平成二十八年度 県南地区高校演劇コンクール   上演1 秋田県立大曲高等学校 幸せな結末                                          作  佐々木 繁 樹          【キャスト】   占い師 レディーマドンナ村松   助手  ヤスダ   オオタ(看護師)   マツノ(無職)  占いのBGMが流れ、開幕。下手に事務机。上手側に応接セット。ヤスダが事務机で作業中。村松はセンターに座り、占いの真っ最中。照明は村松の占いを引き立てている。 ヤスダ「さそり座!」 村松「・・・アラビアータ」 ヤスダ「いて座!」 村松「・・・ペスカトーレ!」 ヤスダ「やぎ座!」 村松「・・・カルボナーラ!」 ヤスダ「みずがめ座!」 村松「・・・明太子!」 ヤスダ「うお座!」 村松「・・・・・・・・・たらこ!」 ヤスダ「・・・はい! 終了です!」 村松「ザッツ・オール!」  村松、極度の疲れから、その場に倒れ込む。 ヤスダ「先生! おつかれさまでしたー!」 村松「・・・・・・・・(しんどそうに)おつかれ」 ヤスダ「・・・ホントに疲れてますね」 村松「今日はね、ほんっと、しんどかったわよ」 ヤスダ「初の試みでしたから」 村松「でも、やればできるもんね。さすが天才・レディーマドンナ村松」 ヤスダ「・・・だいたいいいんですが、ただ・・・」 村松「ただ?」 ヤスダ「みずがめ座が明太子パスタで、うお座がたらこパスタなんですか?」 村松「そういうことね」 ヤスダ「おもいっきり、かぶってますよね・・・しかも連続で」 村松「しょうがないでしょ。ちゃんと占った結果です」 ヤスダ「そうですけど・・・『途中でネタ尽きました』みたいな印象がどうしても」 村松「なら言わせてもらうけどさ、・・・何なの?『今日のラッキーパスタ』って」 ヤスダ「いやー、斬新ですよね」 村松「確かに斬新だけどさ」 ヤスダ「ねえ」 村松「何の参考にするの?」 ヤスダ「そりゃあ、今日何食べよーかなーとか」 村松「食事くらい、自分で決めなさいよ」 ヤスダ「なかなか決められないんですよ」 村松「何食べたって、別にラッキーにならないでしょ」 ヤスダ「先生! カリスマ占い師が、そんなことを言ってはいけません!」 村松「言いたくもなります! だいたいねー、最近の依頼はおかしいわよ」 ヤスダ「『何でも占える。任せなさい』って言ったのは、先生ですよ」 村松「だからって、ラッキーパスタとかラッキーうどんとかラッキー焼き肉とか」 ヤスダ「アンラッキーアニマルってのもありました」 村松「ラッキー星座ってのはひどかったわね」 ヤスダ「『今週のしし座のラッキー星座は、うお座です』」 村松「意味が分からない」 ヤスダ「先生が占ったんです」 村松「占わせた方が悪いの。あー疲れた」  事務机の電話が鳴る。ヤスダが取る。 ヤスダ「はいヤスダです。(あの、占い教室の方が見えてるんですが)はい、どちらの(マツノさんとおっしゃってますが)マツノさんの方ね(はい)分かった。じゃ、通してちょうだい(はい。では失礼します)お願いね」  ヤスダ、電話を切る。 ヤスダ「1人いらっしゃったようです。まもなくこちらに見えます」 村松「ちょっと休憩いい? コーヒー、コーヒー」 ヤスダ「えー、もう来てるんですよ」 村松「少しくらい休ませてよ」 ヤスダ「そんなこと言って、またお菓子ガツガツ食べてくるんじゃないですか」 村松「ちょっと、ちょっとだから」 ヤスダ「さっき朝食食べたばっかりですけど」 村松「別腹別腹」 ヤスダ「絶対太らないでくださいよ」 村松「分かってるわよ」 ヤスダ「他の占い師と、キャラがかぶっちゃいますからね」 村松「分かってるって。じゃ、あとよろしく(村松、そそくさと下手に去る)」 ヤスダ「はいはい」  ヤスダ、村松の残したものを片付け始める。ややあって、マツノがおずおずと入ってくる。 マツノ「すいません」 ヤスダ「あ、いらっしゃいませ。マツノさんでいらっしゃいますね」 マツノ「はい。少し早く着いてしまって」 ヤスダ「大丈夫ですよ。どうぞお座りください。少々お待ちいただけますか?・・・先生! 先生!」  ヤスダ、下手に去る。マツノ、ため息をつき、ぼーっとしている。ヤスダが戻り、 ヤスダ「マツノさん、今日は、生徒さんがもうお一方いらっしゃいます。そろい次第始めますので、申し訳ありませんが」 マツノ「すいません・・・やっぱり早く来過ぎちゃいました?」 ヤスダ「いえいえ」 マツノ「迷惑じゃなかったですか」 ヤスダ「早く来るお客さんには、慣れてますから」 マツノ「そうなんですか」 ヤスダ「占いのお客さんは、たいてい早くいらっしゃいます」 マツノ「そういうものですか」 ヤスダ「きまじめな方が多いようです」 マツノ「はあ」 ヤスダ「早く、何とかしたいんでしょうね・・・いきなり結論を聞きたがります」 マツノ「結論」 ヤスダ「昔ながらのゆっくりした占いは、あまり好まれません」 マツノ「そうなんですか」 ヤスダ「ですから・・・受付のとき、ネットを通じて、アンケートを提出してもらいます」 マツノ「ああ、確かに」 ヤスダ「で、事前に占っておいて、いらっしゃったら、すぐに結論を述べる」 マツノ「へー」 ヤスダ「・・・それでも、お客さんによっては・・・たっぷり時間を掛けます・・・そこまで見通して予約を組むのが私の仕事です」 マツノ「どんなときに時間をかけるんですか」 ヤスダ「やっぱり、シビアな内容のときですね」 マツノ「シビアな内容」 ヤスダ「最近、結構来ますよ・・・こうなると占いというより人生相談ですね」 マツノ「占い師なのに」 ヤスダ「そっちが本業みたいなもんです・・・家族のこと、仕事のこと、恋愛のこと・・・将来を予言してください、みたいなものとか」 マツノ「そういうのが来たら、どうするんですか」 ヤスダ「ケースバイケースです。でも・・・占いと予言は違います。占いで未来を言い当てることはしません」 マツノ「将来どうなるか見通せないんですか」 ヤスダ「基本は普通の人なんで」 マツノ「超能力的なものとかは?」 ヤスダ「ないですないです」 マツノ「そうなんですか。えー残念です」 ヤスダ「・・・ところで・・・マツノさんは、先生のファンなんですか」 マツノ「はい。先生の連載、単行本、何度も読みました」 ヤスダ「『レディーマドンナ村松の、まーどんな人生相談?』」 マツノ「タイトルのセンスも最高ですよね!」 ヤスダ「ダジャレですけどね」 マツノ「さすがです」 ヤスダ「あれも・・・あんまりシビアな相談は・・・掲載してないんです」 マツノ「そうなんですか?」 ヤスダ「シビアな相談は、楽しい雑誌に似合いませんから」  事務机の電話が鳴る。ヤスダが取る。 ヤスダ「はい。(ちょっと! こっち来てよ!)先生! お客さんいらしてますよ!(いいから! すぐ!)分かりましたよ!(電話切る)もう! すぐそこにいるのに! ・・・あ、ちょっとこちらで待っていてください。すぐ、参ります」 マツノ「・・・はい」  ヤスダ、去る。マツノがまたぼーっとしている。そこへ、オオタが入ってきて、しばらく二人は見つめ合ったりおじぎしたりするが、 オオタ「・・・すいません」 マツノ「・・・はい」 オオタ「受付行ったら、ここで待ってるように言われたんですけど」 マツノ「・・・生徒の方ですか」 オオタ「はい。・・・あの・・・もしかして・・・マドンナ先生でいらっしゃいますか」 マツノ「・・・え? 私?・・・いや、そんなわけないでしょ・・・先生、見たことないの?」 オオタ「あ、ああ・・・」 マツノ「レディーマドンナ村松先生」 オオタ「あんまり・・・すいません」 マツノ「先生のファンじゃないの?」 オオタ「占い・・・あんまり詳しくないので・・・」 マツノ「詳しくない?」 オオタ「詳しくない・・・って言うか・・・元々あんまり信じてないって言うか・・・」 マツノ「信じてないのに、何で来たの」 オオタ「何かこう・・・何となく・・・というか」 マツノ「興味本位?」 オオタ「・・・最近・・・急に興味が湧いてきちゃって」 マツノ「占い師になりたくなった」 オオタ「・・・そういうわけじゃないんですけど・・・はい」 マツノ「じゃあなんで!」 オオタ「あ・・・ごめんなさい」 マツノ「もしかして・・・・・・私って怖い?」 オオタ「・・・そんなことないです・・・決して」 マツノ「なんかビクビクしてるからさ」 オオタ「こういうところ・・・はじめてなので」 マツノ「もしかして、疲れてる?」 オオタ「あ、すいません・・・夜勤明けなんで」 マツノ「夜勤明け?」 オオタ「私・・・看護師です」 マツノ「転職したいんだ」 オオタ「転職なんてしません・・・看護師は天職です」 マツノ「だったら、占い教室なんか来る必要ないでしょ」 オオタ「でも・・・なんか来てみたくなったんです」 マツノ「やっぱり興味本位じゃん・・・」 オオタ「・・・そうかもしれません、ね」 マツノ「言っとくけど、私は占い師になるつもりです、ばりばり」 オオタ「ばりばりですか」 マツノ「職業は、無職です」 オオタ「・・・たいへんですね」 マツノ「たいへんです。今日は職業訓練のつもりで来ました。だから・・・」 オオタ「・・・だから」 マツノ「看護師さんと違って、余裕ないんです」 オオタ「そうですか」 マツノ「興味本位なのはいいけど」 オオタ「すいません」 マツノ「くれぐれも、私の邪魔はしないで」 オオタ「邪魔なんて・・・」 マツノ「私も必死なんです。仕事したいんです」 オオタ「・・・わかりました」 マツノ「しかも、あのレディーマドンナ村松先生が、じきじきに教えてくれる!」 オオタ「・・・すごい先生なんですね」 マツノ「ホントに何も知らないの?」 オオタ「すいません・・・いろいろ忙しいので」 マツノ「どうせ私は暇ですよ」 オオタ「そんなつもりじゃ・・・」 マツノ「先生は、いつも冷静沈着で、どんな相談にも親身になって・・・自分のことのように真剣に考えてくれる・・・あの優しい口調、ステキな美貌、もう理想の占い師です。先生は」  村松が興奮しながら現れる。ヤスダもついてくる。 村松「あたしさ、そんなに難しいこと言ってるかな?」 ヤスダ「すいません!」 村松「常識としてさ、コーヒーの近くに、氷砂糖なんか置くかな!」 ヤスダ「だから、すいません、って言ってるじゃないですか」 村松「あーもう!」 ヤスダ「それにしても、角砂糖と氷砂糖、入れ間違えますか?」 村松「占いの後で、テンション上がってたのよ! そんなこともあるでしょ」 ヤスダ「だいたい先生、お砂糖入れ過ぎです!」 村松「何がよ!」 ヤスダ「太ると仕事が減ります」 村松「甘い物は別腹!」 ヤスダ「コーヒーと砂糖が、別腹に入るんですか!」 村松「またへりくつ言って!」 ヤスダ「それは先生です!」 マツノ「すいません・・・」 村松「だいたいねー、コーヒー好きはいつだって、砂糖を入れる人間を、虫けらのように扱うのよ!」 マツノ「すいません」 村松「溶けていく角砂糖をくるくるかき混ぜて、コーヒーと一体化していくあの感動! どうして分からないの!」 マツノ「すいません!」 村松「カフェオレはコーヒーじゃないとかさ、コーヒー牛乳は所詮牛乳だとかさ、ほんっと、うるさいっつーの! コーヒーはあんたたちだけのものじゃない!」 マツノ「すいません!!」 村松「わ! なんですか!」 マツノ「レ、レディーマドンナ村松先生ですよね・・・」 村松「あ・・・(居住まいを正し)いかにも・・・私が村松です」 オオタ「全然冷静沈着じゃないじゃないですか」 マツノ「(気にせず)先生の人生相談、いつも楽しみに見ています」 村松「こちらはどなた?」 ヤスダ「マツノさんです。で、こちらの方は・・・」 オオタ「あ、ご挨拶遅れました。オオタと申します」 ヤスダ「だそうです」 村松「ああ・・・お二方とも、アンケート読ませていただきました・・・マツノさんは・・・とにかく、私の大ファンのようですね」 マツノ「ありがとうございます!」 ヤスダ「いや、それはこっちのセリフです。いつも応援してくださって」 マツノ「当然です」 村松「オオタさんの方は・・・いろいろ大変みたいですけど・・・文面からは、占い師としての素質を感じますね」 オオタ「あ、よろしくお願いします」 ヤスダ「では、お揃いですので、始めましょう。・・・えー、皆さま、今回は初めての試みですが、お越しくださいまして、ありがとうございます。どうぞ、こちらにお座りください(2人、パイプイスに座る)。それでは、本日の占い教室の主催・レディーマドンナ村松より、ご挨拶を申し上げます」 マツノ「あ、ちょっと、その前に、質問・・・いいですか?」 村松「何でもきいてください」 マツノ「これって・・・無料占い教室・・・ですよね」 村松「いかにも」 マツノ「本当に・・・無料で、占い師になれるんですか」 ヤスダ「はい?」 村松「あなた、疑ってるんですか? このレディーマドンナ、レディーマドンナ村松を」 マツノ「そういうわけじゃないんですけど・・・これだけ有名な先生が、無料で教えてくださるというのが・・・いまいち信じられないもので」 村松「やっぱり疑ってるんじゃない!」 オオタ「・・・でも、無料の割に、参加者少なくないですか?」 ヤスダ「実は・・・応募された方はあと数人いらっしゃいました」 村松「最初だしね、厳選したのよ。で、この2名」 ヤスダ「だいいち、平日の朝8時半開始なんて」 村松「だって、営業時間中だと、予約がこの先1年埋まってます」 ヤスダ「時間設定の失敗です」 村松「マトモな生活してる人だと、絶対来れない時間よね」 ヤスダ「先生!」 村松「え?・・・あ、ああ、失礼しました。皆さんがマトモじゃない、というわけじゃないですよ」 ヤスダ「もう遅いです」 村松「ちょっと時間の使い方が普通と違う・・・オリジナリティーのたまものかと存じます」 ヤスダ「意味が分かりません。いいから、そろそろ始めましょう」 村松「では、えー、オホン、皆さま、現在、わが占い業界は、新たな転換点を迎え、パラダイムシフトを必要としています。インターネットやスマホで占いが身近なものになり、占う内容も高度で多様かつ緻密なものになってきています。顧客一人一人のニーズに対応するには、業務のダウンサイジングや、マンパワーを活用したアウトソーシングをキャリーアウトし、決してペンディングは許されないというクライシスマネジメントを」 ヤスダ「あのー先生。巻きでお願いします」 村松「あーオホン! ということで、今回数多くの応募者の中から、無料占い教室にお二人をご案内したと、ま、こういう訳です」 オオタ「無料の理由は・・・迷宮入りですね」 村松「いずれ、今日学ぶことは、皆さんの生活に必ず生きると思います」 マツノ「あの・・・ホントに・・・私たち厳選されたんですか?」 村松「イエスイエスイエース。そう言ってるでしょ」 ヤスダ「事前アンケートをもとに、先生がしぼりました」 オオタ「・・・どうして私たちだったんですか」 村松「・・・教えてあげません」 オオタ「はい?」 村松「ま、いつか分かるんじゃないですかね」 オオタ「いつか」 村松「いつか分かればそれでいいでしょ。すぐ答えを知りたがるのは現代人の悪い癖。(注目を集めてセンターで)今日の名言その1 占い師たる者、答えがないことを恐れるな!」  ヤスダ、拍手する。他の人もつられて拍手する。 ヤスダ「はい! 先生が気持ちよくなったところで、いよいよ始めましょう」 村松「えーオホン! では、占い教室、スタートです! よろしくお願いします!」 オオタ・マツノ「よろしくお願いします!」 村松「まず始めに、占いと予言の違いをご説明します(オオタ・マツノ、急いでメモ用紙orノートを用意する)皆さん、この二つの違い、わかりますか?」 オオタ「え! 違うんですか」 村松「全然違います」 オオタ「似てるような気がしますけど」 村松「予言は、別に人を幸せにするものではありません」 オオタ「でも、未来が分かった方がよくないですか?」 村松「『あなたは次のへび年の3月の第3土曜日の午後3時33分に死ぬでしょう!』と言われて、幸せな気分になれますか」 オオタ「・・・なれませんね」 村松「未来を見通しても、人は幸せになれないのです」 オオタ「確かに」 村松「イタリアには自分の死ぬ日を見事に予言した占い師もいました・・・死因は、自殺でしたが」 ヤスダ「予言で不幸をつくってしまったのです」 村松「愚かなことです・・・不幸なことを口に出せば、不幸に近づく。逆もまた真なり。この考え方を、まず頭にたたき込んでください」 オオタ「でも、占いでも、不幸な結論が出ることもあるんじゃないですか」 村松「そりゃたくさんありますよ。そのまま伝えませんけどね」 マツノ「せっかく先生が占ったのに」 ヤスダ「もちろん、占い自体は、ちゃんとやっています」 村松「私の修行は、それは涙ぐましいものでした。そう、確かあれは、日本がまだバブルバブルでバブバブ浮かれていたころ」 ヤスダ「そもそも占いというのは、将来を言い当てるものではありません。どういう行動がその人にとって最善であるのか、それを助言するためのものです」 マツノ「わたし、昨日、ラッキー焼き肉の上ロース食べました」 村松「信じる者は救われる。救われない者は、信じていない」 オオタ「雑誌の占いコーナーとか、『今月のあなたには、出会いが待っている!』とか、結構断定的ですよね」 村松「まあ、出会いは必ずあるからね」 ヤスダ「雑誌などでは、ざっくりとした書き方になるようにしてます」 村松「占いの言葉は、受け取る人によって、どうにでも解釈できるものなのよ」 オオタ「そんな適当な感じでいいんですか」 村松「適当ではありません。占われる人の側に、自分で何とかしたいと思う気持ちがあれば、救われます。そうでなければ、こちらでは何ともできないのです」 オオタ「よく分かりません」 村松「O.K. Listen to me.Well・・・as it were・・・Heaven helps those who help themselves.」 オオタ「あの・・・英語は苦手です」 村松「溺れる者はわらをもつかむ」 オオタ「溺れてる人は占いしないと思いますが・・・」 村松「もしかして・・・分かりづらいですか」 オオタ「すこし・・・」 村松「・・・では、もう少し分かりやすいところから始めましょう。いきなりですが、ラッキーフォーチューンクイズ!!! 実は、私が占いや人生相談をするとき、ひとつだけ、答える際に重大なルールを課しています。(正面に向き直し)さて、ここで問題です。そのルールとは、いったいなんでしょうか? では、オオタさんから!」 オオタ「え? ルールですか?・・・そうですねえ・・・クイズにするくらいだから・・・結構難しいんじゃないかと・・・あー思いつかない・・・」 村松「・・・・・・チッ(舌打ち)!」 オオタ「え?」 村松「・・・いったいなんでしょうか? はい、オオタさん!」 オオタ「・・・えー・・・ルール・・・うーん、・・・あ、ちょっと思いつかないです」 村松「・・・・・・(下手袖の方に動いてから)・・・ヤスダさん! ヤスダさん! ヤスダー!」 ヤスダ「ちょっとオオタさん。・・・マツノさんもちょっと・・・(大急ぎで上手側に引っ張り込んで)あの、話を振られたら、何でもいいからすぐ答えてください!」 オオタ「・・・え? でも・・・クイズだし」 ヤスダ「クイズという名を借りた、反射神経のテストなんです」 オオタ「反射神経?」 ヤスダ「占い師は、クライアントに対して、素早く、かつ、真摯に反応しなければなりません」 オオタ「そ、そういうものなんですね」 マツノ「どんな場合でも即答しなければいけないんですか」 ヤスダ「もちろんです。そうしないと、先生は激怒します」 オオタ「激怒」 ヤスダ「全く口をきいてくれなくなります」 オオタ「めんどくさ」 ヤスダ「対人関係の仕事ですから、どうしても面倒くさくなります。とにかく、はやく、答えるように。ほんっとに、何でもいいですから」 オオタ「はい・・・とりあえず、やってみます」  全員、元に戻って ヤスダ「先生、もう一度、お願いします」 村松「・・・(長い沈黙)・・・何でしょう、か! はい、オオタさん!」 オオタ「お客さんに手を出さない!」 村松「・・・・・・」 マツノ「オオタさん、ちょっとふざけてるんじゃない」 オオタ「そんなことないです。真剣です」 ヤスダ「それでは先生、判定は!」 村松「・・・分かりづらい!」 オオタ「はい?」 村松「占い師たる者、常に分かりやすい言葉で話しましょう」 オオタ「わ、分かりにくいですか?」 村松「手を出すと言っても・・・誘惑することなのか・・・暴力をふるうことなのか」 オオタ「あー、なるほど」 村松「クライアントは、ひとつひとつの言葉に、敏感に反応するものなのです」 オオタ「じゃ、えーと、お客さんを誘惑しない」 ヤスダ「先生、そろそろ正解を」 村松「では正解の、はっぴょう! 正解は、『ハッピーエンドにしよう!』でした!」 ヤスダ「当店では、占いの結論を、必ず、ハッピーエンドにもっていくことにしています」 マツノ「そうなんですか」 村松「皆さんだけに話す秘密です」 ヤスダ「この話、世間には公表していません」 オオタ「それで、お店の名前が『はっぴいえんど』なんですか」 村松「え・・・あなた、・・・見かけによらず・・・なかなか鋭いのね」 ヤスダ「すぐ分かります」 マツノ「・・・あまり、占いのお店っぽくなくて、私は好きです、この名前」 村松「私はあまり好きじゃないわね。でも師匠がつけてくれちゃったんでね」 マツノ「ただ・・・人生相談って・・・絶対ハッピーエンドにもっていけるんですか?」 村松「たいがいできるものです」 ヤスダ「ということで、今日の占い教室では、皆さんに、人生相談のロールプレイをしていただきます」 マツノ「いきなりですね」 オオタ「できませんよ」 ヤスダ「まずは、先生の模範演技から」 村松「じゃあ、何でもいいから、私に相談してみて」 オオタ「相談ですか・・・・・・相談・・・」 ヤスダ「(小声で)はやく」 オオタ「えーと・・・あー・・・うーー」 ヤスダ「(はっきりと)大至急!」 オオタ「はい! 例えば・・・えー、彼氏と別れて悲しくて・・・悲しみが止まらない・・・どうすればいいでしょう」 村松「今はつらいかも知れません。でも、この別れがあなたの出会いの運気・・・俗に言う『男運』を高めてくれるのです。新しい理想の人と出会うために、この苦しみがどうしても必要なのですよ・・・・・・はい、ハッピーエンド! ザッツオール!」 オオタ「すごいですね」 村松「ダテに20年もやっていません。ハイ、次!」 オオタ「じゃあ、好きな男の人が振り向いてくれない・・・彼女もいるし・・・とか」 マツノ「男のことばっかりじゃん」 オオタ「だめですか」 マツノ「別にー」 村松「その彼がいるおかげで、ずっと前向きになれている自分に気づくことができたとしたら・・・たとえ残念な結果に終わっても、あなたは幸せなはずです。はい、ハッピーエンド! ザッツオール!」 マツノ「というか・・・確かに、予言をするわけじゃないんですね・・・」 村松「占い師に必要なのは、占いや予言の能力ではありません」 マツノ「はあ」 村松「他人のことですら前向きに考えることができる、絶大なる妄想力! そして言葉のマジック! はったり! 大言壮語!」 オオタ「そんなこと言ってもいいんですか」 ヤスダ「大切なのは、本人の救われようとする気持ちなのです。私たちはそれを引き出すために、内面・外面どちらからも、効果的なアプローチを探していきます」 村松「そういうこと」 マツノ「・・・じゃ、本人に救われようとする気持ちがない場合は」 村松「相談に来る人は、だいたい救われようとして来るものです」 マツノ「そうでしょうか」 村松「たまに、無理矢理連れて来られる人もいますが」 マツノ「そんなときは」 村松「無理はしません。ここに来ることで、誰かが救おうとしてくれている、それを実感するだけで、充分救いになっているものです」 オオタ「救い・・・お坊さんみたいですね」 村松「近いかもね」 マツノ「じゃあ、絶対に救われないような悩みの場合は」 村松「我々も、神様ではありません。できるだけのことはします。基本、出たとこ勝負です。それをやってみようというわけです」 ヤスダ「もっとも、今日はあくまでも教室ですから、お互いに、架空の相談をしてもらいます」 村松「それぞれの架空の相談を、無理してハッピーエンドに持ち込むという練習です」 マツノ「・・・いきなりで、できますか?」 村松「いきなりできる人もいます。私はそうでした。天才ですから。でもま、普通は難しいですね。まずは、皆さんの素質を見るために、とりあえず、やってみましょう。じゃ、ヤスダさん、お願い」 ヤスダ「では、最初に、オオタさんがお客さん役、マツノさんが占い師役・・・(ソファーに2人を移動させる)・・・」 村松「では、オオタさん、ひとつ、架空の相談をしてみてください。はいよーい、スタート!」 オオタ「え。またですか・・・?」 ヤスダ「だから、急いで!」 オオタ「はい! あ、えーと、じゃあ、熱心な男の人に言い寄られてて」 マツノ「また男?」 オオタ「他に思いつかないです」 村松「マツノさん、練習練習」 マツノ「あ、え、・・・・」 村松「最初は、相手の言葉をそのまま返してみましょう」 マツノ「え、熱心な男の人に、言い寄られて・・・・・・それは、大変ですね」 オオタ「・・・もう、押しが強いんです。どんどん押してくるんです」 マツノ「どんどんですか」 オオタ「どんどん、っていうか・・・じゃんじゃん」 マツノ「じゃんじゃん」 オオタ「ほんっとに・・・じゃんじゃん、というか、・・・ぐいぐい・・・ばちばち・・・ドッカンドッカン」 マツノ「できたら・・・言葉で説明してください」 オオタ「伝わりませんか」 マツノ「全然」 村松「オオタさん、もう少し具体的に設定してみましょう」 オオタ「はい、・・・え、と・・・もう、なんかストーカーチックな感じになってて」 村松「ストーカー、面白そうじゃない」 オオタ「何処に行っても監視されてるっていうか・・・」 村松「あるある」 オオタ「私を盗み撮りした写真を送ってきたり」 村松「いい!いい!」 オオタ「家族にまで私の写真を送ったんです」 村松「うわそれ最悪!」 ヤスダ「先生、興奮しすぎです。練習になりません」 村松「あら、ごめんなさい。ストーカー話、大好物なもので」 ヤスダ「もう! はー失礼しました。では、マツノさん、お答えをどうぞ」 マツノ「はい・・・ちなみに・・・それはどんな写真だったんですか」 村松「そう! それ聞きたかったの!」 ヤスダ「うるさい!」 オオタ「制服を着ている写真です」 マツノ「制服ですか」 オオタ「その人・・・私の制服姿がお気に入りみたいで」 マツノ「失礼ですが、職業は何をされてるんですか」 オオタ「え・・・看護師です」 マツノ「ホントのことじゃん」 村松「まあいいでしょう」 オオタ「ナース服がかわいくてたまらないと」 マツノ「・・・服がですね」 オオタ「いや、その中身も」 マツノ「え? 中身もですか?」 オオタ「そこそこいけてると思いますけど」 マツノ「そうですか?」 オオタ「年の割には若いっていつも言われます」 マツノ「何歳ですか」 オオタ「29です」 マツノ「え! 本当に?」 オオタ「見えるでしょう! どこに疑問が!」 マツノ「いえ、わたし、同じ年です」 オオタ「あ、そうなんですか」 マツノ「私より年下かと思ってました」 オオタ「幼く見えるみたいで」 マツノ「えー意外!」 オオタ「よく言われます」 マツノ「え?でも、学年は違うかもね。わたし早生まれなんですけど」 ヤスダ「カットカットカット! 脱線しないでください!」 村松「ま、脱線もリアルでいいでしょ。じゃあ、そろそろハッピーエンドに持ち込んでみましょうか」 マツノ「え、・・・もうですか?」 村松「そうですよ。簡単でしょう」 マツノ「簡単・・・ですか?」 村松「ま、とりあえずね」 マツノ「はあ・・・えー・・・でもストーカー行為ですよ。無理ですよ」 村松「占い師たる者、お金を払ってくれるクライアントに、『無理ですよ』はダメでしょう」 マツノ「はい」 村松「たしかアンケートによると、マツノさんは本気で占い師になりたいと」 マツノ「ぜひ」 村松「だったら、がんばってみましょう。はい、スタート!」 ヤスダ「先生、確かにちょっと難しいです。また模範演技を」 村松「では僭越ながら・・・オホン!・・・あなた・・・ストーカーされてるのね・・・」 オオタ「・・・はい」 村松「とても我慢できないと」 オオタ「はい」 村松「もう犯罪的なところまで来ていると」 オオタ「そうなんです」 村松「わかりましたではお答えします!・・・・・・今すぐ・・・・・・警察に行くことです! はい、ハッピーエンド! ザッツオール!」 オオタ「・・・・・・はい? それでいいんですか」 村松「どこがいけないの」 オオタ「でも」 村松「事件性があるときは、警察。決まってるじゃん」 オオタ「占いじゃないじゃないですか!」 村松「犯罪に対してあなた何ができるの」 オオタ「無責任な」 村松「この場合、お代はいただきません」 オオタ「当たり前です」 村松「ここで今日の名言!その2! できないことはできない! 占い師だからって、何でもかんでも売らないし!(決めぜりふのように)・・・くっくっくっ(笑い声)」 ヤスダ「(しらっとした雰囲気の中)・・・よっぽど気に入ってるんですね・・・だーれも受けてませんけど」 村松「あ、ごめんなさい。ちょっとセンセーショナルだったかしら。占星術だけに」 ヤスダ「・・・すいません。お酒は飲んでないはずなんですが」 オオタ「・・・・・・他の相談考えます」 村松「そうだんね(そうだね、の口調で)・・・『そうだね』『相談ね』・・・くっくっくっ」 ヤスダ「(無視して)じゃあ、いったん役割を逆にしてみましょう」 マツノ「え・・・私全然練習してないですけど」 ヤスダ「架空の相談を考えるのも、大事な練習です」 マツノ「はい・・・じゃ、・・・逆に、私がストーカーをしてしまうんです」 村松「警察に行くことです! はい、次!」 ヤスダ「ストーカーから離れましょう」 マツノ「じゃ・・・夫が・・・家事を全然手伝ってくれないんです」 オオタ「そんなので占いにくるの?」 マツノ「夫が・・・同じ事で何回も怒るんです」 オオタ「同じ失敗を何回もしちゃうと」 マツノ「はい・・・どうすればいいでしょう」 オオタ「極力、注意すればいいんじゃないですか・・・もっと他の相談ないですか」 マツノ「夫が・・・私の料理を食べてくれなくて」 オオタ「料理、へたなんですか」 マツノ「・・・はい」 オオタ「じゃ、しょうがないですね・・・おしまい・・・全然続かないんですけど」 マツノ「結構難しいですよ」 ヤスダ「考えすぎです」 村松「もっと単純に、DVを受けている、という設定にしてみましょうか」 ヤスダ「え、先生・・・でもそれだと」 村松「じゃ、いってみましょう。これも最後ハッピーエンドで」 オオタ「ハッピーエンド・・・はい」 マツノ「夫が・・・暴力を振るうんです」 オオタ「ぼ、暴力・・・どんな感じですか」 マツノ「・・・とにかく・・・殴るんです・・・あと暴言とか・・・『おまえなんかもう死んじまえ』って何回も・・・」 オオタ「・・・殴るのは・・・どんなときですか・・・」 マツノ「なんか・・・いらいらしているとき・・・いろいろたまっちゃって」 オオタ「殴った後は、旦那さんどうされるんですか」 マツノ「謝ります」 オオタ「優しくなるんですか」 マツノ「妙に優しくします」 オオタ「そこに愛情を感じることは」 マツノ「・・・どうでしょう」 オオタ「あるんですね」 マツノ「・・・分かりません」 オオタ「あるはずですよ」 マツノ「でも、そんなの、愛情じゃないですよね」 オオタ「そうでしょうか」 マツノ「あれだけ殴ってから、いくらフォローしても・・・愛情なんか無いに決まってます」 オオタ「どうしてそう決めつけるんですか」 マツノ「愛しているのに『死んじまえ』なんて言わないでしょう」 オオタ「愛していても『死んじまえ』って言います」 マツノ「そんなことないです・・・」 オオタ「あります! きっと愛情表現です・・・殴るのも、『死んじまえ』も・・・だからあなたはとっても幸せなんです」 村松「オオタさん・・・暴力がつらいって言う人に対して、暴力が幸せだって言うのは・・・いかがなもんでしょう」 オオタ「ハッピーエンドにしないといけないので」 マツノ「全然ハッピーじゃない」 村松「あまり急いでハッピーにするのも、無理があります」 オオタ「でも」 村松「もしかしてこの話、終わらそうとしてる?」 オオタ「・・・そんなことないんですけど」 ヤスダ「もう少し話を聞いてみましょう」 オオタ「分かりました・・・」 マツノ「・・・殴られながら『死ね』って言われると・・・自分って、生きてる価値がないのかなとか・・・」 オオタ「そんなの勘違いです。思い込みです。そんなはずないでしょ」 村松「冷静に」 マツノ「ほんっと思い通りに動いてくれないことが多くて・・・多いらしくて・・・そうなったら・・・感情にまかせて叩いてきます」 オオタ「でも、心当たりがあるんでしょう」 マツノ「まあ、あるといえば、ありますけど」 オオタ「それなのに、旦那さんは叩いた後に謝る」 マツノ「・・・ええ、まあ」 オオタ「自分の過ちを素直に認めて、きちんと謝る。ステキなことじゃない」 マツノ「ステキですか?」 オオタ「そんなに愛されてるのに、なんで分からないの?」 村松「カット! ・・・どうもハッピーエンドになりませんね」 オオタ「だって・・・」 マツノ「DVにハッピーエンドってあるんですか」 村松「さあ」 マツノ「さあ、って言われても」 オオタ「こういう相談って・・・よく来るんですか?」 村松「・・・」 ヤスダ「まあ、わりとよくありますよ」 村松「教えてあげません」 オオタ「じゃ、もし、もし仮に、先生がこういう相談を受けたら・・・何て言ってあげますか」 村松「・・・」 オオタ「先生?」 村松「それも・・・教えてあげません」 オオタ「え?」 村松「もう少し続けたいので、教えてあげません」 オオタ「でも・・・この相談・・・何かつらいです」 ヤスダ「私も・・・このテーマ・・・きついと思います」 村松「だって、よくある相談なんでしょ」 ヤスダ「そうですけど」 村松「あくまでも、架空の相談だから」 ヤスダ「架空ですか」 村松「架空ですよ」 ヤスダ「どうなっても知りませんよ」 村松「・・・マツノさん、続けましょう」 マツノ「何にも悪くないのに・・・すごく叩くんです・・・」 オオタ「・・・叩いている旦那さんの方もつらい・・・そう考えたことはないですか」 マツノ「つらい・・・のかもしれません・・・でも、私も限界なんです」 オオタ「・・・旦那さんのことを分かってあげられるのは、あなたしかいないんですよ」 マツノ「でも・・・どうして叩いちゃうのか・・・全然分からないんです」 オオタ「理解しようという努力が足りないんじゃないですか」 マツノ「叩かれる方が悪いんですか」 オオタ「本当に何の理由もなく叩くことなんか、あると思いますか」 マツノ「・・・はあ」 オオタ「どうしたいんですか」 マツノ「・・・もう・・・助けてください」 オオタ「何から助ければいいんですか」 マツノ「・・・逃がしてください・・・」 オオタ「逃げたいなんて・・・どうしてそんなこと言うんですか!」 ヤスダ「オオタさん」 オオタ「いっつも逃げなさい逃げなさいって・・・みんな何にも分かってない!」 ヤスダ「ちょっと!」 オオタ「逃げる必要なんかないじゃない。こんなに優しくしてくれてるのに! 何でわかんないの! 近くにいてあげなさいよ! 愛し合ってるんじゃないの!」 ヤスダ「だから! 落ち着いて!」 オオタ「守ってあげなさいよ! あなたしかいないんだから! それが当然でしょ! だって、旦那なんでしょ! 逃げたらすべてを失うのよ! あなたのすべてを!」  オオタ、このときセンターにいる。照明落ちて、オオタを照らす。一人芝居が始まる。 オオタ「・・・・・・どうしてそんなに叩くの・・・どうして『死ね』なんて言うの・・・どうして『消えろ』なんて言うの・・・本当に私が消えてもいいの?・・・ああ、痛い・・・苦しい・・・私だって、あなただって・・・ねえ・・・どうしてそんなに謝るの・・・悔しいの?・・・悲しいの?・・・そんなに、泣きたいことがたくさんあるの?・・・外では絶対泣かないもんね・・・あなたは私がいないとダメなのね・・・私も同じ・・・そう・・・そうだよね・・・心配しないで・・・生活なら、何とかなるから・・・大丈夫、私はあなたから逃げない・・・たとえ、あなたに殺されても」  元に戻る。 村松「オオタさん、オオタさん」 オオタ「・・・(我に返って)はい」 村松「どうかしましたか」 オオタ「あ、何でもないです」 村松「占い師には、感情的にゆさぶられるような相談もやってきます」 オオタ「はい」 村松「自分に心当たりがあることなら、なおさらです」 オオタ「え」 村松「そこから目を背けるわけにはいきません。淡々と答えるだけです」 オオタ「・・・やっぱり、逃げちゃだめなんですね」 村松「目を背けるのと、逃げるのは違います」 オオタ「そうですか」 村松「目を背けずに逃げる」 オオタ「よくわかりません」 村松「いわば、こんな感じですね(オオタをにらみながら後ずさり)」 オオタ「・・・熊から逃げるときみたいですね」 村松「皆さんさようなら〜(さらに後ずさり)」 ヤスダ「(後ろから村松をかかえるようにして)あ、先生、逃げないでください!」 村松「そろそろ交代してみる?」 ヤスダ「では、マツノさん、行ってみましょう」 マツノ「先生、わたし・・・」 村松「ああ、そろそろやってみますか」 マツノ「わたし・・・ほんっとに占い師になりたいんです」 村松「そうみたいですね。アンケートで読みましたよ」 マツノ「・・・がんばります! 何でもします!」 村松「ま、練習ですから・・・気楽に気楽に」 マツノ「気楽に・・・はできません」 村松「少しは適当なところがないと、この仕事続きません」 マツノ「でも、一生懸命がんばります」 村松「まあ、いいわ。じゃ、オオタさんに相談してもらいます・・・オオタさん、同じ設定でもいいですか」 オオタ「あ・・・夫がDV」 村松「そう」 ヤスダ「先生」 オオタ「・・・分かりました・・・やってみます」 村松「では、はじめましょう」 オオタ「・・・夫が・・・叩いてくるんです」 村松「もっと具体的に」 ヤスダ「先生」 オオタ「・・・お金を・・・せびってくるんです」 マツノ「お金、ですか」 オオタ「はい」 マツノ「どのくらいですか」 オオタ「・・・五千円とか・・・一万円とか・・・何に使ってるのか分かりません」 マツノ「やめてくれ、って言ったことは」 オオタ「・・・一応あります」 マツノ「拒否するとどうなるんですか」 オオタ「・・・もちろん・・・殴ってきます」 マツノ「殴られる」 村松「マツノさん、事件性がありますから、詳しく聞くこと」 マツノ「はい。具体的に、どんな風に殴られてますか」 オオタ「仕事があるので・・・顔は狙わないんですけど・・・体中アザだらけです」 マツノ「・・・それで暑いのにそんな格好を」 オオタ「はい・・・いえ・・・これは、架空の相談ですから・・・関係ないです」 マツノ「すいません。で・・・他にはどんなときに殴られるんですか」 オオタ「え、と・・・いや、なんか、いっつもイライラしてるんです。・・・だんだん私も、いつ殴られるか分かるようになってきました」 マツノ「そういうもんですか」 オオタ「いつも一緒にいるので・・・仕事以外は常に」 マツノ「そうなんですね」 オオタ「・・・ひとりでは何もできない人なので・・・」 マツノ「・・・体、お悪いんですか」 オオタ「そんなことはないです・・・あんまり元気ではありませんが」 マツノ「介護が必要とか」 オオタ「まさか・・・でも・・・仕事はしてません」 マツノ「どうしてですか」 オオタ「バイトはするんですが・・・すぐやめてきます」 村松「なんかリアルでいいわね」 ヤスダ「そりゃそうでしょ」 オオタ「お金には・・・困ってないので・・・別にいいんですけど・・・ただ」 マツノ「ただ」 オオタ「束縛が・・・ひどくて」 マツノ「束縛」 オオタ「自分の時間が、全然無いんです」 マツノ「・・・でも・・・夜勤とかありますよね・・・そんなときは」 オオタ「・・・休憩時間とか・・・スマホ見るの怖いです」 マツノ「仕事にならないですね」 オオタ「仕事してる最中だけは・・・一瞬忘れられるんですけど・・・ほんとに・・・いつ仕事を辞めなきゃならなくなるか・・・」 マツノ「それでも、離婚はできない・・・」 オオタ「私がいないと・・・あの人死んじゃうかもしれません」 マツノ「死んじゃう」 オオタ「ええ」 マツノ「どうして、そう思うんですか」 オオタ「・・・現に・・・死んじゃいそうになったこと、一度や二度じゃありません」 マツノ「死んじゃいそうになった」 オオタ「死んじゃうようになることを、わざとするんです・・・私に気づいてもらえるようなタイミングで・・・わざとなんです・・・わざと」  照明落ちて、マツノ、センターに。マツノを照らす。一人芝居が始まる。 マツノ「お母さん!・・・ここにあった電池どうしたの?・・・ちょっと何してるの!(背中を強く叩く仕草)・・・(ボタン電池が口から出てくるのを拾う仕草)こういうの口に入れじゃダメだって、何回言えば分かるの!・・・死んじゃうんだよ!・・・ホントに死んじゃうんだよ・・・わざとやってるの?・・・そんなに・・・私の介護が気に入らないの!・・・しょうがないでしょ・・・家族はもう私しかいないんだから!・・・」  元に戻る。 村松「マツノさん、マツノさん」 マツノ「・・・はい・・・あ、すいません」 村松「続けましょう」 オオタ「だから・・・いつ何をするか分からないから・・・こんな人と結婚なんてできないんです」 村松「・・・オオタさん、設定間違ってますよ・・・旦那さんがDVを」 オオタ「え・・・あ、結婚じゃなくて・・・離婚です・・・離婚なんてできないです」 村松「言い間違えたんですね」 オオタ「・・・そうです・・・よくわかんなくなってきました」 村松「そろそろ、ハッピーエンドにしてみましょうか」 マツノ「こんなのできますか?」 村松「まあ、練習ですから」 マツノ「・・・家族から目を離せないの・・・つらいですものね」 オオタ「家にいると、ほんっと何にもできません・・・あっちはずーっと横になってますけど」 マツノ「向こうは何にもしないでだらだらしてる・・・いらいらしますよね」 オオタ「まあ・・・そういうもんだと思ってるので」 マツノ「逆に・・・オオタさんが旦那さんを殴りたくなることは」 オオタ「え・・・そんなことしたら・・・」 マツノ「まずいですか」 オオタ「離れて行ってしまうかもしれないし・・・」 マツノ「・・・でも・・・開き直って・・・1回殴ってみたらどうですか」 オオタ「気持ちをぶつけたくなることはありますが・・・殴るなんて」 マツノ「いつもされてるんでしょ」 オオタ「そうですけど」 マツノ「気持ちが晴れるかもしれないですよ」 オオタ「殴ると気持ちが晴れるものなんですか」 マツノ「さあ・・・やってみたことがないので・・・」 オオタ「やってみたいと思ったことは」 マツノ「そりゃ・・・同じような状況だったら・・・私だって」 オオタ「殴っちゃいますか」 マツノ「我慢できないかも知れません」 オオタ「経験があるんですか」 マツノ「え・・・あいにく・・・独身なもので」 村松「マツノさん、立場が逆転してますよ」 マツノ「あ・・・失礼しました・・・あなたの心を守るためにも・・・1回試す価値あるんじゃないでしょうか」 オオタ「殴るのを」 マツノ「ええ」 オオタ「・・・それで・・・本当にハッピーエンドになりますか」 マツノ「ハッピーエンドには・・・ならないでしょうね」 村松「マツノさん・・・難しいですか」 マツノ「・・・・・・こんなの無理です」 ヤスダ「マツノさん」 マツノ「こんな旦那と一緒に暮らして・・・何でもやってあげて・・・生活を束縛されて・・・自分の時間も自由もなんにもなくて・・・ハッピーエンドにできるわけないです」 ヤスダ「マツノさん」 マツノ「先生・・・こういうのも・・・ほんとにハッピーな方向にもっていけるもんなんですか」  照明落ちて、マツノ、センターに。マツノを照らす。一人芝居が始まる。 マツノ「・・・お母さん!・・・少しは言うこと聞いてよ!・・・ごはんならさっき食べたでしょ!・・・これ以上どうしろって言うの!・・・やりたいことも全部我慢してるの・・・私がどれだけお母さんに尽くしてるか分かるでしょう!・・・これ以上困らせないで・・・だから、どうしていっつもぽろぽろこぼすの!・・・残さないで!・・・食べないと死んじゃうでしょ!・・・そんな大げさな顔しないでよ!・・・痛くしてないでしょ!・・・ちょっと押しただけなんだから!・・・あーいらいらする!・・・私は何のために・・・いっそ早く死んでくれないかなあ」  元に戻る。 村松「まあ本来、この件の場合、旦那さんから彼女を引き離すしかないでしょうね」 オオタ「・・・離れられないんです」 村松「・・・こんなとき、いよいよ占いの出番です」 オオタ「・・・占っていただけるんですか?」 村松「・・・無料では嫌ですねー。私もプロなんで」 ヤスダ「先生・・・架空の相談ですから。模範演技と言うことで、ぜひぜひ」 村松「あなた、うまいこと言うわね・・・じゃあ、オオタさんの架空の相談に対して、占いをしてみましょうか」 ヤスダ「そうこなくっちゃ」 村松「あくまでも、模範演技・・・ということですよ」 オオタ「お、お願いします」 村松「えーと・・・オオタさん・・・頭を極力ぼんやりさせてください」 オオタ「ぼんやり・・・(ぼんやりした顔に)こんな感じですか」 村松「なかなかいいわね」 ヤスダ「ステキなぼんやり感ですよ」 村松「ここは動物園です・・・いいですか・・・動物園ですよ・・・ですから、いろいろな動物がいます・・・さて、最初にあなたの眼に入った動物は何ですか」 オオタ「・・・入場券売り場の・・・おばさん」 村松「・・・なかなか柔軟な人ね」 オオタ「恐縮です」 村松「褒めてないわよ・・・では、人間以外で最初に見えた動物は・・・」 オオタ「・・・カラス・・・ですか」 村松「動物園でカラス?」 ヤスダ「他の鳥の見間違えじゃないですか」 オオタ「・・・上空を、カラスがたくさん飛んでいます」 マツノ「動物園関係ないじゃん」 オオタ「・・・でも、見えちゃったし」 村松「下界では」 オオタ「・・・テラテラした気持ち悪い虫が」 村松「・・・分かりました! 今ので充分見えました」 オオタ「今ので?」 村松「・・・上空を飛ぶカラスは・・・あなたです・・・檻に入った動物たちを上から見ている・・・檻に入っているのが、旦那さん・・・本当に縛られているのは、旦那さんの方なんです・・・オオタさん・・・じゃなくて、奥さんがいなければ何にもできない・・・奥さんに縛られている、と言うこともできるんじゃないですか」 マツノ「ああ」 村松「カラスは・・・日本神話や北欧神話で、道案内をする鳥・・・テラテラした虫は・・・おそらくハンミョウのことでしょう・・・道を教えるという言い伝えがある虫です・・・あなたは・・・旦那さんを今の状態から抜け出すように導きたい・・・心の中で、そう考えているのではないですか・・・」 マツノ「やっぱり村松先生、さすがです!」 オオタ「・・・こじつけじゃないですよね」 マツノ「なんて失礼な!」 村松「無意識に近い状態になると・・・深層心理が表れる・・・そういうことがあるものです」 マツノ「抜け出すように導く・・・」 村松「旦那さんがあなたを縛っているのではないのです。あなたが旦那さんを解き放たなければいけないのです・・・そうしなければ、誰も先に進めない・・・分かりますか」 マツノ「先生、ステキです」 ヤスダ「ね、ホントはこういうこともできるんですよ」 村松「ホントはね」 オオタ「でもなんか・・・無意識とか深層心理とかって言われても・・・」 ヤスダ「無意識の部分に光を当てることで、あなたの望むハッピー」 村松「あーそれ私の名言! 私が言うの!」 ヤスダ「はいはい」 村松「無意識の部分に光を当てることで、あなたの望むハッピーエンドが、勝手に見えてくる・・・究極のチラリズム!・・・・・・」 ヤスダ「また余計なつけたし・・・はい拍手ー・・・名言いただきましたー」 マツノ「でも・・・よく分かりました」 村松「あなたが分かってもねえ」 オオタ「では、私はどうすれば」 マツノ「もう完璧な答えが出たじゃん」 村松「彼を見守りつつ、少しずつ離れていく・・・目を離さなくてもいいのよ・・・気になるんでしょ・・・だから・・・こういうのはどうでしょう(オオタをにらみながら後ずさり)さようなら〜(さらに後ずさり)」 ヤスダ「しつこい!」 村松「・・・(止まってから)でも、笑ってるじゃん」 オオタ「ははは・・・面白いです・・・とっても」 村松「ほらー、面白いって言ってるじゃん」 オオタ「・・・何か・・・お茶目なおば・・・お姉さんって、ほっとします」 村松「・・・いま『おばけ』って言おうとした?」 ヤスダ「心当たりあるんですか?」 オオタ「先生だったら・・・ハッピーに近づけますよね・・・」 村松「でもオオタさん・・・あなたの発想とか・・・境遇とか・・・私とは違うけど・・・あなたも占い師に向いてるかもね・・・少し冷めてるし・・・あなた、ちょっと面白い」 オオタ「・・・ありがとうございます。でも私看護師の仕事好きだし」 マツノ「(いきなり)先生・・・私は・・・やっぱり占い師向いてないですか・・・」 村松「いきなり来るのね」 マツノ「今の架空の話・・・聞いててどんどんつらくなってきました・・・」 村松「超リアルだったもんね」 マツノ「あの程度でつらくなってるようじゃ、・・・ダメですよね」 村松「・・・いや、何かしてあげたいと思う気持ちが強いということです。別に大丈夫ですよ」 マツノ「・・・はあ、でも」 村松「もちろん、表面上は冷静でいなければなりません。そこは訓練でどうにでもなる」 マツノ「冷静でいられなかったんです」 村松「・・・どうして・・・何か心当たりでも」 マツノ「架空の相談が・・・まるっきり私のことだったもので」 村松「マツノさん・・・独身じゃなかったっけ?」 マツノ「独身です・・・でも私も・・・あの話の奥さんと同じです・・・あ同じっていうか・・・」 村松「・・・縛られている」 マツノ「はい・・・うちのお母さん、ちょっと・・・ぼけてきちゃって・・・私がついてないと・・・とにかく目が離せないんです」 オオタ「もしかして・・・暴力を受けてるとか」 マツノ「それは全然・・・むしろ・・・暴力・・・私の方が」 オオタ「叩いちゃうんですか」 マツノ「いえ・・・そこまでは・・・でも、ちょっとした拍子に、強く腕握っちゃったり・・・体ぎゅーってしちゃったり」 村松「そのくらい、よくあることでしょ」 マツノ「いらいらしてると・・・もしかしたらケガさせちゃうんじゃないかとか・・・骨折っちゃうんじゃないかとか・・・でもどんどん自分を抑えられなくなってて・・・それで、ここに来ました」 村松「抑えられないからここに来た」 マツノ「介護のために、仕事を辞めました。恋人とも別れました。でも・・・やっぱり何かしたくて・・・元々好きな占いなら、家でも仕事はできると思ったんです」 村松「自宅で開業したいと」 ヤスダ「開業は難しいですよ」 村松「というか、今日はお母さん、どうしてるの?」 オオタ「デイサービスとか」 マツノ「そうです・・・でも・・・なんか申し訳なくて」 村松「何が」 マツノ「私が介護しなきゃいけないのに・・・人に頼むのが・・・やっぱり」 村松「責任感あるのね」 マツノ「そうかもしれません」 村松「マツノさんは・・・小さい頃から、きっとお母さんにとって頼れるお子さんだったんでしょうね」 マツノ「・・・どうでしょう・・・怒られてばっかりで・・・若いころに離婚したんで・・・お母さんも必死だったみたいです」 村松「お母さん大事?」 マツノ「そりゃあ、まあ・・・でも」 村松「でも?」 マツノ「こう言ったらなんですけど・・・たまに・・・」 村松「たまに」 マツノ「たまに・・・死んでくれたらなあ、って思っちゃうこともあります・・・ダメですよね・・・こんなこと考えてるようじゃ」 村松「なにがダメなの?」 マツノ「ハッピーエンドじゃないから」 村松「・・・死んでくれると、あなたは幸せになれるんでしょ。正直でよろしい」 マツノ「・・・どうでしょう」 村松「自分の時間ができる。仕事にも就ける。恋愛も結婚も・・・まだ二十九歳、いくらでもやりなおせるじゃない」 マツノ「・・・そうです、けど」 村松「だったら、それはハッピーエンドなんじゃないの? お母さんがどう思ってるかは知りませんけど」  照明落ちて、マツノ、センターに。マツノを照らす。一人芝居が始まる。 マツノ「・・・お母さん!・・・どうしてそんなこと言うの?・・・私のためなの?・・・苦しいのは分かるけどさ・・・死にたいなんて言わないで・・・私はここにいるよ・・・心配しないで・・・何とかなるから・・・大丈夫、私は逃げないよ・・・最後まで一緒にいるから」  元に戻る。 オオタ「ダメです!」 村松「はい?」 オオタ「DVの旦那とは違います。マツノさん、ホントはお母さんの最期を看取るって決めてるんでしょう」 マツノ「え」 オオタ「私にはわかります。そういう人たくさん見てきたんで」 マツノ「でもこのままだと・・・お母さんのこと・・・叩いたり、殴ったり・・・押さえきれないんです」 オオタ「それは分かるけど!」 マツノ「分かってない!」 オオタ「分かる!」 村松「あー! もうこんな時間!」 ヤスダ「何ですか急に!」 村松「コーヒーブレイク!」 ヤスダ「はい? 何言ってるんですか」 村松「(ヤスダをしばらく見てから)コーヒーブレイク、します! あなたも! 私も!」 ヤスダ「(周りを見回してから)私もコーヒー!(と言って後ずさりしながら二人とも下手へ去る)」 マツノ「行っちゃった」 オオタ「マツノさん!」 マツノ「はい!」 オオタ「私、ずっと老人病棟にいました。どうせこのあと死ぬだけなのに・・・病院なんか来てどうすんだろうって思ってました」 マツノ「ひどい言い方」 オオタ「きれいごとじゃないんです・・・徐々に弱っていく人の世話をする・・・でも、必ず亡くなる・・・だんだんいつ亡くなるか予想できるようになってきて・・・でも、未来が分かっても、全然幸せじゃない・・・だから」 マツノ「それでも・・・占いが気になるから、ここに来たんでしょ」 オオタ「私、そもそも、占い嫌いなんです」 マツノ「え」 オオタ「大の大人が一喜一憂して、かっこわるい」 マツノ「悪かったですね」 オオタ「さっきの動物園のも、あんな答え・・・冗談です。マトモに答える気にならないです」 マツノ「ああいうときは、ちゃんと答えるものなの。たたりがあってもしらないよ」 オオタ「ありません・・・占いがいい加減なものだっていうのも、よーく分かりました・・・いい加減だけど・・・それで救われる人もいるんですよね・・・私が病院でしてることも、同じです。そこにいて、何かしてれば、なんとなく、愛情を感じるんじゃないですか・・・そして、家でも・・・」 マツノ「DVの旦那・・・架空の相談・・・じゃないよね」 オオタ「旦那じゃなく、同居人ですけど・・・」 マツノ「まあ、この際どっちでもいいわ」 オオタ「はたから見たらひどい人ですけど・・・でも、一緒にいてくれるから、それだけでいいのかな、とか・・・でもハッピーじゃないですね、全然」 マツノ「そうだね、全然ハッピーじゃない」 オオタ「はい」 マツノ「というか、ダメでしょう、そんなヤツ」 オオタ「ダメ?」 マツノ「全然違うよ。病院でしてることと、家でしてること」 オオタ「同じです・・・どっちも」 マツノ「・・・まあ、同じかもね。どっちも治る見込みがないから」 オオタ「彼は違います」 マツノ「あっそ。・・・私は・・・自分だけが違うなんて言わない・・・自信ないもん・・・どうにかしたいから、こうやってじたばたしてるの。手に職つけたら少しくらいマシになるかなあ、って」 オオタ「なんないよ」 マツノ「あなたには分かんないでしょ」 オオタ「まあね」 マツノ「あなただって、こんなとこ来てるんだから、ホントはどうにかしたいんでしょ」 オオタ「・・・さあ」 マツノ「だったらさ、占い教室なんか、どうして来たの!」 オオタ「・・・興味本位・・・さっき言ったじゃん」 マツノ「何かあると思って来たんでしょ?」 オオタ「・・・占いなんか信じてないって」 マツノ「ここに来れば、ハッピーエンドに近づける、って思ったんでしょ」 オオタ「二十九にもなって、そんな甘ちゃんじゃありません」 マツノ「・・・うそだね」 オオタ「何が」 マツノ「きっといつか目が覚めてくれる、そんなおとぎ話、高校生でも信じません」 オオタ「・・・うるさい」 マツノ「先生の占い聞いてさ、ホントは少し信じてるんじゃないの」 オオタ「そんなわけないでしょ」 マツノ「心当たりありまくりね」 オオタ「・・・占い好きな人って、そうやって決めつけるから嫌いなの」 マツノ「あれ、決めつける人が好きなんじゃないの」 オオタ「・・・そんなわけないでしょ」 マツノ「おたくの彼氏、決めつける人なんでしょ」 オオタ「だから彼を悪く言わないで!」 マツノ「先生は悪く言わなかったもんね・・・クライアントは言葉に敏感なんだって・・・あんたみたいな頑固者でも、先生があなたを助けようとしてることくらい、さすがに気付くよね」 オオタ「だからなんだって言うの!」 マツノ「分かるでしょ! 彼と離れなさい!」 オオタ「あなたはどうなの!」 マツノ「何が」 オオタ「あなただってDV予備軍なんでしょ。お母さんと離れるの?」 マツノ「・・・(ため息)」 オオタ「できないでしょ。一緒にいるしかないんでしょ。だったら、人のこととやかく言わないでよ」 マツノ「だって・・・お母さん、私がいなきゃ死んじゃうもん」 オオタ「DVになったら、あなたが死なせちゃうかもしれないじゃん」 マツノ「その言葉、そっくりそのままあなたに返します」 オオタ「施設でも何でも入れればいいでしょう」 マツノ「そんなの、お母さんが望むわけない」 オオタ「望まないのはあなたでしょう」 マツノ「そういうこと、あなたに言われたくない」 オオタ「あなたに殺されることを、お母さんが望んでるの?」 マツノ「じゃ、あなたは殺されてもいいんだ」 オオタ「はい?」 マツノ「命の危険を感じたことはないの?」 オオタ「言いたくない」 マツノ「気絶したりとか」 オオタ「言いたくない」 マツノ「骨折したりとか」 オオタ「言いたくない」 マツノ「どうして言いたくないの」 オオタ「言ったって、どうせハッピーになれないじゃん」 マツノ「だから言わないんだ」 オオタ「本当のこと言って、本当のこと知ったってしょうがないもん」 マツノ「じゃ、死んでもいいってことね!」  しばらく無言の間。 マツノ「どうなの! 答えなさいよ」 オオタ「・・・・・・・・・いいわけないでしょう・・・」 マツノ「・・・(ため息)」 オオタ「・・・家に帰る時間が近づくと・・・あ、足が動かなくなる・・・」 マツノ「・・・だったら・・・いいんじゃない、もう・・・帰らなくても」 オオタ「・・・どうかな」 マツノ「・・・私だって、お母さん死なせたくないよ、ホントは」 オオタ「・・・そうだろうね」 マツノ「お母さん好きだもん」 オオタ「私だって、彼のこと・・・好き・・・だけど」 マツノ「(ため息)・・・『だけど』の後が・・・いつも続かない、んだよね」 オオタ「だよね」 マツノ「やっぱ占いかなー」  急に、机の電話が鳴る。二人、顔を見合わせ、電話を取っていいのかためらっている。  ややあって、携帯を持った村松とヤスダが帰ってくる。 村松「見た? 二人のびっくりした顔!」 ヤスダ「もう先生、おいたが過ぎますよ」 村松「ふたりで雑談に花が咲いていたようですね」 マツノ「いや・・・別に・・・ねえ」 オオタ「はい・・・別に」 村松「あっそう。で、どうすんの、お二人さん・・・ハッピーエンドになりそうですか」 オオタ「・・・どうでしょう」 村松「今日の教室は、非常に中途半端ですが、そろそろおしまいにしましょう」 マツノ「え? これじゃ占い師になれないです」 村松「(無視して)最後にひとつだけ、教えてあげる。占い師に一番必要なこと・・・それはそれはやっぱ教えてあげない・・・教えてあげないけど、充分分かったんじゃないかな」 マツノ「分かりません」 オオタ「私は・・・何か分かった気がします」 村松「さすが素質充分!」 マツノ「あとで教えてよ」 オオタ「教えてあげません」 マツノ「えー、そんな」 村松「ではお客さんのハッピーなエンドを祈って、みなさん、バイバイバーイ!」  照明、いきなり切れる。マツノの一人芝居が始まる。 マツノ「・・・カブトムシ!・・・ハンミョウ!・・・カメムシ!・・・アリジゴク!・・・ふう、これで十二種類かな・・・ラッキー昆虫終了と。先生にメールしないと・・・あ、お母さん、仕事一段落ついたからさ、散歩でも行こうか・・・え?・・・めんどくさがらないでよ・・・紹介したい人がいるの・・・ひ・み・つ・・・ヒント、男の人です・・・じゃ、行きましょうか」  次に、オオタの一人芝居が始まる。 オオタ「おばあちゃん! 体温はかりますよ!・・・ねえ、また小さいころの話聞かせてよ・・・おばあちゃんの話面白いもん・・・え? 私のことなんかいいよ・・・私は話を聞くのが好きなだけ・・・結婚?・・・結婚なんか当分先のことです・・・つきあってる人なんていないって・・・仕事一筋です・・・自慢の息子さん、今度紹介してくれるの・・・おばあちゃんの息子さん優しそうだし・・・私のタイプ・・・なーんちゃって、冗談冗談・・・息子さんのためにも、長生きしてね・・・」  終幕 - 63 -