18 どの要素を答えにするか 〜ベタは何故生まれるか第1章〜

第1日目(10月27日)

或る問題を見たときに、「問題作成者がどうしてその単語を答えにしたのか」「何故その前フリを使ったのか」などに思いを馳せることは楽しい。のみならず、あなたの問題作りにとっても大変有用である。とは言え、作成の初心〜中級レベルの方だと、他人の問題文に思いを馳せるのは難しいだろう。そこで本稿では、主に「どの要素を答えにするか」という点にしぼって思いを馳せてみたい。ウルトラクイズの問題を使ってその辺を考えてみる。

 ところが、最近いろいろと忙しく、一気にページを更新できそうもないので、読者の方に宿題を出しつつ、少しずつ進めていきたいと思う。早速本日の宿題。

1.         孟母三遷の教え。孟子の母が、3番目に引っ越したのはどこのそば?(第13回チムニーロック)

 宿題 たぶんこの問題を見たクイズプレーヤーたちは、「1・2番目」に引っ越した場所を調べたことと思います。それはともかく、この問題では、何故「3番目」を問題にしたのでしょうか? 考えられる理由をいくつでも答えてみましょう。

 こんな感じで何問か考えていきます。初心者(に限らず)の方で、是非取り上げてほしい問題があったら一報ください。では。

 


第2日目(11月11日)

 さて、いかがだったろうか。何の反響もなく、淡々と進んでいくのが本HPの特徴。まず前回の宿題の答えを書いておく。わたしが考える理由は次の2つ。

l        例えば「二番目に引っ越した」と言った場合、「二回目に住んだところ」なのか「二回引っ越した後で三番目に住んだところ」なのかが、判然としない。「三番目」と言えば「三回目に住んだところ」ということがはっきりする。だから、解答者の立場からすれば三番目が一番答えやすい。やはりテレビ的には解答者も視聴者も問題の意味がすぐに理解できた方が良い。

l        もし「一番目」「二番目」を問題にしたとき、一番目は墓場のそば、二番目は市場のそば、この順序関係を知っているかどうかが問われることになる。ところが、墓場も市場も「教育に問題があった場所」という意味で同格であり、これはかなり意識的に(クイズに出題される事柄として)孟母三遷を捉えたことがなければ、自信を持って答えることはできない。言い方を変えれば、クイズのために孟母三遷に関する知識を整理し直したことがない解答者は答えられない。しかし、三番目だったら「孟母三遷」について何某かの知識が在れば解答できる。ウルトラクイズは、クイズのために知識を整理した人を優先するクイズ番組、というわけではない(と思われる)ので、三番目が一番無難かなと。

 

 以上2つの理由を挙げてみた。皆さんの思っていた答えとは一致しただろうか。これらの理由に気を遣ったからこそ、あの問題で永田喜彰氏は劇的に正解ができたのではなかったろうか。そんな気が強くしている。

それはともかく、この問題から学べる「問題作成上の心得」を一般化しておけば、次の通りとなる。

l        問題文はわかりやすく。疑問の余地をなるべく残さないようにするべきである。

l        ウルトラクイズの問題の場合、クイズ番組という制約上、クイズのためだけに知識を整理し直したことがない人をおいていかないようにしなければならない。

 

 では、今日の宿題の場合はいかがだろうか。各自考えられたい。

2.        シェークスピアの4大悲劇のひとつ「リア王」の中に出てくる、リア王の3人の娘とは、ゴネリル、リーガンと誰でしょう?(アタック25で私が出た時の問題)

 宿題 リア王の娘が問題になる時は、たいてい「コーデリア」が正解となります。何故ゴネリルやリーガンを問題にしないのでしょうか?考えてみましょう。


第3日目(1月11日)

こまめに更新できるかな、と思って連載の形式をとったものの、全然更新できずにおります。さてさて、前回の答えですが、

 この宿題に対しては、3つの答えが用意できる。

1.       長戸本「理論編」70ページにあるように、姉妹に関する名数問題(○○姉妹といえば、××、△△と誰、のような問題)を出題する時には、順番に織り込んでいくのが普通だから

2.       リア王の末娘は唯一リア王に優しく接し、しかもリア王から追放されてしまう。ストーリー上最も大切で大変印象に残っている。リア王の話を知っている人には一番印象的だから

3.       ゴネリルとリーガンは、ともにリア王につらく当たるという点ではキャラとして同格である。同格であるから、ちゃんと区別できている人は、よくよくリア王に詳しい(若しくはクイズのためにリア王のストーリーを整理し直している)人であろう。つまり、コーデリアが一番答えが出やすいから

 なお、件の長戸本「理論編」70ページの記述は、次の通りである。

l       データそのものに順序があって、その最後のものが答えになるというもの。

 で、長戸氏はここで「立てばシャクヤク座ればボタン歩く姿はユリの花」ということわざだったら「ユリ」が答えになり、作家のブロンテ姉妹だったら末娘の「アン」が答えになる、といった例を挙げている。

 この分析にはかなりの説得力があり、早押し問題の「構造分析」が早押し対策として有用であることを示す好例と言えるのだが、そもそも問題を作る側は「構造分析」に合うようにわざわざ問題をこしらえるわけではない。先の答えで言えば「1」のみを意識して問題を作ることは、プロの作成者だったらあり得ないことではないかと思う。特にクイズ番組に出題される問題の場合、必ず「2」「3」といった「解答のチョイスの妥当性」も意識されるはずである。そうでなければ、どんどん視聴者と問題が乖離していってしまうからだ。

 だから、ほんらいは「1」「2」「3」のうち2つくらいは最低意識できないと、自信を持って超早押し(3人の娘とは、くらいのタイミングで押すこと)はできないはずなのである。「構造分析」のみを金科玉条の如く信じている人は、例えば次のような問題で引っかかってしまう。

l       カントの書いた3つの批判哲学書、『実践理性批判』『判断力批判』あと1つは何?(第10回ウルトラ・オーランド)

 答えは『純粋理性批判』。この問題は『挑戦!!クイズ王への道 正道編』218ページにも似たようなものがあるのだが、そこでは次のような問題として出題されている。

l       カントの書いた三つの批判書とは、『純粋理性批判』『実践理性批判』ともう一つは何?

これはおそらく先に挙げた「データそのものに順序があって、その最後のものが答えになるというもの」という分析と、長戸本『理論編』69ページ「名数問題の中には、ある一つのデータだけが極端に異質で、残りのデータは全て高い共通性でくくられる、というのもがよくある。そして、その異質なものが必ずといっていいほど答えになる」という分析を意識した解答のチョイスにしたのであろう。つまり、『判断力批判』が答えとなるという根拠は、カントの批判書の中では最後に出されたものであること、タイトルに「理性」という語がない唯一の本であること、の2つである。

 で、今度はその本を意識してか、わたしが大学1年だったころ(1994年)には、この問題の答えは『判断力批判』にしかならない、というクイズプレーヤー同士の思いこみが在ったやに思う(そういう発言を最低2回は耳にした)。

 それに対しウルトラクイズの問題は、『純粋理性批判』が批判書の中で最も基礎的内容を含み、また最も有名な書であることを考えれば、カントをほんのわずかでも知っている人なら答えやすい、ということを意識し、もっともテレビ的な解答のチョイスをしたと言える。クイズが出題される場によって、解答のチョイスの妥当性が変わってくる好例である。

 ここまでのことをまとめておこう。

l       クイズ問題の解答はほんらい、早押し問題の構造分析に合うような形で選ばれているわけではなく、出題意図や方針、状況によって選ばれるものである。

 「リア王」の問題の場合はどういう角度から出題を考えたとしても、コーデリアしか解答にし得ないという結論が出てくる。それが前回の宿題の正しい答えである、としておこう。

 


第4日目(2004年2月27日)

ひとつ大きなテーマを片づけた感じのままずっと放っておいた。ここまでのことをかいつまんで言うと「早押し問題の解答は、早押し問題の構造分析に合うように選ばれている訳ではない」ということである。クイズに解答する、という立場のみからクイズ問題作成をしてきた人には、この感覚が分かりにくいかも知れない。ただ、クイズ問題の

で、今までの例題では名数問題ばかり注目してきたが、から、もしかしたら「名数問題における解答のチョイス」ということだけに着目した読者もいるかもしれないが、クイズ作成をめぐる話は、本当はそう単純ではない。だいたい或る出題したいネタが存在するとき、出題の方向性はいくつか存在する。そのうちどの方向を選ぶか、

 例えば、次のような問題を考える。

l        

 

というようなことを考えている中で、一冊の本が販売された。『TVクイズ番組攻略マニュアル2』(新紀元社)である。この本は

 

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