平成二十六年度 東北地区高等学校演劇発表会  上演10 秋田県立大曲高等学校 「まにあうかもしれない」                  作 佐々木繁樹          キャスト カトウ・マリ       …… 高校2年生 オオタ・エリコ      …… 高校2年生。マリのクラスメート。 アオキ          …… マリとエリコの担任。教員歴2年。 ミウラ          …… アオキのちょっと先輩。 ヤマダ          …… 生徒指導主事。 開幕  学校。相談室。舞台中央に面談用の机。上手後方に机。中央机にマリが、上手机付近にミウラが立っている。下手にはヤマダ。一触即発の状態。BGMを入れ、しばらくその状態を見せる。音楽のおわりぎわ、ヤマダは去っていく。たまりかねたマリがミウラに向かって、 マリ「だから、やってない、って何回も言ってるじゃないですか!」 ミウラ「(にらんでいる)・・・・・・・・・・」 マリ「もうやめにしません?」 ミウラ「・・・・・・・・・・」 マリ「おかしくないですか? 証拠も何もないのに」 ミウラ「・・・・・・・・・・」 マリ「・・・(いらいらが絶頂に)んもう!早く帰りたいんですけど!」 ミウラ「そうです!」 マリ「は!?」 ミウラ「私だって帰りたいです!」 マリ「だったら!」 ミウラ「せっかくのテストの午後なのに!」 マリ「そうですよ!」 ミウラ「ほんとに!」 マリ「ほんとにじゃないですよ!」 ミウラ「ねえ!」 マリ「ねえ、じゃなくて! 私だっていろいろ忙しいんです」 ミウラ「忙しい?」 マリ「はい」 ミウラ「どう見ても暇そうじゃない」 マリ「そりゃ、今は何もできないから!」 ミウラ「どうせ帰っても勉強なんかしないでしょう?」 マリ「しますよ!」 ミウラ「する?」 マリ「はい」 ミウラ「勉強?」 マリ「はい」 ミウラ「テスト勉強?」 マリ「はい」 ミウラ「テストの勉強?」 マリ「はい」 ミウラ「テストのための勉強?」 マリ「はい、って言ってるでしょう」 ミウラ「そんなはずないでしょ!」 マリ「はあ?」 ミウラ「あなたがテスト勉強なんてするわけないでしょう!」 マリ「しますよ!」 ミウラ「あれは、勉強した人の得点ではありません」 マリ「はい?」 ミウラ「あなたの答案は、いつも真っ先に採点します」 マリ「え、もう採点したんですか?」 ミウラ「当たり前です」 マリ「当たり前ですか」 ミウラ「自覚はないの?」 マリ「まあ・・・、で、何点でした?」 ミウラ「2点です」 マリ「2点?」 ミウラ「2点。」 マリ「2点・・・(甲高い声で)2点?」 ミウラ「2点。しかも、おまけの2点です」 マリ「おまけの2点?」 ミウラ「三平方の定理という漢字が書けていたので、2点あげました」 マリ「すげー」 ミウラ「すごいわけないでしょ!!!!!」 マリ「だって1秒も勉強しなかったんですよ!」 ミウラ「それがすごいわ!」 マリ「でしょう?」 ミウラ「テストの前に勉強しない気持ちが理解できない、っていうの!」 マリ「だから疑ってるんですか」 ミウラ「・・・疑いたくもなるのよ」 マリ「濡れ衣です!」 ミウラ「私、見たのよ!」 マリ「だから、それは何回も聞きました」 ミウラ「決定的瞬間」 マリ「それも聞きました」 ミウラ「決定的な瞬間」 マリ「聞きました!」 ミウラ「あんな瞬間はもう二度と」 マリ「しつこいですよ!」 ミウラ「しつこくもなります!」 マリ「・・・どうしても私がカンニングをしたっていうんですか?」 ミウラ「そうじゃないと、つじつまが合わないの」 マリ「向こうは何て言ってるんですか?」 ミウラ「アオキ先生が事情を聞いています」 マリ「だから、何て言ってるんですか、って」 ミウラ「分かるわけないでしょ! ずっとこっちにいるんだから」 マリ「なんで向こうは担任なんですか?」 ミウラ「たまたまです」 マリ「アオキ先生連れてきてください」 ミウラ「今は無理」 マリ「おかしくないですか」 ミウラ「何が」 マリ「先生が見たのは向こうでしょう!」 ミウラ「そうですよ」 マリ「だったら、向こうの話を聞けばいいでしょう」 ミウラ「向こう向こうって、名前知ってるでしょう」 マリ「知ってますけど、友達じゃないです」 ミウラ「オオタさんは、友達のあなたに答案を見せようとしてた」 マリ「だから、友達じゃないです。クラスのだれに聞いてもいいです」 ミウラ「友達じゃなくてもカンニングの仲間にはなれるでしょう」 マリ「まあ、そうですけど!」 ミウラ「確かに、あんなに真面目なオオタさんが、カンニングの手助けすることなんか、考えにくい」 マリ「そうそう」 ミウラ「カンニングをしても、メリットは全くない」 マリ「そうそう」 ミウラ「見つかるリスクも大きい」 マリ「そうそう」 ミウラ「脅迫とか」 マリ「そんなことしません!」 ミウラ「じゃあ、脅しとか」 マリ「同じです!」 ミウラ「(マリの真似をして)ちょっとあんた、勉強できるんだって? テストの答案見せてごらんよ」 マリ「・・・それ、私ですか?」 ミウラ「ホントかわいい子ねえ、あなたって」 マリ「私、そんな風に見えてるんですか」 ミウラ「あなた、よく見ると、いい目してるわね」 マリ「何言ってるんですか?」 ミウラ「だって、オオタさんって真面目な子でしょ。脅しやすそうかなと思って」 マリ「教師がそんなこと言っていいんですか」 ミウラ「だめに決まってるじゃない!」 マリ「はあ」 ミウラ「例えば、の話をしています」 マリ「それにしても! だいいち、あの人のこと、よく知らないんです」 ミウラ「クラスメートなのに」 マリ「そういうもんじゃないですか」 ミウラ「そういうもん?」 マリ「印象が全然無いですから」 ミウラ「まあ、目立つ生徒ではない」 マリ「はい」 ミウラ「でも、あれだけ勉強できるんだから、ねえ」 マリ「え、勉強できるんですか?」 ミウラ「知らないの?」 マリ「いや、だから、あんまりそんな風には見えないから」 ミウラ「ほんとに興味ないんだ」 マリ「興味・・・ない・・・といえばないですけど」 ミウラ「けど」 マリ「よく分からないです、あの人のことは」 ミウラ「なのに一緒にカンニング」 マリ「してません!」 ミウラ「勉強のできる生徒が、勉強のできない生徒に答案を見せた」 マリ「違います!」 ミウラ「ありそうな話だけどね」 マリ「勉強ができるなんて、今知りましたし」 ミウラ「それを客観的に証明できる第三者はいますか」 マリ「ああ言えばこう言う、ああ面倒くさい」 ミウラ「ま、向こうが何と証言するかがポイントですね」 マリ「私のことは全然信じてないんじゃないですか!」 ミウラ「そういうわけじゃないけどね」 マリ「もう!」  そこへ、BGMに乗って生徒指導主事のヤマダが入ってくる。何も言わずミウラを上手まで連れて行き、なにやら耳打ち。ミウラは驚くが、取りあえず納得する。おもむろにヤマダがカトウに話しかける。 ヤマダ「カトウさん!ごめんなさい」 マリ「え」 ヤマダ「だから、ごめんなさい」 マリ「何がですか」 ヤマダ「こんなに遅くまで引き留めちゃって」 マリ「はあ」 ミウラ「あなたは、無罪です」 マリ「ちょ、ちょっと!どういうことですか!」 ヤマダ「我々はあなたがカンニングをしていない、という結論に達しました」 マリ「はい?」 ミウラ「そういうことです」 マリ「はあ」 ヤマダ「いやー、本当に申し訳ない。せっかくの貴重なテストの午後を」 マリ「待ってくださいよ。説明もなしに終わり、って言われても・・・」 ヤマダ「今の説明では納得できない」 マリ「説明なんかしてないじゃないですか」 ミウラ「まあまあ」 マリ「なんで急にカンニングしていないことになったんですか?」 ヤマダ「・・・・・(言葉を選びながら)確かに、オオタさんはあなたに答案を見せようとしていた。複数の証言があります」 ミウラ「私、見たのよ」 マリ「知っています」 ヤマダ「彼女の近くに座っていた生徒も、証言しています」 マリ「本人は何て言ってるんですか?」 ヤマダ「・・・・・・・・・・・・・・・・」 マリ「先生?」 ヤマダ「・・・・・・・・・・・・・・・・」 マリ「ヤ、ヤマダ先生?」 ヤマダ「こんな風に黙秘を続けています」 マリ「黙秘」 ヤマダ「普通に考えれば、誰かがカンニングをするための手助けをした、ように思うんですが・・・」 ミウラ「私、見たのよ」 マリ「しつこいですって」 ヤマダ「実は、カンニングがあったとされる日本史について、オオタさんと、あなた、カトウさん、二人の答案をチェックしてもらいました」 マリ「え、採点したんですか」 ヤマダ「特別にお願いして、先に採点してもらいました」 マリ「で、私、何点だったんですか」 ヤマダ「2点」 マリ「2点・・・(甲高い声で)2点?」 ヤマダ「2点。しかも、まぐれの2点です」 マリ「まぐれの2点?」 ヤマダ「あなた、全部の答えを『c』にしたでしょ」 マリ「そうなんですよ」 ヤマダ「abcdの選択問題は、1問しかありませんでした」 マリ「マジっすか?」 ヤマダ「その1問を正解しています」 マリ「ラッキー! すげー」 ミウラ「(机を叩き)すごいわけないでしょ!!!!!」 マリ「4分の1の確率ですよ! すごくないですか?」 ヤマダ「実はオオタさんも、その問題を正解しています」 マリ「え・・・まさか・・・だからカンニングをしていると」 ヤマダ「いえ、逆です。オオタさんは、このテスト、100点でした」 マリ「ひゃくてん・・・ひゃくてん、なんて、本当にとれるんですか」 ヤマダ「彼女は、日本史が得意だそうです」 マリ「はあ」 ヤマダ「100点の答案を見て、2点しか取れないのでは・・・カンニングしてない、って思うしかない」 マリ「そうですよ」 ヤマダ「念のため、他の教科の先生にも聞きましたが、どれも似たような点数だということでした」 マリ「え・・・・・・」 ヤマダ「オオタさんは、すべての科目がほぼ満点でした」 マリ「はー・・・頭良い・・・じゃあ私は」 ヤマダ「平均して、2点くらいだそうです」 マリ「まじっすか?」 ヤマダ「あなたの後ろにいたカリヤさんに聞きました。あなたは試験開始後1分程度で、いつも寝ているそうですね」 マリ「1分で2点ってすごくないですか?」 ミウラ「(机を叩き)すごいわけないでしょ!!!!!」 マリ「数学的には、50分あれば100点とれるってことですよ」 ミウラ「あなた数学をバカにしてるでしょ」 マリ「だいたい、気づかれないように寝る技術がすごいんですよ」 ミウラ「確かに、寝ているようには見えなかったけどね」 マリ「ほんっとに、すごくないですか?」 ミウラ「(机を叩き)すごいわけないでしょ!!!!!」 ヤマダ「とにかく、どこでどう聞き込みをしても、カトウさんがカンニングなどしているわけがない、という結論に達しました」 マリ「当たり前です」 ヤマダ「オオタさんはきわめてクロに近いのですが、カンニングの事実が無い以上、二人とも無罪放免にします」 ミウラ「というか、もうちょっと勉強しなさい!」 マリ「それは、じゃ、帰っていい、ってことですね」 ヤマダ「だめです」 マリ「なんで!」 ヤマダ「アオキ先生がちょっと話を聞きたいと」 マリ「アオキ先生? なんで!」 ミウラ「さっきは担任と話したがってたじゃない」 マリ「別に話したくはないですよ」 ヤマダ「いろいろ聞きたいことがあるんですって。オオタさんと一緒にって」 マリ「イヤだ、と言ったら?」 ヤマダ「(無視して、ミウラのみに)そういうことなんで、アオキ先生呼びに行ってくるから、あとよろしくね」 ミウラ「はい、どうも、お疲れ様でした!」 ヤマダ「カトウさん、あしたのライティング、記号問題はありませんからね」 マリ「はあ」 ヤマダ「例文プリントから50点。せめて20点とって。そうすれば、何とかするから」 マリ「無理ですよ〜」 ヤマダ「以上!」  ヤマダ、去っていく。 マリ「私、まだ帰れないんですか?」 ミウラ「どうせ帰っても勉強なんかしないんでしょう?」 マリ「そりゃ、しませんけど」 ミウラ「例文プリントだって」 マリ「持ってないですもん」 ミウラ「何で!」 マリ「ロッカーに置きっぱなしだもーん」 ミウラ「2点決定ね」 マリ「・・・・・・」 ミウラ「・・・・・私も話聞きたいなあ」 マリ「え?」 ミウラ「オオタさんのあの行動、何かある」 マリ「はあ」 ミウラ「というか、あなたも興味わかない?」 マリ「え、まあ、別に、どうでもいいですけど」 ミウラ「あんなに優等生が、あり得ないくらい答案を人に見せようとする。怪しい怪しい」 マリ「まあ、怪しいですね」 ミウラ「楽しみだわー・・・教師生活6年! こんなワクワクする事件はじめて!」 マリ「そんなに面白いですか・・・」 ミウラ「面白いじゃない! もう、もっと楽しまないと!」  そこへ、アオキと、連れられてきたエリコが入ってくる。 アオキ「あのう、失礼します、ミウラ先生、いいですか」 ミウラ「はいはーい、お待ちしてました! どうぞどうぞ」 マリ「ちょっと! あなたのせいでわたしが疑われてるのよ!」 エリコ「え、あ、・・・ご、ごめんなさい!」 ミウラ「まあ、詳しい話はこれから聞くとして・・・」 マリ「ほんとにまだ帰れないんですか」 ミウラ「(無視して、マリの準備するイスを用意しながら)はい、じゃあ、オオタさんはこっちに座って」  マリとエリコが中央机の正面向きで、ぴったり隣に座る格好になる。ミウラは上手机のイスに、アオキは中央机のイスをやや下手側に持って行って座っている。ややあって、マリはエリコを見る。エリコは黙って正面を向いている。マリはイスを自分でやや上手に持って行き、座り直す。 ミウラ「オオタさん」 エリコ「はい」 ミウラ「私、見たのよ」 マリ「やっぱり言いますか」 ミウラ「無罪って言われても、なんかひっかかるのよね。あれだけ答案をずらす人なんて、見たことないし」 エリコ「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 アオキ「オオタさん?」 エリコ「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ミウラ「なに、ずっとこうやって黙秘してたの?」 エリコ「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 アオキ「大丈夫? 話したくないの?」 ミウラ「もう、あなたは無罪なのよ。気兼ねなくしゃべっていいと思うけどね」 エリコ「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 アオキ「話したくないのね」 エリコ「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 アオキ「話したくないなら大丈夫よ、無理しないで」 ミウラ「(アオキに)ちょっと、そんな甘い顔するから何も言わないのよ。(エリコに)オオタさん、私ね、納得できないのよ」 エリコ「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 ミウラ「カトウさんは、あなたの答案を全然見ていないと言っている。でもあなたは明らかに見せようとしていた。あれって、何だったんだろう?」 エリコ「・・・・・・・・・・・・・・・・・」 マリ「ちょっと! 黙ってたって分からないでしょ! 何とか言いなさいよ!」 ミウラ「カトウさんはすべて正直に話してくれましたよ」 エリコ「え、・・・・・・・・・マリさんは、何て言ってるんですか?」 ミウラ「カンニングなんか絶対してないって」 エリコ「・・・そうですか」 ミウラ「証拠もちゃーんとあります」 アオキ「え、そうなんですか?」 ミウラ「あれ? ヤマダ先生から聞いてないの?」 アオキ「あ、聞いたかも、しれないですけど・・・なんかすごい早口で、よくわからなかったんです」 ミウラ「(あきれた顔)・・・(エリコに)で、どうなの?」 エリコ「どう・・・というと」 ミウラ「あれは、カンニングだったのか、そうでなかったのか」 エリコ「・・・マリさんは、カンニングじゃない、って言ったんですよね」 ミウラ「そうです」 エリコ「じゃあ、私もしてません」 ミウラ「じゃあ、って、どういうこと?」 エリコ「マリさんがしてないなら、私もしてないです」 マリ「何それ」 ミウラ「おかしいでしょう? じゃあ、マリさんがしてたら、あなたもしてる、ってこと?」 エリコ「え・・・ああ、それは・・・」 ミウラ「てことはやっぱり共犯じゃない!」 マリ「違います!」 エリコ「いや、あの・・・」 ミウラ「あの、何よ」 エリコ「え、いや・・・・・・」 ミウラ「都合の悪いことはそうやって黙秘してるんでしょ」 エリコ「そんな・・・・・・・・・・」 ミウラ「ちゃんと説明しなさいよ、今の話!」 アオキ「ミウラ先生、まあ、まあ、あ、あの、オオタさん、言いたくないことも、あるわね、うん、ある、あるのよ、誰だって、言いたくないことは、無理して、言わなくてもいい、んじゃないかな」 マリ「ちょっと先生、それじゃ困ります! 私は犯人扱いされてるんですよ!」 アオキ「それはそうかもしれないけどね・・・でも、言いたくないことは・・・あるから・・・」 ミウラ「(アオキの手をひっぱって)ちょっと、ちょっと(上手机へ連れて行き)アオキ先生、だから黙秘されるんでしょう! 少しは強く出たらいいじゃない!」 アオキ「生徒が傷つくかもしれないですし・・・」 ミウラ「だからなめられるのよ!」 アオキ「でも・・・」 ミウラ「そんなこと気にしてたら教育なんかできません!」 アオキ「そうですけど・・・」 ミウラ「オオタさんは絶対何か隠してる、それくらいあなたも分かるでしょう」 アオキ「隠してることなんて・・・・・ありますかね」 ミウラ「担任なのにそれくらい分からないの!」 アオキ「・・・す、すいません」 ミウラ「もう、何年やってんのよ!」 アオキ「・・・まだ2年です」 ミウラ「とにかく! オオタさんはマリさんのことを相当気にしてるでしょ、そこをつくのよ!」 アオキ「・・・それで本当にいけますかね」 ミウラ「先生にできなければ、私がやります」 アオキ「え」 ミウラ「少々荒っぽいかもしれないけど」 アオキ「わ、わたしが、やります・・・た、担任ですから・・・はい」 ミウラ「できるの?」 アオキ「は・・・はい」 ミウラ「2年目なのに?」 アオキ「た、担任ですから」 ミウラ「大きな声で、いい?」 アオキ「(小声で)はい」 ミウラ「だから!」 アオキ「はい! が、がんばってみます!」  アオキ、エリコとマリの方に近づく。 アオキ「あ、あの、ちょっとさあ」 ミウラ「大きな声で!」 アオキ「はい! ふたりとも、ちょっと話があるんだけど」 マリ「ふたりに?」 アオキ「そう、ふたりに」 マリ「(エリコに)だってさー」 エリコ「あ、は、はい・・・・・」 ミウラ「あなたたち、もしかしてあんまり仲良くない?」 エリコ「え、あ・・・・」 マリ「ま、とりあえず友達ではないです」 アオキ「マリさんは、だれと友達なの?」 マリ「え、・・・なんとなく、みんなですけど」 アオキ「でもオオタさんとは友達じゃない」 マリ「というか、エリナちゃんとは、ほとんど?1回も?話したことないし」 アオキ「ん? エリナちゃん、ってだれのこと?」 マリ「え、今誰の話をしてるんですか」 アオキ「オオタさんとのことを聞いたんだけど」 マリ「だから、エリナちゃん、目の前にいるじゃないですか」 アオキ「エリナちゃん」 エリコ「あ、マリちゃん、・・・私、ほんとはエリコっていう名前なの」 アオキ「ほんとは?」 ミウラ「カトウさん、いくら友達じゃなくても、普通間違える?」 マリ「えー、だって」 アオキ「ほんとは、ってどういうこと?」 マリ「いつもエリナって書いてるじゃない?」 アオキ「もしかして、・・・ハンドルネームとか?」 マリ「クラスのLINEですよ」 アオキ「ああ、ウチのクラスでもやってるんだ」 マリ「当然です」 アオキ「全員参加してるの?」 マリ「当然です」 アオキ「友達じゃなくても」 マリ「当然です」 ミウラ「そこでエリナと名乗っている、と」 エリコ「・・・はい」 ミウラ「でも、クラスのLINEなのに、どうして本名にしないの?」 マリ「そうだよ」 エリコ「でも・・・」 マリ「ややこしいでしょ」 ミウラ「普通気づくけどね」 マリ「気づきません!」 エリコ「・・・自分の名前、何か、嫌いなんです」 マリ「なんで」 エリコ「・・・何となくです」 マリ「わかんない」 エリコ「子の付く名前がイヤだから」 マリ「そういうもんかなあ」 エリコ「だから、マリちゃんがうらやましい・・・」 マリ「そう?」 エリコ「・・・少し」 マリ「少しかよ」 アオキ「ねえねえ、ウチのクラスのLINEって、どんなこと書くの?」 マリ「え? ああ、例えば・・・昨日はテスト勉強のグチとか」 ミウラ「テスト勉強?」 マリ「はい」 ミウラ「テストの勉強?」 マリ「はい」 ミウラ「テストのための勉強?」 マリ「そうですよ!」 アオキ「どんなこと書くの」 マリ「ちょっと待ってください・・・(スマホを見始める)えーと、『勉強疲れたなー』・・・『だれか私に答え見せてくれないかなー』・・・『薄情だなー、友達だろー』・・・『親友なら見せてくれよー』・・・あと・・・」 ミウラ「だれのコメント?」 マリ「私です」 ミウラ「全部?」 マリ「だれからも反応がなかったから、ついいっぱい書いちゃったんですね」 ミウラ「反応ってないもんなの?」 マリ「ああ、基本、私に反応する人はいませんね」 ミウラ「・・・カトウさん、・・・・・・友達、いないの?」 マリ「(冗談っぽく)そんなマジな感じで聞かないでくださいよ」 ミウラ「まあ、割としょーもないグチばっかりなのね」 アオキ「(急に大きい声で)あーーーーー!」 ミウラ「ひゃ!」 マリ「なんですか急に!」 ミウラ「大きい声出るじゃない!」 アオキ「す、すいません、つ、つい」 ミウラ「で、なに?」 アオキ「今のコメント、カンニングの協力者を募ってるように読めませんか?」 マリ「え、そうですか?」 ミウラ「私には冗談にしか見えないけどね」 アオキ「真面目な人なら、勉強のできない、哀れな女子高生のSOSと受け取ったりして」 ミウラ「真面目な人?」 アオキ「チョー真面目な人なら、ですけど」 ミウラ「チョー真面目な人?」  一瞬の間のあと、3人とも、エリコを見る。 アオキ「まさか」 マリ「まさか、ですよ」 ミウラ「だって、2人は別に仲良しじゃないんでしょ?」 アオキ「マリさん、あのコメントは冗談なんでしょ」 マリ「当たり前じゃないですか。ちょっとふざけただけです」 ミウラ「反応はゼロ」 マリ「だいいち、書いたことさえ忘れてましたよ」 ミウラ「だよね」 マリ「LINEのコメントなんて、いちいち覚えてないです」 ミウラ「あれだけしょーもない内容だとね」 マリ「うるさいなあ」 ミウラ「内容は無いよう、とか言ったりして」 マリ「・・・・・・・・・・・・」 エリコ「内容は無いよう」 ミウラ「・・・あら、オオタさんは今のわかったの?」 エリコ「内容は無いの?」 ミウラ「え」 エリコ「マリちゃん、そうなの?」 マリ「何言ってんの?」 アオキ「・・・もしかして、・・・マリさんのコメント、本気にしたりした?」 エリコ「・・・・・・・・・・・・」 マリ「そ、そんなわけないじゃんねー、エリナちゃん」 ミウラ「エリコちゃん、でしょ」 エリコ「マリちゃん・・・・・コメント、忘れてたの?」 マリ「え、ああ、忘れてないよ、忘れてない忘れてない、当たり前じゃん」 エリコ「忘れてたんだね」 マリ「え、ええ、まあ・・・ねえ、・・・」 エリコ「(つぶやきで)ひどい・・・・・・・」 マリ「ひどい?・・・・・・どういうこと?」 エリコ「ひどい、っていうか・・・」 アオキ「オオタさん、よかったら事情を話してくれないかな」 エリコ「・・・・・・・・・・は、はい・・・」 アオキ「やっぱり、カンニング、したのね」 エリコ「カンニングには・・・なってませんけど」 アオキ「やったことは認めるのね」 エリコ「はい・・・・・マリちゃんのコメント見て・・・・・ちょうど、私、日本史のときは、マリちゃんのすぐ前の席だったし・・・・・だから・・・・・テストの・・・・・・」 アオキ「自分の答案を見せようとしたのね、そういうことね」 ミウラ「自分でしゃべらせなさい」 アオキ「は、はい」 エリコ「・・・マリちゃんは悪くないです・・・私のひとり芝居です・・・やっぱり、いつまでたっても、だめなんです」 ミウラ「でも、何でそんなことしようとしたわけ?」 エリコ「だから・・・マリちゃん・・・友達」 アオキ「もしかして、友達がほしくて」 ミウラ「自分で言わせる!」 アオキ「はい」 エリコ「わたし、中学校の時から、ずーっと友達がいないんです・・・だから」 アオキ「だから」 エリコ「友達がほしいから・・・・・」 アオキ「だからって!」 ミウラ「そんなことしなくても、友達くらいできるでしょう」 エリコ「できません」 ミウラ「友達がほしいからカンニングなんて、聞いたことない!」 エリコ「でも、友達がほしくてほしくてしょうがないんです・・・」 ミウラ「理由になってないでしょ!」 エリコ「私には、勉強しかないんです!」 ミウラ「わけがわからない!」 アオキ「・・・勉強と友達が、どうつながるのかな?」 エリコ「チャンスだと思ったんです!」 ミウラ「何のチャンスよ!」 エリコ「最後のチャンスだと思ったんです!」 ミウラ「質問にちゃんと答えなさい!」 アオキ「あ、あの、あの、友達を作るチャンス、ってこと?」 エリコ「・・・・・・・・そうです・・・・・私、勉強だけしか自信ないんです・・・・・友達いっぱいいる人たちは・・・私とは全然違って・・・私できないから・・・勉強で友達が作れるなんて・・・もう二度と無いから・・・・・」 アオキ「ってことは、マリさんと友達になりたかったから」 エリコ「・・・そうです・・・」 ミウラ「だからって」 エリコ「なのに、・・・コメント・・・忘れちゃってるなんて・・・」 マリ「何よ! 私が悪いって言うの!」 エリコ「・・・そんな・・・ひどい・・・」 マリ「ひどいのはどっちよ!・・・・・ふつうLINEのコメントなんか本気にする?」 アオキ「マリさん」 マリ「本気にするほうがどうかしてるの!」 アオキ「マリさん!」 マリ「ちょっと勉強するの嫌だったから書いただけでしょ! 私はねえ、カンニングなんかするほど落ちぶれてないの!」 アオキ「マリさん!」 マリ「どうせ勉強できないし、かわいそうだから助けてあげようか、とか思ったんでしょ!」 アオキ「いい加減にしなさい!」 エリコ「もういいです!」 マリ「よくないわよ!迷惑してんのよ!」 ミウラ「そんなに怒らなくてもいいんじゃない」 マリ「あんたこそ、そんなに友達ほしいんなら、他にすることあるでしょ!」 エリコ「だから、もういいです!」 マリ「よくない!」 ミウラ「もうおしまいおしまい」 マリ「おしまいじゃない!」 ミウラ「おしまいです! やめやめ。いつまで言い合ってるの!」 マリ「黙っててください!」 ミウラ「カトウさん、昂奮しすぎですよ」 マリ「昂奮しますよ!」 ミウラ「誤解誤解。それでいいじゃない。全部誤解。みんな誤解。もう豪快な誤解」 マリ「面白くない!」 アオキ「マリさん!」 マリ「勉強そんだけできて、何の不満があるの?」 エリコ「勉強なんかできても、いいことなんか何にも無いし・・・」 マリ「ぜいたくなのよ」 エリコ「そんなことじゃなくて・・・」 マリ「私なんかと友達になりたいなんて、どうせ嘘でしょ・・・本当はだれでもよかったんでしょ」 アオキ「マリさん!」 エリコ「ちがう・・・ちがうよ・・・」 マリ「どうしてそうやって、私に入ってくるの」 アオキ「マリさん・・・?」 マリ「ただ、勉強できないのがつらい、ってこと、何となく伝えたかっただけなの」 アオキ「別に、LINEじゃなくても、伝えられることじゃない」 マリ「そんなこと、他の人に言えるわけないじゃないですか」 アオキ「言えるわけない」 ミウラ「勉強できないって、してないんだからしょうがないんじゃない」 マリ「ほらやっぱり」 アオキ「え」 マリ「やっぱり誰も分かってない・・・勉強できないのってほんっとつらいの!・・・どうせ分かってくれないんでしょ・・・みんな頭いいもん・・・いっつもそう・・・勉強できないのはあなたが勉強しないから・・・頭が悪いから・・・何でも私のせいにしないで・・・もう上から目線で言うのやめてよ!」 エリコ「マリちゃん・・・」 ミウラ「でも、分かってほしいからLINEに書き込んでるんでしょう」 マリ「分かってほしい・・・そうかもしれないけど・・・」 ミウラ「けど?」 マリ「・・・そうやって、私の中にズカズカ入ってきてほしくない・・・」 ミウラ「どうして?」 マリ「中学の時もそうだった」 アオキ「中学の時?」 マリ「みんな心配してくれた・・・勉強できない、って言ったときも・・・クラスメートとけんかしたときも・・・高校選ぶの悩んだときも・・・そのたびに、私の中に入ってきて、私を傷つけて、勝手に出て行った・・・全部私が悪いんだって・・・」 アオキ「・・・マリさんのこと、心配してたんじゃないかな」 マリ「でも、もう、いい・・・だれに相談しても、ちっとも楽にならなかった・・・」 アオキ「みんながマリさんを責めてる、って思ったのね」 マリ「だれにも触れてほしくないから・・・がんばって、だれも真剣に受け取らないようなコメントをして・・・・・何となくグチを言って・・・何となく気持ちが晴れて・・・それでいいじゃん!・・・自分のことにも、他の人のことにも、なるべく立ち入らない・・・・・誰も私のコメントに反応しないでって、そればかり考えて」 ミウラ「結局、傷つきたくないだけね」 マリ「それの何がいけないんですか」 ミウラ「それじゃ、本当の友達はできないんじゃない」 マリ「本当の友達って何ですか」 ミウラ「本音を言い合って、ぶつかり合う中で、本当の友達ができる、高校時代ってそういうもんじゃない」 マリ「・・・どうして先生たちは、昔話ばっかりするんですか?」 ミウラ「昔話?」 マリ「いつも昔の自慢話ばかりするじゃないですか」 ミウラ「どういうこと?」 マリ「昔の人の方が偉かったんですか?」 ミウラ「そういうことじゃないでしょう」 マリ「昔に生まれなかった私たちは、どうすればいいのか、全然教えてくれないじゃないですか」 ミウラ「・・・・・・」 マリ「本音を言い合って友達作るなんて、おとぎ話です」 ミウラ「・・・・・マリさんは、友達なんかいらないのね」 マリ「本音を語り合う友達は、ほしくありません」 ミウラ「寂しくないのね」 マリ「それは、分かりません」 ミウラ「友達がひとりもいなくても」 マリ「分かりません」 ミウラ「同じものを見て、一緒に楽しめるような友達とか」 マリ「だから、分かりませんって!」 エリコ「(いきなり入ってきて)わたしは・・・そういうの、あこがれます」 マリ「何が楽しいのよ! 好きな食べ物、好きなタレント、好きなお笑いタレント、好きな男性アイドル、好きな女性アイドル、好きな漫画のキャラクター、好きなアニメのキャラクター、そんなのどうでもいいでしょ! いっつもそんな話ばっかり! そんな友達なんてうっとうしいだけ!」 アオキ「マリさん、ちょっと、落ち着いて」 マリ「好きなものの話なんかしたくない!」 アオキ「どうして?」 マリ「・・・・どうしてもです!」 アオキ「どうしても」 マリ「・・・ひとりぼっちのような気がするんです!」 アオキ「よくわからない」 マリ「どうせ分からないです」 エリコ「私・・・分かる」 アオキ「え」 エリコ「ちょっとずつ違うから・・・」 アオキ「何が違うの」 エリコ「みんな、違うのが、よく見えるから」 アオキ「違うからいいんじゃないの」 エリコ「分かりません」 マリ「じゃあ、なんで友達なんかほしいのよ」 エリコ「だから、・・・だから欲しいんです」 マリ「全然分かんない!」 エリコ「なんで分かんないの」 ミウラ「(いきなり大声で)話を戻します!!!」 アオキ「(びっくりして)はい!」 ミウラ「とにかく、カンニングは成立してない。そういうことですね」 マリ「カンニングなんかしてません!」 エリコ「・・・・・・そうです」 ミウラ「だったら、この話はおしまい! 以上!」 アオキ「ちょっ、ちょっと待ってください」 ミウラ「待ちません。おしまい!」 アオキ「ふたりにもう少し話を聞かないと・・・」 ミウラ「聞かなくてもいいです!」 アオキ「でも」 ミウラ「でもじゃない!」  ミウラ、アオキの腕をつかんで上手にひっぱりこむ。 ミウラ「アオキ先生、わかるでしょう! こんなの高校生特有の、自意識過剰!」 アオキ「はい」 ミウラ「自意識の過剰」 アオキ「はい」 ミウラ「自意識が過剰」 アオキ「あの・・・よく、わかりました・・・でも、ちょっとだけ、話をさせてください」 ミウラ「勝手にしなさい」  アオキが元の位置に戻って アオキ「ふたりとも、ちょっといいかな」 マリ「もういいですよ」 アオキ「ふたりの考えていることと合ってないかもしれないけど・・・ちょっと話をさせて・・・私ね、ずっと自信なかったのね・・・小さいころから、自分はダメな子だと思ってきた・・・勉強もそんなにできないし、美人でもないし、運動もできないし・・・他の人と比べては、自分から逃げようとしてた・・・教師にも向いてないって思ってるし・・・でも、教員になったときにね・・・『あなたみたいな先生も、別にいていいんじゃない』って・・・」 マリ「だれが言ったんですか」 アオキ「ある先生がね」 マリ「ある先生」 アオキ「・・・・・・・・・友達なんか確かにいらないかもね・・・でもね・・・だれが支えてくれるか分からないからさ・・・」 ミウラ「そろそろいい?・・・じゃあ、私たちは帰るから。帰るとき電気消してって」 アオキ「明日も試験だから休まないでね」 マリ「分かってます」 アオキ「勉強するんですよ」 エリコ「はい」 アオキ「マリさん!」 マリ「どうかなー」 ミウラ「じゃ、さよなら」 アオキ「さよなら」 マリ・エリコ「さよなら」  ミウラ、アオキが下手へはけていく。マリとエリコはふたりきりになる。 エリコ「私、帰る」 マリ「は」 エリコ「・・・」 マリ「あの」 エリコ「(すぐに)じゃ、帰るわ」 マリ「ちょっと!」 エリコ「・・・何?」 マリ「何か言うことあるんじゃないの!」 エリコ「・・・何か・・・」 マリ「すっごい疲れてるんですけど!」 エリコ「あ、・・・取り調べ」 マリ「取り調べ!」 エリコ「・・・大変だったんだね」 マリ「・・・何それ」 エリコ「早く帰らなきゃ」 マリ「・・・それ、ひとりごと?」 エリコ「え、なに」 マリ「・・・もういいよ」   間 エリコ「・・・マリちゃん」 マリ「・・・何」 エリコ「ううん、な、何でもない」 マリ「何、気になるじゃん」 エリコ「気に、しないで」 マリ「気になる」 エリコ「気になる、かな?」 マリ「なるよ」 エリコ「そっか」 マリ「じゃ、私から聞いていい?」 エリコ「え」 マリ「エリコちゃん、すごい勉強してるんでしょ」 エリコ「あ、・・・うん・・・少し・・・ね」 マリ「塾とか行ってるの」 エリコ「少し・・・ね」 マリ「何処の塾?」 エリコ「駅前の、新しいとこ」 マリ「週1くらい?」 エリコ「週3」 マリ「はあ。なんでそんなに勉強するの?」 エリコ「なんで?・・・・・一応・・・看護師になりたい・・・から・・・」 マリ「看護師? そうなの?」 エリコ「・・・一応・・・ね」 マリ「一応?」 エリコ「・・・とりあえず、・・・ね」 マリ「とりあえず・・・とりあえずで、そんなに勉強するの?」 エリコ「・・・まあ、結構、なりたいから・・・」 マリ「ふーん、・・・で、どうして看護師?」 エリコ「・・・たいしたことじゃ、ないよ・・・ぜんぜん」 マリ「たいしたことじゃなくても、いいじゃん、聞かせてよ」 エリコ「・・・・でも、」 マリ「あ、どうしてもイヤなら、別にいいんだけど・・・・」 エリコ「(すぐ)イヤじゃないよ・・・でも、そんなに聞きたいの?」 マリ「そりゃ、私から聞いたんだから、聞くに決まってるじゃない」 エリコ「そだね・・・おばあちゃんが入院したとき、優しくしてくれた看護師さんにあこがれて・・・」 マリ「へーーーー、そうなの! ふーん」 エリコ「今、おかしいと思った?」 マリ「全然おかしくないじゃん」 エリコ「そう・・・かな」 マリ「実は私もさ、・・・・あー、えーと、・・・・・あ、やっぱりやめとくわ」 エリコ「え、なんでやめるの?」 マリ「・・・たいしたことじゃ、ないから、ぜんぜん」 エリコ「たいしたことじゃなくてもいいよ、聞かせてよ」 マリ「何か、言いにくいなあ」 エリコ「どうしてもイヤなら・・・別に」 マリ「私もさ、看護師、・・・なれればいいな、なんて思ってるんだよね」 エリコ「え・・・ホントに・・・え、なんでなんで?」 マリ「あー・・・私もさ、あこがれてる看護師さんがいるんだよね」 エリコ「じゃあ、おんなじだ」 マリ「いや、おんなじじゃないかな」 エリコ「え」 マリ「私はね、おじいちゃんが入院したの」 エリコ「おんなじだよ」 マリ「だいたい、ね」 エリコ「でも・・・全然言いにくいことじゃないよ」 マリ「・・・うん・・・・まあ、でも・・・・」 エリコ「・・・でも?」 マリ「私、勉強、できないから、・・・勉強もできないくせに看護師なんて・・・おかしいって思われるからさ、・・・今まで誰にも言わなかったんだよね」 エリコ「だれかに言われたの?」 マリ「いや、・・・でも言われるに決まってるから」 エリコ「全然おかしくないよ」 マリ「エリコちゃんみたいに、勉強してないし・・・だから、隠してた」 エリコ「・・・そうなんだ・・・」 マリ「でも・・・なんか、ついしゃべっちゃった」 エリコ「・・・初めてだったの?」 マリ「初めてだよ・・・あー、なんだろうこの気持ち・・・でも、誰にも話せないまま諦めるんだろーなー、って思ってたから・・・これでよかったのかな?・・・」 エリコ「諦めるって?」 マリ「看護師」 エリコ「諦めるつもりだったの?」 マリ「そうなるんじゃないか、って」 エリコ「間に合ってよかったね」 マリ「え」 エリコ「私も、間に合わないかもしれない、って思ってた」 マリ「エリコちゃんも、しゃべっちゃった」 エリコ「・・・友達になったから?」 マリ「友達・・・友達・・・あのさ、・・・友達、っていうか・・・何か別の呼び方ないかな・・・友達って、なんかこう、・・・重くない?」 エリコ「そうかなあ・・・じゃ、友達、じゃなくて、話し相手」 マリ「話し相手か」 エリコ「話したいときとかさ、話しかけてもいいかな?」 マリ「え・・・別にいいんじゃない?」 エリコ「ほんとに」 マリ「でも、気が向いたときしか返事しないかもよ」 エリコ「・・・いいよ」 マリ「うっとうしいの嫌いだから」 エリコ「・・・いいよ」 マリ「そんなんでいいの?」 エリコ「・・・うん」 マリ「うっとうしくなるだけかもよ」 エリコ「そんなこと・・・」 マリ「あるよ」 エリコ「・・・そう?」 マリ「ある」 エリコ「でも、・・・いいよ」 マリ「そうなの?」 エリコ「そう」 マリ「・・・どうして?」 エリコ「・・・似てるからかな」 マリ「全然違うじゃん」 エリコ「さっき、看護師になりたい、って言ったでしょ」 マリ「うん」 エリコ「言いにくそうだったよね」 マリ「・・・うん」 エリコ「似てるじゃん」 マリ「そっか・・・やっぱり言いにくかった?」 エリコ「・・・向いてない、って言われるから」 マリ「だれに?」 エリコ「看護師は明るくないとダメだって」 マリ「そういうもんかなあ」 エリコ「そうなんだって」 マリ「あんまり陽気に注射うたれてもねえ」 エリコ「まあね」 マリ「エリコちゃんの予防注射、ききそうだよね」 エリコ「看護師さんは予防注射しないよ」 マリ「あ、そうか・・・」 エリコ「おもしろい・・・マリちゃん、いい看護師さんになるよ」 マリ「成績がついてくればねー」 エリコ「勉強しようよ」 マリ「足して2で割ればいいんだよなー」 エリコ「・・・そうだね」 マリ「無理だけどね」 エリコ「足すだけならできるんじゃない?」 マリ「それも無理」 エリコ「そっか」 マリ「・・・帰ろうか」 エリコ「うん」 マリ「何か疲れたね」 エリコ「今日は・・・勉強するの?」 マリ「さあね・・・エリコちゃんは」 エリコ「これから塾」 マリ「じゃ、駅まで・・・一緒に帰ろうか」 エリコ「うん」 マリ「自転車?」 エリコ「ううん、歩き」 マリ「じゃ、一緒だ」 エリコ「うん」 マリ「あー、私も少しは勉強しようかなー」 エリコ「そのほうがいいよ」 マリ「まにあうかな」 エリコ「大丈夫」 マリ「根拠は」 エリコ「・・・たぶん、だけど」 マリ「十分だよ」 エリコ「そうかな」 マリ「・・・わかんないけど」 エリコ「・・・じゃ、行こうか」 マリ「うん」  二人ともスマホを見たりして、すぐには帰らない。マリが少し早くスマホから目を離し、帰ろうとする。エリコに近づいたころ、エリコはマリを見て、スマホをしまう。二人帰るのかどうか、というくらいで閉幕。