陣内の各所を彩る篝火。
酒に酔い、響く笑い声。
そんな喧騒を避けるように、暗がりで重なり合う影二つ。
『秘して密事』
外された武具が草叢の上に落ちる。
迷いない手が立てる衣擦れの音に、夜目にも赤い髪をした男は眉を顰めた。
男はまだ若い。
幼いと言ってもいい顔立ちであった。
「おい…」
「何だ?」
赤毛の男に覆い被さっていた男が顔を上げる。
不機嫌さも顕な赤毛の男は、自分の着物を乱す同僚を睨み付けた。
視線の先には顔の中央を真横に走る傷がある。
以前、赤毛の男が付けた傷であった。
「報告が聞きたかったんじゃなかったのか?虎杖」
虎杖と呼ばれた男は吐息で笑み、赤毛の男の首筋に顔を埋める。
生温かい舌の感触に、赤毛の男は僅かに肩を震わせた。
「普通に話していては目立つであろう?これならば誰も近付くまい」
「近付かんだろうが…ふりだけで十分だろう。わざわざ脱がすな」
「戦の後だ。昂りが治まらんのよ」
「っ…!知るか…」
袴の中へと手を差し入れ、内腿を撫ぜる。
そのまま奥へと手を進めると、下帯を緩めた。
「なぁ赤毛、そう息を詰めては出来るものも出来んわ」
「そう、思うなら…やめ、ろ…」
ねり木を絡めた指を突き入れ、ゆるりと内壁をなぞる。
進入を拒む肉の蠢動を掻き分ければ、意思とは無関係にばたつく脚が虎杖の横腹を蹴った。
弾む息を堪えて、赤毛は身を捩る。
些細な動きは抵抗にすらならない。
鼻の傷をひとつ撫でると、虎杖は腹を蹴り続ける片脚を肩に乗せた。
「そういえば報告を聞いていなかったな」
赤みを帯びた眼光が今更なんだと言いたげに胡乱げな視線を寄越す。
それには構わず、虎杖は話せとばかりに顎をしゃくった。
赤毛の男を蝕む指戯も止める。
仕方なく赤毛の男は口を開いた。
「今のところ、目ぼしい情報はない。ただ…っ!」
突然、びくりと赤毛の腰が跳ねた。
虎杖はにやにやと人の悪い笑みを浮かべている。
「どうした?続けて構わんぞ」
埋め込んだ指を急に動かしたのだ。
鋭い視線で刺すも、虎杖は一向に気にした様子がない。
人を食ったような同僚の表情がはっきりと見て取れるようであった。
忌々しげに顔を顰めながらも、赤毛は話を進めた。
「近頃新しい女中がっ…はいっ…た」
「それは我らが仲間だ。問題ない。…赤毛、我慢が利かぬのか?」
虎杖の指が欲望を暴き立てる。
赤毛が言葉を発するのに合わせて動かすのだから堪らない。
情欲に溺れるような気分ではなかった赤毛であったが、劣情を刺激されて若い体が無反応でいられる筈もなかった。
「虎杖、いい加減にしろ。人っ、が…話そうと、する度…っ!邪魔、をしているのはっ、貴様…だろ、うがっ…」
「これはすまぬな」
「すまぬ、と思うなら…さっさとや、めろ」
「戦の昂りが治まらぬと言わなんだか?お主も同じであろうよ」
その言葉に、赤毛は身を強張らせた。
憮然として呟く。
「…戦の昂りは、戦場でしか晴らせんさ」
禍々しい血と土、鉄錆の匂いが支配する世界。
唯一力が、強さだけが認められる世界。
あの場にいるのは人ではない。
敵も、味方も、自分も、誰もかも。
「赤鬼殿の言うことは違うな」
あの場にいるのはきっと鬼ですら、ない。
その空間が、この赤毛の男にはどこか居やすかったのもまた事実であった。
赤毛は、草叢の彼方にその赤の視線を彷徨わせている。
いつかの狂宴、朱に塗れた戦場でも思い起こしているのだろう。
興を削がれた虎杖であったが、構わず欲望を突き入れた。
衝撃に赤毛の目が見開かれる。
「ううっ…ぐっ…」
「それでどうする。治まらぬから、また戦場に出るのか?」
呆れたような虎杖の声音であった。
「目的があるから手段がある。戦は手段に過ぎん。戦は所詮戦よ。お主は戦が目的になっておる」
「そうかも…知れんな」
諭すでもなく、端的に事実を告げるような口調は打ち付ける腰の動きと相俟って赤毛を苛んだ。
突き上げられ、思わず声が漏れる。
しとどに濡れた肉欲から溢れ出る白濁が腹を汚した。
だが今の自分に何があろうか。
国を持たず、親を持たず、名すら持たない自分には刀を振るうことだけが全てだった。
戦が好きな訳ではない。
そこにしか居場所を、存在意義を見出せないだけだ。
「何故その力を使って上を目指さん?お主の剣技を買えばこそ、密偵の役目を与えてやったというのに」
「そんなものいらんと言っただろう」
欲しいものなんて、自分にはない。
それでいい。それがいい。
そう思っていた。
「詰まらん男だ」
虎杖が腰の動きを早めた。
赤毛は抵抗するでもなく、ただされるがままに身を委ねている。
草の上、赤い髪が波を打った。
「それで…構わんさ…」
視界が霞む。
いっそこの行為に没頭出来たら楽になれただろうか。
弾ける飛沫もただ虚しく、赤毛の男は胸中にある暗がりから目を背けた。
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お仕事中?な二人。
名無しは密偵としてというより囮の密偵として使われてたんじゃないかなー、と思っています。
あの髪じゃ目立つから真っ先に怪しまれそうだし。
(2007/11/12)
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