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あなたへ
先日、読者の方にサインをする機会がありました。
その折、三年程前、教え子の高校卒業の際に、僕が謝恩会で読み上げた「あなたへ」という 詩の話になりました。
「高校の卒業式って、お母さんにとっても、子育ての卒業式のような感じだなあ」と思ったのを きっかけに、お母さん方に贈るつもりで書き上げて、謝恩会の場で朗読した詩です。
読者の方より、
「ぜひ、あの詩をホームページにアップしてほしい」
という声をいただきましたので、せっかくなので、アップします。
あなたへ
榊 邦彦
僕はあなたを選ばなかった。 あなたも僕を選ばなかった。 命のリレーは、選び選ばれることがないから、 厳かで静かに、けれど、温かく輝いている。 僕は知らず知らずのうちにあなたから生まれ、 そうして、あなたは誰に命じられるわけでもなく、僕の命を育んだ。
どうして、あれほど 僕はあなたの服の香りが好きだったのだろう。 遠い日溜りのような、懐かしく柔らかい香り。 どうして、あれほど 僕はあなたの言葉が恐かったのだろう。 時に、励まされ、 時に、うろたえ、 時に、闘ったあなたの言葉。
あなたを僕の言葉で傷つけたこともある。 その言葉は、決してあなた以外の誰にも言えないほどの、 汚れた言葉だったかもしれない。 あなただから言えた…… そういえば、あなたは許してくれるだろうか。
いや、きっと、あなたは、 もうずっと前から、 僕の命をその胎内に宿らせたそのときから、 ずっと僕のことを、許していた。 だから、僕の言う言葉は、ほんのいっときの謝罪などではないのだろう。
今日、 僕は一つの場所を卒業する。 しかし、それは、 まだあなたを卒業することではない。
ほんの少しだけ もう少しだけでいい。 僕のために、祈ってほしい。 そう言っても、きっとあなたは いつまでも、祈り続けるのだろうけれど。
だから、僕は約束する。 僕は必ずあなたより長く生きる。 そうして、あなたの命を 次の命へとリレーする。 それはあなたのDNAをリレーすることではなく、 あなたの言葉を あなたの祈りを あなたの愛を リレーすることだ。
昨日までのあなた 今日のあなた そして 明日からのあなたへ ありがとう。 お母さん。
| 2008.9月記
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