 トミタ「うわあ!」 カトウ「私には、やっぱ面接官、無理ですよね」 トミタ「はい、・・・・は? あ、いやいや、何?」 カトウ「だから、面接官なんか、私できません」 トミタ「何言い出すの!」 カトウ「ご迷惑をおかけしますが、誰か代わってもらえませんか」 トミタ「・・・あの、ね、」 カトウ「だって、無理です! 課長もそう思っているんでしょう!」 トミタ「ちょっ、ちょっと」 カトウ「私にできるわけないんです!」 トミタ「あ、あ」 カトウ「私にこんな無理なことさせるなんて、ひどいです!」 トミタ「あ、あ」 カトウ「(指さして)この人も、『冗談』とか言って、ただ私を困らせてるだけじゃないですか」 トミタ「いや、そういうわけじゃ、ないんじゃ、どうかな?・・・」 カトウ「もういいです。無理です。やめます。やめさせてください。すいません。」 トミタ「まずまず、ね、落ち着いて。とにかく、ちょっと座って、ね、待っててもらえますか?・・・大丈夫? 大丈夫?」 カトウ「大丈夫です! 」  カトウは元の席に戻るが、落ち着かない。また3人で話し始める。 トミタ「・・・もうやめましょうよ・・・彼女には無理なんですって」 タキザワ「言ったでしょう。彼女の評価が、あなたの評価なのよ」 トミタ「それはそうですけど」 タキザワ「彼女がやめて、一番困るのは、トミタさんでしょう」 トミタ「・・・でも、ああなっちゃうと、彼女はもうダメなんです」 タキザワ「ダメ?」 トミタ「一度『ダメ』スイッチが入ると、絶対ダメなんです」 ナカイ「そんな人、会社に向いてないんじゃないですか」 トミタ「私もそう思います」 ナカイ「じゃ、あなたも同罪ですね」 トミタ「そんな!」 ナカイ「とにかく、まずは彼女をなだめることですね」 トミタ「は、い・・・」  トミタ、カトウのところへ。 トミタ「・・・カ、カトウさん、気持ちは落ち着きましたか」 カトウ「はい、・・(大丈夫ではない感じで)大丈夫です・・・でも、面接官は、やっぱり無理です」 トミタ「・・・あなた、いつも『私はダメです』って自分のことを決めつけてませんか」 カトウ「・・・そう、だと思います・・・ダメなところばっかりで、どんどん嫌になります」 トミタ「大丈夫です」 カトウ「質問も思いつきませんし」 トミタ「大丈夫です」 カトウ「緊張しますし」 トミタ「大丈夫です」 カトウ「頭が真っ白になります」 トミタ「大丈夫です」 カトウ「相手の答えも、何にも覚えてないんです」 トミタ「大丈夫です」 カトウ「頭が悪いんです」 トミタ「大丈夫です」 カトウ「デスクも片付けられないんです」 トミタ「大丈夫です。完璧な人間なんかいません」 カトウ「・・・ほんとに、こんな私でもできるんですか?」 トミタ「まず、練習だけでもやってみましょうよ」 カトウ「・・・それが一番つらいんですが・・・」 トミタ「大丈夫です・・・このお二人もそんなに困らせる答えを言うわけではないと思いますよ。(ナカイ・タキザワの方を見て、念を押すように)そうですよね(ナカイ・タキザワは知らん顔)・・・」 カトウ「・・・じゃ、もう少し、がんばってみます」 トミタ「じゃ、もう少しがんばってみましょう」 カトウ「はい。もう少しがんばってみます!」 トミタ「時間もあまり無くなってきたので、質問番号28番にしてみましょう」 カトウ「あ、じゃ、・・・・あの・・・28・・・28番もすごくいいと思うんですけど・・・あ、すいません、アドリブ質問の練習してもいいですか?」 トミタ「アドリブ質問?・・・何かいい質問がありましたか?」 カトウ「・・・このリストにないもの、なら、何でもいいんですよね」 トミタ「はい。最後の質問にふさわしいものなら大丈夫・・・だけど・・・大丈夫ですか」 カトウ「・・・大丈夫です」 トミタ「・・・あなたの力が試されますよ・・・(ナカイ・タキザワをちらちら見る)今じゃなくてもいいんですけど・・・」 カトウ「・・・大丈夫です」 トミタ「自信ありますか?」 カトウ「・・・いえ、・・・自信は、全然、・・・ありません・・・」 トミタ「じゃ、やっぱり後でやりましょう」 カトウ「いや、・・・今やります!」 トミタ「どうしても?」 カトウ「・・・やらせてください!」 トミタ「・・・(ナカイ・タキザワをちらちら見て)ちょっと私だけにどんな質問か教えてもらっていいですか?」 カトウ「課長だけにですか?」 トミタ「まず、ちょっとだけ、ね」 カトウ「・・・こちらの方たちに聞かれるとまずいんですか?」 タキザワ「あのう、・・・まず、質問してもらった方が」 トミタ「(すぐに)カトウさん!すぐ質問してください!」 カトウ「はい!(質問する体勢になって)・・・え、と、あ、と、・・・あ、やっぱやめときます」 トミタ「(すぐに)なんで! ここまできてそれはダメです!」 カトウ「・・・でもどんどん自信なくなってきました」 トミタ「(すぐに)まず、質問してみましょう。いいか悪いか、それは我々が評価しますから」 カトウ「はい・・・あ、え、と、・・・スポーツのルールで、納得のいかない点を挙げてください」  トミタ、ナカイ、タキザワ、三人は一瞬顔を見合わせる。 トミタ「(大声で)何なのその質問!」 ナカイ「(トミタにかぶせるように)面白いですね、その質問!」 タキザワ「本当、面白いですよね」 トミタ「・・・お、面白いじゃないですか、カトウさん」 カトウ「あ、あ、ありがとうございます!」 タキザワ「いい、質問ね」 カトウ「・・・では、ナカイさん、お答えください」 ナカイ「・・・え、と、私はサッカーの『ロスタイム』というのが、納得いきません」 カトウ「ロスタイム・・・今はアディショナルタイムですね・・・それは、なぜですか?」 ナカイ「・・・追加する時間の長さが主審の裁量に任されすぎていて、不公平感が出てくるからです」 カトウ「え、と、・・・でも、それがなければむしろ不公平な状況が生まれてしまう、という意見があったら、どう反論しますか?」 タキザワ「(いきなり大きな声で)悪くないじゃない! そのツッコミ!」 カトウ「(びくっとして)あ、すいません!・・・ほ、他のにしてもいいですか!」 タキザワ「いや、褒めてるのよ」 カトウ「・・・え」 タキザワ「とっさの割にはいいツッコミよ、ねえ、トミタ課長」 トミタ「は、はい・・・そ、そうですね。確かに、いいツッコミですね」 タキザワ「しかも、『ロスタイム』っていう言葉は使わない、って、ちゃんと分かっているのね」 カトウ「は、はい。サッカー、大好きなもので」 トミタ「じゃあ、カトウさん。アドリブ質問は、今のにしましょう」 カトウ「(すぐ)本当ですか!」 トミタ「本当です」 カトウ「そんなによかったですか!」 トミタ「え、ええ、よかったわよ」 カトウ「どんな風によかったですか」 トミタ「え? どんな風に?・・・どんな風に・・・とにかく、よかったわよ」 カトウ「・・・そうですか・・・」 トミタ「・・・とにかく、それにしましょう。分かったわね」 カトウ「・・・はい」 トミタ「でも、サッカーじゃないスポーツの話が出たら、ちょっとつらいかも・・・」 カトウ「・・・あ、確かに・・・そうですよね・・・」  トミタの携帯電話がなる。トミタ、出る。 トミタ「はい、はい、はい(課長、実はお客さんが怒鳴り込んできてまして)ごめんなさい、こっち、ちょっと今とりこんでるので(お前じゃ話にならないって言ってまして)支店長はいないの?(それが、席を外してまして)はい(とりあえず、すぐ来てください)今すぐ行きます。お客さんの話を、よく聞いておいてください、じゃ」  携帯を切って、 トミタ「あの、向こうでちょっとトラブルがあって・・・すいません、少し休憩にします・・・すぐ来ますから」  下手へ走って下がる。三人、しばらくそのままの状態だが、タキザワがカトウの方に近づいていき タキザワ「あなた、えー、カトウさん」 カトウ「はい」 タキザワ「サッカー好きなんだ」 カトウ「はい。とにかく、サッカーのことしか頭にありません」 タキザワ「じゃあ、この会社に入社したのも」 カトウ「はい。ずっとサッカーにかかわっていられそうだったからです」 タキザワ「うちはサッカー用品が得意ですものね」 カトウ「はい。だから、就職活動の時も、この会社が本当の第一志望でした」 タキザワ「幸せな話ね」 カトウ「ここしか受からなかったんですが・・・」 タキザワ「なおさらラッキーね。でも、今は野球用品専門の部署にいますね」 カトウ「何事も、経験ですから・・・一生懸命やってます」 タキザワ「・・・ところで、カトウさんは、私たち二人が誰だか分かってます?」 カトウ「はい。課長の同期の方々と聞いています・・・でも」 タキザワ「・・・何?」 カトウ「もしかしたら・・・いや、何でもないです」 タキザワ「遠慮しなくてもいいのよ」 カトウ「・・・本当は違うんじゃないですか」 タキザワ「何でそう思うの」 カトウ「・・・課長が敬語使ってるので・・・」 タキザワ「ばれてるみたいですね」 ナカイ「カトウさん。私たちは、本社から来た人間です」 カトウ「・・・やっぱり・・・あ、いやいや、なんでもないです。すいません」 ナカイ「面接練習を一緒にするため、特別にきました」 カトウ「・・・何で、特別に、いらっしゃったんですか・・・まさか私のことが心配だからとか・・・」 タキザワ「何か心当たりがあるの?」 カトウ「いえ・・・あ、いえじゃなくて、あることはあるんですが・・・」 タキザワ「なに?」 カトウ「・・・そのままです。見たままです」 タキザワ「・・・分からないわ」 カトウ「・・・私って、ダメダメ人間なんです」 タキザワ「ダメダメ・・・例えば?」 カトウ「え・・・え・・・あ、・・・すぐには思いつきません・・・でも、いっつも怒られてばっかりで」 タキザワ「トミタさんから?」 カトウ「だけじゃないですけど・・・課長ばっかり・・・あ、何でもないです・・・すいません」 タキザワ「ふふふ、言いつけたりしないわよ」 カトウ「あ、すいません・・・ありがとうございます・・・でも」 ナカイ「トミタさんは、いつもあんな風に怒ってるのですか?」 カトウ「・・・だいたい、あんな感じです」 ナカイ「どんなこと怒られますか?」 カトウ「・・・だいたいは、仕事が遅いって言われます」 ナカイ「仕事が遅いのが、ダメダメ人間」 カトウ「はい・・・怒られてると、そんな気になってきます」 ナカイ「仕事が遅いだけで、ダメな人間ということはないでしょう」 カトウ「それは、そうかもしれませんが・・・」 ナカイ「それに、トミタさんは上司なんだから、いろいろ相談するでしょう」 カトウ「・・・いえ、報告も連絡も欠かさずしますが、・・・相談はしません・・・」 ナカイ「どうしてですか」 カトウ「・・・これ以上、怒られたくないから・・・」 ナカイ「怒られたくないですか」 カトウ「・・・はい。なるべく自分を出さないようにしてます」 タキザワ「ま、今は面接官なんだから、もう少し自信持ってやっていいのよ」 カトウ「はあ」 タキザワ「少しくらい、偉そうにしてみたら」 カトウ「・・・今まで、自分に自信を持てたことが、無いんです」 タキザワ「一度も?」 カトウ「・・・少なくとも仕事では」 タキザワ「なんか、笑顔がほしいよね」 カトウ「笑顔ですか」 タキザワ「わたしみたいに」 カトウ「・・・タキザワさんの笑顔は、演技なんですか?・・・」 タキザワ「はじめは」 カトウ「はじめは」 タキザワ「でも、やってるうちに、演技かどうか分からなくなっちゃったのね」 カトウ「・・・そういうもんですか」 タキザワ「さあ、どうでしょう」 ナカイ「でも、カトウさん、少し笑顔の練習をしてみたらどうですか」 カトウ「・・・はあ」 ナカイ「あなたは、こんなオドオドした先輩のいる会社に、入りたいと思いますか」 カトウ「思い、ません」 ナカイ「本当は意地悪なのに、とりあえずにこにこしていれば、印象はいいでしょう」 タキザワ「そうよ。わたしみたいに」 カトウ「はい・・・あ、いや、そういう意味じゃなく」 タキザワ「冗談よ」 ナカイ「冗談ではないですけど・・・ともかく、ちょっと笑顔の練習をしてみましょう」 カトウ「い、いまですか?」 ナカイ「トミタさんが来る前に」 カトウ「はい」 ナカイ「じゃ、笑ってください」  カトウ、笑顔のつもりだが、全然できていない。 ナカイ「もっと、チークアップしてみましょう」  カトウ、やっぱりだめ。 ナカイ「タキザワさん、ちょっとお願い」 タキザワ「ではやらせていただきます。・・・入社以来、一度も笑顔になっていないカトウさんが送ります! 皆さま、拍手でご覧ください! 満面の笑顔です! さ、どうぞーーーーーーーー!」  カトウ、笑顔をしているつもりだが、周りから見るとよく分からない顔しかできていない。 タキザワ「・・・・・・さ、どうぞーーーーー!」  カトウ、少しがんばったが、なかなかできない。 タキザワ「・・・どうぞどうぞどうぞーーーーーー!(無理に盛り上げる)」  しつこいようだが、やっぱりだめ。少しは成長しているのだが。 タキザワ「よほど苦手なのね」 カトウ「・・・何か、緊張してしまって」 タキザワ「笑顔になると全然違うと思うんだけどなー」  このセリフの途中でトミタが戻ってくる。ナカイがカトウを上手に引っ張っていき、こっそりと笑顔の講習を行う。 トミタ「・・・すいません、ちょっと、お客様のトラブルで・・・」 タキザワ「実は、彼女に我々のこと、ばれちゃった」 トミタ「え・・・評価のことも・・・」 タキザワ「ふふふ・・・本社から来た、ってことだけね」 トミタ「はあ、・・・で、あっちは何やってるんですか」 タキザワ「ふふふ・・・カトウ華麗なる変身計画、ってとこかな」 トミタ「わかりません」 ナカイ「(カトウに対して)さ、トミタさんにその顔を見せて!」  カトウ、満面の笑顔で振り向く。 トミタ「・・・(ことばが出ない)」 ナカイ「では、練習を再開しましょう」 トミタ「・・・(ことばが出ない)」 ナカイ「トミタ課長、どうしたんですか」 トミタ「・・・はい。では、はじめましょう」 カトウ「(満面の笑顔)よろしくお願いします!」 トミタ「よ、よろしく、お願いします・・・では、時間も時間なので、え、と、じゃあ、逆質問をちょっとやりましょう」 カトウ「え!(急に素に戻って)、逆質問、今やるんですか」 ナカイ「カトウさん、スマイルスマイル」 カトウ「あ、すいません!・・・(また笑顔になって)本当に今やるんですか?」 ナカイ「やっぱり、笑顔の方が安心感がありますね」 トミタ「すごい違和感ですけど」 ナカイ「ま、ちょっとやってみましょうよ」 トミタ「は、はい。では、逆質問、いきます。よーい、スタート!」 カトウ「(みょうにかわいらしく)じゃあ、みなさん、最後に、何か私に、質問はありませんか?」 トミタ「ちょっ、ちょっと、さっきまでと全然違うんじゃない?」 カトウ「すいません! 笑顔だと、ついこうなっちゃうんです・・・」 トミタ「本当?」 タキザワ「いいじゃない、明るくて」 トミタ「でも、面接官ですよ?」 ナカイ「いいんです。受験生にとっては、直接の先輩になる人なんですから」 トミタ「・・・であれば、そのまま、続けます。よーい、スタート」 カトウ「(さらにブリブリで)じゃあ、みなさん、最後に、何か私に、質問のある人はいませんか? いたら、どうぞ、挙手してくださいね」 タキザワ「じゃあ、はい!」 カトウ「はい、そちらの方」 タキザワ「入社しようとする私たちに、何か言っておきたいことがありますか」 カトウ「(素に戻って)・・・あ、え、と、こういうのは、正直に、答えて、いいんですか?」 トミタ「え・・いや、あんまり正直って言うのは」 ナカイ「いいと思いますよ。会社を詳しく知ってもらえますから」 トミタ「そ、そうです。できるだけ正直にしましょう」 ナカイ「まあ、少しはカッコつけてもいいと思いますけど」 トミタ「そうなのよ、カッコつけましょう」 カトウ「・・・え、と、・・・」 ナカイ「スマイルスマイル」 カトウ「あ、すいません・・・せーのー(で笑顔になって、かわいらしく)お客さん相手の商売ですから、正直言って、つらい仕事もあります。それを我慢できるだけのモチベーションがないと、大変だと思います(言い切ったところで素に戻ってしまう)」 タキザワ「・・・先輩の場合、それは何ですか?」 カトウ「・・・せーのー(笑顔になり、かわいく)私は、サッカーが死ぬほど好きだから、いつかサッカー用品の責任者になりたいっていう、それだけを考えています」 タキザワ「そのために、どんなことを心がけているんですか」 カトウ「(笑顔続いている)サッカーの用品については誰にも負けないように、日夜インターネット、通販カタログ、スポーツ新聞などで情報を集めています」 トミタ「・・・そ、そうなんだ」 カトウ「審判の資格もとって、高校総体の審判もしています」 トミタ「はあ」 タキザワ「大変参考になりました。ありがとうございます」 カトウ「他に、質問はありませんか」 タキザワ「はい! 仕事と恋愛は両立できますか?」 トミタ「こんなこと聞く人いるんですか?」 タキザワ「今は対応力を鍛えているんですよ・・・で、どうですか」 カトウ「え、と、全く問題ないと思います。・・・現に、私は、今、婚約中ですし」 トミタ「(大声で)婚約中?」 カトウ「・・・はい」 トミタ「あなたが?」 カトウ「はい」 トミタ「本当に?」 タキザワ「別にいいじゃないですか」 トミタ「いいですけど・・・」 ナカイ「初耳なんですか」 トミタ「・・・は、はい」 ナカイ「上司なのに」 トミタ「・・・はい」 ナカイ「評価の対象になりますね」 トミタ「・・・はい」 タキザワ「でも、私でも両立はできるんでしょうか?」 カトウ「気持ち次第だと思います。あと、相手の方の理解があるかとか」 トミタ「何でずーっと笑顔なの」 タキザワ「トミタさんは」 トミタ「はい?」 タキザワ「トミタさんなら、どう答えますか」 トミタ「え・・・あ・・・まあ、出会いの多い職場ではあります、とか」 ナカイ「社内恋愛を肯定するのはどうでしょうか・・・お客さんとの恋愛もちょっと・・・」 トミタ「そ、うですよね」 ナカイ「私からも質問します」 カトウ「はい」 ナカイ「仕事などで、自分がダメな人間だと思ったとき、どうしていますか」 カトウ「・・・(笑顔が消えて)何もしていません」 ナカイ「何も?」 カトウ「・・・ただ落ち込んでます」 ナカイ「彼に愚痴を言ったり」 カトウ「はい・・・彼、愚痴を聞くの、うまいんです」 タキザワ「きゃー」 ナカイ「上司に相談とかしないんですか」 カトウ「・・・」 トミタ「あ、あの」 ナカイ「トミタさん、ここからはあなたが聞いてください」 トミタ「は、はい・・・では・・・自分がダメな人間だと思ったとき、上司に相談とかしないんですか」 カトウ「・・・しません」 トミタ「なんでですか」 カトウ「あ、あ」 トミタ「はっきり答えてください」 カトウ「・・・あ、あの・・・」 トミタ「カトウさん!」 ナカイ「受験生は興奮しない!」 トミタ「あ、す、すいません」 カトウ「上司には相談していません」 トミタ「どうしてですか」 カトウ「・・・自分が、ダメなのが分かってるから・・・悪いところばっかりで、一人では何にもできないし、笑顔もできないし、仕事も遅いし・・・この仕事に向いてないのも、本当は分かってるんです。自分の評価が最低なのも、分かってるんです・・・でも・・・どうしても続けたいんです・・・すいません!・・・相談しても、解決しないことなんです。全部自分のことなんです」 ナカイ「カトウさん、私はそれでも相談した方がいいと思いますよ」 カトウ「・・・はい」 ナカイ「あなたが悩んでいることは、以前誰かが既に悩んだことかも知れませんね」 カトウ「・・・ああ」 ナカイ「例えば、トミタさんとか」 カトウ「・・・そうですか?」 ナカイ「カトウさん、トミタ課長は、決して頭の切れる人ではありません。仕事も速くできません。少なくとも、私はそう評価しています。だから、あなたの悩みも、きっと分かってくれるはずです」 トミタ「・・・私、評価低いんですね」 タキザワ「ふふふ」 ナカイ「トミタさんは、あなたと似ているのかもしれませんよ。そう考えてみてはどうでしょう」 カトウ「・・・そうなんですか」 ナカイ「みんな、少しずつダメなんです」 カトウ「・・・はい」 タキザワ「でも、彼氏はそのままの君でいい、って言ってくれるんじゃないの」 カトウ「・・・そうです」 タキザワ「きゃー」 ナカイ「彼氏だけでなく、会社でも愚痴を言ってください」 カトウ「・・・がんばってみます」 タキザワ「がんばることじゃないけどねー」 ナカイ「そろそろ、時間ですね」 タキザワ「はい」 カトウ「今日は、本当にありがとうございました!」 タキザワ「トミタさん」 トミタ「あ、ありがとうございました!」 ナカイ「私たちは、ちょっとトミタさんと話があるから」 トミタ「・・・先に戻ってて」 カトウ「はい」 ナカイ「スマイル!」 カトウ「はい!(満面のスマイルをする) では、失礼します」  カトウ、下手へ去る。 トミタ「今日は、本当にありがとうございました」 ナカイ「お疲れ様でした」 トミタ「・・・本当にこれで評価が決まるんですか」 ナカイ「さあ、どうでしょう」 トミタ「はい?」 ナカイ「冗談です。ちゃんとレポートを作って上層部に提出します」 トミタ「・・・ちなみに、どんな評価に・・・なり、そう、です、か」 ナカイ「それは秘密です」 トミタ「そうですよね」 タキザワ「そんなに評価って気になる?」 トミタ「はい」 タキザワ「気にしない方がいいわよ」 トミタ「でも・・・会社が自分をどう見てるか・・・やっぱり気になります」 ナカイ「会社が」 トミタ「はい」 ナカイ「会社、というのは、上だけではないのです。部下からの評価も、会社の評価です」 トミタ「あ」 ナカイ「あなた以外の全員が、あなたを評価しています。こっそりと」 トミタ「こっそりですか」 ナカイ「普段の言動も、仕事ぶりも、すべてあなたの評価を決めています」 トミタ「はい」 ナカイ「カトウさんも、婚約者からの評価は高いようですね」 トミタ「・・・うらやましい」 タキザワ「ま、気にしない気にしない」 トミタ「・・・それは無理です」 タキザワ「無理は体に悪いわよ」 トミタ「・・・はあ」 ナカイ「ということで、今日は本当にお疲れ様でした」 タキザワ「おつかれさまでしたーーー」 トミタ「・・・おつかれさまでした」  トミタ、下手へ去る。 ナカイ「タキザワさん」 タキザワ「はい」 ナカイ「あなたは、本当に評価が気にならない?」 タキザワ「はい。考えてもしかたがないことは、考えないことにしてますので」 ナカイ「羨ましいわねえ」 タキザワ「ほめられているのでしょうか」 ナカイ「ほめてますよ」 タキザワ「気になるんですか」 ナカイ「私の目標は、営業所長です」 タキザワ「・・・あと一歩ですね」 ナカイ「これも、入社以来の努力の積み重ねの結果です」 タキザワ「適当な性格の私にはできません・・・あ、レポートも、適当に書いておきます」 ナカイ「よろしく。できたら見せてください」 タキザワ「はい」  ナカイの携帯が鳴る。 ナカイ「(発信先を見て)あ、タキザワさん、ちょっと先行ってて」  タキザワ、下手に去る。 ナカイ「はいもしもし、(もしもし、わたしだが)あ、ナカイです(今日は何を)面接練習の確認に(はははそうかそうか)はい(相変わらず君は仕事が出来るねえ)いや、恐縮です。ありがとうございます(ところで、ナカイくん、君の目標が達成できそうだぞ)え、ほんとですか!(営業所長だよ)営業所長! あ、ありがとうございます! (しかも、新しい営業所だ)え、そこの初代所長になるんですか(そうだ)本当ですか!(で、営業所なんだけど)はい、(カトマンズ営業所だ)カトマンズ? 何県ですか?(やだなあ君、ネパールだよ)ネパール。ネパール! えーーーーー! ヒマラヤじゃないですか(うん)何でそんなところに!(きみぃ、今の時代は登山用品だよ)登山用品っていわれても(いきたくないか)いや、・・・(無理にとは言わないよ)え、と(だれか代わりにしてもいいんだよ)代わり? いやダメですダメです、行きます。私が行きます。行かせてください! がんばってこれを次のステップにします!(目標が達成できてよかったねえ)はい!ありがとうございます! 失礼します(電話切れる)」  ややあって、ナカイ、電話を切り、うなだれる。下手に去っていく間に幕が下りる。