何故こうも苛立たせるのだろうか



   「触罪」



それはふと沸き起こった衝動で、格別の意味は持たなかった。
ほんの少しの興味。
だから手を伸ばし、触れてみたのだ。


「・・・・あんたの行動は本当にいつも唐突だな」


途端に名無しは渋面を作った。
硬い髪の感触が指の股を擽る。
そんなものを気に留めるはずもなく、羅狼は視界に晒された額を見つめていた。

この、名も知らぬ男の体のいたるところには無数の傷がある。
古傷が肌を彩るように巻きついていた。
数多のそれは服に隠され、日頃目にすることは出来ない。
唯一晒されているのは顔を縦横に走る傷だけだった。

だからふと思ったのだ。
髪に隠れた額の下に傷はあるのだろうか、と。


「ここにも傷があると思ったのか?残念だったな」


名無しは羅狼の思惑を解したようだ。
言葉が分からない分、察するのが上手くなる。
嬉しくもない話ではあったが。

羅狼は問い掛けには答えず、暫し額を見つめていた。
普段隠れている部分を暴くという行為は、相手の知らぬ面を抉り出すような気分がする。
同じ抉り出すなら鬼の本性が見てみたいものだ。
そう思いながら羅狼は額へと唇を寄せた。

行動が予想外だったのだろうか。
優しく柔らかな口付けに、名無しはびくりと肩を震わせた。
思わず目を瞑る。
羅狼は額から右の目へと唇を滑らせた。
温もりがくすぐったい。
それでも、名無しは抵抗できずにいた。

ああ、だからこの男とは係わりたくないのだ。
それが正直な心情であった。


「いい加減に放せ」


前髪を押さえていた手を弾く。
だがその前に鷲掴みにされ、唇を塞がれた。
舌は進入してこない。
塞ぐだけの口付けが、何故か苛立たしかった。
眉を顰め、柔らかな感触に耐える。

ああ、本当に苛々する。
名無しは力任せに羅狼の腕を払った。
そのままの勢いで胸倉を掴み上げる。
今度は反対に名無しから噛み付いた。


何故こうも苛立つのか。
もうこれ以上、掻き乱さないで欲しい。


(2008/05/05)


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