今週の説教

1月18日 ヨハネ1:43-51
 社会と主の教えには差があります。戦争と宗教の関係もそうです。私達人間には、多様な考え方があります。
 日本人は、古来 人・自然に神が宿ると考えてきました。宣教師が日本に伝道する時、物・人々を大切にする心を愛につなげました。
 ピリポは、イエス様がおいでになったことをナタナエルに伝えました。私たちも、イエス様の声を聴き大切な人に伝えましょう。

4月5日 マルコ16:1-8
さあ、行って弟子たちとペテロに告げなさい。「あの方は、あなたがたより先にガリラヤに行かれる。かねて言われたとおり、そこでお目にかかれる。」
 イースターは、クリスマスより早く紀元1世紀頃から行われた。植物は、春になると芽を出す。ユダヤ教の安息日は、土曜日の夜に終わった。
日曜日の朝、イエス様の復活の出来事があった。イエス様は、神様の力によって生き返させられた。イエス様は、新しい生命の始まり。
 イエスさまは、弟子たちとペテロに伝えなさいと言われた。イエス様を三度知らないと言ったペテロにである。「あなたが私を見捨てても、私はあなたを見捨てない」とイエスさまはおっしゃっている。

5月17日 使徒言行録1:15-26
 イエス様を裏切ったユダの後任として、イエス様が洗礼を受けた時から行動を共にしていたマティアを弟子に加えた。
 イエス様は、昇天し見えなくなることによって私達の中に入られた。見えないものは永遠に続く。イエス様は、いつも私達と共におられ、祈りに答えてくださる。祈る時、もっとも正しい道を教えてくださる。

5月24日 ヨハネ20:19-23
 「聖霊を受けなさい。だれの罪でも、あなた方が赦せば、その罪は赦される。」
 今日は、聖霊降臨日で復活日から50日目にあたります。現代のは競争社会で、勝者と敗者がはっきりします。私は、過大な期待は持たないほうが良いと思います。
 親が子の健康を祈るように、聖霊はいつも私たちを守ってくださいます。

6月21日 マルコ4:35-41
「なぜ怖がるのか。まだ信じないのか。」
 イエス様が舟の上で説教をされた。舟は教会を表し、湖は世の中を表している。私達の心には、解決していないことが積まれている。心の井戸から疑問をくみ上げ、イエス様に問いかけよう。そして、神様のみ言葉を自分の中に受け止めよう。私達の無関心により、心の中の寝ているイエス様を起こすことが奇跡である。

7月19日 マルコ6:30-44
 リーダーに求められるものは何でしょう。羊は、水を飲み草を求めるのみです。水を貯めるダムや、草を蓄える倉庫は求めていません。国民は、生きることを求めています。今、国がとろうとしている政策は、柵を作り必要な時に羊を屠るようなものです。戦争によって平和を守ることはできるでしょうか。

11月15日 マルコ13:14-23
 最後の時が来るという牧師文学は、大変に時代に生まれました。それは、イスラエルが侵略されていた時代です。あと二週間で降臨節が始まります。
希望が失われる現在、聖書は希望を語っています。山に行けとは、山で祈るということです。上着を取りに帰ってはならないとは、後ろを振り向くなということです。私たちの心の袋に希望を詰めましょう。

12月13日 フイリピ4:5
「あなたがたの広い心がすべての人に知られるようになさい。主は、すぐ近くにおられます。」
 先日、作家の野坂昭如さんが亡くなりました。彼は、生後まもなく神戸に養子に出され、空襲に遭い養父を失いました。その後、疎開先で義妹を栄養失調で失いました。そんな彼が、「この国に、戦前がひたひたと迫っている。」と警告しています。
 戦後70年がたち、戦争を経験した人が少なくなっています。日本は、戦争で他国に大きな被害を与え、沖縄戦・東京大空襲・原子爆弾等大きな被害を受けました。その苦い体験から戦後守っていた、専守防衛・非核三原則・武器を輸出しないという原則を、現在崩されてきています。
 今も、イラクではISによる残忍なテロ行為それに対する多国籍軍の空爆が行われています。武力による対立で問題が解決すとは思えません。
 私達にできることは、平和を祈ることと、平和を目指す政治家を選挙で選ぶことだと思います。