五 重 塔 の 風 災 害

「五重塔の風災害」嶋田健司、松井正宏、吉田昭仁、田村幸雄:日本風工学会誌,第96号,pp.7-20,2003.7 所収

 五重塔は火災などで多くが失われ、明治維新前の建立になる五重塔は僅かに22基を数えるにすぎない。
では五重塔は「地震や風についてはどうなのであろうか」、当論文では五重塔と「風」について考察論及する。
その具体例として、「風」(昭和9年室戸台風)により倒壊した「摂津四天王寺五重塔」と「風」(台風9119)による「陸奥最勝院五重塔」への影響が取り上げられる。
 本論考の特色として以下が挙げられるであろう。
・五重塔についての工学的な風洞実験が試みられたこと
・摂津四天王寺文化再興塔の倒壊の具体的状況がかなり克明に調査され歴史的事実として記録されたこと
・陸奥最勝院五重塔のなまなましい「被害」状況も克明に記録されたこと
以上の意味で本論考は工学的価値もさることながら、文化的・記録的な価値を持つというべきであろう。
「五重塔はなぜ倒れないか」(上田篤編、新潮選書、1996)は「五重塔」が「地震」に倒れないという歴史的事実に着目し、日本の伝統工法の優秀性についてのメカニズムの解明に取り組んだ優れた業績である。
一方、本論考は「五重塔」と「風」との関係に着目する。
要するに、以上の2つの論考は「地震」・「風」と云う「暴威」に対する日本の伝統工法の優秀性の解明に取り組んだものと云えるであろう。そしてこのことが、本論考の第一義的意義であるのであろう。

 2章では「五重塔の構造的特質と空力的特質」として、1/150のスケールの法隆寺五重塔模型を使った実験結果が示されている。実験結果については五重塔模型と同じ見附面積との正方形角柱とのデータ比較が示され、五重塔構造(深い軒出、上部体積の逓減など)の風圧耐性特性が示される。
しかし、残念ながら工学的素養を欠く小生では、塔婆の「風」に対して持つ特性・耐性といったものは抽象論ではある程度イメージはできても、具体的には「どの程度」なのかについては良く分からないというのが正直なところである。

 3章では「室戸台風と四天王寺五重塔」として倒壊の様子・倒壊原因の推論が述べられる。
これは四天王寺五重塔倒壊の貴重な再現ドキュメントとしての価値を持つ。
圧巻は掲載されている「倒壊した四天王寺」(朝日新聞社提供・航空写真)であり、その画像は金堂・講堂・回廊および周辺諸堂などの伽藍は無事であるが、五重塔・中門のみが一種「異様」にある意味「見事」に倒壊している様を写していて、その「局部的な破壊力」の凄さを実感させるものである。まさに四天王寺(五重塔)の惨状であり、昭和9年の歴史的一コマを切り取ったものと云える。

 4章では「台風9119による最勝院五重塔」として、住職ご夫妻の目撃談などが紹介される。論文の趣旨からは外れた見解ではあるが、ついつい再現ドキュメントとして引きこまれてしまう記述内容であり、貴重な記録として残すべきものであろう。

※論文「五重塔の風災害 Wind Damage to Five-Storied Pagodas」PDF版を所有。(サイズ:2715KB)
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参考項目:摂津四天王寺五重塔