3 本名について

 クイズ問題をそこそこ作ったことがある人間であれば、「本名は○○。」という書き出しの問題(以下「本名問題」と呼ぶ)を作ったことがきっとあると思う。今日はそんな書き出しについて、少し深く考えてみたい。

 実は、わたしはあまり本名問題を作らないほうである。1995年に「本名は佐藤嘉彦」という始まり方の問題を作ったことがあるが、これはかなり特異な例である(どう特異かは後ほど書く)。むしろ「歌手・永井真理子の本名は何?」とか、「北村春江さんは芦屋市長ですが、本名を北村春美という歌手は誰?」というように、ちょっとひねった形で本名を使うことが多い。

 はっきり言えば、「本名は○○」という書き出しの問題を安易に作る姿勢は大嫌いだ。理由は次のようなものである。

 そもそも、ある人物についてたくさん問題にできる要素がある。そのうち、本名というのは比較的印象の薄いものであることが多い。それなのに本名だけを知っていれば確実に早く押せる。比較的印象の薄い情報というのは、「一般生活の中では知る由も無い事象」と言い直せる。生活の中で知り得ない事象を知っている人を優遇する問題、というのは、ごく一部の特殊なクイズを楽しむ人たちのためだけの問題である。一般生活の延長線上にあるクイズには、到底なり得ない。

 しかし、比較的印象の薄いことを知っているのだから、早く押せてもいいではないか、という主張の人もいるだろう。確かに、早押し問題の構成の原則として、次のようなことが一般的に言われている。

 「早押し問題の中の情報の並べ方は、マイナーなものからメジャーにする」

    理由→よりマイナーな知識を知っている人に有利にしたいから。

 わたしはこの法則に異議を唱えたい、このように。

 「早押し問題の中の情報の並べ方は、問題の焦点となる事柄について詳しく知っている人が納得できるようにする」

 わたしはそもそも問題作りに「規則」を作るのが大嫌いなのだが、この規則はなるたけ守るようにしている。これを本名に絡めて説明すれば、次のようになる。

 「人物問題は、その人物について詳しい人が早く押せる問題にする」

 具体的に、見てみよう。例えば「林家ペー」が答えの問題を作るとする。彼をよく知っている人は、どう言う情報を彼について持っているだろうか。

  1. デビュー当時は「林家ペー平」という芸名だったが、途中で変えた
  2. 林家三平の歌のときギター演奏をしていたことがある。
  3. 「どっきりカメラ」で大活躍。
  4. 芸能人の写真を撮りまくることと、有名人の誕生日を覚えまくっていることで有名。
  5. ピンク色の服をこよなく愛する。頭にはラメ。
  6. 奥さんのパー子さんと一緒にいることが多い
  7. 駄じゃれが大得意(「炎のチャレンジャー」で実物を拝見したとき、本当に言いまくっていて驚いた)。
  8. 実は大阪出身。
  9. 最近は「ものまね王座決定戦」にも出場している。

 まあ、思いつくまま挙げてみた。これは、別に何の資料も見ず、わたしの頭の中からひねりだしたことである。ここで注目したいのは、彼についてテレビなどから知り得る一般的な情報の中に、「本名」が入っていないことである。彼の本名は、よほどの彼のファンでも意識されないだろう。つまり、「林家ペーについて詳しいこと」と、「林家ペーの本名を知っていること」とは、全然次元の違うことなのである。

 だから、「林家ペーについて詳しい人」を有利にしようとする場合、本名から問題をはじめるのはきわめておかしなことだと言える。本名だけを必死で覚えた人が、本当に林家ペーに詳しい人より有利になってしまう、なんてことになる。これはわたしの問題作成の価値観から、著しくかけ離れている。

 そういう意味でわたしは1995年、きわめておかしな問題を作ってしまったことになる。

 問題 本名は佐藤嘉彦。昭和16年11月29日生まれ。林家三平のヒット曲『よしこさん』
     の伴奏もしていた、ピンク色を好むタレントは誰?

 ではなぜここで「本名」からはじめる問題を作ったのか。これは言い訳じみてしまうのだが、当時彼の本名を記した芸能関係の書物は、わたしの知る限りなかった(現在は「TVスター名鑑」というTVガイドの別冊に記されている)。また、生まれた年も同様であった。ではなぜわたしは本名を知り得たのか。当時「いつみても波乱万丈」という番組で林家ペーさんの特集をしたとき、はっきりと発表していたからである。そういう意味で言えば、「本名だけを必死で覚える人(は東大クイズ研究会に存在しないが)」を有利にしてしまう問題ではなかった。で、出題するに至ったというわけなのである。

 

 さて、「林家ペー」さんについては以上のような次第であるが、他の人ならどうなるか。例えば落語家・笑福亭鶴瓶さんや笑瓶さんの本名は番組でよくネタになるので「その人について詳しいこと」と「本名を知っていること」が繋がる。桂ざこばさんだと、「らくごのご」という番組で本名を記した扇子を使っていたので、OKだと思う(関口弘と書いて「せきぐち・ひろむ」と読むのだ、ということを、どれだけのクイズプレーヤーが正しく知っているのだろうか)。

 これが「車だん吉(これも「白沢力」を「しらさわ・つとむ」と読めているか不安だ)」「キラー・カン」「TARAKO」になると、本名など普段意識されない。だから、この人たちの本名を問題に織り込むときにはかなりの神経を使わなければならないだろう(というか、本名を問題に織り込む必要性が、基本的にはない)。

 本日の結論 「答えとなる人物の本名に、問題に織り込む情報としての妥当性があるかどうかを、常に考えること」

 重複するが、要は「クイズのためだけの努力をしている人を著しく有利にしないような問題」を意識すること。それがなるべくたくさんの人を楽しませるための、最も重要なポイントであると思う。本名を覚えまくっているだけの人が本名の部分で押して正解、そんなのはそいつ以外少しも面白くない。それを避けるためには、よくあるクイズ文法を安易に使わないこと、まずそれぞれのクイズ文法が持つ長所と短所とを考えることが必要なのである。

 本名については、問題作成上もうひとつ重要なことがあるので、次回も引き続き考えていく。では。

 

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