『キスの味―another side―』



まだ薄暗い明け方、蜩の鳴き声だけが寂しげに響く。
名残惜しげに木々に纏う闇は徐々にその場を追いやられ始めた。

目覚めたばかりの身体を包む冷えた空気が心地良い。

夜のうちに雨が降ったのだろう、草木は露に飾られていた。
確かにまだ辺りには雨の匂いが残っている。

唇に触れる湿った空気、髪を撫でる涼風。


―――悪くない。



煙管を口元へと運びながら緩やかな時間の流れに身を任せる。
絶えず興奮を得ることができる戦いの場も好きではあるが、こうして静かに煙と戯れる時間も好きだった。

単純に落ち着くのだ。


何をするわけでもなく、ただ空へと揺らめく白煙を見据える。
暁の空を飾る白い帯。
ゆらゆらと、立ち昇っては溶ける様に消えてゆく。

そして、慣れた味と匂いを十分に堪能しながらゆっくりと双眸を閉じた。


漂う香りは自分自身の気配と同じ。
だからか、まるでこの一帯全てが自分のモノになったかのような錯覚に陥る。
樹木、草花、空気にすら染み渡って、そこにいるだけで周り全てから独眼竜の気配を感じることができた。


その瞬間が心地良くて堪らない。








「何故政宗殿は煙草を好まれるのですか?」


見せてやった煙管を不思議そうに眺めていた幸村がそう尋ねた。

確かにコイツは煙草を嗜まない。
嗜まない人間にとっては良さがわからない、それが嗜好品という物か。

首を傾げる姿を見て、思わず笑みが浮かぶ。


「アンタにゃ分からねぇかもな」


色事に関しても甘党の相手を見ていると、つい悪戯を仕掛けてみたくなるものだ。
何の警戒もない幸村を引き寄せ、無防備な唇を捕らえる。
そしてそのまま、初々しくも頬を紅潮させた相手の口腔を味わった。

舌先から煙草の苦味を移すまでに、深く。


「はっ、はれんちでござるぞ」


開放された口元を押さえ、幸村が後ずさる。
装束に負けないほどの赤を得た顔が余裕のなさを物語っていた。


「悪かねぇだろ?」




独特の苦味も俺との口吻けの味として覚えればいい。
そうすれば煙管を見る度、煙草の匂いを嗅ぐ度に思い出すだろう。
重ねた相手の唇を、何の隔たりもなく繋がれた瞬間を、直に伝わった体温を。

その姿を想像するだけで無性に気分が良かった。


そして何よりも―――。
全身に移った匂いから厭でも独眼竜の気配を感じることができる。

本人だけではなく、あまつさえ周りの人間でさえも。









色を取り戻し始めた空を見上げ深く煙を吸う。
無意識のうちに、頭の中には意中の相手の顔があった。

あの深紅の装束から自分の慣れ親しんだ香りがするのは至極好ましい。
独眼竜の気配が護るように、包むように、抱いているかのごとく纏う。

他の誰よりも傍で。



「・・・・近いうちまた会いに行くとするか」



分け合った苦味を堪能しながら、静かに笑みを浮かべた。



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奏人さんが『キスの味』の政宗視点を書いて下さいました。
折角なので強奪してこちらでも展示させていただいております。
奏人さん、ありがとうございました。

(2007/9/30)

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